TS守り神 作:RK
「いっ、痛い……いたいいたいいたい!」
両の目に針を突き入れられ、のたうち回る「オカラシサマ」を見て、ヒツルギはほうと安堵の息をついた。最大の武器である視界が奪われた今、彼女は何の役にも立たない小娘に成り下がった。
ヒツルギは息を吸い込み、盾の陰で縮こまっている味方に大声で呼びかけた。
「悪神の目は潰した!」
声を聞いた緒乃兵たちは盾を捨て、こちらへ向かってくる。最大の障壁であったオカラシサマが機能不全に陥った今、彼らを阻む者は誰もいない。つまり──この山城は、陥落する。
(案外楽な仕事だったな)
こんなにもあっさりオカラシサマを倒せたのは、相性が良かったからだろう。ヒツルギの力──剣と己を秘す神通力は、目で見て力を及ぼす彼女にとっては、天敵のようなものなのだ。
「さて、来てもらいますよっと」
髪を掴み、無理やりオカラシサマを立ち上がらせる。そのとき、彼女が両目に刺さっている針を抜こうとしたのでヒツルギは耳元で怒鳴った。
「抜くな!」
その声に、オカラシサマはびくりと肩を震わせた。針を抜いてしまうと、いつ再生が完了するか分からない。力を封じておくためにも、針を刺しっぱなしにしておく必要があった。
「逃げようとしたら、こうだよっと」
針を目の中でかき回すと、オカラシサマは絶叫をあげた。びくびくと身体が跳ね、目から溢れた涙とも血液ともつかない液体が地面に落ちる。
ヒツルギが痙攣するオカラシサマを小脇に抱え、立ち去ろうとしたそのとき、かつんと背に何かが当たる音がした。振り返ると、若い男が弓を構え、こちらを狙っていた。おそらく今のは、彼の放った矢がヒツルギの鎧われた背に跳ね返された音なのだろう。
「……オカラシサマを放せ。さもなくば」
「さもなくば、射るってかい? 怖いねえ」
面白い。ヒツルギはオカラシサマを抱えたまま刀を構えた。本来のヒツルギの役割は前線にでてきた将を直接殺し、指揮系統を瓦解させること。将を殺してから敵陣から脱出するくらいの技量はあるのだ。
二人が対峙したそのとき、苦悶の表情を浮かべながらオカラシサマが口を開いた。
「……忠秋。そこにいるの?」
目の前にいる男は忠秋というらしい。忠秋は弓を引き絞りながらうなずいた。
「今助けます。どうかそのまま……」
「逃げて」
「は?」
「ここにいたら皆やられる。南を守ってる人たちを連れて城の奥へ退避して」
忠秋は信じられないというように叫んだ。
「あなたが居なくなったら、どのみちこの城はおしまいです」
その通りだ。堀と柵を突破された後、北を守る人員の半分を回したとしてもどうしようもない。今更退避しても彼らには未来はないのだ。
「いいから逃げて。『アケビになりたい』の?」
彼女の言葉を聞いた忠秋は少し目をみはった。そして一瞬逡巡した後、城の奥へと逃げて行った。
「アケビってなんだ?」
「こっちだけの話。……ところで、私はこれからどうなるの?」
「うちの大将のとこに連れていく。ま、あんたは器量がいいからな。いいオモチャになるだろうよ」
「なるほどね……」
もはや抵抗する気もなくなったのか、オカラシサマは力を抜いてヒツルギの抱えられるがままになっていた。だが、針を刺されたときに比べると、かなり落ち着いてきているようだった。
「ちなみに、ヒツルギはいつの時代から来たの? 日本?」
そう言われ、ヒツルギははっとした。神ということは、彼女も同じ世界から来ているのだ。
「……1987年の日本」
オカラシサマはそれを聞いて、意外そうに言った。
「近いなあ、私は2022年の日本だから、たった35年しか違わないわけだ」
「それがどうしたんだ」
歩いているうちに、味方の兵と合流した。敵がいないので堀を埋めずに梯子をかけて登って来ていたらしい。辺りが一気ににぎやかになった。
「最初に緒乃兵を殺したとき、私は吐きそうになったよ。ヒツルギはそうなったことはないの」
「ねえな。俺は何でも楽しむ主義でね」
「……そう、私の目をかきまわしたのも楽しみの一環?」
「まあな」
質問の意図がわからず、ヒツルギは困惑しながら答える。するとオカラシサマは心底嬉しそうにつぶやいた。
「ならよかった」
「?」
怪訝に思い、ヒツルギは抱えているオカラシサマを見た。目を潰され敵陣に連れていかれる途中だというのに、彼女の顔には絶望も焦りも浮かんでいなかった。
「倫理観が似てたら……ヒツルギも、私みたいに嫌々殺しをやってたなら申し訳ないと思ってたから。でも楽しんでたなら遠慮はいらないね」
「……それは、どういう」
言いかけたそのとき、抱えていたオカラシサマが急に石地蔵のように重くなったような感じがした。続けて、急激な渇きと飢えがヒツルギを襲う。周りにいた兵たちも、ばたばたと倒れていく。
「これは……なんで」
「確かに対象を定めるなら、目で見なくちゃいけない」
ヒツルギの力が抜け、地面に投げ出されたオカラシサマは、自分についた土を払いながら立ち上がった。
「無差別に力を使うときは目が見えなくてもできるんだ。問題は、私の周りにいる人皆を無差別に枯らすことなんだけど……周りに敵しかいないなら、なんの問題もないよね」
彼女の足元を中心に、雑草が生い茂った。枯死した兵たちを包み込むように青い絨毯が広がっていく。彼女の背後には毒々しい紫色の笹が無数に生えており、あたかも地獄に落ちてしまったかのような錯覚を与えてくる。
「化け物め」
一瞬で形勢を逆転されてしまった今、笑うしかなかった。災いの源である彼女を殺そうにも、手足が萎えて立ち上がれない。オカラシサマは潰れた瞳でヒツルギを見下ろした。
「化け物ね……私から言わせてもらえば、攻めてきたヒツルギたちの方がよっぽど化け物に見えるよ」
その言葉を聞いたのを最後に、ヒツルギは意識を手放した。
「南で大怪我をなされたと聞きましたが、大丈夫でしたか」
山城の本丸。私が南の門から戻ってくると、大釜で雑炊を煮炊きしていた美琴が声をかけてきた。
「うん。胸刺されて両目潰されてたけど何とかなったよ」
「……よくそれで平気でしたね」
「全然平気じゃないよ。ものすごく痛かったんだから」
目を針でかき回される痛みを思い出して私はぶるりと震えた。とはいえこれでも幸運な方だろう。敵が私を殺さず捕まえるつもりだったからよかったものの、最初から暗殺目的で来られていたら終わっていた。
「……ところでオカラシサマ、南の守りは今どうなっているのですか。オカラシサマがここにいるということは、南はがら空きなのでは」
「ああ、それは大丈夫。相手を倒すついでにいいものが生えたから」
「いいものって?」
「マムシザサ」
私の範囲攻撃は、人間だけでなく植物の成長にまで影響を及ぼした。生命力の強い笹がかなり成長し、門の前を遮るように藪ができたのである。
もちろんそのままだと大した障壁にはならないので火矢を放って燃やした。笹が燃えて発生した毒ガスは山から吹き下ろす風で南方のふもとに溜まっている。緒乃兵たちはしばらく近づけないだろう。
ガス防御の説明をすると、美琴は少し感心したようで、声のトーンをあげた。
「そういう使い道がありましたか。ではある程度城の内部に笹を用意した方がいいですね。いざとなったら燃やして侵入を阻めますし」
「触る人が出ないよう気を付けないとね。あと、もう一ついいことがあって」
「何ですか?」
「私に不意打ちをかました敵の神を捕まえられたんだ」
私が合図すると、げっそりと痩せたヒツルギを後ろ手に縛った忠秋が入ってきた。南の戦場で他の緒乃兵はみな死んだが、彼は神として段違いの生命力をもっていたらしく、衰弱しながら生き残っていたのだ。
「あなたがオカラシサマの目に針を刺した野郎ですか」
ぎろりと美琴に睨まれ、ヒツルギはため息をついた。
「作戦上必要だったんだよ」
「理由は聞いていません。ウチの神様を傷つけたこと、万死に値します」
「もういい美琴。こいつから敵の情報を引き出す方が先だ。まあ何も言わなかったり、嘘をついていたら私と同じ目に遭わせてもいいけれど」
私が言うと、ヒツルギは少しこわばった笑みを浮かべた。
「何でも教えてやるよ。……だからそう睨むなって」
ヒツルギはまだ彼をねめつけている美琴にそう言ってからこちらを向いた。時間があまりないので、悠長にはしていられない。私はさっそく質問した。
「私たちを囲んでる軍はどれくらい? 大将は誰?」
「ざっと2500。大将は緒乃勝秀っていう緒乃領主の息子だ」
「ふうん。兵数、私は6000くらいって聞いたけど」
「元はそれくらいだな。残りは北街道に行ってる。軍を分けてあるんだ」
北の街道には桐生家の砦やタタラ場があるので、軍を分けて侵攻してくるというのは十分あり得る。嘘ではないだろう。
「総大将の勝秀ってどんな奴なの」
「どうって言われてもな。凡将だよ」
そう言ってヒツルギは肩をすくめた。確かに、これまでの戦闘では緒乃側の被害が増えるだけでこちらにはほとんど死傷者はいない。しかもヒツルギという切り札を早々に切ってそれを失っているのだから、むしろ愚将といってもよいかもしれない。
「……いくら領主の息子だからって、そんなヤツを総大将にするかな。他に軍師というか、作戦考えてる人がいるんでしょ」
そう訊くと、ヒツルギはうなずいた。
「ああ。副将のアマツカミだな。あいつは緒乃軍で一番頭が切れる」
「名前の感じからして神か。どんなヤツ?」
「見た目は……人魚の女といえばいいか。足が尾びれみたいになってて立てないから、いつも神輿に載ってるよ」
「強いんですか、そのアマツカミという神は」
美琴が首をかしげながら口を挟んだ。確かに陸上に上がっている人魚が強いなんてイメージはないが。
「弱い。一対一のよーいどんなら普通の人間でも殺せるし、腕力も再生力も並み以下だ」
「ええ……」
しかしそんな神が理由もなく副将になれるとは思えない。となると考えられるのは私のように持っている力が強力なタイプだろうか。そう訊くと、ヒツルギはうなずいた。
「ああ。あいつは一定の範囲の水を動かせるんだ。降ってる雨を一か所に集めるとか、潮の流れを変えるとか。川を氾濫させて、敵軍まとめて
「……できるなら、相手したくないね」
山城に籠っているので洪水による攻撃をくらう恐れはないが、雨を集中的に降らされると面倒だ。食料が腐る可能性があるし、視界も悪くなる。かなり厄介な相手かもしれない。
「そいつは今どこにいるの?」
「北方面の軍を指揮してる。だけど俺がやられたってことを聞いたらこっちに来るだろうな」
「うえ。ちなみに、アマツカミの軍には何か特殊な装備とか人員はある?」
「直属の鉄砲隊と法力僧が数人」
「……法力僧?」
「正巌寺本山の権力闘争に負けて、流れてきた奴らだ。そいつらを使って、野良の妖怪を殺したり使役したりしてる」
私は来寛と戦ったときのことを思い出し、ため息をついた。彼ら法力僧は、神の力を借りる神職とはまた違う理外の「
まあ平たく言えば魔法で、法力僧=魔法使いのようなものと考えていいだろう。仏教徒の誰かがやって来てこの世界の魔法に仏教の概念を当てはめた結果、こういう呼ばれ方をするようになったのだ。
「アマツカミの力だけでもまずそうなのに、そんな連中まで……来寛みたいなのが何人もいるってことでしょ」
「流れ者でしたら大丈夫でしょう。あの人くらい強い僧はそうそういませんし」
「いるかもしれないでしょ。実際、どれくらいの使い手なの」
私の言葉に、ヒツルギは首を振った。
「知らんね。アマツカミは、俺にゃ自分の手札を教えたがらなかったから」
「それはどうして?」
「今こうしてあんたらと喋ってるので、十分答え合わせになってるだろ?」
「なるほど。だからさっきからべらべらと……」
彼は自分の身が危ないと感じたらなんでも軍の情報を漏らす奴だと思われていたのだ。それに能力的に捕まる確率の高い作戦を行うので、敵に身柄を拘束された場合に備え、真に重要な情報は知らされていないのだろう。
彼もそれを分かっているから普通に喋っていたのだ。ヒツルギはにやりと笑った。
「まあ、俺が情報を漏らしたところで、あいつが負けるとは思えねえけどな」
山城を囲んで5日。緒乃の陣にはやや厭戦の気分が広がっていた。
北は守りが固く、数の利が活かせない地形であるためまず突破できない、南は、あのおそるべきオカラシサマが、生きとし生ける者をすべて殺してしまう。打つ手が無く、無駄に死ななければならないというのなら、士気も下がるというものだ。
「そろそろ、この城を囲むのをやめませんか」
アマツカミに言われたことを思いだし、栄は勝秀に提案した。オカラシサマを手に入れられなかったのは癪だが、これ以上戦いを続けると、侵攻の計画に狂いが生じる。引き時だろう。
「ここまでコケにされて、引き下がれるか?」
「しかし、すでに切り札は切ってしまったのでしょう」
「……」
勝秀は眉間にしわをよせ、露骨に不機嫌そうな顔をした。2日目に勝秀が自信をもって送り出した盾隊とヒツルギがやられて以来、彼は不機嫌なままだ。
「アマツカミ殿に、無理そうであれば次へ行けと助言するように言われているのです。どうか聞き入れてください」
栄がそう言うと、勝秀は苦々しい表情を浮かべた。
「……その、アマツカミを呼んだのだ」
「え?」
栄が聞き返そうとしたその時、陣の後ろから大勢の足音が聞こえて来た。振りむくと同時に、その人物に声をかけられた。
「久しいのう。栄殿と勝秀」
アマツカミは神輿の上で寝転び、頬杖をつきながらこちらを眺めていた。相変わらず表情は読めないが、声には少し呆れの色が含まれていた。
「妾は、この城は落とさなくていいと言ったはずじゃが?」
「弓塚村は他の2倍くらい食料があるし、オカラシサマを手に入れればかなりの得になる」
「知っておる。そのうえで、無理はせんでよいと妾は言うた。ヒツルギを早々に突っ込ませて失うのは「無理」に入るんじゃぞ」
「……」
勝秀は顔を赤黒くしながら押し黙った。アマツカミはそれを見ると大義そうに「まあよい」と答え、こつこつと額を叩いた。
「流石にここまでやられて引き下がれば、名誉にかかわるじゃろうからな。これからは妾が指揮を執ってやる」
感想・誤字報告ありがとうございます。なるべく早めに次が出せるよう頑張ります。