TS守り神   作:RK

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 宵の入りに私は敵の本陣に連れていかれた。能力封じを施され後ろ手に縛られている今は手も足も出ない。歩きながら、私は皆を助けられなかったことの後悔と、今から何をされるのかという不安に押しつぶされそうになっていた。

 

「……ほう、こいつが。情報通りの上玉だな」

 

 陣幕に入るとそこには黒々とした欲望をむき出しにした男が立っていた。男は私を見るや、無遠慮に頬に触れた。

 

「うむ。肌も柔らかい。胸はあまりないが、どれあそこは……」

 

 ふに、と胸を揉み、次いで着物の裾をかき分けようとしてくる男への嫌悪感で肌が粟立った。覚悟はしていたが、実際にされるとなるとこたえるものがある。

 

 私が目をつぶって顔を背けていると、「やめよ、勝秀」という声が響いた。目の前の男──勝秀は、不機嫌そうに振り向いた。

 

「なんだ、いいところなのに」

 

「いくつか聞きたいことがあってな。遊ぶのはその後でいくらでもできるじゃろ」

 

「わかったよ」

 

 男がどくと、そこには神輿の上に座る女がいた。彼女の腰から下が魚の尾びれのようになっている姿を見て、私は相手が何者であるかを察した。

 

「アマツカミ……!」

 

 私を捕らえ、村人を激流と銃火で皆殺しにした女。その仇が目の前に現れたのだ。アマツカミは名を呼ばれたことに少し驚いたようで、わずかに目を見開いた。

 

「知っておるのか。妾のことを誰から聞いた?」

 

「………」

 

 私は何も答えなかった。何も情報を与えないこと、それが今ここでできる私の最大限の抵抗だ。

 

 アマツカミは何の返答も返さない私に対してとくに苛立った様子も見せず、「まあよい」とつぶやき言葉を続けた。

 

「では次の質問じゃ。ヒツルギは生きておるか?」

 

「………」

 

「妾の声、聞こえとる?」

 

 なおもだんまりを決め込んでいると、アマツカミはため息をついて指を鳴らした。すると近くに控えていた兵が(はさみ)をもってきて、私の耳をばつんと切った。

 

「~ッ!」

 

 私は悲鳴を押し殺した。生温かい血がぬるりと流れ、地面に落ちて赤黒い染みを作る。

 

「すまんな。妾の問いに答えんから、その耳は飾りかと思ったんじゃ。許せ」

 

 私は涙を浮かべ、きっとアマツカミを睨んだ。しかし彼女は何の反応も示さず質問を重ねてくる。

 

 やって来た時代。豊穣の力の内容。2日目に生やした毒笹の名前。質問に沈黙を返すたび、耳に切れ込みを入れられる。少し時間を空けると再生してしまうため、それがかえって拷問の苦しみを増幅させることになった。

 

 しばらくすると、アマツカミの方もらちが明かないと思ったのか、質問をやめた。

 

「……駄目じゃのう。誰か村人を捕らえている奴はおるか?」

 

「残念ながらおりませぬ。出てきた分は皆殺してしまいましたので」

 

「そうか。ならば問うのは城を落とした後にするかの。こやつの目の前で村人を拷問すれば、もっと舌の回りが良くなるじゃろ」

 

「しかしそのときはもう根越殿に引き渡す頃では」

 

「待たせよ。どうせ栄一人ではオカラシサマを管理しきれんじゃろうし」

 

「……さ、かえ?」

 

 それを聞いて、私は耳を疑った。根越栄。それは、一年前に弓塚村にやって来た神主家の人間ではないか。

 

「なんで、栄の名が出てくる」

 

「こっちの問いには答えず、逆に訊いてくるとはいいご身分よのう」

 

 彼女はため息をつき、私を見下ろした。

 

「ま、妾は親切じゃから教えてやろう。あいつは内通者でな。いろいろこの国のことを教えてもらっていたんじゃ」

 

「……そういうことか」

 

 私は一年前の栄の言動を思い出した。彼が私の力を知りたがっていたのは、アマツカミに知らせるためだったのだろう。

 

「本当にあやつは役に立ったわ。城の水を抜く策も、栄の地図がなければ実行できなかったじゃろうしな」

 

 それを聞いて私は息をのんだ。

 

 一年前、私が栄を疑って捕まえてさえいれば、アマツカミによる水断ちは使えなかった。いや、そもそも内通者を捕縛できれば緒乃は侵攻を思いとどまっていたかもしれないのだ。

 

「気づいたか。お前は1年前に負けていたのじゃ。村人が死んでいるのは全部、そのときのお主の盆暗さゆえじゃな」

 

「私の……せい」

 

「そうじゃ。責の在処は明らかじゃろ」

 

「あ……」

 

 私の無能が皆を殺した。水を運ぼうとしていた男衆も、守ってくれていた正一爺さんも。皆私のせいで死んだ。その事実をあらためて突きつけられ、全身から力が抜けた。

 

「みんな……ごめん」

 

 私はうなだれ、溺れるほどの絶望と悔恨に身をゆだねた。アマツカミはそれを好機とみて再度質問を繰り返したが、私の方はもう答える気力すらわかなかった。

 

 やがてアマツカミは私から情報を聞き出すのを諦め、勝秀を呼んだ。

 

「もういいぞ。遊ぶついでに、ほどほどに壊してくれ。この娘をボロボロにして村の連中に見せつければ、士気も叩き折れるじゃろ」

 

「用事は終わったのか」

 

「終わってはないの。後でまた尋問する」

 

「そうか。ところでこの娘に隷属の秘術は使わないのか? 遊んでいる最中に勝手に力を使われちゃたまらん」

 

「しないというか、できないのう。前頭葉を除くにはそれなりの設備が要るうえに阿片も足らん。緒乃領に戻るまでは交代制で法力僧をつけるから、今はそれで我慢せい」

 

 それを聞いた勝秀は少し顔をしかめた。しかしすぐに私に向き直ると、乱暴に手を引いた。

 

「来い」

 

 そして勝秀は私を自分の陣幕に連れ帰ると、寝床に突き飛ばして上にのしかかってきたのである。

 

「や……だ」

 

「……それで抵抗してるつもりか?」

 

 私は腕を突っ張って勝秀の身体をどけようとしたが、腕力で組み伏せられた。しかも今の反抗で彼の嗜虐心を煽ってしまったらしく、半ば引き裂かれるようにして着物を脱がされた。

 

 なおも足を閉じて抵抗していると、勝秀は業を煮やしたように私の人差し指を握り、そのままへし折った。

 

「ああっ!」

 

「痛めつけろって言われてるし、もう一本いっとくか」

 

 続けて親指を折られ、私は叫び声をあげる。激痛で下半身から力が抜けたその瞬間を見逃さず、勝秀は私の足を開いた。

 

「手間かけさせやがって。おとなしくしてろよ?」

 

 そしてゆっくりと腰を沈めてくる勝秀を、私は見上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 オカラシサマが敵の手に落ちた、という知らせは村人を絶望のどん底に叩き落した。しかも秋康も鉄砲水で流されてしまったため、北の守備すら怪しくなってきていた。

 

「……う~ん、これは終わりましたねえ」

 

 千歌は自棄気味に言った。今はオカラシサマが残していったマムシザサを焚いているため敵は攻めてきていないが、それがなくなればこの城はもう守り切れない。明日の夕方にはこの城は落ちているだろう。

 

「オカラシサマ……なんで」

 

 美琴は魂が抜けたように呆然としており、忠秋に至っては唖のように黙りこくっている。表に出す程度は違えど、皆等しくこの状況に希望を見いだせないでいるようだった。

 

「とにかく、毒煙が切れた後どうするかを考えましょうか」

 

 この段階になったら、後はどううまく負けるかという話になる。守城戦を決め緒乃にすさまじい被害を出した加茂と日野は許されないだろうが、何とかして村人の安全は確保しなくてはならない。

 

 そういうことを説明すると忠秋は少し身じろぎしたが、美琴は何の反応も示さなかった。

 

「聞いてます? 美琴さん」

 

「ええ……」

 

 美琴は上の空で答える。憔悴しきっているらしく、まともな意見は望めそうにない。千歌が嘆息したそのとき、忠秋が口を開いた。

 

「とっ捕まえたヒツルギと俺たちの命と飯を差し出せば、村人は見逃してくれるんじゃないか」

 

「……あんまり考えたくないねえ」

 

 ヒツルギをこちらが生け捕っていることを知ればあちらは取引に乗って来るだろう。だが引き渡した後に約束を守ってくれるかは分からないのだ。

 

「じゃあ姉上は他に何か手を思いついてるのか?」

 

「ないわ。ただ緒乃の良心にかけるような取引は不安だなって」

 

「……そうか」

 

 忠秋は落胆したようだった。水汲みを発案したときのように、千歌がいい考えを披露してくれるのを期待したのかもしれない。

 

「拷問とかされる前に死ねるような薬を用意しとこうかしらねえ」

 

 自分もだいぶ弱気になっているなと苦笑したそのとき、頭の上でばさりと羽音がした。見上げると、見覚えのある鷹がこちらへ滑空してきていた。

 

 あれは確か、隆景と一緒にいた神だ。

 

「影切……」

 

 美琴の目に生気が戻る。影切はゆっくり着地すると千歌たちを睥睨した。

 

「何日も城に籠って戦っていたこと、まことに天晴れ。おかげで我らが戻って来るまでの時間が稼げた」

 

 その言葉で、これまで重苦しかった空気が一気に明るくなった。

 

「やっと、桐生の軍が戻って来たのですか」

 

「……残念だが、援軍の到着にはまだ1、2日ほどかかる。我は先行して来ただけだ」

 

 今すぐにこの状況を抜け出せるわけではないので少しがっかりしたが、すぐそこまで味方が近くにいるというのは朗報だ。

 

 千歌が海の底から引き揚げられたような心持ちを味わっていると、影切はあたりを見回し首をかしげた。

 

「あの狐娘はどこだ? 姿が見当たらんが」

 

 美琴は、絞り出すような声で答えた。

 

「……緒乃に捕まりました」

 

 これまでの戦いの経緯について説明すると、影切は特に驚いた様子もなく鼻で笑った。

 

「そんなところだろうと思ったわ。あの甘々娘がアマツカミに勝てるわけがない」

 

「知っているのですか」

 

「二度ほど戦でやりあったことがある。あれは時間をやればやるほど陰湿な策を仕掛けてくる厄介な相手だ。我らでも手を焼く相手なのだから、狐が捕まるのも当然だろうな」

 

 やはり敵は手ごわいらしい。桐生の援軍が来たところで返り討ちにされるのではないか。そんな不安が千歌の心に波紋を作った。影切はそれを察したらしく、言葉を付け加える。

 

「問題ない。そもそも緒乃は東の宇治家とも戦をしていて動員している兵は少ないし、兵をさらに分けているからな。殿の率いる本軍が戻ってくる気配を感じれば、即座に撤退していくだろう」

 

「……ここを守り続ければ私たちは助かるということですね」

 

 千歌は胸をなでおろした。これで自殺用の薬も調合せずに済みそうだ。

 

「でも……そのまま逃がしたら、オカラシサマは連れていかれるってことですよね」

 

 そのとき、美琴が口をはさんだ。オカラシサマの力も知識も今の弓塚村には必要なものだ。何とかして取り返したいというのは、彼女だけでなく村人全員が思っていることだろう。

 

「ああ。敵にあっさり捕まるような間抜けは放っておく……と言いたいところだが、強力な神を他領に渡すのは殿の利益にはならん。取り返してきてやろう」

 

 憎まれ口をたたきはするが、助けに行ってはくれるらしい。美琴はぱっと顔を輝かせた。

 

「でもよ、助けるったってアマツカミは相当のやり手なんだろ。お前だけで行って大丈夫なのか」

 

「我は空を飛べるから逃げようと思えばいつでも逃げられる。それに、先行して来たのは我だけではないからな」

 

 影切は城の外に向かって、あごをしゃくるように嘴を向けた。

 

「城の中に入れないので外で待たせているが、お前たちのもう一人の守り神もここに来ている。心配は無用だ」

 

 

 

 

 

 

 

「オカラシサマが捕まってる?」

 

「ああ。ちょうど、今日やられたらしい」

 

「くそ、もう少し着くのが早かったら……」

 

 城の本丸から戻って来た影切から情報を聞き、弥助は唇を噛んだ。オカラシサマが敵の手に落ちるその場にいれば、何とか止められたかもしれないのに。

 

『過ぎたことをどうこう言っても仕方ない。早く助けに行くぞ』

 

「……そうですね。 オカラシサマの居場所はつかめますか」

 

 都での戦いで、弓弦彦の力──気配察知の使いどころは分かっていた。基本的には狙撃や不意打ちを防ぐのに使うが、オカラシサマのように慣れ親しんだ相手の気配なら遠くからでも識別できる。

 

『ああ。南へ向かえ。周りには人間の気配が多い。おそらく敵の本陣だろう』

 

「南へ行くぞ」

 

 肩に留まっている影切にそう告げ、弥助は駆けた。そして敵軍が陣取っている林の中に分け入ったそのとき、弓弦彦が制止した。

 

『左前方に敵兵が一人。小便をしようとしているな。殺して鎧を奪え』

 

「影切、左の方にいる侍を殺してくれ」

 

「承知した」

 

 影切がそう言った瞬間、侍の首が落ちた。攻撃手段である影が見えなくなるので夜の影切は信じられないほど強い。おそらくこの侍は死ぬ瞬間も何が起きたか分からなかっただろう。

 

 弥助が首を失った侍の鎧を剥いで着ると、弓弦彦は人気のない道を示してくれた。誰かに見つかっても問題はないが、なるべくなら呼び止められないようにしなくてはならない。目立たないよう影切には一旦離れて上空を飛んでもらうと、弥助は歩き出した。

 

『ふらんすでの戦を思い出すな。敵に寄られて隊が散り散りになったときもこうして敵軍に紛れて逃げた』

 

「……今回も気づかれないといいけどね」

 

 そんなことを言いながらどんちゃん騒ぎをしている足軽たちの傍を抜け、眠っている兵士たちの横を忍び歩きで通った。幸運なことに誰にも呼び止められることなく進むことができ、弥助は少し拍子抜けした。

 

 この調子で誰にも見咎められず進めるかと思ったが、オカラシサマがいるであろう陣幕の前には、見張りが一人立っていた。

 

「おい、そこのお前。勝秀様の陣幕に何の用だ」

 

 どうやらここには敵の大将がいるらしい。思いがけず敵の心臓部に飛び込んでしまったことに驚きながら、弥助は答えた。

 

「勝秀様に報告したいことがありまして参りました」

 

「そうか。今、勝秀様は忙しい。後で俺が取り次いでやるから俺に報告しろ」

 

「え、えーと……緊急ですので、今……」

 

 弥助がしどろもどろになっていると、見張りは何かを察したような顔をして近づいてきた。

 

(まずい、ばれたか)

 

 顔をこわばらせていると、見張りはにやにやと笑いながら耳打ちしてきた。

 

「……ひょっとして、お前もおこぼれを貰おうってんじゃないか」

 

「おこぼれ?」

 

「とぼけんなって。お前もあれ狙いなんだろ? 実は俺が見張りを引き受けたのもそれなんだよ」

 

 どうやらバレたわけではなさそうだ。弥助がほっとしたそのとき、見張りの男は楽しげに話を続けた。

 

「今は勝秀様が使ってるけど、飽きたらきっと俺たちにもオカラシサマを渡してくださる。少し辛抱しな」

 

 ()()()()()()()使()()。その言葉が意味することを理解した瞬間、弥助は腰の短刀に手を伸ばし、見張りの首を貫いた。

 

『……弥助、落ち着け。大声は出すなよ』

 

 ほとんど吹っ飛びかけている理性で弓弦彦の指示に従いつつ、弥助は陣幕の中に踏み込む。

 

「オカラシ……サマ」

 

 茣蓙(ござ)に寝かされた彼女の上に、男が覆いかぶさっていた。その男はぼんやりと宙を見つめるオカラシサマの上でねちっこく腰を振りながら、彼女の右手の小指を握った。

 

 ぱき、と音がして、小さい悲鳴があがる。見れば彼女の指は全て折られ、ありえない方向に曲がっていた。

 

「全部折ってしまったし、次は別の所を壊すか。……ところでお前、何用だ? 入るなと申し付けておいたはずだが」

 

 最愛のオカラシサマを蹂躙している男──勝秀が振り向いた瞬間、弥助は腹の底から全身の血液が沸騰するような激怒が沸いてくるのを感じた。

 

 

 

 

 

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