TS守り神   作:RK

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「本当にすまんかった」

 

 俺の目の前で頭を下げているのは、この国の領主──桐生隆景。彼は護衛である『影切』とともにこの弓塚村の近くへ鷹狩に来ていたのだという。

 

「もういいですよ。手首、治って来てるので」

 

 俺は布に巻かれた右手を握ったり緩めたりしながら答えた。神社に戻ってくる間、落とされた手を右腕の切り口に当て続けていたら、なぜか普通にくっついてしまったのである。

 

 耳を当てると、みちみちと切れた筋繊維がつながっていくような音が聞こえてくる。来寛に骨を折られたときもすぐ回復していたが、やはり神や妖怪というのは人間とは比較にならない生命力を有しているらしい。

 

「……殿。あちらがもういいと言っていますし、頭をお上げになっては。神にとってはあの程度の傷、なんでもありませぬ」

 

「黙れ。だいたいこうなったのはお前のせいだろう。頭を下げろ」

 

 そう言うと隆景は傍に控えていた影切の頭を掴み、無理やり下げさせた。

 

「ぬぅ……すまぬ」

 

 隆景に促されると、思いのほか影切は素直に謝った。そして隆景は俺の隣に座っている弥助の方を見た。

 

「そこの少年も、怖い思いをしただろう。こやつには言って聞かせるゆえ、堪忍してくれ」

 

「……」

 

「弥助」

 

 弥助は俺の手首を見て少し納得のいかないというような表情をしていたが、俺が声をかけると、しぶしぶ答えた。

 

「……わかりました」

 

「有難い」

 

 隆景はほっとしたようで、少し表情を和らげた。

 

「とはいえ、それだけでは誠意が足りないだろう。狩りの獲物と金子を受け取ってほしい」

 

 そう言って隆景は雁と砂金の粒の入った袋を差しだした。

 

「こんなに……?」

 

「もともと鷹狩のついでに弓塚神社に来る予定だったのでな。寄進も兼ねている」

 

 寄進というのは、平たく言えば寺社への贈り物。もちろん贈る側は喜んで財物を捨てているわけではなく、神の力の恩恵を期待しているのだ。

 

「願いはなに? 私にできるのは、生き物を育てることだけ……」

 

 言いかけて、俺は気づいた。影切は俺がこの村の神になっていることを知らなかった。つまり、彼らがこの神社へ来た目的は俺ではないのだ。

 

 その予想通り、隆景は少しばつの悪そうな顔をして答えた。

 

「あー、そなたではなく、そなたの夫──弓弦彦殿の力を借りたくて来たのだ」

 

「……期待しているところ申し訳ないけど、弓弦彦は今この神社にはいない。私も形として結婚してはいるけど、会ったことがないんだ」

 

「どこにいるか分かるか?」

 

「さあ……生きてるには生きてるらしいけど」

 

 彼の現状については謎が多い。俺の答えに隆景は少しがっかりしたようだった。

 

「しかし、なぜ弓弦彦の力を借りたいと?」

 

 弓弦彦はその名の通り、弓の神だ。直接会ったことはないが、彼については神社の書物で知っていた。性格は温厚ながら、彼の引く強弓は大岩を穿ち、何里も離れたところにいる鼠の額を射抜くという。

 

 だがそんな彼の力──平たくいえば武力を借りたいということは、穏やかならぬ事情があるとしか思えない。

 

「……戦が起こるかもしれぬからだ。都で戦が起きているのを知っているか」

 

「一応はね。でもここは都からだいぶ離れてるし、巻き込まれる心配はないと思うんだけど」

 

「そうでもないのだ。今、都では帝の後継者争いで四条と北御門という2つの勢力が争っていて、わが桐生家は四条側なのだ」

 

「都で戦ってる親分に、お前も都の戦に来いって言われるってこと?」

 

「頭の回転が速いな。だがそれだけではない。全国各地を治める領主たちも、それぞれこのどちらかに属しているのだ。例えばわしの領国の東にある緒乃家は北御門側。こちらが四条側であることを口実に攻めてくるかもしれんのだ」

 

「あー、確かにそれは……この村も無関係じゃいられないね」

 

 弓塚村は東の緒乃領との国境の近くにある。緒乃家が攻めてきた場合、略奪の憂き目にあう可能性は高い。

 

 隆景は頭を搔きながら、ため息をついた。

 

「弓弦彦殿がいないなら、守りの用意をしておいたほうがよいな。緒乃勢はまあすぐには動いてはこんだろうが、今の当主は野心家だ。機を見て攻めてくるかもしれん」

 

 これまでのほほんと過ごしてきたが、政治的にはこの村は危ない状況にあるらしい。俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

「ちなみに守りの準備はどうやるの?」

 

「そうだな。ちょうどこの村の後背によさげな山がある。村人にはあれを山城にしてもらおう」

 

「今は収穫期で皆忙しそうだけど……」

 

「労役は冬からでよい。それに城普請は負担が大きいからな。今年は年貢以外の負担を除いておく」

 

 隆景の言葉を聞いた影切は、少し不満そうな声をあげた。

 

「どうせ村人は自分たちの身を守るために城を作らざるをえないのです。負担を除かずそのまま働かせてやればいいではないですか」

 

「影切。お前は強いが、人の心が読めんのがまずいのう。無理な労役を課して村人に恨まれ、その火種を緒乃に利用されるのが最悪なのだ」

 

「……なるほど、我は考えが足りませぬな」

 

 そう言うと、影切は少ししゅんとした。どうやら隆景はかなりまとも、というか善良な部類の領主のようだ。下にいる者の不満を理解して行動を決めている。

 

 しかも先ほどはさらりと流したが、彼は村の近くにある山を「城にしやすそう」と評した。単に鷹狩遊びに来ていたのであれば山の把握などしているはずがない。彼は地勢や村の実りなどを自分の目で調査するために来ていたのだろう。

 

 領主が有能そうでよかったー、と思っていると、隆景は立ち上がった。

 

「城普請についてこの村の長と話し合いたい。案内できる者を貸してくれぬか」 

 

「私、できるけど」

 

「そなたはついさっき手を落とされたばかりだろう。治りつつあるとはいえ、そんなそなたをこちらの都合で歩かせるのは忍びない」

 

 なかなかの人格者だ。武家の首領といえばそれこそ影切のような感じで居丈高なイメージがあったので、俺は感心した。

 

「……気遣いありがとう。じゃあ弥助、ちょっと美琴を呼んできてくれない?」

 

 弥助は頷いて、社務所の方に駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 辺りが薄暗くなり、夕日が差してくる頃合い。俺は社務所の縁側で寝転んでいた。安静にしていろと言われていたが、暇だ。何か暇つぶしはないかと思案し始めたとき、弥助が戻って来た。

 

「日野での話し合いはどうなった?」

 

「まだ終わってません。築城自体はあっさり決まりましたが、ついでに費用とか大まかな計画を出してしまうみたいですね」

 

「ふーん、そういえば、美琴と一緒に戻ってこなかったの?」

 

「美琴さんは晴仁さんと一緒に話し合いに出てます」

 

「そっか。じゃあご飯は話し合い終わるまで待つかー」

 

 俺が小さくあくびをしていると、弥助は少し心配そうに布が巻かれた手首を見てきた。

 

「腕は大丈夫ですか?」

 

「ん? ああ。全然大丈夫だよ」

 

 この布をつけておく必要もないだろう。布を取ると、右手は痕も残さずくっついていた。

 

「それならよかった」

 

「……あのとき、君が逃げなかったのは全然よくないけどね」

 

 俺は自己治癒力が異様に高いが、弥助は普通の人間だ。彼が俺を庇うのはまったく道理に合わない。

 

「庇ってくれたのは嬉しい。嬉しいけど、私は君よりずっと頑丈だから庇う必要なんてないんだ」

 

「でも、痛みはあるのでは?」

 

「それはそうだけれど、誰かが死ぬよりは痛いほうがいいよ。君に身代わりで死なれたらご飯の味しなくなるかもしれないし。次は言う通りにしてね」

 

「死なれたら困るのはこっちもなんですけど」

 

「あー聞こえない聞こえない」

 

「……頑固ですね」

 

 弥助はため息をついた。お互い様だろうと思ったが、これ以上言いあっても不毛なだけなのでこの話題は切り上げることにした。

 

「そういえば、今日で稲の取り込みは終わりなんだよね。新米食べたいなあ」

 

「まだ食べられませんよ。十日ほど乾かす必要があるので」

 

「そっか、じゃあ十日後かー」

 

「いえ、脱穀もしないといけないのでもっとかかりますね」

 

「なんで? 脱穀なんてそんなにかからないでしょ」

 

 以前観たテレビ番組ではトラクターが収穫と脱穀を同時にやってしまっていたし、たいして時間もかからないのではないか、と思っていたが違うらしい。弥助は首を振った。

 

「普通に時間要りますよ。()き箸で挟んで少しずつやるんで」

 

「一日にどれくらいできるの?」

 

「一人当たり10束ってとこですかね」

 

 確かに焼き鳥の串の肉を箸で取っていくような作業なら、それくらいしか進まないのは当然か。

 

「……田んぼ、すごい広いけどあれだけの面積の分やるの?」

 

「そうですが。ひょっとしてオカラシサマ、脱穀ナメてました?」

 

「……うん、ナメてたかも」

 

 気の遠くなるような作業だ。米粒を残したらなんとなく気持ち悪い感じになるのは、先祖の苦労が遺伝子に刻み付けられているからなのかもしれない。

 

(でも、なんかいい感じに効率的な方法を知ってるような気がするんだよなあ)

 

 俺は記憶の底をひっかきまわし、ようやく思い出した。「千歯扱き」。小学校だか中学校だかの教科書に載っていた、太い鉄の釘のようなものが並べられた道具である。

 

「……弥助。いいこと思いついたんだけどさ。でっかい櫛みたいな道具があったら髪をすくような感じで稲穂をこそぎ取れるんじゃない?」

 

「大きな櫛ですか……」

 

「そうそう、稲の束を歯に通して、一気にガーって引くの」

 

 俺が縁側の近くに落ちていた枝を拾い、地面に絵を描いて説明すると、弥助は少し興味を惹かれたようだった。

 

「面白そうですね。実際に作ってみたらどうでしょう」

 

「うーん、でも私工作苦手なんだよね……」

 

「じゃあ図を紙に描いて、作れる人に渡したらどうです」

 

「なるほど、それでいってみよう」

 

 紙と筆を持ってくると、俺は弥助と一緒に新しい道具の図を描き始めた。細かい調整が必要だと思われるのは歯の隙間だけで、構造もたいして複雑なものではない。大まかな形が分かるような図面はできた。

 

 絵が仕上がったちょうどそのとき、美琴と晴仁が戻って来た。

 

「ただいまーっと。……何してるんですか?」

 

「暇だったからもっと効率よく脱穀できる道具を考えてたんだ」

 

 美琴は俺の絵を見てから説明を聞くと、少し考えてから尋ねてきた。

 

「ひょっとしてこの『大櫛(おおぐし)』、オカラシサマの世界にあった道具ですか?」

 

「うん。大工仕事がうまい人に作ってもらおうかなって」

 

「面白い発想ですが……難しいかもしれませんね。この鉄の釘のような部分はどうするんですか?」

 

「え?」

 

「うちの村に冶金師はいませんから、こんな太い鉄の棒は作れませんよ」

 

 確かにこの村に鉄を溶かしたり鋳造するような施設はない。いいアイデアだと思っていたが、さっそく暗礁に乗り上げてしまった。

 

「……じゃあ、歯を竹で代用できないかな」

 

「ちょっと柔すぎますね。安定感を求めるなら、やはり鉄がいいかと」

 

「そっかー。じゃあ無理か」

 

 俺が肩を落とすと、美琴はにこりと笑った。

 

「無理ではないですよ。……ちょうど今日、冶金のつてをもってそうな方がこの村にお泊りになるじゃありませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 隆景は日野家に滞在し、明日の朝に発つ予定らしい。俺は夕食を摂ると神社を出て、日野家へと向かった。

 

「……あら、オカラシサマ。どうしたのですか」

 

 俺が日野家の門をくぐったとき、脇の庭にいた千歌に声をかけられた。

 

「ちょっと隆景に頼みたいことがあって。どこにいるかわかる?」

 

「今、ちょうど弟に弓術を教えていただいているところです。オカラシサマもご覧になりますか?」

 

 俺が脇の庭に回ると、隆景がちょうど忠秋に弓を構えさせているところだった。

 

「そうだ。的をしっかり狙え」

 

「こ、こうですか?」

 

「うむ。その基本の形を忘れるな。基本の形を覚えていれば、調子が悪い時に手直しがしやすいからな。射よ」

 

 忠秋の放った矢は、的の外縁に当たった。

 

「なかなか筋がいいな……む、オカラシサマではないか。手はもうよいのか」

 

 隆景は俺が来ていることに気づくと、振り返った。

 

「うん。それにしても教えるのうまいんだね」

 

「弓弦彦殿に比べればたいしたものではないが、それなりに腕に覚えはあるのでな」

 

 隆景はそう言って笑う。忠秋の方を見ると、俺の姿を見て青い顔をしていた。しかし隆景に教えてもらっている手前逃げ出すこともできず、どうすればいいのか分からないという様子である。

 

「……どうした? 顔色が悪いが」

 

「ああ、気にしなくていいよ。ちょっとお灸をすえたことがあるだけだから」

 

 俺が忠秋をさんざん脅かしたことは知らないらしい。隆景はけげんそうにしていたが、やがてここに来た理由について尋ねてきた。

 

「……こういう道具を作ってみてほしいんだ」

 

 俺が絵を見せて説明する間、隆景は髭を撫でながら黙って聞いていた。最初はどんなことを話すのかと軽く聞いていたが、やがて真剣な表情になり、計算するような目つきに変わっていった。

 

 話し終えると、隆景はちらりと絵に目を落とし、訊いてきた。

 

「……その案、他に知っている者はいるか?」

 

「まだ神社でしか話してないけど」

 

「そうか。他では話さないでくれ」

 

「どういうこと?」

 

「わが桐生が最初にこの道具を売り出せるようにしたい」

 

 どうやら隆景は、この道具を製造して他の領国に売ることまで考えていたらしい。千歯扱き自体がコロンブスの卵で、思いつきさえすればわりとどこでも作れてしまう道具であるため、どこかに先を越されたくないのだろう。

 

「わかった」

 

「それにしても、本当に面白いことを思いつくのう。もしやそなた、影切と同じようにあの世から来たのか?」

 

「……今、なんと? あの世から来たって?」

 

 影切と同じように。彼の一言に俺は衝撃を受けた。まさかあいつも俺と同じように転生してきたのか。

 

 隆景はうなずいた。

 

「ああ、影切はあの世──日ノ本とかいう世界からやって来た者なのだ」

 

 

 

 




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