TS守り神 作:RK
「下策じゃのう……」
勝秀が行った山城攻略についての報告を聞き終わり、アマツカミがつぶやいた最初の一言はなかなか辛辣だった。戦慣れしていない栄には勝秀の作戦が悪いものには見えなかったので、その理由が気になった。
「何が悪かったのでしょう? 私は勝秀殿には落ち度があるようには見えませんでしたが」
アマツカミは露骨に面倒臭いという顔をしたが、指を立てながら説明を始めた。
「一つ、火矢で盾を焼かれたこと。あんな図体の盾を出したら火矢を射てくるに決まっとる。水で湿らせるだけでも対策できるのに、それを怠った」
「……」
「二つ、ヒツルギという切り札の使いどころが違う。オカラシサマを殺すならともかく、捕まえるとなると今回のように反撃を受ける可能性がある。山の反対側で指揮をとっている長を殺して、『くずし』に使うべきじゃった」
「お言葉ですが、それはオカラシサマの力が視界に拠らなくても使えると分かっている今だから言えることでは」
栄が疑問をぶつけると、アマツカミは首を振った。
「そもそも神同士で直接対決など、よほど勝算がなければするべきではないのじゃ。こちらの神がやられた場合、敵だけ神の加護を受けるようになって打つ手が無くなるからな。特にヒツルギは、危険な任務に放り込むにはもったいなさすぎる駒じゃった」
言葉の最後は、半ば勝秀に向けられていた。
「で、三つ目じゃが……」
「もういい。俺が失敗したことは十分にわかった。これからどうすればいい」
勝秀はアマツカミの言葉を遮り、彼女に教えを乞うた。延々と彼の失敗を指摘して傷をえぐっているようなものだから、聞くに堪えなかったのだろう。アマツカミは考えるときの癖なのか、こつこつと額を叩きながら答えた。
「とりあえず、オカラシサマを釣りだしてみようかの。ヤツを倒す手立てはあるが、広範囲に力を及ぼせる神が城に籠っているとどうにも手が付けにくい」
「はあ……どうやって釣りだすのですか」
あちらは緒乃が諦めるまで城に籠り続けたいのだ。確かにオカラシサマの力があれば打って出て緒乃を壊滅させることもできるかもしれないが、彼女を失う危険を冒してまでそんな行動をとるとは考えられない。
「彼奴らを籠城できない状況に追い込めば動かざるを得なくなるじゃろ。例えば、兵糧と水を駄目にするとかな。ただ食料を腐らすだけの雨は梅雨から夏頃しか降らんから、今回は水断ちで攻める」
アマツカミが合図すると、彼女の部下が巻物をもってきた。広げてみると、それは栄の情報を元に描かれた地図で、この山城の周辺には赤い印が3つ記してあった。
「これから兵を使って、この北西と西と南西にある三点を水が出るまで掘れ」
「……なぜ?」
「妾の見立てでは、この辺りの地下水脈は山城の井戸と繋がっておる。そこそこ標高の高い山にある井戸じゃから、妾の力で水を汲み上げてやれば水位が下がってやつらはロクに水を汲めなくなるじゃろう」
「……そして渇きに耐えきれなくなったら、奴らは俺たちを倒すために打って出てくるということだな」
方針がはっきりして、やや元気を取り戻したらしい勝秀が、アマツカミの言葉を引き取った。
「ああ、他に何か質問はあるかの?」
「穴を掘って相手を渇水地獄に落とすにはだいぶ時間がかかると思うのですが、侵攻の計画に支障はないのですか」
たとえこの局地戦に勝ったとしても、戻って来た隆景に負けてしまえばそれで終わりだ。そうのんびりはできない。栄の焦りを読み取ったらしいアマツカミは、少し考えるそぶりを見せた。
「……大丈夫じゃ。穴掘りに1日、村人どもが渇くまで2日、合わせて3日ほどといったところか。じゃが隆景が戻ってくるにはもっと……5日以上はかかる。今は都で大忙しじゃろうし、軍を移動させるには時間が要るからの。それまでには制圧できるはずじゃ」
「なるほど、わかりました」
「……まあ栄殿の立場としては気になるところじゃろうな。しかし
栄に釘を刺すと、アマツカミは含み笑いをした。
戦が始まって6日が経った。2日目のヒツルギの特攻には肝が冷えたが、それ以降敵は目立った動きを見せていない。特に5日目以降は南北どちらの方面も積極的な攻勢をとって来ることはなかった。
「……そろそろ都に知らせが届く頃でしょうかね」
正一爺さんは周囲を警戒しながらつぶやいた。確か歩いて4日程度なので、早馬ならとっくに着いている頃だろう。だがすぐこちらに戻ってこれる状況とは限らないし、隆景の援軍がいつ来るかということはまだわからない。
「はあ……早く諦めてくれればいいのに」
私がため息をつくと、正一爺さんはうなずいた。
「全くです。まともに水浴びもできないんで、臭いのなんのって」
井戸水があるといっても、流石に300人以上の人間の生活水を全て賄うことはできない。そのため用途を飲用と調理用に限定しており、風呂に入ったり洗濯したりといったことができないのである。
私だけは濡れ手ぬぐいで身体を拭かせてもらっているのでそこまで匂わないだろうが、本当に大丈夫だろうか。私が首を回して服の匂いをくんくんと嗅いでいると、正一爺さんはぷっと吹き出した。
「大丈夫ですよ。皆臭くなったら、どうせわかりやしませんって」
「……それはそうだけど」
弥助が戻ってきた時に臭いと言われたら立ち直れない。私がなおも神経質に自分の匂いをかぎ分けていたそのとき、城の奥から息せききって美琴が走ってきた。
今まで見たことがないほど顔を青くして、うろたえている。その顔を見た瞬間、私はとんでもないことが起きたのだということを直感した。
「どうかしたの?」
「井戸の水が……枯れました」
その事実が意味するところを察して血の気が引いた。井戸水が枯れれば、私たちは風呂に入れないどころか、飲み水すら確保できなくなる。つまり、何日も籠城して援軍を待つということが不可能になるのだ。
「原因は?」
「わかりません。ですがこれは緒乃勢に都合がよすぎます。おそらくあちらが何らかの手段をもって水を断ちにきたのでしょう」
美琴の言葉を聞いて、ヒツルギの言っていたもう一人の神の存在──アマツカミのことを思いだした。おそらくこの井戸枯れは、水を操るという彼女の力によるものだろう。
「やられた」
私は歯噛みした。こんな搦め手からの攻撃は防ぎようがない。直接誰かが死んだわけではないが、今までで最も厳しい一手を指された。
「……ちなみに、水はどれくらい貯めてある?」
「とりあえず水が尽きる前にありったけ汲みだしましたが、節約しても2日ほどしか持たないかと」
「まずいね」
想像以上に制限時間は短い。これでは隆景の援軍が来る前に、脱水で全滅してしまう。
「どうしましょう、オカラシサマ」
「大丈夫。私がついてるから。それに──隆景が早く着くかもしれない」
そうは言ってみたが、一日と半日籠城を続けても、やはり援軍が来る気配はなかった。途中から尿を集めて蒸留水を作るような工夫もしていたが、雀の涙ほどの水しか得られなかった。
「私が城の外に出て、緒乃兵を攻撃する」
8日目の昼。秋康、千歌、忠秋、美琴の4人を本丸に集め、私はそう宣言した。もはやこれしか村を救う手立てはない。援軍の存在も確認できないし、水が完全に尽きれば防戦すらおぼつかなくなる。その前に打って出なければならない。
「……もう少し待ってみたらどうです。雨が降るかもしれない」
忠秋は曇天を指した。朝頃にわかに曇りだして雨の気配がしているのだ。恵みの雨さえ降れば戦いは続けられる、と言いたいのだろう。
「アマツカミは敵陣にだけ雨を降らせることができたんだって。なら、その逆も絶対できる」
「こちらに振るはずの雨を別の場所に集めてしまうということですか。確かにそうされたら、私たちは水にありつけませんね」
美琴は肩をすくめ、「それで」と私に目を向けた。
「オカラシサマが出陣なさるとして、お一人で行くのですか。それとも護衛をつけていくのですか」
「なぜオカラシサマを一人にするという案がある? 動ける男衆全員で守りながらいけばいいだろう」
「それだと私の範囲攻撃が使えないんだ」
秋康はうなずき、言葉を続けた。
「わかっています。それでも一人でいくと落とし穴や矢罠でやられるでしょう。あちらも最終的にこちらが打って出てくることを予想してるはずですから、オカラシサマの奥の手に対して、そういう策が仕掛けられていてもおかしくはない」
「確かにね」
かと言って目視に切り替えて護衛をつけるとしても、不意打ちを受ける可能性が高まる。私が頭を抱えていると、千歌が手を上げた。
「えーとですねえ。皆さん緒乃を倒すことばかり考えていますが……相手を撃退する必要があるんですか?」
「どういうこと?」
「水が足りないから短期決戦しようって話になっていますが、そもそも水があれば今まで通り籠城できますよね。ですからオカラシサマが包囲の一部を壊して、敵を近づけないようにしてる間に、何人かで最寄りの川に水を汲みに行くっていうのはどうですか」
「……そんな手があったか」
確かに水を汲みに行く方が危険を冒して緒乃軍を殲滅するよりもはるかに安全だし現実的だ。むしろこちらを真っ先に考えるべきだった。
(ちょっと頭に血が上ってたな)
私が反省していると、美琴は地図の南東を流れる川を指さした。
「その策をとるのでしたら一番近い川へ行きましょう」
「そうだな。あの辺は近くに視界を遮るものが少なそうだしな。汲み出しは荷車に桶を積んでって感じで……オカラシサマ、これでいいですか」
忠秋の一言で、皆が私を見た。策の軸が私である以上最終決定権は私にあるというわけなのだろう。まあ他に代案はないので賛成の一択だ。
「……うん、水汲み作戦でいこう」
ちょうどそのとき、さあっという音とともに雨が降りはじめた。その場にいた皆がはっとして顔を上げたが、いつまでたっても雨はこの山城には降ってこない。
私たちの頭上に降ってくる雨は見えない壁に遮られるようにして空中にたまり、南東の方角へ吸い込まれていたのである。
それから準備を整え、何人かの護衛とともにまず私が城を打って出た。
「オカラシサマだ!」
「逃げろ!逃げろーっ!」
ここ数日の戦闘ですっかり私の脅威は知れ渡っていたらしい。私の姿を見るや、まともに戦いもせず下がっていく。今回も私の近くで周囲を警戒してくれていた正一爺さんが、楽しそうな声をあげた。
「案外楽ですなあ」
「ひらけた場所で私の相手をしたくないってのは分かるけど、まさか戦いもしないとはね」
無駄な戦闘をしなくていいのはありがたいが、裏を返せば相手も戦力を温存できるということ。あまりもたもたしていると囲まれるかもしれない。
「とりあえず、川までの道を確保しよう」
それから私は数分ほどかけ、南東の川の前に立ちはだかっていた林の一部を枯らしつくした。これで私の視線が南の門付近から川まで素通しになり、給水ルートが確保される。
「今だ! 早く!」
私が合図すると、秋康の率いる男衆が荷車を数台曳いてきた。そして川の近くにつくと、積んでいた桶を使い、急いで水汲みを始める。
「敵は……来ないか」
周りを見渡すが、緒乃軍が攻めてくる気配はない。むしろこちらが打って出て来たことに戸惑っているようで、林の向こうで右往左往する敵兵がちらちらと見えた。
そうこうしている間にこちらの荷車は一往復し、2回目の汲みだしにかかる。
「これはいけそうですな」
「うん……」
正一爺さんの言葉にうなずきながら、私は少し不安を感じていた。
二回目の汲みだしも終われば、籠城を続けるのに十分な水が手に入る。そうなったら時間制限のある緒乃は弓塚村を諦めざるをえなくなり、事実上の敗北ということになる。
だからこそ、アマツカミが手をこまねいているわけがないのだ。絶対何か仕掛けてくる。
そう思っていると、どーん、と川の上流で大きな音が響いた。私が音のした方を見ると、すさまじい勢いで川を下ってくる大量の水が目に映った。
鉄砲水だ。それを認識した瞬間、私は青ざめた。猛烈な勢いで駆けおりてきた水は、大蛇がうねるように水汲みをしていた男衆に襲いかかる。
「逃げて!」
叫んだが、すでに遅かった。激流が荷車ごと男たちを飲み込み、彼らが運ぼうとしていた荷車ごと消し去ってしまった。
「あ……ああ」
私が呆然としていると、続けて林の中から何発もの銃声が聞こえて来た。私を守っていた村人の一人が雷に打たれたかのようにばったりと倒れる。
「鉄砲!?」
私は驚愕した。鉄砲の存在自体はヒツルギから聞き出していた。だが雨が降っているときは火薬が濡れて使い物にならなくなると踏み、村の誰もがあまり気にしていなかったのだ。
「伏せろ! 盾を貫通してきやがる!」
「ぎっ」
「ぐえ」
鉄砲による猛攻を喰らい、私の周囲で盾を構えていた村人たちがなぎ倒されていく。どうやら敵は三方向に展開し、同士討ちを避けつつ集中射撃を行っているようだった。
私も目視による反撃で撃ち手を林ごと枯らそうとしたが、いかんせん手数が違いすぎる。一人、また一人と撃ち倒されていく。
「オカラシサマ!」
そのとき、私は誰かに突き飛ばされた。間髪入れず背後で銃声が響き渡る。
「爺さん?」
振り返ると、呆けた顔をした正一爺さんが立っていた。その首筋と胸に赤い染みが広がっていくのを見て、私の頭は真っ白になった。
「オカラ……様……にげ………」
ぼそぼそとつぶやくと彼も地面に転がり動かなくなる。そして、ついに立っているのは私一人になった。
皆死んだ。いや、殺された。それを認識した瞬間、私の胸のうちにふつふつと怒りがわいてきた。よくも。よくも殺してくれたな。よくも、よくも、よくも。
「よくも!」
私を中心に、凄まじいスピードで雑草が生い茂りはじめた。無差別の範囲攻撃。周囲に味方がいなくなったからこそ使える奥の手。ヒツルギのときと同じように、皆殺しにしてやる。
怒り狂った私の力が周囲に広がっていくスピードは、前回よりも段違いに速い。伸びては枯れていく雑草の絨毯は敵兵の潜む林にまで到達し──そこで止まった。
「え?」
なぜ止まったのだろう。木々を睨みつけても、枯れる気配はなかった。
(力が封じられてる?)
私が焦り始めたそのとき、射撃が行われていた三方からそれぞれ一人ずつ僧形の者たちが姿を現した。全員、何かぶつぶつとつぶやきながらこちらに近づいてくる。
『流れ者の法力僧たち』。私はヒツルギの言っていたことを思いだし、唇を噛んだ。
私の力が封じられているのはあの僧たちのせいだろう。そして僧たちが囲める状況、つまり私を城の外へ出てくるよう誘導したのはアマツカミ。
「……ああ、そっか。全部。全部手のひらの上だったんだ」
私は敗北の苦みを噛みしめながら、迫ってくる僧たちの姿を見やった。
8日目の夕刻。こうして打って出た補給組は全滅し、私は緒乃軍の手に落ちた。