TS守り神 作:RK
「これは何ですか?」
千歌の出した、あちこちの有力な家の婿候補が書かれている紙の束。床に置いてあるそれを見下ろし、社務所で帳簿をつけようとしていた美琴は眉をひそめた。
「近くの村やら武家屋敷やらの婿候補♡ 美琴さんもそろそろ……ね」
「ああ、そういうことですか」
美琴は疲れた目で千歌を見やる。やはり逆効果だったか──と俺は思ったが、美琴は一枚ずつ紙を取り、熟読し始めた。
「上川村の名主の次男坊……顔はいいけれど村が遠すぎていざというとき協力できない。駄目。桐生家臣、丹川家の三男……この人、武家だけどどう思います?」
「家柄は申し分ないです。しかし虚弱ですねえ」
「ではこの有賀家は? 同じ神主家ですから仕事の勝手も分かっていそうですが」
「あの家は代々子宝に恵まれませんからねえ。夜の方が粗末な婿などいらないでしょう」
「それもそうですね」
(……怖いなあ)
美琴と千歌のやりとりを聞きながら、俺はちょっと縮こまっていた。何かもっとこうキャッキャした恋話みたいなのを想像していたのだが、ガッツリ家柄や健康状態、経済状況のカタログを見て審査している。
家同士の結婚というのだからわりとドライなものなのかもしれないが、恋愛結婚が普通のものだと考えていた現代っ子の俺とはどうにも感覚が違う。
「オカラシサマは、誰がいいと思います?」
「え、私?」
美琴から突然水を向けられ、俺は狼狽した。
顔も分からない爺さんと強制結婚させられた私に訊くの?と思わなくもなかったが、本人が意見を必要としているなら何か言った方がいいだろう。俺は似顔絵つきの紙をめくって、適当な男を示した。
「……これかな」
千歌はそれを見て少し笑った。
「ちょっと弥助に似てますね」
「オカラシサマの好みの人を挙げろってわけじゃなくて……私の夫によさそうな人を挙げてほしいのですが」
「え……あ、いやいやいや、好みじゃない。それはたまたまなんだって」
美琴が少し呆れたように言ったので、慌てて付け加えた。別に俺は男が好きなわけではない。そこを誤解されては困る。
しばらく3人で婿選びを続けていたが、やがて読むのに疲れたのか、美琴は目頭を押さえながらもっていた資料を置いた。
「いったん休憩しましょうか。数が多すぎます」
「……それにしても、なんでこの量をこんな早く集められたの?」
俺が訊くと、千歌はたいしたことでもないというように言った。
「もともとわたくしに来ていた縁談をそっくりこっちに持ってきただけです」
「ええ、それ大丈夫なの? これ全部、千歌と結婚したいって言ってる人たちってことでしょ」
「別に問題はないでしょう。あちらが興味をもっているのは「良い家柄の女」であって私自身ではありません。きっと美琴さんにも、そろそろ同様の申し込みをしにくるはずです」
「分かってはいたけど、この人が大好き!とかで結婚することとかないんだなぁ」
そう言うと、千歌は苦笑いした。
「オカラシサマはなんというか、恋物語好きの乙女みたいなこと言いますよねえ」
「そんなにおかしいこと言ってる?千歌だって好みはあるんでしょ」
「ありますよ。ちなみにわたくしの好みは、わたくしよりも医術に優れている方です」
自分より強い男としか結婚しないって言ってる女剣士みたいだなあ、と思っていると千歌は付け加えた。
「とはいえ、そういうのは家柄がしっかりしている中からさらにしぼるときに考慮するものです。私や美琴さんのように婿候補が多い場合はだいぶえり好みできますがねえ」
実際は家の都合でもっと選択肢が狭まるという。そのあたりを自分で決められるという点については、美琴はラッキーなのかもしれない。
「……すいやせーん、加茂美琴様はいらっしゃいますか」
そのとき、社務所の前から間延びした声が聞こえて来た。美琴が対応して戻ってくると、その手には一通の手紙が握られていた。
「隣村の名主の息子ですね」
それからいくつか同じような縁談が届いた。晴仁の死に配慮しているのか直接縁談というような形式はとっておらず、家族を失った美琴に同情し後ろ盾になってやる、というような遠回しな表現になっていた。
美琴は数枚の手紙をじっとみていたが、やがてほうとため息をついた。
「受け入れるにせよ断るにせよ、全部に返事を書かないといけないのは面倒ですね」
「あはは、大人気でいいじゃないですか……あ、そうでした。言い忘れていましたが、実はわたくしからも一つ渡すものがありまして」
千歌はにこにこしながらもう一枚紙を差し出した。
「忠秋──わたくしの弟との縁談です」
弓弦彦を降ろすことになったときの負担を減らすべく、弥助は森に入って鍛錬や弓の練習をするようになった。ときおり聞こえる弓弦彦の助言を聞いて、彼が全力を出しやすい身体を作っていたのだが、数日するとなぜか忠秋がやって来るようになった。
彼も弓の練習をしているのだという。それから、弓弦彦はせっかく同じ場所で修練するのだからという理由で忠秋にも自分の弓を教えはじめた。
『弥助、忠秋に余計な力を抜けと伝えろ』
「力みすぎだって」
「……わかりました」
忠秋は木につるした的に向け、矢を放つ。しかし矢は大外れし、木々の向こうへと消えた。肩を落とす忠秋に、弓弦彦は慰めの言葉をかけた。
『最初はそう当たらないものだ。クロ……
「初めはそんなもん、練習してればうまくなるってさ」
「どれくらいで当てられるようになるんですか?」
『才能によるだろうが……だいたい2年くらいやればだいぶ命中するとは思う』
「2年くらいだと」
「そうか……じゃあ1年でやってみせるぜ」
憑依していないときの弓弦彦の声は、神降ろしが可能な人間にしか聞こえない。だから弥助が間に立って話をしているわけだが、忠秋は弥助には普通に、弓弦彦には改まった話し方に切り替えて話すため、妙な気分だった。
「それにしても、なんで弓の練習をしようと思ったんだ」
「強くなりたい以外に理由がいるか」
矢羽根をいじりながら、忠秋は二発目をつがえる。次も大外しだった。
「お前は次期当主だろ。武芸なんか身に着けなくてもいい」
「当主になるなら、自分の手で他の奴を守るくらいはできねえとな」
忠秋には、憎たらしいガキ大将のような雰囲気はもうなかった。この前の襲撃事件が、あいつの中の何かを変えたのだろうか。
「……それと、俺も弓弦彦様を降ろすことになるかもしれないから」
その言葉を聞いて、弥助は驚いた。
「どういうことだ?」
「姉上が美琴のところに縁談をもっていった」
「は?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「お前は日野の跡を継ぐんだろ? 加茂家に婿入りなんかできっこないんじゃ」
「姉上に婿を取らせればいい。で、俺が加茂家に入れば父上は村の名主、医者、神主家の全部に影響力をもてる」
「……なるほどな」
要するに現当主、秋康は本家を忠秋が継げなくてもいいから、とにかく加茂家が欲しいのだ。確かに台籾徴収の権利だけでなく、弓弦彦やオカラシサマを擁する神社をみすみす他の村から来る婿にやりたいと思うはずがない。
「父上は権力が大好きだからな。あわよくばって感じだ。……理由はそれだけじゃないだろうけどな」
「一つじゃないって?」
「……弥助、お前はこの前の襲撃の黒幕はどこの手のやつだと思う?」
突然質問で返され、弥助はとまどった。
「誰って……分かるはずないだろ。皆考えて分からなかったんだから」
「あの時点ではな。でも晴仁や姉上を狙うってことは、少なくとも村で頭がいいやつ、もっといえば仕切ってる奴をぶっ殺そうとしてはいたんだ。ぶっ殺した後どうする?」
「そりゃあ……村を攻めにくるんじゃないのか」
「実際は緒乃も野盗も来てないだろ。どっかの領主が軍を動かした気配もない。狙いがあるとすれば、日野や加茂にとって代わって、自分が支配者になることだ」
だが、そう簡単に村の連中が新しく来た人間を迎え入れるだろうか。そう言うと、忠秋は何でもないという風に答えた。
「簡単だ。日野と加茂が全滅したら後は烏合の衆だからな。化け猫を自分で退治しちまえば村を救った英雄のできあがりだ。それに神職は換えが利かないし、他の村の神主家の人間ならすぐなり替われる」
「……でも、全滅はしてないぞ」
「ああ、今回みたいな場合は、生き残ったヤツと結婚してしまえばいい。つまり、都合よく美琴の結婚相手として現れるやつが黒幕である可能性が高いんだ」
ようやく弥助は理解した。忠秋の縁談は、敵が村の中枢に入るのを防ぐための手段でもあるのだ。
「村を仕切りたい誰かさんとしては、結婚相手として選ばれなかったらそれまでだ。だから警戒するべきなのは結構本気で来てる奴……」
忠秋が言いかけたとき、がさりと近くの繁みが揺れた。
「誰だ!」
弥助は草むらに狙いをつけ、静かに
「
「伊勢村……?」
確か、弓塚村のさらに東、目と鼻の先に緒乃領のある村だ。そんな遠い村の人間がなぜこんなところに──そう思っていると、根越はうさん臭い笑みを浮かべた。
「加茂美琴殿にお会いしたい。案内してくれないか?」
弥助と忠秋が連れて来た来訪者は、根越栄と名乗った。伊勢という村の神主家の次男坊で、今まで全く会ったこともない美琴を心配して遠路はるばるやって来たのだという。
栄は美琴に会うと、一目で作ったと分かるような悲しみの表情を浮かべた。
「父上を亡くされた気持ち、よくわかります。お力を落とされぬよう」
「それはどうも……」
「もし何か困ったことがあれば、この栄、いつでも飛んでまいりますので。百人力を味方につけたとお思いください!」
「は、はあ……」
さしもの美琴も戸惑いを隠しきれないようだった。知人ならともかく、見ず知らずの人間の死を悼みに来る人間などいない。晴仁の死にかこつけて直接婚姻の交渉をしにきたのは明らかだった。
「あいつ、いったい何考えてんですかね」
座敷で話している美琴と栄を見ながら、弥助はぼそりと言った。
「さあ……何も考えてないか、逆に何か狙いがあるのか」
こんなあからさまなアプローチは駄目だ。こちらが大々的に婿募集をかけていたのならともかく、何も言っていないのに晴仁の死を聞きつけてやって来た赤の他人に「結婚しましょ!」と言われて愉快な気分になるだろうか。
この世界の人間と少し感覚がずれている俺ですら、手紙をよこすなり使者を出すなりして段階を踏んでいくべきだと分かる。だからこそ意図が全く読めなかった。
「……同じ神主家として仕事の大変さも承知しています。女手一人でさぞかし苦労していることでしょう。だからこそ私はその苦労を分かち合いたい。一つ、私と婚姻を結んではくれまいか」
「お気持ちはわかりましたが、結構です。お帰りになってください」
「なんと!」
美琴が少しつっけんどんに返すと、栄は大袈裟に頭を抱えた。
「丸二日かけてここまで来ましたのに」
「足労に報いることができないのは申し訳ないですが、お断りいたします」
にべもない美琴の言葉に、栄はがっくりと肩を落とす。それから何か言いだすかと思って注視していると、栄はきっとこちらを見上げた。
「ならばしかたない。こうなったら──」
何か交渉材料があるのだろうか。俺が思わず身構えると、栄はぽりぽりと頭を掻きながら言った。
「帰ります」
帰るんかい、とその場の全員が唖然としていた。これだけやらかしてみせたのだから何か目的があるのかと思ったのだが、何もせずに帰るとは。
「……それだけ?」
「断られた以上、私がここにいる意味はないので。ああ、でも疲れたので一晩だけ泊めてほしいです」
「それくらいはいいけどさ」
答えながら、頭が痛くなってきた。
(……こいつ、ひょっとしてただの馬鹿?)
手紙も寄越さずのこのこ二日かけてやってきて、断られたらごねることもなく帰る。マジで意味が分からなかった。
話が一段落すると、栄は加茂家の離れに泊まることになった。美琴と千歌は忙しそうだったので俺が部屋に案内してやると、栄は嬉しそうに言った。
「ありがたい。野宿は疲れがとれませんからね、本当にありがたい」
「美琴に夜這いなんかかけたら承知しないからね」
「はは、わかってますって」
栄は部屋の隅に荷物を置いて胡坐をかいた。相当リラックスしているようだ。彼は俺の方を見て、そうだ、と声を上げた。
「訊いてみたいと思ってたんです。先の化け猫の襲撃、誰が止めたんですか? 村の壱と山の弐の二つを同時に押さえるのは、弓弦彦殿だけでは手に余ったと思うのですが」
「私だけど」
「え? あなたは豊穣神で……正直、戦いに向いている力ではないのでは」
「豊穣の力をたくさん与えるんだ。それで成長に生き物の力を使わせて枯らす」
「へえ。……だから『オカラシサマ』なのか。ちなみに、うっかり他の人を巻き込んだりしたことはないんですか」
「今はないね。でも何かあったらまずいから、なるべく視界に入らないようにしてもらってる」
「視界にですか。なるほどなるほど……」
「なんで、そんなに私の力が気になるの」
美琴と結婚しないなら、俺の能力の細かい仕様など聞いてもしょうがないはずだが。俺の問いに、栄は少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「私、神に会ったことがほとんどないもので。神通力ってどんなものか知りたかったんですよ」
「神に会わないって、神主家なのに?」
「お恥ずかしながら。実はうちの神社、ちょっと昔に神様が死んじゃったんですよね」
「実体が無くなっただけじゃない。弓弦彦とかそんな感じだったし」
「いえ。その段階を超えて、寿命で死んだそうです」
「……じゃあ根越って、神様がいないのに神主やってるの」
「そうですよ。神様がいたころに耕した土地はあるんでそれを収入にしてますが……名前だけ神主家の、ただの地主です」
栄は自嘲するように言う。今まで芝居がかった仕草で怪しい印象しかなかった彼だが、そのときだけはちらりと本音が見えたような気がした。
「ひょっとして、美琴と結婚したいって言ってたのって」
「気づかれましたか。神様が欲しいからですよ」
栄はばつが悪そうにそう答えた。
「でも、それは父上の都合でして。私は神様がいることなんてどうでもいいのです。この無理な来訪も父上が言ったから来ただけで、私はさっさと破談にして帰りたかった」
それを聞いて納得した。彼があっさり引き下がったのは、もともと結婚したいとも思っていなかったからなのだ。一応かけあってみたが駄目だったというポーズをするためにやって来たのだろう。
「いろいろ大変だね」
「ははは、こちらの都合で時間を無駄にさせたのにそう言ってくださるとは。ずいぶんお優しいのですね」
それから当たり障りのない話をすると、栄は一晩泊まって帰っていった。
……そのときはみんな不自由してるんだなあ、などと思って栄を見送ったのだが、俺はこの時点でミスをしていた。
もう少し頭を働かせて気づくべきだった。彼は一つ妙なことを言ったのだ。
「村に出た化け猫が壱、山に出た化け猫が弐」
突然やって来た部外者がそこまで知っているものだろうか。彼を村に案内した弥助と忠秋から聞いたという可能性はあるが、そうなると俺と弓弦彦が化け猫退治をしたこともセットで伝わるはず。「誰が化け猫を倒したか」という質問をするとは考えにくい。
では、栄はなぜ化け猫に振られていた番号を知っていたのだろう。
その不自然さに気づいていれば。気づかないにしても、この世界における余所者がどれだけ危険かということを認知し警戒していれば。
あんなひどい目には遭わなかったかもしれない。