TS守り神   作:RK

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 伊勢村の近くにある小高い丘。一面に生えているススキ以外何もない場所だが、景色がいいので昔はよく遊びに行っていた。栄にとっては子供の頃からずっと落ち着く場所だった。

 

 だが、たった今父親と共に登っているこの丘には、緒乃家の兵たちが陣を張っていた。

 

 きっかけは桐生家の領主、隆景が『影切』と『弓弦彦』を連れ、一万の兵を率いて都の戦へと向かったことだった。桐生領の守りが手薄になったことを知った緒乃家が即座に軍を動かし、国境を越えてきたのである。

 

「お前たちの名前は?」

 

「根越斉とその息子、栄でございます」

 

「ああ、雨掴(アマツカミ)から名前は聞いているぞ。俺は緒乃勝秀だ。桐生攻めの総大将を務める」

 

 緒乃家の本陣にやってきた栄親子を迎えたのは、筋骨隆々の男。ぎらついた目には野心がどす黒い炎となって燃えていた。彼──勝秀は、緒乃家領主の息子だ。

 

「根越家は桐生での案内役を務めてくれるそうだな」

 

「粉骨砕身いたします」

 

「頼んだぞ。この国が我らのものになった暁には、お前たちの好きな神を見繕ってやる」

 

「じつにありがたいですなあ」

 

 斉はへこへこと何度も頭を下げている。根越神社の神が死んで以来、彼はずっと神の力を欲して来た。だから1年前、桐生領にいる神を戦利品として分けてもらうことを条件に、緒乃側へと寝返ったのである。

 

(……しかし総大将は勝秀か)

 

 緒乃の侍たちに掠奪される心配がなくなるので寝返り自体は栄も賛成だった。だが今回、一つ予想外だったのは領主ではなく、そのぼんくら息子が総大将を務めていることだった。

 

 無理な攻めしか能がない将で、兵数頼みの戦術しか知らないという。まあふだんから大軍を率いることが多いから策など必要ないのかもしれないが、それでも不安だった。

 

「こたびの侵攻、領主が来ると思っていたのですが。何かあったのですか」

 

「思いのほか東の宇治家が粘っていてなあ。父上はそちらに集中している。だが、俺でも問題はあるまい」

 

「……ええ、まあそうですね」

 

 本当に大丈夫なのだろうか。もし緒乃が負けたら、緒乃と内通した根越家は冗談抜きで終わるのだが。

 

 そんな不安を見抜いたのか、勝秀は少し不満そうな声をあげた。

 

「なんだ。俺じゃ力不足だってか?」

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

「フン、まあいい。今回の侵攻は神を二柱連れてきているし、兵の数は六千いるからな。隆景が留守にしている桐生領など簡単に落とせる。これで満足か」

 

「二柱も?」

 

 戦神は、単独で幾千の兵に匹敵する軍事的価値がある。それが二柱も参加するなら、まず緒乃の勝ちは動かないだろう。栄は胸をなでおろした。

 

「ちなみに、その神々はどこに?」

 

「ここにいる。紹介しよう。緋剣(ヒツルギ)

 

 勝秀が呼ぶと、傍にいた目つきの悪い長身の男がトントンと刀の鞘で肩を叩きながら前に出た。

 

「どーも。このぼんくら息子のおもりをやってる。ヒツルギだ」

 

 燃えるように赤い髪が逆立っているところ以外は、普通の侍と見分けはつかない。口調は軽いが、どことなく圧迫するような雰囲気があった。

 

「もう一柱は?」

 

「雨掴。お前たちに寝返りの交渉をしてたのもヤツだったから知っているだろう」

 

 アマツカミ。彼女は栄に猫擬(ネコモドキ)の壱と弐を貸し与え、桐生領内の攪乱と偵察を依頼した者だった。書簡でやりとりしていたのでその姿を見る機会はついぞなかったが、どんな奴なのだろう。

 

 そのとき陣の中心に置いてあった神輿の方から「こっちじゃ」という声が聞こえて来て、栄はそちらを見た。神輿の上から、無表情でこちらを見下ろす女がいた。

 

(わらわ)は副将を務めるアマツカミ。直接会うのは初めてになるのう」

 

「あなたが……」

 

 アマツカミは、肩やへそが透けてしまうほど薄い被衣(かづき)をまとっていた。その下半身は魚の尾びれのようになっていていて、腕や耳の周りにも魚の鱗らしきものがある。一目で人外の者だと判別がついた。

 

「この一年、いろいろ教えてくれて助かった。この侵攻、妾が成功させてやるゆえ心配せんでいい」

 

 空色の瞳でじっと見つめられ、妙な気分になった。ヒツルギのような直接の圧力は全くない。ただ、心の奥底まで見通しているかのような視線に気味悪さを感じ、栄は後ずさりした。

 

「あまり時間もないことじゃし、挨拶は早めに切り上げようか。勝秀、軍を動かすぞ」

 

 そう言うと、アマツカミは栄から勝秀に目を移した。

 

「……分かった。これからはどうする予定だ?」

 

「街道はそれほど広くないし、途中で砦のある北側と南側に分かれるからな。軍を二つに分けるのがいいじゃろ。北の砦は妾が落とすから、南は勝秀に任せよう」

 

「分かった。根越はどちらにつける?」

 

「妾はこの辺りの地理が十分頭に入っているから、勝秀に預けよう。ヒツルギも勝秀についてお助けしろ」

 

 それを聞いたヒツルギは、笑って栄の肩を叩いた。

 

「同じ方面の軍だってよ、栄。仲良くしようぜ」

 

「はは……そうですね」

 

 勝秀の指揮下というのが気になったが、これだけ兵数が居ればあまり関係ないか。そう思っていると、「栄殿」とアマツカミに呼び止められた。

 

「なんでしょう?」

 

「南の街道は北よりずっと楽になるじゃろうが、弓塚村の山城は堅い。無理そうなら無視して進軍するよう勝秀に助言してくれ」

 

「はあ……しかし後顧の憂いをなくすためにもきっちり落とすべきでは」

 

「籠っているのは村人じゃ。どうせ城から打って出られるわけがないのじゃから、放っておいて構わん。それに弓弦彦がいなくとも、あの村にはまだオカラシサマとかいう神がいる。妾の鉄砲隊を回せるならともかく、まともに相手すると時間がかかるじゃろ」

 

 オカラシサマ、と聞いて栄はあの狐娘の姿を思い出した。本人は栄が会話の途中で出してみた尻尾にも気づかないような鈍感ぐあいだったが、持っている力は確かに恐ろしい。何しろ、見ただけで相手を殺せるのだから。

 

「……ご自分でおっしゃった方がいいのでは?」

 

「もう言った。だがあやつはすぐかっとなるからの。むきになっているようだったら、頭を冷やしてやってくれ」

 

「ええー……」

 

 面倒ごとを押し付けられたような気がして、栄はげんなりした。とはいえアマツカミの担当する北の街道の方が武士の守る砦があって苦労しそうな分、やりたくないとは言えなかった。

 

「……もし本当に困ったら妾を呼べ。責任をもって指揮を執ってやる」

 

 そう言い残すと彼女は傍に居た足軽に神輿を担がせ、その場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 弥助が旅立ってしばらくしたある日、早馬がやってきた。馬に乗っていたのは桐生家の侍。彼は近くにいた村人をつかまえると、ものすごい形相で怒鳴った。

 

「緒乃が攻めて来た! 早く山城に籠れ!」

 

 彼は国境にある砦を守る侍だったが、大軍が来るのを察すると城を脱出し、緒乃の襲来を知らせに来たのだという。おそらく明日には大軍がやってくるだろうということを聞いた私たちは仰天し、大慌てで城への食料や武器の運び込みを始めた。

 

 秋康や美琴といった重役は運び込みの指揮に忙殺されていたので、その間私と千歌は山の頂上、城の本丸で顔を突き合わせこれからどうすべきかを話し合っていた。

 

「……大軍って、どれくらいだって?」

 

「だいたい6,7千らしいです」

 

「うえ。この村、戦える男衆が100人くらいしかいないのに」

 

 伝令の侍は千歌に情報を伝えて飯と水を飲み食いした後、すぐ隆景の屋敷へ向かったという。しかし彼や弥助(弓弦彦)は今都にいて、戻ってくるのにはかなりの時間がかかるはずだ。その間、私たちは自分で自分の身を守らなくてはならない。

 

「まあ、城に籠るのですからそれほど悲観しなくてもいいのではないですか。石を落とすくらいなら年寄りでもできますし、高所から射れば女の細腕で引く弓でも勢いがつきます。全員戦えますよ」

 

「それでも300人でしょ……」

 

 城攻めには城を守る方の3~5倍の兵力がいると聞いたことがあるが、緒乃勢はこちらの20倍なのだ。守り切れる気がしない。

 

「いっそ、戦わないで白旗上げたら?」

 

 そう言うと千歌は首を振った。

 

「白旗を上げたあと略奪を受けるだけです。よしんば命は無事でも食料を根こそぎ取られて冬を越せないでしょうし、そんな選択はありえません」

 

「……確かにね」

 

 それもそうだ。時代的に非戦闘員の殺傷禁止なんて決まりはないだろうし、むしろ略奪で兵站を「現地調達」する方が当然だろう。

 

 改めて戦争が始まるという事実を突きつけられ、私の心臓は早鐘のように鳴り始めた。よりにもよって、弓弦彦や隆景が不在のときに攻めてくるなんて。……いや、不在だからこそ攻めて来たというべきか。

 

 私が頭を抱えていると、千歌はぼそりと言った。

 

「オカラシサマの力があれば城は問題なく防御できると思います。おそらく緒乃勢は、入口のある南と傾斜が比較的緩やかな北から攻めてきますから」

 

「ああ、北か南のどっちかを私一人で押さえればいいってわけね」

 

「はい。残った方に村人を回せばより長く戦えます」

 

「でも、援軍が来るまで持ちこたえられるかな」

 

「……攻方(せめかた)の軍も食事はします。兵糧が尽きれば戦はできませんから撤退していくでしょう。実際は、そうなりそうだと察知した時点でわたくしたちを放って次に行くでしょうが」

 

「なるほどね」

 

 要するに、放っておいた方が得だと相手に思わせればいいわけだ。しかしそれはそれで一つ気になる点があった。

 

「もし隆景の援軍が間に合わなくて、緒乃がこの国を乗っ取ったらどうするの?」

 

 城には井戸があるし、収穫が終わったばかりで食料もある。それでも永遠に籠城することはできない。もし緒乃が領国を支配してしまったら、援軍の頼みもなしにジリ貧になるのを待つしかないのだ。

 

「なら、緒乃に従うまでですねえ。別にわたくしたちは上に立つ者が誰だろうとかまいませんし、あちらもいったん支配者となれば年貢を納める農民を無駄に殺すことは避けるでしょう。……父上とか私は責任を問われて処刑かもしれないですが、村人は大丈夫です」

 

「大丈夫って……秋康と千歌は死ぬじゃない」

 

 そう言うと、千歌はこともなげに答えた。

 

「2人の命で皆が助かるなら安いものですよ。オカラシサマ。責任とはそういうものなのです」

 

「そう、なのかな」

 

「はい。わたくしたち名主が普通よりもいい暮らしをしているのは、こういうときに責任を取ってくれると皆に期待されているからなので」

 

「……」

 

 ある程度進んだ知識があるとはいっても、もともとの私は一学生にすぎない。責任という言葉の重みは、むしろ千歌の方がよく知っているようだった。

 

「ふふ、心配しないでいいですよ。それにオカラシサマがしっかり敵を止められなかったら、責任をとる以前に皆殺されるか犯されるかしますからねえ。そっちの心配をした方がいいです」

 

「うう……そういう言い方しないでよ。緊張しちゃうでしょ」

 

 村の命運が私に託されているのだ。大学の入試だとかバイトの面接だとか、そういった緊張とは比べ物にならないほどのひりつきを感じた。

 

(……私のミスが、誰かを殺すかもしれない)

 

 そのとき、かちかちと何か音がしてきた。何だろうと思ったら、自分の歯の鳴る音だった。冷や汗も出てくる。頭だけがふわふわして現実感が希薄になったような感じがした。

 

「千歌は怖くないの」

 

「怖いですよ。しかし、上に立つ人間が震えていたら皆も不安になります。怖いときこそ余裕の笑みを浮かべるのです」

 

「こ、こう?」

 

 私が笑みを浮かべると、千歌は吹き出した。

 

「顔が引きつってます」

 

「……しょうがないでしょ。こんな大変なときに笑えないって」

 

「まったく、オカラシサマは繊細ですねえ」

 

「千歌の肝が据わりすぎなんだよ」

 

 私が彼女に呆れてみせたそのとき、美琴がやってきた。

 

「オカラシサマ、食料の運び込みは終わりました。ですので今は武器やら道具やらを運び込んでいるのですが……書物はどういたしましょう」

 

「だいたい読んでるから、権利書と地図以外は放っておいてもいいよ。他に取られて困りそうなものを運んで」

 

「わかりました。……ああ、そうだ」

 

「まだ何かあるの?」

 

「はい。さっき通路の途中にマムシザサが生えてました。誰かが触ったらまずいので枯らしていただけますか」

 

「え~、この前払ったばかりなのに……」

 

 マムシザサは猛毒を含んでおり、生笹を燃やした煙を吸うのもアウトである。そのため定期的に枯らしに来ていたのだが、もう生えているとは思わなかった。

 

「後でやっとくよ」

 

「ありがとうございます。では、また後ほど」

 

 慌ただしく歩いていく美琴を見送ると、私は今日で何度目かわからないため息をついた。どうも城のあちこちに根を張っているらしい。

 

「笹はしぶといって昔から言われてますから。仕方ないですよ」

 

「はあ……このしぶとさ、あやかりたいもんだね」

 

 夜中までには全部とは言えないものの、村のめぼしい武器や道具は運び込まれ、避難も完了した。未明には緒乃勢に襲われた他の村の人間がやってきたためそれを受け入れ、少し人数が増えた。

 

 

 

 

 そして朝日が差してきた頃。緒乃の大軍がやってきて、私たちの籠っている山城を包囲した。このとき私たちは、そしておそらく緒乃も、この弓塚村の戦いが恐ろしく長引いてしまうことになるとは考えていなかった。

 

 

 

 

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