TS守り神 作:RK
法力僧の術で力を封じられたオカラシサマが、勝秀の下で征服されている。
それを目の当たりにした瞬間、苛烈な殺意の奔流が弥助の理性を押し流し、短刀の柄を強く握りしめた。
『弥助、代われ。己が僧も勝秀も片付けてやるから』
弓弦彦の言葉が、どこか遠くから聞こえてきてくる。弥助は歯を食いしばりながら短刀を構え、なんとか言葉を絞り出した。
「弓弦彦様」
『なんだ?』
「周りの警戒を頼みます」
『……分かった』
殺す。
という言葉が頭の中で像を結んだときにはすでに、弥助は勝秀めがけて走り出していた。裸で丸腰の勝秀は目の前にいる少年が敵であることを察知すると、傍に控えていた僧侶に怒鳴った。
「俺を守れ!」
僧が勝秀の前に出て錫杖を構えると、短刀は弾かれ甲高い音を立てた。
「邪魔するなぁッ!」
弥助は吠え、短刀を閃かせる。僧侶はわずかに冷や汗を浮かべながら、丁寧に受けた。
二合、三合と打ち合い、弥助は相手の膂力や反応速度が常人の域にとどまっていることに気がついた。都での戦で知ったが、法力僧は自らの肉体を術で強化することができる。しかし目の前の法力僧はそれをしていない。
(……いや、できないのか)
弥助は、坊主が舌の根で何かを唱えていることに気がついた。ときおり目線を仰向けに倒れているオカラシサマに向けていることから、何か力を封じる術を使っているのだろうということは想像がついた。
彼女に自由を許せば一巻の終わり。だから相手は弥助に対して強化無しで戦っているのだ。
「それなら殺れる」
僧が斬撃の防御に気を取られた一瞬を見切り、弥助は足払いをかけた。
うおっ、と素っ頓狂な声をあげて僧は体勢を崩した。その隙を見逃さず、彼の胸に照準を定めて突きを放つ。
「……がああっ!」
短刀の切っ先が僧の背中から突き出ていた。手首を返して刃をぐるりと一回転させながら引き抜くと、僧は血反吐を吐きながら倒れ動かなくなる。
「……」
返り血を浴びた弥助が勝秀を見ると、勝秀はひっと情けない声をあげて尻もちをついた。後ろへいざり、鼻水を垂らしながら命乞いをしてくる。
「殺さないでくれ。頼む。アマツカミに言われてしかたなくやったんだ」
「黙れ」
こんなヤツがオカラシサマを傷つけたのか。顔を見ているだけでも虫唾が走る。
座り込んだ勝秀を見下ろしながら、弥助はつかつかと近づいた。総大将とは思えない無様な格好を晒している勝秀に、短刀の切っ先を向ける。
「やめろ!」
悲鳴に近い懇願を無視すると、弥助は勝秀の腹に短刀を刺した。何度も、何度も突き立てる。
「ぎっ!……い!」
勝秀は顔を紫色にして苦悶の表情を浮かべた。
「言われたとかどうとか、どうでもいいんだよ。俺はあんたがしたことが許せない。それだけだ。わかるか」
「助け……て……」
なおも命乞いする勝秀を見て、嫌悪感の限界に達した。
「死ね」
弥助は勝秀の口に短刀を差し込んで喉の奥にあてがうと、そのまま体重をかけて突き通した。びくびくっ、と勝秀の身体が痙攣し、そのまま動かなくなる。
「……」
弥助が勝秀の死体を蹴とばすと、怒りの炎で熱くなっていた頭が急速に冷えていった。そして茣蓙に倒れている想い人のことを思いだし、弥助は彼女に駆け寄った。
「オカラシサマ」
暴行の跡が目に入った。逃げられないよう足の腱を切られており、ぴんとしていた耳は切り刻まれている。指先は爪の間に針を通されて赤黒く染まっており、下腹部には凌辱のしるしがこびりついていた。
ひどすぎる。
弥助はオカラシサマの身体を抱き、泣いた。こんなに小さく華奢な身体で、どれほどの悪意をその身に受けたのだろう。想像を絶する苦痛だったはずだ。
「やすけ。助けに来てくれたんだね」
そのとき、オカラシサマがかぼそく言葉を紡いだ。
「すみません。俺は……遅すぎました」
涙をのみながら弥助はうつむいた。彼女を守れる力がありながら、その場に居合わせなかった。それがどうしようもなく悔しい。
「弥助は悪くないよ。それに……あいつらの拷問なんて生ぬるかったから……大丈夫」
きっと、弥助が自分を責めないように虚勢を張っているのだろう。彼女の言葉の端々には隠しきれない嗚咽が混じっていた。こんな目にあってもなお弥助のことを心配しているのだ。
「……もういい。もういいんです。強がらなくても」
弥助がまた強くオカラシサマを抱きしめると、彼女は堰が切れたように泣き始めた。弥助は黙って、ぼろぼろになった彼女の鼓動と体温を感じながら、抱擁を交わし続けた。
弓塚村包囲から9日目の朝。話があると言われ、栄はうきうきとした気分でアマツカミの元へ向かっていた。昨日はオカラシサマを捕らえたという話だったし、おそらく彼女の引き渡しについての話だろう──
「栄殿、悪いな。この戦は負けじゃ」
そう思っていたので、アマツカミの放った一言が信じられなかった。
「え? 負け……とは何ですか」
「そのままじゃ。夕べ勝秀の阿呆が暗殺されて、オカラシサマが逃げた」
アマツカミは不機嫌そうにつぶやいた。彼女は眉間に深いしわを刻み、苛立ちを隠そうともしていない。
「この陣の中でですか」
「ああ。おそらく敵はこちらに潜り込んできたのじゃろうな」
「捕まえようとはしなかったのですか?」
「妾がやらんかったと思うか」
駄目だったから、話をしているのだ──それを悟り、栄は追及をやめた。
「それで悪い知らせはまだあってな。北街道を進んでいる軍の一隊が、隆景の本軍に撃破されたのじゃ」
「……隆景はまだ来ないとおっしゃっていたのに」
「都の戦を即座に放って帰って来たんじゃろ。この城とオカラシサマを獲れていたらまだ手の打ちようはあったが、ここでまごまごしていると隆景本軍と神3人を同時に相手することになる」
「策で何とかしてくださいよ」
「無理じゃの。そもそも影切が先行してきていた場合、妾の首がいつ落とされるかわからん。撤退する」
あまりにも冷たい物言いに腹が立ち、栄はアマツカミを睨んだ。
「……貴女は、任せろといったでしょう」
「戦は水もの。そんな言葉を額面通りに受け取らんでほしいのう。……おっと、水でなくて別のもので喩えた方がよかったか」
「ふざけないでいただきたい!」
緒乃が負けたというのなら、寝返った根越はこれからどうすればいいのだ。内通者であることが明るみになったら、一族もろとも処刑の憂き目に遭うだろう。
「私はあなた方に協力した! 情報を受け取るだけ受け取って、返すものがそれか!」
叫ぶと、アマツカミは肩をすくめた。
「運が悪かったと諦めるんじゃな。撤退のついでにお前の村に帰してやるから、そこでゆっくり今後の身の振り方を考えるといい」
「そんな……ありえぬ! 責任を……!」
栄が喚こうとした瞬間、近くにいた兵に取り押さえられた。アマツカミは心底面倒そうに一瞥すると、傍にいた侍に指示を出した。
「村まで護送してやれ。指揮の邪魔じゃ」
「アマツカミ!」
「陣貝吹けい!」
彼女は栄の頼みを無視すると、法螺貝をもった兵に撤退の指示を出した。
弥助がオカラシサマを連れて帰ると、美琴は泣いて二人を抱きしめた。城内の雰囲気は影切から聞いたよりももっと悪く、千歌たちは自殺も視野に入れていたのだという。
しかし弥助(弓弦彦)と影切の救援でオカラシサマを取り返すことができ、目を覆いたくなるような弓塚村の非勢は覆った。敵は総大将とヒツルギを失い、残ったアマツカミも策を弄する時間は無くなっていたのである。
昼頃に緒乃は包囲を解き、領国に向けて退却を始めた。敵の姿は林に隠れてよく見えなかったが、陣貝の音を聞いて弥助たちは戦の終結を悟った。
惨禍が去ったことを知って誰もかもが安堵の表情を浮かべる中、オカラシサマだけはするどく敵の退散していった方角を見つめていた。
彼女の目を見て、弥助は少しぞっとした。偏執狂じみたどす黒い憎悪が瞳の奥にわだかまり、渦を巻いていたのだ。
夜に隆景の率いる本軍が村に到着し、そこから撤退していく緒乃軍への追撃が始まった。アマツカミは戦功者だったが流石に影切や隆景の本軍に背を討たれると後手に回らざるをえなかったらしい。彼女自身には逃げられたが、緒乃兵1000人が打ち取られ、さらに緒乃領の4分の1を削り取ることができた。
そして戦が終わってからは食料を運び戻したり勝秀の指示で壊されていた家の建て直しを行うなど、村の復旧が始まった。これまで長を務めていた秋康が消えたため千歌が臨時の長として指揮を執り、着々と工事は進みつつあった。
夕方に食膳をもってきて戸を開けると、オカラシサマは赤く染まった部屋の中で書き物をしていた。彼女は弥助が来たことに気づくと少し顔をこわばらせたが、すぐに微笑を浮かべた。
「ありがとう、弥助」
緒乃軍が村に来たときに火にくべられた神社の文書を、彼女の記憶を頼りに書き直しているのだという。細部までは覚えていないのであらましを書いてまとめるのだが、その量が多いためなかなか終わらないらしい。冬休みの読書感想文だよ、と彼女はよくわからない例えでぼやいていた。
「ここに食事を置いていきますから、食べたら膳を部屋の外に出しておいてください」
「あー、今日は自分で持ってくからいいよ」
「分かりました」
それを聞いてから弥助はすぐにオカラシサマの部屋を出た。
今までは食事をしながら話をすることもあったのだが、最近はあまりそういうことをしない。というかお互いでお互いを避けている節がある。
障子をそっと閉め、弥助はうなだれた。仔細に見なければ気づかないほどわずかではあるが、オカラシサマは男に声をかけられると少しだけ顔がこわばるようになっていた。この変化は、明らかに心の傷が残っている証拠。
(俺は、この人の傍に居ていいんだろうか)
肝心なところで最愛の人を守れなかった自分に、彼女と生きる資格はあるのか。好きでたまらないはずの彼女の仕草が、あの地獄の幻影を映し出してそう訊いてくる。
もちろん弥助の答えは否だった。オカラシサマを守れなかったのに、彼女の愛は欲しいなどというのは筋が通らない。
社から離れて社務所の縁側に座り、弥助はため息をついた。弓弦彦に相談すれば「仕方なかった」と慰めてくれるかもしれない。だが自分自身がそれを許さないのだ。
そんなことを考えながら葉が落ちて寒々しい境内の木々を眺めていると、するりと背後で障子の開く音がした。
「何やってるの、弥助」
「美琴さんですか。ただぼうっとしてただけです」
「オカラシサマの分を運び終えたなら早く来てよ。夕食が冷めるわ」
「……後で食べます」
振り向きもせずにそう答えた弥助に、美琴は呆れたように口を開いた。
「弥助がオカラシサマに負い目を感じてるのは知ってるわ」
驚いて振り向くと、美琴は少し寂しそうに笑っていた。
「でも、オカラシサマの傷はもう治ってる。弥助がそんなに気に病まなくてもいいんじゃないの」
美琴の言葉は少し見当が外れていた。オカラシサマの心には、再生能力では決して戻らない傷跡が残っているのだから。
だが彼女の尊厳をこれ以上貶めないためにも、弥助はオカラシサマが手籠めにされたことは誰にも話していなかった。美琴が少しずれたことを言ってしまうのは仕方のないことだろう。
弥助が納得していないのを察したのか、美琴は困ったように眉を寄せた。
「まあ悩むのは別にいいんだけれど、洗い物するのは私なのよ」
「……分かりました」
弥助はしぶしぶ立ち上がると、美琴とともに加茂家の母屋へと向かった。座敷はすでに忠秋が座っており、一足先に食事を始めていた。
「遅かったな」
「弥助がまたオカラシサマのことでうじうじしててね。連れてくるのに少しかかったの」
美琴はため息をつきながら自分の膳についた。弥助も黙って席について、味噌汁を口に含んだそのときだった。
「あんまり言ってやるな。惚れた女がひどい目にあったんなら、誰だって落ち込むだろ」
忠秋の一言で、弥助はむせた。
「は? 惚れたって、まさかオカラシサマに?」
美琴にぎろりと睨まれ、慌てて忠秋の方を見る。
「なんでそれを」
「弓弦彦様に聞いた。まあ、訊かなくても分かったけどな。お前分かりやすいからさ」
「でも美琴は気づいてなかったんだろ。バラすなよ」
忠秋を非難しようとしたそのとき、美琴がにこにこと笑いながら弥助の肩を掴んだ。
「弥助……ひょっとしてオカラシサマに変なことしてないわよね?」
「し、してません! その……思いを伝えはしましたが」
「変なことしてるじゃないの」
美琴が詰めてきて、心臓が口から飛び出そうだった。どう言い訳しようか考えていると、弓弦彦の声が頭に響いた。
『美琴。あんまり弥助を責めてやるな』
「弓弦彦様こそ平気なんですか? 夫なのでしょう」
『恋というのは若い者同士でやるべきさ。弥助の愛に偽りはないことはよく知っているし、己との結婚など建前のようなものなのだから反対する理由もあるまい』
「そうおっしゃるのならもう何も言いませんが……」
美琴は少し不服そうにしていたが、やがて弥助に目を移し、杓子をきっと突きつけた。
「でもオカラシサマを泣かせたら、追い出すからね」
「そんなことするわけないじゃないですか。それに、俺はもう……」
あの人の近くにいていいか分からない。
言いかけたとき、ばさばさと聞きなれた羽根音が外から聞こえた。硬い爪が縁側を叩く音がして、障子の前に鳥の影が立った。
「なんだ、影切」
障子を開けると、そこには鋭い目つきで弥助の顔を見上げる妖鷹がいた。最近は領内での連絡や視察に忙殺されているらしいが、何の用なのだろう。
「明後日、東の城で此度の戦の後処理をする。弓塚村も大きな被害を受けた当事者だからな。溜飲を下しに来てはどうだ」
「後処理?」
「裏切り者の根越一族に沙汰を言い渡す場だ。元はと言えばあやつらが呼び寄せた緒乃禍であったからな」
根越家。緒乃の内通者だった彼らは、後ろ盾を失い一族は女子供もまとめて牢にぶち込まれたのだという。
「……俺は、別に見に行きたくはないけれど」
弓塚村を詰ましかけたアマツカミの策が根越の偵察ありきだったということを聞くと心穏やかではないが、わざわざ処刑されるところを見に行くほど悪趣味でもない。弥助がそう思っていると、縁側につながる渡り廊下の方から、がしゃんと音がした。
弥助が座敷から首を出してそちらを見ると、食膳を落としたオカラシサマが心底嬉しそうな表情で立っていた。
「聞いてたんですか」
「うん。いいじゃない、行こうよ弥助」
「行こうって?」
「決まってるよ。私たちの敵が死ぬところをさ」
オカラシサマがにこにこと笑いながら言ったのを見て、弥助は彼女の中にあった何かが変質していることを直感した。
鬱で十分だと思っていましたが、警告が要るというアドバイスをいただいたので強姦タグをつけました。