TS守り神   作:RK

3 / 20
3

 

 

 

 この村に住むようになって数日、俺はこの世界についての情報を集めるのに専念した。

 

 山の中では俺がどんな場所にいるのかを知ろうとしてもその手掛かりはほとんどなかったが、今は神社にあった書物が読めるし、知識階級である加茂家を頼ることができた。

 

「……少なくとも、文字はある程度読めるんだよな」

 

 座敷にねそべりながら、俺は神社の書庫から持ち出してきた本を読んでいた。くずし字のせいで最初は何が書いてあるかすらさっぱりだったが、美琴の注釈を何度も聞いていくうちに文字の形をとらえられるようになり、それが日本語で書かれていることに気がついた。

 

「弓塚……がこの村か。で、西に山越……石尾……」

 

 妖怪という存在がありえる時点で日本ではないだろうとは思っていたが、やはり見覚えのある都市の名前はない。地図の左端には「珠京」と書かれた場所があった。そこがこの国の都──元の世界で言うところの京都のような場所に違いない。

 

 おそらく珠京の先にもまだ村や都市はあるのだろうが、それだけのスケールの地図はなかった。地図の形もガタガタだし、測量の技術を持っていない旅人がたまたま道中を手描きで記録したものを貰ったとかそういう感じだろう。

 

 そんなことを考察しながらページをめくっていると、食膳をもった美琴が入って来た。並べられているのは稗粟混じりの飯に魚、漬物がついたもの。元の世界の基準で言えば粗食だが、祭りでも何でもないときに米交じりのご飯が食べられるというだけで贅沢なのだ。

 

「お昼の供物の用意ができましたよ」

 

「ありがとう。そこに置いといて」

 

「わかりました。ここしばらくずっと本をお読みになっていますね」

 

「私はこの世界のこと、何も知らないからね」

 

 俺の言葉に、美琴はぴくりと眉を動かした。

 

「この世界……ということは、オカラシサマは彼岸からやって来たのですか?」

 

「ああ、そういう発想になるのか」

 

「?」

 

「いや、なんでもない。……ある意味正解だけどね」

 

 中世~近世の日本に近い世界観をもつ彼らにとっては、異世界とはあの世のことなのだ。里と山、昼と夜、この世とあの世というようにヒトとヒトならざる者は違う世界に住んでいる。だから人外である俺が違う世界からやってきたと聞いて、あの世を連想するのは自然なことである。

 

「あの世って、どんな場所なんですか」

 

 美琴は膳を置くとそっと聞いてくる。その瞳には抑えきれない好奇心の光が見て取れた。刺激の少ない生活を送る彼女にとって、異郷の話はたまらなく魅力的なのだろう。俺は彼女にも分かるような表現を考えながら答える。

 

「住んでいるのは、美琴と同じような人間。だけど技術は発達してた。鉄でできた……馬?とか、知りたいことを何でも答えてくれる石板とか」

 

「オカラシサマも人間だったのですか?」

 

「うん。私は大学生の男だった。……ああ、大学生っていうのは、学問をやってる若者だよ」

 

「それで「俺」って言ってたんですね。ダイガクセイ……というのがピンと来ませんが、学問ができるということは名主とか侍の家の子だったのですか」

 

 その問いに俺は苦笑した。むしろ俺は公園で食べられる雑草を探したり、クーラー代の節約のため夏と冬は図書館にいるような人間だったからだ。

 

「んー、そういうわけじゃなくて、そもそも身分っていうのが無いって言うか……」

 

 そんな調子でしばらく元の世界について語っていたが、だんだん話すのが面倒になってきた。美琴が俺の言葉に引っかかるたびに質問を重ねてきたからである。

 

 洗濯機の話をすれば、それはどういう仕組みなのか、材料の「プラスチック」とは何か、動力源となる電気はどうやって捕まえているのかなど、無数の問いが飛んでくる。たいてい専門外のことだったし、俺は教師のように何かを教えることが好きな人種でもない。最後のあたりはだいぶうんざりしていた。

 

「そろそろご飯食べたいし、切り上げていい?」

 

「あ、すみません。つい夢中になっちゃって。お食事の間も聞きたいんですけど、いいですか」

 

「……いいよ」

 

 根負けした俺は、やむなく食事を摂りながら話を続けることにした。

 

「じゃあ、オカラシサマは死んで、ここに来たのですか」

 

「そういうことになる。私にとっては、ここがあの世だよ」

 

 彼女は俺の前世に興味をもったようでいろいろ聞いていたが、その瞬間言葉を切った。

 

「どうしたの?」

 

「……オカラシサマは、寂しくないんですか」

 

 彼女は少し憐れむようにこちらを見ていた。賢い子だ。俺が一人でここにいることの意味を瞬時に理解したのだろう。

 

「まあ、寂しいかって言われたらそうだね」

 

 置いてきたものはたくさんあった。家族。友人。思い出。好きな漫画の最終巻なんかも。未練が無いと言えば嘘になる。俺が死んだ後、皆はどうしただろうと思うこともあった。

 

「でも、今更どうしようもないからなあ」

 

 俺はそう言って笑いかけたが、美琴は顔を曇らせたままだった。

 

「大丈夫。本当に気にしてないから。……それに、今は他に考えないといけないことがいっぱいあって……ゆっくり思い出す暇がないんだ」

 

 どうせ帰る方法などわからないのだから、今は自分のやるべきことをやるしかないのだ。美琴だけでなく自分にもそう言い聞かせながら、ほぐした魚の身を口に入れた。

 

 

 

 

 

 

「稗の1番は育ちすぎ。2番は枯れてるなあ。3番は発育が微妙、と……」

 

 ある日の昼下がり、俺は神社の裏手にいた。育った穀物の状態を確認し、帳面に記す。自分の力が土地や農作物にどんな影響を与えているかを確認しているのである。

 

 確かに俺の力をうまく使えば豊作にすることは容易いだろうが、力の制御を誤るとガチで死人が出る可能性があるのだ。今まで集団農業規模で力を使った経験はないし、考えなしに使うと、例えば一年目は大量の野菜が手に入ったが土地の栄養を使いつくして二年目は畑として使い物にならないという事態に陥るかもしれない。

 

 それを防ぐためにも、実際に田畑に力を使う前に実験でデータを取っておくのは必須だった。力の込め方、土壌の状態、水やりの有無などそれぞれ違う条件で育ててみたところ、いくつか重要なデータがとれた。

 

 まず強制的に成長させる場合でも一定量の水と肥料が要ることが分かった。例えば一切水をやらずに力を使うと、成長に必要な分が足りずたいていの植物は枯れる。

 

 つまり成長のためのコストは軽減されるが、無くなるわけではないのだ。

 

(たぶんこれは……動物に対してもそうだ)

 

 襲ってきた侍に対して力を使ったときのことを思い出した。彼らはその場でうずくまり動けなくなっていた。あれはずっと老化のせいだと思っていたが、本当は強制成長に栄養と水を使われたことによる急性の脱水症状や栄養失調が起きていたのかもしれない。

 

 ただ、強制成長において日光は必要ないようだった。日光を遮る布を被せたものとそうでないものに力を使ったが、水と肥料さえ十分であれば同じように十分な成長を見せていた。

 

 まあ日光も一定で要るというなら日差しが強い状態でしか俺の力は使えないはずだし、夕方に柿の若木を作り出すなんて芸当もできない。今までの出来事からも整合性がとれる結果だった。

 

「はーあ、神様の仕事っていうより実験実習だよ、これ」

 

 俺は記録を終えて立ち上がると、ふわぁとあくびをした。安全な力の使い方が確認でき次第村の作物の育ちをよくすると神主に伝えてはいるが、この調子だと俺の出番は来年の春以降になるだろう。

 

「……何をしてるの」

 

 そのとき後ろから声をかけられ俺はびくりとした。振り返ると、男の子が一人立っていた。渋染めの着物を着た短髪の少年で、少しおどおどした雰囲気が伝わってくる。

 

「力の実験をしてるんだ。うっかり君のお父さんちの田畑を枯らしたくないから」

 

 俺がそう言うと、男の子はうつむいた。どうしたのだろうと不思議に思っていると、ぼそりと彼はつぶやいた。

 

「枯らしてもいいよ」

 

「え?」

 

「あんな奴らの畑なんて枯れちゃえばいいんだ」

 

 少年は怒っているように見えた。ただそれは俺に向けられたものではなく、もっと別の誰かに向けられたもののような気がした。

 

「今日ここに来たのはそのためなんだ」

 

「……なんでそんなことする必要があるの?」

 

 俺が聞くと、少年は唇を噛みながら答えた。

 

「あいつらが、俺のお(とう)とお(かあ)を殺したから」

 

 

 

 

 

 俺は神社の賽銭箱に腰を落ち着けてから彼の話を聞いた。彼は弥助と名乗った。

 

 弥助の両親は土地をもたない百姓で、日野家の土地を耕して生活をしていたのだという。まあ要するに小作人。地主の土地を借りうけ畑の使用代金を支払う、農民の中でもさらに貧しい層の人間だ。

 

 それでも彼らは彼らなりに工夫して生活していたらしく、いつも野に出かけ食べられそうなものを探してきていた。両親は人が良く、暮らし向きはよくないが仲のいい家族だったそうだ。

 

 だが俺がやって来る一週間ほど前、弥助の両親は病に倒れた。ただの風邪ではない。恐ろしい高熱を出し、人が変わったように目をぎらぎらさせながら、口から泡を吹く病。二人とも舌を出して荒い息をしており、その様子はさながら犬のようだったという。

 

 それを知った日野家は疫病だと判断すると、「病が流行るのを防ぐため」即座に彼らを隔離して炎を放った。弥助の両親もろとも「消毒」したのだ。

 

 思いのほか重い話が出て来て、俺は何と言ってやればいいか分からなかった。だが弥助は喋っているうちにヒートアップしてきたらしく、戸惑っている俺をよそに話し続ける。

 

「……でも、あれは疫病なんかじゃない。犬神のせいだ。俺はあんな病気見たことない」

 

「犬神?」

 

「そういう妖怪がいるんだ。日野はもっと地代を搾れそうな他の奴に畑を貸したがってたから。俺たちが邪魔になって、犬神にお父とお母を殺させたんだよ」

 

 確かに俺のような神が実在する世界なら、祟りとか呪いのようなものもありえるし、そんな状況で都合よく倒れたのなら、そう思うのも自然かもしれない。ただ一つだけ気になる点があった。

 

「日野はあくまで土地をもってる側でしょ? そんな回りくどいやり方せずに、問答無用で土地を取り上げればいいんじゃない」

 

 結局貸している側の方が立場は強い。そんな策謀を巡らせずとも強硬手段に訴えることはいくらでもできるはずである。

 

「……日野の奴らはそうしないから、狡猾なんだ」

 

「どういうこと?」

 

「俺たちは契約して土地を借りてたんだ。それを一方的に破ったら、次に借りるヤツも同じ目に遭うかもしれないって思うだろ」

 

「あっそうか」

 

 約束を反故にできるとしても、名主としての信用に傷がつく。なるべく自然な形で土地を返却させたいと思うのは当然だ。ただ、村人を殺してまでそうするかという点には疑問が残るが。

 

 弥助は唇を噛みながら、俺を見上げた。

 

「頼むよ。神様なんだろ。あいつらに罰を当ててくれよ」

 

 きっと彼は誰からも相手にされていないのだろう。子どもは俺を怖がって神社に来ないのに、彼がここにいるのがその証拠。俺なら話を聞いてくれると思ったからに違いない。

 

 暇な身だし、同情するところもあるので力になってやりたいとは思った。だが、はいそうですかと日野家の土地を枯らすことなどできないのだ。俺はあくまで「この村の」守り神なのだから。

 

 できることは彼の話の真偽を確かめ、穏便に解決する方法を考えることだけ。

 

「ごめん、君の話だけじゃ判断できない」

 

 それを聞いて、弥助は失望したような視線を向けてきた。

 

「オカラシサマもあいつらの味方なのか? 俺を嘘つきだって言うのか?」

 

「……君を疑っていないといえば、嘘になるね。私は知恵の神様じゃないから、君の言っていることが本当かどうか分からない。でもね」

 

 俺はしゃがみ込み、弥助の頭に手を載せた。彼の眼を見ながらほのかに笑顔を浮かべる。

 

「君の味方ではいてあげたいんだ」

 

 これからどうすればよいかはまだ思いついていない。だが、わざわざ俺を頼りに来た子どもを助けないというわけにもいかなかった。

 

 弥助はぼうっと俺を眺めていたが、やがてまたうつむくと、細い声でつぶやいた。

 

「……がと」

 

「ん? 何か言った?」

 

「何でもない」

 

 弥助は踵を返すと、鳥居の方まで走って行った。その後ろ姿を見て、彼の身体が瘦せていることに気がついた。今どうやって生活しているのかを聞きそびれたが、十分食事をしていないらしい。次神社に来ることがあれば、何か食事を出してやったほうがいいかもしれない。

 

 そんなことを考えながら彼を見送った後、俺は二つ返事で村の闇っぽいところに関わるはめになってしまったことに気づき、頭を抱えたくなった。

 

 

 

 




感想は楽しく読ませてもらってるんですが、いろいろ忙しくて返信できていません。すみません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。