TS守り神 作:RK
化け猫騒動によって一旦止まったものの、
神社で式を執り行うとき、秋康は嬉しそうにしていたが忠秋はむしろ縮こまっていた。どうも「オカラシサマ」に対する苦手意識がまだあるらしい。まあ、そのうち時間が解決してくれるだろう。
ちなみに、神降ろしの力も美琴から忠秋に伝えられた。一応婿とはいえ神主になるわけで、神様を降ろせないというのは話にならないからだ。そんなわけで弓弦彦を降ろし、声を聞けるのは美琴、忠秋、弥助の3人になった。
3人と言わず村人全員神降ろしできるようにしたらいいんじゃない、と美琴に訊いてみたら、才能やら能力の継承に使う生命力やらの影響でそうおいそれとできないという回答を貰った。そううまくはいかないものらしい。
弥生の半ばごろからは、田起こしや畑での種まきが始まった。秋から冬までは自分の力を把握するため実験のし通しだったが、やっと神としての本業を果たせる。はりきって豊穣の力を振るった。
とはいえ水と肥料を余計に消費する分、むやみな増産はできない。連作障害を防ぐためのレンゲや大豆も育てられるが、とりあえず稲や畑の作物の成長スピードは2倍程度に抑え、疑似的な二期作を行った。
本来収穫できるはずのない
収獲量の倍増という結果を叩きだした影響は大きく、村人たちの信仰が高まっただけではなく近くの村から拝みに来る人まで現れた。
そんなこんなで参拝客への対応や仕事を続け、「私」という一人称に慣れてきたころには、2度目の冬が訪れていた。
「運び入れ終わりましたよ~って、木箱なんかいじくって何してるんですか?」
「お、弥助。いいところに来たね」
ある日の夜更け、冷たい風が差しこむ社の中で「私」が実験をしていると、額に浮かんだ汗を拭いながら弥助がやってきた。
美琴が忠秋とともに神社の仕事に専念するようになってからは、彼が名実ともに私の世話係となっている。彼は成長期なのかこの1年でぐんぐんと背が伸び、いつの間にか私を追い越していた。
「汗かいてるし、塩っけのあるものが欲しいでしょ。あーんって口開けてみて」
「こうですか?」
弥助は怪訝そうにしながら口を開ける。そこに人差し指で木箱の中身をすくって突っ込んだ。
「ちょ……何するんですか……ってこれ、味噌?」
弥助は驚いて目を白黒させていたが、口に突っ込まれたものが味噌だということが分かると、少し平静さを取り戻した。
「ふふ。どう、おいしい? 作ってみたんだ」
チリ紙で指先を拭いながら、私は弥助の反応をうかがった。
「おいしいですが……これ、いつから寝かせてたんですか」
「寝かせてないよ。私の力を使ったから」
「え? オカラシサマの力って、生き物以外には効かないんじゃないんですか」
「そうだよ。だから味噌にいる生き物を成長させたんだ」
視界に入っていれば対象が目に見えないほど小さくても効果があるのは、アケビを腐らせたことがあるので知っていた。今回は麹菌を成長させることで味噌玉の発酵を早められるか試してみたのだ。
「生き物……?」
弥助は首をかしげた。それはそうだろう。経験的に手洗いや灰による消毒が感染症を防ぐことは皆知っているものの、感染症の原因──細菌やウイルスについては千歌でさえ知らなかったのだから。
「病魔のことだよ。味噌とか酒って病魔のタネを仕込んで作ってるからね」
「今さらっととんでもないこと言いませんでした?」
「あー、病魔って言っても、味噌についてるのはいい奴だから大丈夫。それに小さすぎて目に見えないだけで、弥助の体の中にもたくさんいるから。気にしない気にしない」
「気にしますよ。
弥助はむず痒そうに体をゆする。その動きが面白かったのでちょっと笑ってしまった。弥助はいらんこと教えやがって、とでも言いたげな目でこちらを見ていたが、やがて視線を味噌に戻した。
「味噌と同じ理由でできるってんなら、酒をうちで作ってみるのも楽しそうですね」
「……それは酒屋さんの商売を邪魔しなさそうだったらやってみようか」
「オカラシ酒とか言って売り出さなきゃ大丈夫だと思いますけど」
「一応ね……」
千歯扱きの一件以来、村人の生活に悪影響の出そうな知識や力の使い方は慎重に吟味してから全員に確認することにしている。面倒ではあるが、この手続きを踏まないともっと面倒なことになるのだ。
後家のおばさん方に詰められたのを思い出して少しブルーになっていると、弥助は木箱を持ち上げた。
「……ところでこの木箱、どっかに動かしていいですかね。ここに置いてたら布団敷けないですよ」
「そうだね。台所に持っていこうか。美琴が朝のおつゆとかに使ってくれるでしょ」
少し喉が渇いていたので、水を飲みにいくついでに私は弥助と加茂家の台所に向かった。加茂家に入って台所へ行くまでの廊下の途中には、美琴と忠秋の部屋がある。二人はもう寝ているかもしれないので、私たちは静かに戸を開けた。
「……あっ」
美琴の部屋だけ、うすぼんやりと明かりがともっていた。弥助は何かに気がついたようで、さっと顔を背け、忍び足で歩き始める。
よくわからないまま私もそれに倣って静かに進み、彼女の部屋の前まで来たときに遅まきながら理解した。
喘ぎ声。布団のすれる音。夫婦の営みの最中だった。障子戸の傍を歩くときに、忠秋の苦しそうな声が聞こえてきた。
「美琴……そろそろ終わりに」
「何言ってるのだらしない。早く一人目作らないと、あなたを婿にとった意味がないでしょう」
(あー聞こえない、聞こえない……)
生活空間を共有しているので仕方のないことだが、見て見ぬふりをするべきだろう。自分のことではないのになぜか多少の気恥ずかしさを感じながら、私と弥助は廊下を歩いていく。
ちょっと前に「女が上になると子どもができにくいって本当ですかね?」ってとんでもない質問をされたなあ、などと現実逃避気味に考えているうちに、台所についた。
そして用を済ませると、私たちは勝手口の閂を外して外へ出た。さすがにもう一度あの廊下を歩くほどの勇気はない。私と弥助は逃げ帰るように社へ戻った。
「……そういえばさ、弥助は好きな相手、いないの」
私がそう言うと、押し入れから布団を出そうとしていた弥助はバランスを崩し、こけそうになった。
「何ですかいきなり」
「いや、さっきの見てさ……弥助も年頃だろうしなあって」
確か今年で弥助は14になる。結婚はまだ早いだろうが、気になる女の子はいるかもしれない。こんな夜遅くまで私の仕事につき合わせていれば、気になる人に逢いに行くこともできないだろう。
「大丈夫です」
「……無理してない? 別に私のおつきだからって、ずっと一緒にいなくてもいいんだよ」
「大丈夫ですって」
「でも好きな人ができたらさ、逢うこともできないんだよ」
私が言いたいことを察したのか、弥助は大きくため息をついた。それから少し迷うようなそぶりをしていたが、やがて覚悟をきめたような目をして真っすぐ私を見た。
「オカラシサマです」
「え?」
「俺はオカラシサマが好きです」
私が、すき? 頭が一瞬真っ白になった。
「……ああ、家族的なものとして?」
「いえ、女性として好き、ということです」
「ええええええ?」
弥助は布団を敷き終えると、立ったままこちらを見た。どうすればいいのだろう。あまりにも堂々と言ってきたので、私はしどろもどろになった。
「やめといた方がいいよ。私、人間じゃないし、人妻だし、前世は男だし……胸もそんなに大きくないし」
「弓弦彦様の妻であること以外はまあ問題ありませんね」
「……ええー」
『ちなみに己は構わないぞ。そもそも神同士の結婚など、形式以上の意味をもたんからな』
弥助の口が動いた。おそらく弓弦彦が喋ったのだろう。普段は顔を出さないくせに、こういうときだけ外堀を埋めに来ないでほしい。
そう思っていると、弓弦彦は「だが」といって付け加えた。
『……弥助、お前に一つだけ教えておこう。神は子を残せない』
「それは……」
『己が散々試したからな。それはオカラシも同様だろう』
そういえば私には月のものがなかったし、この世界にやってきたときも親らしきものはいなかった。やはり神や妖怪は生物という枠組みから逸脱した存在なのだろう。
弥助は憐れむような目で私を見て、目を伏せる。流石に諦めたかと思っていると、弥助はきっと顔を上げた。
「構いません」
「えっ、話聞いてた? 私なんかとくっついても幸せにはならないんだよ」
「俺が幸せかどうかは、俺が決めることです」
『往生際が悪いぞ、オカラシ。今の話を聞いたうえで、弥助はお前が好きだと言ったのだ。お前はどうなのか、返答する義務がある』
弓弦彦は明らかに面白がっていた。他人事だと思って勝手なことを、と少し怒りを覚えたが、まずは弥助の気持ちにどう答えるかを考えなくてはならない。
そもそも私は弥助が好きではあるが、恋愛的な意味での強い感情かと言われれば微妙だ。だからほいほい気持ちを受け入れるべきではないのだろうが、「人妻」「前世男」「人外」というカードは全て弥助には効かないのだ。
かといって、普通に断って彼を傷つけるのも気が引けた。好きな人に気もちを告白するのにどれだけ勇気が必要かは知っているし、だからこそ彼の気持ちを無下にはしたくなかった。
頭の中がめちゃくちゃになって、私はわしわしと頭を掻いた。
「うう~、えっと……その」
『……弥助、もっと押せ。オカラシは押しに弱い』
「余計なこと言わないでったら!」
いろいろ考えた末に、私は一か月の猶予を貰った。『優柔不断な奴め』と弓弦彦に呆れられながら、私はようやく眠ることを許されたのである。
次の日。加茂家で朝食を摂りながら、弥助は夕べのことを思い出していた。
(……一か月か)
ずいぶん長い。困り切って先延ばしにされた感じはあるが、まあそれだけ真剣に考えてくれているなら断られてもふんぎりがつくというものだ。
オカラシサマが顔を赤くして取り乱していたのを思い出して、弥助は少し笑みを浮かべた。あそこまで慌てた様子を見るのは初めてだった。
当たって砕けろ的な勢いで言ってみたのだが、あの顔を見られただけでも十分かもしれない。
「いい夢でも見たの? にやにや笑って」
美琴は汁物を吸いながら不思議そうな顔をした。オカラシサマに気持ちを伝えて困らせたとでも言ったら滅茶苦茶に怒られそうなので、弥助ははぐらかした。
「ん、まあそんなとこかな」
「……ぐっすり眠れてるみたいで羨ましいな」
忠秋は寝不足のようで、少しやつれていた。弥助たちが帰った後も続けていたらしい。
「大丈夫か?」
「ああ……仕事には影響はないから」
忠秋は、美琴から目をそらしながら言った。美琴は後継ぎを早めに作っておきたいと考えているらしく、彼女との床はかなり過酷らしい。まあそれだけ積極的な態度をとってもらえているということでもあるので、忠秋を少し羨ましく思った。
朝食を終えてからはいつも通りオカラシサマのもとへ食事をもっていった。オカラシサマは昨日のことには一切触れなかったが、終始もじもじしていた。
弥助の方も少し気まずくなったので、今日やるべき仕事を聞いて空の食膳を受け取るとすぐに社を出た。
(……そういえば、いったいいつから、オカラシサマが好きになったんだろ)
弥助の話を聞いてくれたあのとき? 千歯扱きの件で弱気になっていたあのとき? いたずらっ子のように微笑んでいたあのとき?
考えても答えは出なかった。たぶん、オカラシサマに対する小さい「好き」が一つ一つ連なり、思いとなるほど大きくなってしまったのだ。恋に落ちる瞬間というものはなく、結局のところこういう積み重ねでいつの間にか好きになってしまうのかもしれない。
そんなことを考えながら境内を歩いていると、甲高い鷹の鳴き声が聞こえて来た。空を見上げると、見覚えのある鷹がこちらに降りて来ていた。
「……影切」
「誰かと思えば、ここの狐娘と一緒にいた子どもか。ちょうどいい、神主のところに案内しろ」
居丈高な態度は変わっていないようだった。弥助はため息をついて、影切を見た。
「何の用だ?」
「弓弦彦を迎えに来た。殿が都へ出陣されることになったからな」
「それと弓弦彦に何の関係が……」
言いかけてから、オカラシサマが隆景と取引をしていたことを思いだした。
「お前も聞いているだろう。この村の台籾の徴収権を寄進する代わり、弓弦彦には一度だけ戦に参加してもらう約束だ」
美琴と忠秋、オカラシサマに取り次ぐと、皆渋い顔をした。弓弦彦が行かなくてはならないということは、この3人のうち誰かが戦へ赴かなければならないということだからだ
『約束は守らねばならんだろう。問題は、己を降ろす者として、誰が行くかだ』
美琴は女なので弓弦彦を降ろしたときの負荷が重すぎる。だから忠秋と弥助のどちらかから選ばなくてはならないのだが──
「いやこんなの、俺が行くしかないだろ」
弥助が言うと、美琴と忠秋は少し申し訳なさそうにしながらうなずいた。
入り婿とはいえ神主である忠秋と、オカラシサマのお付きにすぎない弥助。どちらを戦に行かせるべきかは明白。それでもまだオカラシサマは心配そうに弥助を見ていた。
「どうしても行かないといけないの」
「そうですね」
「弓弦彦。弥助を絶対死なせないで」
『当たり前だ。敵を寄らせるようなへまはしない』
「……頼んだよ」
彼女は取引をした当事者だからここで駄々をこねるのは筋が通らないし、理屈から言っても弥助が行くのが合理的。それが分かっているからこそこれ以上何も言わないのだろうが、行ってほしくないとはっきり顔に書いてあった。
(ああ、やっぱりこの人が好きだ)
弥助は微笑して身をかがめると、オカラシサマに耳打ちした。
「心配しないでください。返事が聞けるまで死ねませんから」
オカラシサマは目をみはり、そして少し笑った。
「……うん」
それから弥助は旅支度を整えると、影切とともに領主隆景の屋敷へ旅立った。村はずれで弥助を見送るオカラシサマはひどく小さく見えた。
それから数週間後、弥助が隆景の軍勢と共に都入りしてようやく戦にも慣れてきたと思った頃。緒乃家が侵攻を開始し、街道上にある弓塚村が包囲されたという急報が届いた。