TS守り神 作:RK
次の日。俺は力の実験を午前中で切り上げると、弥助の話の裏をとるために神社を出た。村の中心部へ行くためには長いあぜ道を通る必要がある。俺は黄金色の稲穂で埋め尽くされた広大な水田を眺めながら、ゆったり歩いていくことにした。
(とりあえず、いろいろ考える前に弥助の両親を診た医者のとこに行っとくか)
医者については晴仁から話を聞いていた。この弓塚村にいる唯一の医者の名前は、日野
彼女も日野家の一員である以上直接聞いてもまともに答えてくれるかは分からないが、そこは俺の眼力が試されるところだろう。
ぽやーっと水田を眺めたり
「オカラシサマ。今日はどちらへ?」
そちらを見ると、稲の刈り取り作業をしている年寄りの夫婦がいた。彼らは毎朝神社にお参りしにくるので、よく知っている。正一爺さんとツユ婆さんだ。この2人には子どもが何人もいたが、みな村の外へ行くか死ぬかしてしまった。そのためか、俺を孫娘のように見ているふしがある。
「ちょっと村のあちこちを見に行こうかなあと。ずっと神社にいると気が滅入っちゃって」
それを聞いた正一爺さんは、ニコニコしながら答えた。
「神さんもずっと同じとこにいちゃあ退屈でしょう。わしらちょうど休憩するとこなんですが、お茶でも飲んでいきますか」
「えーと、先に名主さんのところに行っておきたいから、また今度でいいかな」
「そうか、まあいつでも来てくださいや」
彼は少し残念そうな表情を浮かべた。俺はそのまま立ち去ろうとしたが、せっかくだから一つ聞いておこうと思って引き返した。ツユ婆さんは戻って来た俺を見て、ぱっと顔を明るくした。
「やっぱりお茶飲んでいきますか?」
「ごめんそうじゃなくて、ちょっと聞いてみたいことがあったから。……二人は、弥助って知ってる?」
ツユ婆さんはうなずいた。
「ああ、あの子。あんな早くに親を亡くしちゃってねえ……家も焼けちゃって、可哀想な子ですよ。今は名主さんとこに泊めてもらってるそうで」
「日野家に?」
「ええ。でもあの子は家に火を放ったってんで、日野さんを恨んでるみたいです。ムリもないけどねえ……」
「なるほど。教えてくれてありがとう」
俺は二人にお礼を言って、歩き出した。
(……日野家に住まわせてもらってる、ね)
道の途中、俺は彼のおかれている状況を想像し眉をひそめた。
弥助にとっては我慢ならないことだろう。少なくとも、彼からすれば両親を殺した奴らに世話されているのだから。それに──俺は彼の身体が痩せていたことを思い出した。名主の家に泊めてもらっているのに、十分に食べさせてもらえていない理由。それは、日野家が彼を疎ましく思っている証左ではないか。
気づくと、俺は早足になっていた。
「うわぉ、オカラシサマだ」
箒をもって門の前を掃除している女中は俺が来たのを見て、感嘆の声をあげる。それからしまったという風に口を覆うと、こわごわと答える。
「あ、すみません。久しぶりに見たのでつい」
「気を使わなくてもいいよ。私は全然気にしないし」
「それならいいんですが……ところで今日は何のご用ですか」
弥助の話の裏を取りに来たと正直に答えたら、引き出せる情報も引き出せなくなる。弥助のことについてはおくびにも出さず、会いたい人物のことだけ伝えた。
「ここ、千歌さんに会ってみたいなーって……今大丈夫?」
「ええ。ちょうど今日はお手すきのようですし、オカラシサマに会いたいとずっと言ってらしたので、すぐにでも案内できますよ」
「そっか。じゃあお願い」
断られなくてラッキー、と思いながら女中の後についていった。そして通された部屋でまず目に飛び込んできたのは、大量の書物や薬草だった。彼女はその散らかった部屋の真ん中で文机に向かい、なにやら書き物をしていた。
「ああ、オカラシサマ。言ってくださればこちらから出向きましたのに」
千歌はそう言って振り向いた。歳は二十ほどで、良家の令嬢だけあって顔立ちは端正だ。しかし栗色の髪はぼさぼさで、目の下にクマができているせいで素材のよさは台無しになっている。すごく変人くさい。
「今は実験の結果が出るまで暇だから。散歩ついでにね」
弥助の調査と言えば警戒されるかもしれない。俺がうそぶくと、千歌は興味津々といった様子で聞き返してきた。
「今は何の
「私の力で成長した種もみが、次も問題なく発芽するかどうかを見てる。あんまり地力使いたくないから、時間かけてるんだ」
「時間をかければ地力を使わないんです?」
「そうなんだけど、規模とか成長させる種にもよるね」
「具体的にはどれくらい違うんです? あと一度に成長させられるのはどれくらい? 動物は育てられます?」
この人美琴と同じタイプだ、と俺はげんなりした。気になることをひたすら質問しまくってくる。俺が少し渋い顔をしていると、千歌はハッとして質問攻めをやめた。
「失礼しました。わたくし、ものすごおくオカラシサマの力が気になってて。父上は単に実りをよくする力としか思ってないようですけどねえ」
「作物を増やす以外に、私にできることってあるのかな」
「いくらでもありますわねえ。木を枯らしておけば生木より切りやすくなりますし、貴重な薬草を育てられれば救える村人はぐっと増えますから」
「……なるほど、考えたこともなかった」
ずっと収獲を増やすことばかり考えていたので、そういう応用の仕方は思いつかなかった。俺が感心していると、千歌は声を少しトーンダウンさせた。
「まあ、オカラシサマがいらっしゃっても、助けられない者は助けられませんがねぇ……弥助という子をご存じですか」
千歌の方から彼について言及してきたので俺はドキリとした。ここに来た目的が見抜かれたのかと思ったが、彼女にはそんな様子はない。たまたまらしい。
「うん。両親が死んだってことは聞いたけれど」
すると千歌は悲し気に目を伏せた。
「……気の毒なことに彼の両親は犬神に憑かれていて……あれはわたくしの医術ではどうしようもない病魔でした」
「犬神って、私みたいなのが憑りついてたってこと?」
「いえ、犬神は姿の見えない病魔です。半年前、野草を取りにいっていたときに犬に襲われたそうでしてねえ。そのときに憑かれたんじゃないかって」
それを聞いて俺はぴんときた。
「……二人に噛み痕はあった?」
「え?」
「ひっかき傷でもいいけど。……あと、水を怖がったりした?」
俺の言葉に、千歌は目を丸くしながらうなずいた。
「ええ。どちらも当てはまります」
それを聞いて、俺は犬神の正体を確信した。弥助の言っていたような「妖怪」ではない。
おそらく、狂犬病だ。弥助から聞いた症状とも一致するし、狂犬病ウイルスは末端神経を上り、脳に到達して初めて発症するので傷つけられたのが手足なら発症するまで時間がかかる。半年の潜伏期間があってもおかしくはない。
(……本当に狂犬病で死んだのなら、日野家の差し金という線は薄いな)
呪いや毒の類ならともかく、狂犬病を暗殺に使うとは思えない。狂犬に自分がやられるリスク、コントロールの難しさ、保管の困難など理由はいくらでも挙げられる。
それに、医者である千歌を擁する日野家がその気になればトリカブトなり毒キノコなり、毒物を入手して盛ることができるはずだ。そちらの方がはるかに安全だしコストもかからない。
「オカラシサマ?」
急に考え込み始めた俺を見て、千歌は怪訝そうな顔をした。
「ああごめん、私のいた世界にもあった病だからちょっとびっくりしちゃっただけ」
「知っていらしたのですか。あと、さっき、傷はどうだったかと言ってましたけど……」
「うん。動物に噛まれた人に憑くんだ。この病魔」
それを聞いた千歌は、なぜかさっと顔色を変えた。
「ちなみに、オカラシサマは犬神を祓う方法をご存じですか」
「方法があることは知ってるけどね……現実的じゃない」
ワクチンが有効であるということは分かっていても、具体的にどうやって作るのかはわからない。噛まれたのが手足であればウイルスごと斬り落とせば発症は防げそうだが、ロクな消毒設備もないこの村では敗血症になるのがオチだろう。
「なんでそんなこと聞くの?」
「……実は、わたくしも診察の時にちょっと引っかかれたのです」
千歌の左手の甲には、ひっかき傷があった。彼女は不安そうに俺を見てくる。
「オカラシサマの言う通りなら、わたくしもあの二人のように狂い死ぬのでしょうか」
「いや、それは大丈夫だと思うよ。この病魔は人から人にはうつらないから」
「そう、なのですね。……びっくりしました」
千歌はほっと胸をなでおろしていた。その様子に演技臭さはない。きっと彼女は本当に知らなかったのだろう。
「でも、それなら弥助と彼の両親には悪いことをしましたね。病魔に穢された場所を清めるため、わたくしは家を焼くよう命令しました。しかし、人から人へとうつらないのであれば……無駄に苦しませてしまっただけでしたね。彼の帰るところも奪ってしまいましたし」
彼女は落ち込んでいるようだった。確かに火による消毒は無意味だったし、結果として弥助のヘイトを恨みを無駄に買うことになった。
だが、「犬神」もとい、狂犬病についての知識がないのではそういったミスが出るのは当然のことだ。少なくとも、俺は彼女を責められなかった。
「そういえば、弥助は今どこにいるの」
「さあ。一応うちで預かっているということになっていますが、彼は寝るとき以外に寄り付きませんからねえ。食事を用意しても一口も食べませんし、口も利きませんから」
「本当に恨まれてるんだね」
「当然でしょう。まあ、恨まれるのも仕事のうちですから仕方ないのですがねえ。……とはいえこのままにしておくわけにもいきませんし、そちらの都合がよろしければの話になりますが、彼を引き取っていただけませんかねえ」
「私が?」
「はい。気持ちの整理などあの子の歳ではそう簡単につきませんから、わたくしや他の日野家の人間に心を開くことはないでしょう。しかしオカラシサマはこの件に関しては無関係ですから、しがらみもないかと」
「……そうだね」
千歌は弥助のことを心配しているようだったが、彼から見れば病に苦しむ親を焼き殺した日野の一員にすぎない。なるべく顔を合わせないようにするのが一番いいのだろう。
「わかった。うちなら人1人養うくらい余裕だろうし、連れて帰るよ」
「ありがとうございます。父上にはわたくしから伝えておきますね」
千歌はそれから少し考え、付け加えた。
「あと、彼に会ったら千歌が謝っていた、と伝えてもらえますかねぇ」
「自分で言ったら?」
「もう言いましたよ。……返事はありませんでしたが」
彼女は自嘲気味に答えると、再び文机に向かった。
俺は日野家を出ると、弥助を探した。そして彼が村はずれにある林へアケビ狩りにいったことを村人から聞き出すと、そこへ向かった。
林につくと、中に入る細い道があった。この林を遊び場にしている子供たちが、足で踏みならしたのだろう。俺が奥につながる細道を歩いていてしばらくすると、子どもたちの声が聞こえてきた。
「弥助ぇ。オメーはここに来んじゃねえよ。犬神がうつるだろーが」
「黙れ。忠秋、俺のアケビ返せよ」
「やだね。つーか、ウチで飯食わねーくらいなんだから、腹いっぱいなんだろ? 俺が食って悪いか」
弥助と3人の少年が対峙していた。弥助の前に立っている大柄な少年は、日野
「ふっざけんな!」
弥助は忠秋に飛びかかった。不意をつかれた忠秋は顔面にいい一発をもらい、たたらを踏んだ。だが、それで頭に血が上ったらしい。忠秋は体勢を立て直すと、弥助の腹に蹴りを入れた。
「この! 恩知らずが! 俺を! 殴りやがって!」
身体を丸め、防御姿勢をとる弥助を執拗に蹴りつける。弥助にもプライドはあるだろうから黙ってみていようかと思っていたが、忠秋の取り巻きらしい2人の少年もそれに加わってきたので、止めに入ることにした。
「やめなさい!」
一喝すると、少年たちは振り返って俺を見た。そして弥助以外の全員の瞳に、恐怖の感情が浮かんだ。
「オ、オカラシサマ……」
相変わらず怖がられているらしい。ちょっと傷ついたがこの場面をうまく収めることができそうで、俺はほっとした。
「喧嘩するのは別にいいよ。でも、3対1はダメでしょ~」
俺は微笑を浮かべながら忠秋の落としたアケビを拾うと、震える彼の手を包むようにして手渡した。この悪ガキは、少し脅かしておこう。
「それにしてもここってさあ、
俺が力を使うと、アケビは忠秋の手の上でどろどろに溶け、腐臭を放つ何かに変じた。その瞬間、忠秋は情けない叫び声をあげて腐ったアケビを放り出すと、取り巻きの少年とともに逃げ出した。
「立てる?」
俺は悪ガキたちを見送ると、弥助に手を伸ばした。彼は黙って立ち上がると、ぺっと血交じりの痰を吐いた。
「助かったよ」
「どういたしまして。いつもあんななの?」
「いや。いつもは言い合いになるくらい」
弥助はそう言ってから、俺に期待するような目を向けた。
「でも今見て分かっただろ。日野なんて忠秋みたいなクズばっかりだ。さっきやってたみたいに、土地を枯らしてやってくれよ」
「それはできないって言ったでしょ」
「……なんで」
弥助は俺を睨んだ。
「そもそも私は村の人に害を与えられない。それに日野、日野って言ってるけど、千歌は君のこと心配してたし、後悔してた。忠秋みたいなやつばっかりじゃないよ」
「……オカラシサマ、騙されてるよ。家を焼いたのはそいつだ」
「知ってるよ。話を聞いてきたから。……あれは、しかたないって思った」
そう言うと彼は拳を握りしめた。
「しかたないって皆言うよな。他人事だから。でも俺にとっては何もしかたなくないんだ」
俺は黙って彼の言葉を聞いていた。今何を言っても、彼にはありきたりな慰めの言葉にしか聞こえないし、心に響かないだろう。
「俺はどうすればいいんだ? 日野のせいじゃないなら、誰に怒ればいいんだ。教えてくれよ」
「わからない。それは自分で考えるしかないよ」
「俺の味方なんだろ、意地悪するなよ」
「……してないよ。そういう気持ちの整理は自分でやるしかないんだ。私にできるのは、そのための時間と場所をあげることくらい」
「時間と、場所?」
ぽかんとしている弥助の頭をぽんぽんと叩きながら、俺は薄く笑いかけた。
「要するに日野家じゃなくて、私の神社に来ない?ってことだよ」