TS守り神   作:RK

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 戦太鼓の音が、足軽の足音が、鎧や武器の鳴る音が、そこら中から聞こえてくる。敵は私の力を畏れているらしく林の向こうに幕を張って視線を切るように陣を敷いていた。

 

 だが、相手も林の奥で縮こまっていてはこちらを攻撃できない。そろそろ仕掛けてくる──私は城の出入り口の前に立ち、じっと前方を見すえていた。

 

「正一爺さん、矢が飛んで来たら、盾を構えてね」

 

「ええ、オカラシサマには絶対当てません」

 

 私の傍には、木盾を構えた正一爺さんの他、20人の護衛がいた。皆、切り札である私を相手の矢玉から守るために用意された人員で、いざというときは身体を盾にして私を守れと言われているらしい。

 

(……そんなことになる前に、敵を引かせないと)

 

 そう思ったちょうどそのとき、何かが敵陣から飛来し、足元で跳ねた。鏑矢だ。林の方を見ると、大勢の弓兵が姿を現していた。これは、戦闘開始の合図──

 

「盾を構えて!」

 

 叫んだ瞬間、無数の矢が放たれた。

 

 矢は曲線を描き、男衆の掲げた盾に何本も突き刺さる。私が護衛の男たちの掲げる盾の陰に隠れ、とかか、とかか、と矢の当たる音を聞きながら敵の様子を窺っていると、林の向こうから足軽たちが手に手に槍を持って突撃してくるのが見えた。

 

「……来る」

 

 柵や堀があるとはいえ、手をこまねいていたら一瞬で突破されるだろう。そしてそうなれば、皆死ぬ──私は冬蔵の死体を思い出して、怖気をふるった。村の誰かが死ぬのはもう見たくない。

 

「……オカラシサマ」

 

 近くで盾を構えていた男が、不安そうに私を見た。力を使わないのかと目で訴えている。

 

「まだ。まだ足軽が林から出て来てる。十分引き付けてから使う」

 

 そう言いながら、私は瞬きすらせず敵の姿を見ていた。これから私がやるべきことは、いたって単純。敵軍に多大な損耗を与え、攻撃が割に合わないと思わせる──要するに、目の前にいる彼らを皆殺しにすればいいわけだ。

 

 効果範囲や能力の条件についてはしっかり実験して知っていたので、鏖殺できることは分かっている。問題は精神面。実際やるとなると気が重かった。

 

(攻めてきたのはあっちだけど、あっちも人だもんなあ)

 

 きっと、皆家族がいる。それか恋人がいる。親友同士でここに来ているかもしれない。だが、殺さなくては村人を守ることはできないのだ。私は唇を噛み、攻撃のタイミングを待った。

 

「……今だ」

 

 敵兵の前方が堀の端についたとき、向かってくる足軽の列が切れた。私は腕を向け、堀を湖えようと四苦八苦している足軽たちに力を行使する。結果はすぐに表れた。

 

 足軽たちの身体が一瞬でしなび、次々と倒れていったのである。勇猛に突撃した者。弓で援護していた者。堀を埋めようとしていた者。等しく過剰に豊穣の力を与えられ、命を落としていく。

 

 栄養失調と渇きに苦しみ、喉をかきむしりながら死んでいく味方を見て、足軽たちの一人が怒号とも悪罵ともつかない雄叫びをあげる。だがそれも声帯が枯死したのかすぐに途切れ、木乃伊(ミイラ)となって地面に転がった。

 

(まだ半分。全員殺さないと)

 

 私が目を向けると、それに気づいた足軽は悲鳴をあげた。かなり近い距離にいたので顔の判別がついた。彼は弥助と同じくらいの少年だった。一瞬躊躇したが、私は唇を引き結び、手を向ける。

 

「ごめん」

 

 私が力を使うと、彼は恐怖を目にたたえたまま倒れた。

 

「ごめん……ごめん」

 

 私が力を使うたび、無音の死が戦場を覆いつくしていった。30秒前まで鬨の声をあげながら迫って来ていた足軽たちは声もなく斃れ息絶えていく。気がつくと、100人ほどいた足軽は餓鬼の群れと化して全滅していた。ただ一人、木盾をもった敵兵が去っていくのを見て、男衆の一人がつぶやいた。

 

「神威だ」

 

 すると呼応するように神威だ、神威だと護衛の皆が沸く。しかし地獄を作り出した張本人である私は気分が悪くなり、口を押さえた。

 

「お疲れですか」

 

 正一爺さんが心配そうな顔をして聞いてきた。

 

「いや。ただ、殺すのが思ってたより……キツくて」

 

「敵ですよ。あんまり深く考えちゃいかんです」

 

「そう、そうだよね……」

 

 山暮らしのときも、自衛のため侍を弱らせることはあったが人殺しだけはしなかった。現代人としての倫理観がその行為を忌避していたためだ。だからこそ自分が人殺しになったショックは大きかった。

 

 私が爺さんのように敵だと割り切れる人間だったら、あるいは殺しを楽しめる変態であったなら、どんなに楽だっただろう。私は、堀の向こうに転がっている敵の死体から目を背ける。

 

「オカラシサマ。本当に大丈夫ですか?」

 

「……うん、本当に大丈夫だから構わないでいいよ。それよりちゃんと林の方を見張ってて。今のは敵のほんの一部だから」

 

「ああ、承知しました」

 

 うなずいて林の方に目を向けた正一爺さんの背を見ながら、私はため息をついた。

 

(そういえば誰かが言っていたなあ。1人殺せば殺人犯。100万人殺せば英雄。全人類を殺せば神だっけ)

 

 私は100人殺しただけでこの体たらくだ。神を自称するのもおこがましい。自嘲しながら、私は虎口へ飛び込んでくる次の足軽たちを待ち受けた。

 

 

 

 

 

 

 

「南で突撃させた足軽100人が全滅した?」

 

 勝秀の言葉に、帰陣した侍がうなずいた。彼の隣で煙草をくゆらせていたヒツルギは、「そりゃすげえ」と口笛をふいた。

 

「おそらく、例のオカラシサマという神が門を守っているものと思われます。突撃させた足軽たちが一瞬で息絶えました」

 

「で、お前は助かったわけだな?」

 

「……おそらく、盾に隠れていて見られなかったからだと思います」

 

 まだ突撃を命令してから少ししか経っていないのに、100人が殺された。城を囲んでいるこちらは2500人なので、この短時間で4()の兵を喪ったことになる。栄は眉をひそめた。

 

「勝秀殿。言いにくいですがこれは失策では」

 

「そうか? 別に問題あるまい」

 

「開戦前に申し上げた通り、ヤツは見るだけで人を殺します。力押しは通りませぬ」

 

 北は北で、村人のほとんどが集中しているので突破が困難だ。山城を陥とすことができたとしても、この調子では大部分がやられるだろう。だというのに、勝秀は特段焦りもせずのんきに構えていた。

 

「分かっている。だが、これでいくつかはっきりした」

 

「というと?」

 

「見える範囲に力を及ぼせるといっても、北と南同時には守れないこと。そして、直接見られなければよいということだ」

 

 大きな盾の陰に隠れながら進めば、オカラシサマの力を直接喰らわない。だが、それは栄も考えていたこと。そこには一つ問題があるのだ。

 

「この盾を全員のために用意できるのですか」

 

 もともとこの山城の攻略は、「できたらやる」程度のもの。だから城攻めのための木盾のほとんどはアマツカミの軍に回されているのだ。身体全体を隠せるほどの盾を全員に装備させることができるとは思えない。

 

 栄の言葉を聞いて、隣で話を聞いていたヒツルギはにやにやしながら首を突っ込んできた。

 

「……栄殿は、戦慣れしてないんだなあ。ふつう、足りないものは戦場で調達するもんだよ」

 

「戦場で?」

 

 そのとき、大きな木の板をもった兵が陣を横切った。何人もの足軽がそれに続き、板を運んでくる。

 

「こんな大量の板、いったいどこから……」

 

 言いかけてからはっとした。兵が来たのは、村人が打ち捨てた村の方角だ。

 

「村人の家をばらしたのですか」

 

「大正解! 次は家から剥がした板の陰に隠れて前進させるんだってさ」

 

 確かにそれなら盾の数が足りる。それに楯の陰に隠れながら堀を埋めれば突破も容易になるだろう。勝秀が意外としっかりした作戦を練っていたのを知り、栄は少し驚いた。

 

「……しかし、一挙に100人殺せるとは。そのオカラシサマという神、面白いな。どんな奴だ」

 

「狐の耳と尻尾をもった少女です」

 

「ほう、美しいか」

 

「そうですね。髪は透き通るような白銀でした」

 

 栄が答えると、勝秀は下卑た笑いを浮かべた。

 

「……それは、ますます欲しいな」

 

 実はオカラシサマの神通力には栄も目をつけていたので、この反応には少し困った。

 

「あの……もし良ければですが、彼女を捕らえられたら私たちにいただけないでしょうか」

 

 勝秀は首を縦に振るだろうか。それが少し不安だったが、彼は特に考えるそぶりも見せずうなずいた。

 

「よし分かった。だが、一つ条件をつけさせてもらおう」

 

「条件?」

 

「ヤツを捕まえたら一日だけ俺が使う。引き渡しはその後だ」

 

「……わかりました」

 

 何をするつもりなのかは分かったが、そこは深く聞かなかった。「オカラシサマ」がどんなひどい目に遭っても、栄にとっては関係ない。ただ道具として使える神が手に入れば、言うことはないのだから。

 

 

 

 

 

 

「オカラシサマ、南の敵兵の様子はどうです」

 

「……最初に突っ込んできたのを枯らしたら来なくなったよ」

 

 二日目。南の出入り口の前で私が用意された腰かけに座っていると、忠秋がやってきた。

 

「北の方はどう?」

 

「そこそこ攻められてますが、大丈夫です。村のほとんど全員で守れるわけですからね」

 

 北の斜面には竪堀が掘ってあるし、地形的に敵が兵を多く送り込めない。だからよほどのことがない限り突破されないだろうということだった。

 

「じゃあ、相手が仕掛けてくるとしたら、こっちかな」

 

 あの被害を見て撤退の判断を下してくれればいいが、今もまだ北を攻めているということは、戦いを続けるという意志にほかならない。その望みは薄いだろう。

 

「オカラシサマの力、工夫次第で突破できるかもしれませんからね」

 

「……まあ、何してくるかは見当がついてるからいいんだけど」

 

 1つは煙幕を張って、その中で私に肉薄する方法。だがこれは山頂から吹き下ろす風で、敵陣の方に吹くため気にする必要はない。だから、考えていたのは──

 

「来ました!」

 

 正一爺さんの指した方に見えたものを見て、私はうなずいた。敵兵たちはたくさんの板を掲げ、私の視線を切りながら進んでくる。単純だが効果的だ。見えない者は枯らしようがない。

 

「あれ、うちの戸だぜ」

 

「ったく、この戦が終わったら家なしかよ」

 

 どうも敵の持っている木板は村人の家を崩して用意したものらしい。ぼやく護衛の男たちを尻目に、忠秋は訊いてきた。

 

「予想していたということは、当然策もあるんですよね」

 

「うん。皆、火矢に持ち替えて」

 

 私が指示を出すと、男衆は事前に示し合わせていたとおり、弓を取り出して油布を巻いた矢をもってきた。篝火の火を矢先に移すと、全身が隠れるほどの木盾を構え前進してくる敵兵に狙いを定めた。

 

 ここ数日雨が降らなかったから、あの板はよく乾いているはず。

 

「撃って」

 

 火矢が放たれた。木の板に命中するたびにあちらこちらで燃え上がり、火傷を恐れた兵は命綱である盾を落としてしまう。そして姿を私の前に晒した兵から、次々に「枯らされて」いった。

 

 私の視線を切るくらい大きな盾なら、火矢の格好の的なのだ。たとえ堀の近くまでたどり着いても、燃え盛る木の板を掲げながら堀を埋める作業などできるはずがない。

 

 そのとき、視界の端でまだ燃えていない盾を地面に立てて上半身を出した兵を見つけた。そちらを睨みつけると、彼は弓を構えたまま仰向けに倒れた。

 

「……射させないよ」

 

 緒乃兵は弓で火矢の射手を殺したいところだろう。しかしこちらに矢が届くくらいの射角を取るためには今のように盾の陰から身体を出さざるをえず、身体が少しでも私の目に触れれば枯らされてしまう。

 

 つまり弓による援護が私の力によって縛られている以上、彼らは燃やされるのを待つしかないわけだ。燃え上がる盾を取り落とし、枯らされる者。一矢報いようと身体を晒して死ぬ者。再び戦場は地獄となった。

 

「……アケビみたいですね」

 

 悲鳴と怒号の飛び交う戦場を眺め、自身も火矢を射る手伝いをしながら、忠秋はぼそりとつぶやいた。

 

「アケビ?」

 

「……俺の前でアケビを腐らせたでしょう。敵の死体が、あれにそっくりだなと」

 

 言われて私は思い出した。弥助と喧嘩していた彼を目いっぱい脅かして見せたことを。

 

「ああ、あのときはごめん。ちょっとやりすぎだと思ってたから」

 

「文句が言いたいわけじゃありません。ただあの怖さを今、敵も味わってるんだと思ったら少し愉快な気分になりまして」

 

「……どっちも私がやりたくてやってるわけじゃないんだけどね」

 

 あのときの忠秋のように、緒乃軍もさっさと退散してくれればむやみに人を殺さなくていいのに。そんなことを思ったとき、私はふと違和感を覚えた。

 

 なぜ相手はさっさと逃げないのだろう。これ以上突撃しても死者を出すだけ。逃げるそぶりも見せないということは、何か作戦がまだあるのでは──

 

「よう、お前がオカラシサマか」

 

 そんな声が聞こえたかと思うと、何か冷たいものが胸に入ってくる感触がした。見下ろすと、刀が私の右胸を突き刺していた。

 

「え」

 

 私は口の中に溢れてきた血を吐き出しながら、突然刀身が現れた空間の方を見た。

 

「……やっぱり、見えていなけりゃいいのか。これなら最初からやっときゃ良かった」

 

 目の前の空間が歪み、赤鎧を着た侍が姿を現した。どうやらカメレオンのように風景に溶け込んでいたらしい。

 

「お前は、何者?」

 

「ヒツルギだ。大将があんたを連れて来いって指示を出しててな。来てもらうぜ。でもその前に」

 

 そう言うと、彼は細長い針を取り出してうずくまる私の両目にあてがった。

 

「危ないお目目は、潰しとかないとねえ?」

 

「や、やめ……」

 

 何をするつもりなのか分かったときにはもう遅かった。針が私の眼を貫き、激痛とともに視界が暗転した。

 

 

 

 

 

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