TS守り神   作:RK

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 山狩りが始まった。弓と槍で武装した男たちは三人一組となり、山へ入っていく。千歌や弥助のような女子どもは村の方へ避難させ、秋康が指揮をとることになった。

 

「それらしいものを見つけたら大声で呼べ! 一人で行動はするな!」

 

 秋康は野太い声を響かせ、指示を飛ばしていく。俺はその横で散開していく村人を見ていた。

 

「大丈夫ですか。顔色が優れないようにみえますが」

 

「……平気だよ」

 

 俺は犠牲者の死体を思い出して吐きそうになるのをこらえながらそう答えた。

 

 実は秋康がやってくる前に、犠牲者である青年の遺体を見させてもらっていたのだ。腹には3筋の深い傷が刻まれており、傷口は見るに堪えないほどひどいものだった。彼の瞳には下手人の姿こそ映っていなかったが、強い恐怖がこびりついていた。

 

(……なんとかしないと)

 

 もしも本当に妖怪がこの辺りをうろついているのなら、皆が危険だ。問題は、相手が俺のように知性があるヤツなのか、そうでないヤツかということ。

 

 後者なら獣を追うようにして捕まえられるだろうが、もし知能がある妖怪だったら、村の被害は計り知れないだろう。

 

 俺が考え込んでいると、秋康は話しかけてきた。

 

「弓弦彦様にも来ていただいたらどうでしょう。久方ぶりに現れたと聞きましたが」

 

「村の方も守らないといけないし、がら空きにするのはちょっとなあ。それに弓弦彦はもう歳だから……」

 

 動ける男で山狩りをさせているため、村の方には力の弱い女と子どもしかいない。万一にそなえて神がいた方がいいし、来なかったら来なかったで弓弦彦の力を温存できる。俺が山狩りを担当し、弓弦彦に村の守備を任せる方が理にかなっているだろう。

 

「……ここは私が頑張らないと駄目なんだ」

 

「わかりました。では我々も出発しましょう。日が沈む前に決着をつけたい」

 

「そうだね」

 

 俺の護衛として秋康、日野の家人3名がつき、建設中の城の周りの山へ入ることとなった。

 

 この周辺は俺が坊さんにボコられるまで縄張りにしていたこともあり、どういう道があるか、住処にしやすいところはどこかなどは熟知している。だからそういったところを重点的に回り、敵の生活圏を探ることにした。

 

「ここは水場が近い(うろ)がある。棲むならここがかなり怪しいと思うんだけど」

 

「……痕跡は見当たりませんな。無臭ですし、残飯もない」

 

「そう。じゃあ川の上流にもう一つ心当たりがあるからそっちに行こうか」

 

「よーし、次行くぞお前たち」

 

 秋康は家人に呼びかけると、俺を取り囲んで守るように隊列を組ませた。聞いたところによると、秋康は当主になる前から落ち武者狩りや水争いなどで指揮を執ることが多かったらしい。

 

 とはいえ相手が妖怪となると、どうにもこころもとない。結局は俺がなんとかするしかないのだ。

 

(……それにしても、どこからやって来たんだろう)

 

 俺がいたときには、他の妖怪に遭遇したことはなかった。つまり俺がこの山から居なくなった秋から冬のどこかで件の妖怪がやってきたことになる。しかしその間、妖怪らしきものが目撃されたことはほとんどない。

 

 野山で生活していたころの俺が旅人とよく遭っていたように、妖怪がいたらそれとなしに目撃情報が入ってくるはずなのだ。よほど人目を避けていれば話は別だろうが、今回のように積極的に襲ってくるヤツが今まで一切気づかれてこなかったというのは考えにくい。

 

 どう考えても、突然この辺りに現れたとしか思えないのだ。

 

「新しく転生してきたってことなのかな」

 

 俺がひとりごちたその瞬間、遠くから怒号と悲鳴が聞こえて来た。

 

「……東の方からだ!」

 

 俺たちは藪をかき分け声のした方へ急いだ。そして現場に到着すると、目を覆いたくなるほど凄惨な光景が広がっていた。

 

 先ほど歩いていたのと比べるとわずかに幅広な山道の真ん中に、3人の若者が折り重なって倒れていたのである。

 

「……死んでますね」

 

 秋康の所見がなくとも明らかだった。真ん中の男はうなじと後頭部が削げてしまっているし、後尾の一人は首を落とされている。おそらく背後から奇襲され、対応する暇すらなく即死したのだろう。

 

 俺が死体の顔を見ていくと、どれも村の中で見かけた顔だった。最後に一番前にいた男の顔を見て、俺は何ともやりきれない気持ちになった。

 

 冬蔵だった。仰向けに倒れており、驚いたような表情のまま喉を裂かれて息絶えていた。

 

「……」

 

 彼は神社によく来ていたので覚えている。ついさっきも元気に案内してくれていたのに、こうも簡単に死ぬものなのか。俺は唇を噛んだ。

 

「ふむ、やられてしまいましたか」

 

 同じ光景を見ていたはずの秋康は平然と言った。彼の顔には少しの動揺も浮かんでいない。あまりにも彼の言いようが冷たかったので少し怒りがわいたが、続く一言でそれは急速にしぼんだ。

 

「……だが、よくやってくれた」

 

 秋康は冬蔵のもっていた槍の穂先を指さした。

 

「血がついています。冬蔵は死ぬ前に敵を刺した。穂先の血の付き方から推測するに、冬蔵たちを襲った妖怪は深い傷を負ったはずです」

 

 周辺を調べてみると彼の言う通り、妖怪が流したらしい血が等間隔にこぼれ、道しるべのように続いていた。

 

「これを辿ればいいってことね」

 

「はい。早く追いましょう」

 

「わかった」

 

 俺は開きっぱなしだった冬蔵の眼を閉じ、立ち上がった。

 

(……仇はとってやるからな)

 

『肝要なのは、己にとって害か否かということだけ』。あのとき影切が言いたかったことをもう一つ理解できたような気がした。相手の妖怪にどんな事情があるのかは分からないが、村人の命を理不尽に奪うような奴を生かしてはおけない。

 

 相手がすぐ死んで転生してきた赤ん坊だったとしても、俺はやらなくてはいけないのだ。こみあげてくる苦いものを必死で押さえながら、俺たちは血痕を追い続けた。

 

「血が少なくなっている。急ぎましょう」

 

 追っているうちにだんだんと血痕は小さくなっていた。それはつまり、再生能力で傷がふさがっているということ。冬蔵が命と引き換えにもたらした有利は、砂上の楼閣のように崩れつつあった。

 

 俺がかすかな焦りを覚え始めたころ、藪の中から広い山道に出た。どうやらここを通って行ったらしい。俺たちはなおも追跡を続けようとしたが、そこで予想外の出来事が起きた。

 

「血痕が、ない?」

 

 秋康は目をみはった。目印が道の途中で消えていたのだ。脇の繁みに飛び移ったのかと思ったが、そちらにも血痕はなかった。

 

(……傷が癒えるほどの時間は経ってないはず)

 

 追うのに夢中で気に留めていなかったが、むしろ血痕の大きさは最後の5,6滴で大きくなっていた。小さくなるならともかく、大きくなるのは意味が分からない──そのとき、俺は相手が仕掛けてきたトリックを理解した。

 

 そして叫んだ。

 

「後ろだ!」

 

 振り向いた瞬間、俺の後ろを守っていた男の首が飛び、俺の目の前数センチを鋭い爪が通り過ぎた。間一髪のところで相手の攻撃をかわした俺は、襲ってきた相手の姿を凝視した。

 

 こげ茶色の毛並み。狭い額。ジャガーを思わせるしなやかな身体。3メートルほどの体長をもつ化け猫は、俺のどこが裂きやすいかを見定めるように、じっと俺を睨みつけていた。

 

「……オカラシサマ」

 

「わかってる」

 

 だが、最初の攻撃で俺を殺しきれなかった時点で勝負は決していた。俺が化け猫に手を向けて力を使うと、みるみるうちにしなび、衰弱していく。

 

 足が萎え、身体を支えきれずに倒れたあたりで俺は力の行使をやめた。もう反撃する力すら残っていないだろう。秋康は額の汗をぬぐい、安堵の息をついていた。

 

「しかしどうやって私たちの後ろに……」

 

「バックトラックだ」

 

「ばっくとらっく?」

 

 秋康は妙な顔をした。俺はこの言葉に対応する日本語を知らなかったので、軽く説明した。

 

「こいつは血痕をたどって追っ手が来ることに気づいたから、血痕の上に血をこぼしながら引き返したんだ。そして俺たちの後ろから襲いかかれるよう待ち伏せした」

 

「……ああ、止め足のことですか」

 

 血痕が最後の数滴だけ大きくなっていたのは、引き返したときの血が加わっていたからだろう。本来は動物が自分の足跡を踏んで後戻りし相手を撒くためのやり方なのだが、この化け猫はつけられた傷を逆手に取り、罠にはめようとしてきたわけだ。

 

 俺は弱り切った化け猫の前にかがみこみ、目を見た。

 

「……どこから来た? なぜこんなことを?」

 

 化け猫はシューッと威嚇するような鳴き声を上げるだけで答えない。というよりも、そもそも俺の言葉の意味も理解していないようだった。

 

「無駄ですよ、オカラシサマとは違って、この妖怪はそれほど高級なアタマをもってませんて。さっさと殺しちまいましょう」

 

「……」

 

 確かに話せないのであれば、生かしておく意味はない。それに、こちらは5人も殺されている。俺はのろのろと手を持ち上げ、化け猫に向けた。

 

「恨まないでくれよ」

 

 俺が力を使うと、化け猫は目を見開きそのまま動かなくなった。生命維持に必要な栄養を成長のために使いつくされ、餓死したのだ。

 

「ざまあみやがれ!」

 

「この野郎、この野郎」

 

 日野家の家人は化け猫が死んだと分かると、刺したり蹴ったりして死体をいたぶり始めた。死体を弄んだり傷つけたりするのは見ていて気持ちのいいものではなかった。

 

 しかし村人同士の結びつきが強い分、恨みも新参者の俺よりもずっと大きいのだろう。そう思うと彼らの蛮行を止めることはできず、ただ見ていることしかできなかった。

 

「おらぁ!」

 

 秋康もそう判断したのか何もしなかった。だが家人の一人が死体を蹴とばした勢いで死体が仰向けになって腹が見えると、彼らを制止した。

 

「待て。……何か書いてある」

 

 化け猫の腹の一部が剃られており、そこには『()』と入れ墨が彫ってあったのだ。

 

 明らかに人の手によるものだった。この入れ墨はおそらく識別番号。この化け猫は、何者かに管理されていたのだろう。

 

「ひょっとして、この化け猫が村を襲ったのって、偶然じゃないんじゃ……」

 

 そう考えると、この妖怪が突然山に現れた理由もわかる。化け猫を管理していた「何者か」が連れてきたのだ。その目的はまだはっきりとは分からないが、弓塚村に対する悪意だけははっきりと感じられた。

 

 俺が見えない敵の存在に顔をしかめていると、近くにいた家人がぽつりとつぶやいた。

 

「……弐ってことは『壱』がいるはずだよな。壱はどこにいるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 日が傾き始めたころ。弥助は神社で少しむくれながら掃除をしていた。オカラシサマは死者の報告を受けてすぐ、「危ないから村に戻ってて」と言って千歌とともに弥助を村に送り返した。そのことが未だに彼の心を波立たせていた。

 

「……まあ、言ってることは間違ってないんだけどさあ」

 

 弥助はまだ子ども。力も弱く戦力にはならない。……だが、一緒に来てくれと言われたかった。ただ守られるだけの存在にはなりたくなかった。

 

 もちろん客観的に見て無理だということは分かる。それだけに自分が頼りにされていないということが歯がゆかった。

 

 早く大人になりたい。強くなりたい。頼りにされたい。そんな焦りともどかしさが、彼の胸の中で暴れていた。

 

「……オカラシサマ」

 

 彼女がいるはずの山の向こうを見て、弥助はつぶやいた。今、何をしているのだろう。影切のときのように怪我をしていなければいいのだが。

 

 そんな風に心配していると、恐ろしい断末魔が社務所の方から聞こえてきた。晴仁の声だ。弥助は弾かれたように走り出した。

 

「晴仁さん!」

 

 社務所の戸を開けようとすると、何者かが内側からものすごい勢いで戸を蹴破って出て来た。弥助は尻もちをついて、血まみれになって出て来た「それ」を見上げた。

 

「ば、化け物……」

 

 襲撃者は弥助の何倍もある体躯をもつ、巨大な山猫だった。血塗られた口をちろりと舐めながら、化け猫は弥助を見下ろした。

 

 妖怪だ。なぜここに。晴仁はどうなったんだ。様々な思考が頭を巡ったが、化け猫に見つめられると、それは一つの感情──恐怖へと収斂(しゅうれん)した。

 

 立ち上がらなければ、と思ったが足にうまく力が入らない。蛇に睨まれた蛙のように弥助は動けなくなってしまっていた。

 

 殺される。

 

 死を覚悟してぐっと唇を引き結んでいると、山猫は弥助への興味を無くしてしまったようで、ふいとそっぽを向いて去ってしまった。

 

 なぜか見逃されたことにいったん安堵し、それから晴仁の安否を確かめるため、社務所の中へ入った。

 

「……弥助か」

 

 そこには、血だまりの中で倒れ伏す晴仁がいた。晴仁の腹は深く切り裂かれており、止めどなく血が溢れている。彼は弥助の姿をみとめると、薄く笑った。

 

「……よかった。お前はやられなかったのだな」

 

「晴仁さん、今千歌を呼ぶから」

 

 そう言うと、晴仁は弥助を手で制した。

 

「必要ない。どうせ死ぬ」

 

 恐ろしいほどの血を流し、晴仁の顔面は蒼白になっていた。確かにもはや医者がどうこうできる段階ではなさそうだ。弥助が茫然としていると、晴仁は弥助を見上げた。

 

「美琴は、どこにいるかわかるか」

 

「……わからない」

 

「では、今、神社には弓弦彦様を降ろせる者がいないということか」

 

 晴仁はため息をつくと弥助を見た。いつものような柔和な表情ではない。厳しい目をしていた。

 

「弥助、手を差しだせ」

 

「なぜ?」

 

「いいから出せ」

 

 有無をいわせぬ響きに、弥助はおずおずと手を出した。晴仁は力を振り絞って半身を起こすと、弥助の手を掴んだ。

 

「オカラシサマがいない今、あれを退治できるのは弓弦彦様しかいない。だがわしはもう死ぬし、美琴もどこにいるかわからん。弓弦彦様を降ろす身体となれるのはお前だけなのだ」

 

 言いながら、晴仁は弥助の右の手のひらに、自身の血で五芒星を描いた。おそらくこれは、加茂家に伝わる神降ろしの術。彼はそれを弥助に伝えているのだ。

 

「この手で弓を掴め。後のことは……よしなに……頼む」

 

 そう言い残すと、晴仁は力尽きてうなだれた。弥助はあまりの出来事に唖然としていたが、やがて部屋の中に安置されていた長弓が目に入った。

 

「あれを……掴む」

 

 弥助がおそるおそるその弓を掴んだ瞬間、何か霧のようなものが手を通して入ってきた。霧は頭の中で言葉を形作り、話しかけてきた。

 

「お前が弥助か。こうして話すのは初めてだな」

 

「……弓弦彦、様?」

 

「そうだ。晴仁の代わりに、己の身体になってもらう」

 

 弥助の腕が勝手に動き、弓を担いだ。弥助の身体に降りた弓弦彦がやっているのだ。

 

「いろいろ聞きたいことがあるかもしれんが、まずは化け猫を仕留めなきゃならんのでな。協力してもらうぞ」

 

 そう言うと弓弦彦は矢筒を背負い、社務所の外へ踏み出した。

 

 

 

 




ジャンルを(和風ファンタジー世界の普通に死者がけっこう出るタイプの)日常という意味で日常にしてましたが、カテゴリ違いという指摘を受けたので戦記に変えました。
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