TS守り神   作:RK

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 俺は来寛にボコボコにされた後、神社に連れて来られた。そこの神主と来寛は何事か話していたが、やがて境内の中にある神主の家の座敷に通された。

 

「腕はもう大丈夫ですか?」

 

「はい。なんか山下りてる間に骨がくっついたみたいで。……えーと、誰ですか?」

 

加茂美琴(かものみこと)です。これからあなたのお世話役を務めます」

 

「ど、どうも……」

 

 俺の目の前で正座しているのは、巫女装束を着た少女──美琴。彼女はこの村の守り神を祀る神主の一族、加茂家の娘らしい。艶やかな黒髪を肩で揃え、目もぱっちりしている。この村ではかなりの美人だろう。

 

 彼女はおもむろに立ち上がると俺の周りを歩き、まじまじと見てきた。

 

「旅人を襲う恐ろしいバケモノだと聞いてたんですが」

 

「それでだいたいあってるよ。何か聞きたいことでも?」

 

「いえ。思ったよりも可愛いなと思って。これならウチの神様もお喜びになるはずです」

 

「どういうこと?」

 

 不穏な気配がした。俺の知らないところで何かが進んでいるんじゃないか──そんな俺の予想は的中し、美琴はさも当然というような顔をしてとんでもない答えを返してきた。

 

「……父上から聞いてないんですか? オカラシサマにはうちの村の守り神──弓弦彦(ユミツルヒコ)様のお嫁さんになっていただきます」

 

「は?」

 

 俺が結婚?この村の神と? 何かの冗談だろうと思って美琴に目を向けるが、彼女はそのまま何も言わない。本当らしい。

 

「待ってくれ。俺は確かにこの村の守り神になると言った。でも、結婚するなんて一言も言ってない」

 

「意味としては同じですよ」

 

「どこが? だいたい俺……」

 

「オカラシサマ。先ほどから気になっていたのですが、「俺」と言うのはやめましょうか。仮にもこれからうちの神様に嫁ぐ身なのに」

 

「だから嫁ぐなんて言ってないって」

 

「どうも、一からお教えした方がいいようですね」

 

 美琴はやれやれと首を振って、説明を始めた。

 

「うちには弓弦彦様という神様が祀られています。昔は人々とともにこの社で暮らしていたそうですが、最近はお隠れになったままで、こちらに現れることはなくなりました」

 

「もう死んでるんじゃないの、その神様」

 

 思わず突っ込みを入れてしまったが、美琴は別に気分を害した様子もなく答えてくれた。

 

「いえ、生きていらっしゃることは分かっています。ときどき神主家の人間の頭の中に直接話しかけてくださいますから。こちらに姿をお見せにならないのは何か事情があるのでしょう」

 

「事情ねえ……ていうか、その神様がいないのに、勝手に結婚とか決めちゃっていいの?」

 

「はい。代々神主家の娘は婿が決まるまでこの神様と結婚していることになっていましたし、オカラシサマが籍を入れても問題はないでしょう」

 

 思ったよりも神との婚姻というのはゆるい感じらしい。しかし、それがどうしてこの村で俺が祀られるかどうかという話に関係してくるのだろう。

 

「話を戻しますね。村の守り神はもういらっしゃるわけです。そこにもう一人あなたを迎え入れるとなれば、新たに(やしろ)を作る必要があります。ですが新たに作るとお金もかかりますし、管理が大変。ですからいっそ夫婦になっていただいて同じ社に住んでもらおうと」

 

「じゃあ社なんかいらないよ。誰かの家に住まわせてもらえればいいんじゃない?」

 

 そう言うと、美琴はため息をついて訊き返してきた。

 

「……そもそも神様と妖怪の何が違うかご存じですか」

 

「えーと、人を殺そうとするかどうかとか?」

 

「半分当たりといったところですね。社に住んでご利益をもたらす代わりに、世話をしてもらう契約をした妖怪が神と呼ばれます。社に住んでいない神はただの妖怪なんです」

 

 それを聞いて、ようやく話が飲み込めてきた。つまり守り神になるには、この村の神と籍を入れることが絶対の条件なのだ。

 

「別に男女の営みをする必要はありませんし、形式だけです。それでもお嫌ですか」

 

「いや、ただいきなりあんなこと言われたもんで、びっくりしてさ」

 

「では、結婚してくださるということでいいですか」

 

「……はい」

 

 ケッコン、と言うのはなんだか気恥ずかしかった。しかも女としてすることになるとは思いもしなかった。俺がうつむき少し赤くなった顔を隠していると、美琴は俺の着ていた服を脱がしにかかった。

 

「な、なにするんだ」

 

「なにって、花嫁にふさわしい身支度をしていただくためですよ。そんな薄汚い格好で祝言をあげるつもりで?」

 

「え、今日やるの?」

 

「当たり前です。来寛様がいらっしゃるうちに神になっていただきたいですから」

 

 俺は美琴に身ぐるみ剝がされると、反射的に下腹部を左手で隠した。それを見た美琴はこほんと咳ばらいをし、たしなめるように言ってきた。

 

「……胸も隠してくださいね」

 

「お前が脱がしたんだろ!」

 

 それから、井戸で汲んできた水で行水をした。野外で生活していたときもそれなりに身ぎれいにはしていたのだが、石鹸代わりのぬかで洗うと汚れの落ちが全く違う。

 

「やっぱりこの尻尾、お尻から生えてるんですね~」

 

 手が回らない背中は美琴に流してもらっていたのだが、その途中で彼女は濡れている俺の尻尾を触り始めた。

 

「見ないでよ……ひっ!?」

 

 俺がため息をついていたところで背中の筋を人差し指でつっとなぞられたので、変な声が出てしまった。

 

「マジメにやれ!」

 

「あははは、申し訳ありません」

 

 言葉遣いは丁寧だが、明らかに俺で遊んでいる。ちょっと腹が立ったが、久々にしっかり身体を洗うことができてさっぱりしたのでそれ以上文句は言わなかった。

 

 

 

 

 

 行水を終えると、化粧と花嫁衣裳の着付けが始まった。ふだんから村人の結婚でやることが多いのか美琴の手際はよく、あっという間に白無垢を着せられていく。

 

 じっとして着付けが完了するのを待っていると、外から囃子の音が聞こえてきた。

 

「お祭りでもやるのか?」

 

「神様の嫁入りですから。やらない方がおかしいでしょう」

 

「俺一人のために祭りかあ。なんか緊張するなあ」

 

「そんなに気負わなくてもいいですよ。皆、何かにかこつけて騒ぎたいだけですから。オカラシサマは適当に挨拶してるだけで大丈夫です。……あ、あとさっきも言いましたが皆の前では俺って言わないでください。男っぽい口調も直しますからね」

 

「しょうがないじゃん、だって俺……」

 

 前世は男だったから。と言おうとしたとき、ぱあん、と高い音を立てて障子が開けられた。入って来た人物は、先ほど来寛と話していた神主だった。丸っこい顔には朗らかな笑みを浮かべており、威厳があるというよりは親しみやすい親父といった感じだ。

 

「着付けは終わったか!」

 

「……終わってますが、せめて障子越しに確認されたらどうですか、父上」

 

「すまんな! 村の奴らがオカラシサマをこの目で見たいとせっつくから様子を見に来たんだ」

 

 それから神主は俺の姿を見て、喜色を浮かべた。

 

「うん、うん。どこに出しても恥ずかしくない仕上がりだ。……失礼、わしは加茂晴仁(はるひと)。この神社の神主です。何かあったら美琴かわしに聞いてください」

 

「は、はい……」

 

「いやあ、来寛どのが退治したというからどんなバケモノかと思っていたのですが、こんな見目麗しい娘の姿をしていたとは」

 

 あまりの勢いに戸惑ったが、悪い人ではないらしい。俺がほっとしていると、神主は俺の手を引いて走り始めた。

 

「さあさあ! 皆待ちかねてますぞ!」

 

「あれ、祝言って神社の中であげるんじゃないんですか」

 

「ここの人はみんな野次馬根性の塊でしてね。ウチみたいな小さい神社でやっちゃうと、見物人でぎゅうぎゅうになるに決まってます」

 

 神社を出て村の広い通りにやってくると、大勢の村人がいた。通りに面したいくつかの家にそれぞれの家が持ち寄ったご馳走が並んでおり、徳利や猪口が散らかっていた。

 

 別の場所に目を向けると、夕日に照らされながら太鼓を叩いている男が目に入った。周りでは、そのリズムに合わせて男の子たちが踊っている。

 

「オカラシサマだ!」

 

 誰かが神主親子と一緒にやってきた俺の存在に気づいたらしい。その一言をきっかけに、飯を食っていた男も、酒を注いでいた女も、楽しそうな気配にあてられはしゃいでいた子どもも、皆俺の方を見た。

 

 無数の視線に晒された俺はどう反応すればいいのか分からなかった。とりあえず、にへらと笑って手を振ってみる。

 

「逃げろー!」

 

 その瞬間、近くにいた子どもたちがものすごいスピードで走り出した。しっかり食べ物は確保しつつ、俺の見えないところまで逃げていく。

 

「……なんで?」

 

 ちょっと傷ついた俺を見て、美琴は苦笑いした。

 

「あー、あれですね。皆子どもを脅すネタに使ってましたから。早く寝ないとオカラシサマが目ん玉えぐりにくるぞーって」

 

「そんなことしてね……してないよ」

 

 風評被害だ。俺が憮然としていると、逆に大人たちは興味津々といった様子で近づいてきた。

 

「服だけじゃなくて御髪もこんなに白いのねえ」

 

「妖怪っつっても、耳と尻尾見えなきゃわかんねえなあ」

 

「弓弦彦様もこんな可愛い嫁っこが来たって知ったら戻ってくるんじゃないかぁ」

 

 大人たちにも怖がられるかと思ったが、そんなことはなかった。どうも俺の力で周りのものが枯れたり、山奥という危険な場所で出会うから怖がられていただけらしい。

 

「はい、道開けて! 神になってもらったら話させてあげるから!」

 

 美琴の言葉で人垣が崩れ、道が開けた。俺たちがそこを通っていくと、ひと際大きな屋敷が目の前に現れた。

 

「ここは?」

 

「この村の名主……日野の屋敷ですね。気前よくこの座敷を使うことを許してくれました」

 

 名主とは村で最も裕福で、権力をもっている者。要するに村長である。俺たちがやって来るやいなや、待ち構えていたかのように名主の男がやって来た。彼は大柄で、侍と言われても信じてしまいそうなほど剛毅な顔をしていた。

 

「私は日野家の当主、秋康。どうぞよろしく」

 

「こ、こちらこそ。今まで迷惑かけた分、村の役に立ちます……」

 

 豪傑のような大男は、にこりとも笑わず俺を一瞥した。不愛想なたちらしい。

 

「ところで、来寛殿から聞いたが……あなたには素晴らしい力が備わっているそうですな。少し見てみたいのですが」

 

 秋康の眼は鋭く光っていた。新しい神を迎えるということに舞い上がっている村人たちと違い、彼だけは俺が本当に使えるかどうかと考えているようだ。まあ村の利益を考えるのが名主としての仕事だろうし、俺がどれだけのことをできるのかというのは気になるところなのだろう。

 

「わかりました。種と水の入った桶を用意してください」

 

 俺の力を見せるのなら、土地への負担は大きいが一気に植物を成長させてみせるのが分かりやすいだろう。俺は用意された柿の種を埋めると、水をやりながら右手を向け念じた。

 

 するとあっという間に芽が出て、若木になった。念じ続けるとだんだん幹が太くなり、葉が青々と茂るようになる。蕾ができたところで、俺は念じるのをやめた。

 

 欲を言えば実をつけさせたかったが、そこまでやるのはさすがに疲れるし土地が疲弊する。俺が一息ついて後ろを向くと、秋康はぽかんと口を開けていた。

 

「どうでしょうか」

 

「……お見事。いや、疑うような真似をしてすみません。まさかオカラシサマがこれほどの力をもっているとは思わなかったものですから。感服しました」

 

 そのとき、ちらりと秋康の眼にずる賢そうな光が宿った──ような気がした。怪しいなと思ったが、彼の続く言葉を聞くと俺の意識はあさっての方向へと向かった。

 

「では、こちらの座敷へどうぞ。姫神様にも喜んでいただけるよう、甘味も用意してありますので」

 

「甘味!?」

 

「はい。餡の詰まった饅頭とか、金平糖とか」

 

 それを聞いただけで、俺はごくりと唾を飲み込んだ。女の身体になった影響なのか、それともこの世界でずっと山暮らしをしてお菓子を食べられなかったからかは分からないが、俺はずっと甘い物に飢えていた。

 

「早く行こう、美琴」

 

「あーはいはい、そんなに急がなくても誰も取りませんよ」

 

 呆れるように言う美琴の手を引き、俺は秋康について行った。

 

 

 

 

 

 

 それからお神酒を飲んだり、今度は屋敷に押しかけて来た村人たちと話したりしているうちに、すっかり夜が更けてしまった。俺はお酒を呑んで火照った身体を冷やすため、座敷を抜け出して裏口から外へ出た。

 

「逃げる気か?」

 

 するとそこで俺をタコ殴りにした物理系僧侶──来寛とばったり出会った。

 

「違う違う違う! 俺はただ風に当たりに来ただけだから!」

 

 殴り殺されかけたときのトラウマが蘇り、俺は必死に弁解する。すると来寛はふっと笑った。

 

「……冗談だ。もう神になったお前を害する理由もないからな」

 

「なんだ。脅かさないでよ」

 

 俺は安堵の息をついた。そしてふと彼の足元を見て、新しい草履を履いていることに気がついた。脇には荷物を抱え、錫杖も壁に立てかけてある。

 

「あれ、なんで旅装を?」

 

 夜に旅に出るのは危険だ。俺のような妖怪に遭うだけでなく、普通に視界が悪いし野盗に遭遇する危険もあるからだ。まあこの坊主がそんなドジを踏むとは思えないが、それでもわざわざこんな時間に出発する理由が分からなかった。

 

「都で乱が起こったと聞いてな。そこへ行くつもりだ」

 

「乱……って、戦?」

 

「そうだな。詳しくは知らんが、貴族とか侍の利権が絡んで面倒なことになっているらしい」

 

「ふーん、なんでわざわざそんなところに行くの?」

 

 戦があるから避難しようというのなら分かるが、わざわざ行くという感性がよくわからない。すると、来寛は当然のように答えた。

 

「修行だ」

 

 彼の見立てでは戦火で焼け出されたり掠奪に遭う人間がたくさん出るだろうから、それを助けにいくのだという。都までは歩いて4日もかかるので、俺が神になったらすぐ出立しようと考えていたらしい。

 

「なるほどね。遠くまでよく行くなあ」

 

「もともと旅をしているから、たいした距離でもない。神主によろしくと伝えておいてくれ」

 

 そう言い残すと、来寛は荷物をもって村を発った。殴られた恨みはあるが、わざわざ戦が起きているところに行って人助けをしようというのは素直にすごいと思った。ひょっとすると、彼はこの世界の歴史に名を残すタイプの人間なのかもしれない。

 

(……ま、俺には関係ない話だけど)

 

 都にいる貴族とか侍のいざこざが激しくなっただけならそのうち収まるだろうし、こんな遠い村に戦火がおよぶとも思えない。俺やこの村にとっては全く関係のない、別世界のできごとにすぎないのだ。

 

 

 

……それから数年後にはこの考えが甘かったことに気づいたのだが、このときの俺は、ただのんきに明日から始まるであろうのんびりとした生活に胸を膨らませていた。

 

 

 

 

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