TS守り神   作:RK

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「訊きたいことがあるんだけど」

 

 影切はだいぶ前に俺が生やした柿の枝にとまり、隆景と忠秋の練習の様子を遠巻きに眺めていた。俺が近づくと、彼は目線を固定したまま答えた。

 

「我は殿から目を離せぬが、それでもいいなら聞け」

 

「じゃあ……影切は本当に日本……日ノ本から来たのか?」

 

 ぴくり、と影切は身体を震わせた。

 

「……お前も我と同じか」

 

 俺がうなずくと、影切はふっと笑った。

 

「我が生きていたのは天正という時代。知っているか」

 

 明治~令和ならともかく、それ以外の元号はピンとこない。俺は首を振った。

 

「日ノ本が無数の国に分裂していた頃……我がいた頃は信長とかいうやつが幅を利かせておった」

 

「……織田信長?」

 

「ああ。お前はどうやら我より後の時代の人間のようだが、ヤツの名は有名なのか?」

 

「知らない人はいないんじゃないかな。日本統一まで行きかけたんだから」

 

「行きかけたとは?」

 

「途中で部下に裏切られて死んだんだってさ」

 

 すると影切は、高笑いした。

 

「ははは。いい気味だ。あやつにはさんざん苦汁をなめさせられたからな」

 

 どうも影切は戦国時代出身らしい。話も聞かずに襲いかかって来たのも、切羽詰まった時代の人間だったからだと考えると納得できる気がした。

 

「会ったことあるんだ」

 

「会ったというか……敵ではあったな。我は朝倉家に仕える武士だった。朝倉家は知っておろう」

 

 影切は誇らしげに言ったが、俺はそもそも日本史に詳しいわけではない。戦国時代の武将など、織田信長とか武田信玄とか有名どころしかわからないのだ。

 

「……ごめん、それは知らないや」

 

 俺の答えを聞き、影切はため息をついた。

 

「では、我が朝倉がどうなったかも知らぬのか」

 

 影切は織田軍に追撃され敗走していく最中、刀根坂という場所で敵兵に討たれ、気づくとこの世界にいたのだという。

 

「負けたとは思うけど……滅ぼされたのかどうかまでは知らない」

 

「そうか」

 

 一言つぶやき、影切は黙りこくった。俺もいろいろなものを置いてこちらにやって来た身だ。少しは気持ちがわかる。俺が何も言わないでいると、影切は口を開いた。

 

「……あまり愉快な結果ではなかったが、我が死んだ後どうなっていたかだけは気になっていたのだ。感謝する」

 

「ん、ああ……もう少し日本の歴史に詳しかったらどうなったかまで詳しく教えられたんだけど」

 

「我の生きた時代を歴史と言われるのは、妙な感覚だな。お前はいつの人間だ?」

 

「21世紀だから……500年か600年くらい後。飢餓も戦もない時代だったな」

 

「そんな極楽になっておったのか。それに500年となると、技術も進んでおるのだろう」

 

「さっき隆景に伝えたのはまさにそれだね。もっと効率よく脱穀できる道具を教えてきた」

 

 影切は少し羨ましそうに言った。

 

「我はそういう面では役に立てぬからなあ。多少遊戯の類や戦術をお教えしたら面白がってくれたが、これほど生活に変化をもたらす知識はもっとらん」

 

「ふふ、そうでしょ」

 

 俺が胸を張ると、影切はぎろりと片目だけを器用に俺に向けた。

 

「だが、強い力や知識は、良くも悪くも影響が大きい。せいぜい気をつけるのだな」

 

「手放しで褒めてよ、そこは」

 

「……まあ、いずれ分かるだろう」

 

 影切は歯切れ悪く言うと、視線を隆景に戻した。

 

「さてと、我と馴れあいにきたわけでもあるまい。本題を話せ」

 

「そうだね。……転生の仕組みとか、私たち妖怪について知ってることがあったら教えてほしい」

 

 そう、別に彼と前世を語り合いたかったわけではない。むしろあまり関わりあいになりたくないタイプなのだが、転生者の先輩として有益な知識をもっている可能性がある以上、話を聞いておきたかった。

 

「よかろう。……とはいえ、我もまだこの世界にきて10年ほど。日ノ本に戻る方法やなぜこんなところに来れたのかということは分からぬ」

 

 影切はそう前置きすると、

 

「一つだけ我が知っているのは、妖怪や神はおしなべて元の世界からやって来た人間だろうということだけだ」

 

「やっぱり」

 

「ただ、言葉を操れる者は少ない。お前はまだ遭ったことがないようだが、たいていの妖怪は話ができぬし、話ができぬ者は人を襲う。

 

 だから人間の方も我々を問答無用で除こうとしてくるのだ。我は農民どもに追われているところを殿に助けていただいたが、お前も神になる前はそういう目にあったのではないか?」

 

 あれはやはり他の妖怪のとばっちりだったのか。俺は肩をすくめた。

 

「まあね。でも、さっき妖怪は転生してきてるって言ってたよね。なんで意思疎通できないやつを転生者だと思ったの」

 

「……以前、領民を襲う妖怪を殺しに行ったことがあってな。戦う前に獲物の動きを観察したのだ。するとヤツは周りにあるものを何でも口に入れてみたり、動くものを追いかけたりしていた。やつの姿は泥人形のようだったが……我にはそいつが巨大な赤子に見えた」

 

 影切の言わんとすることを察し、俺は息をのんだ。

 

「赤ちゃんが転生してきてるってこと」

 

「あくまで、我の推測だがな」

 

 確かに転生に選ばれる対象が成年だけであるとは限らない。全ての時代の人間を対象とするなら、歴史的に多死状態にあった赤ん坊が転生してくる確率が高くなるのは当たり前だ。

 

 むしろ俺や影切のように、人間とコミュニケーションを取れる妖怪の方がレアケースなのだろう。

 

「……それが本当なら、可哀想だね」

 

「ふん、だとしても領民を無駄に傷つけるあやつらにくれてやる同情などないわ」

 

「でも、よくわからないうちに悪者にされて退治される世界に来ちゃうって、地獄みたいなものでしょ」

 

「だから何だ。我には関係ない。肝要なのは、己にとって害か否かということだけだ」

 

 影切は冷たく言い放つと、ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「……それにしてもその言いぐさ、まるで自分は地獄に落ちていないような口ぶりだな」

 

「どういうこと?」

 

「……今この国は戦国の世へと向かっている。お前は極楽のような時代から来たと言ったが……もしお前が死体の()えた臭いを嗅いだことすらないのなら、()()見えるだろうというだけの話だ」

 

 言葉を切り、影切は空を見た。日が稜線の向こうに落ちて星々が薄っすらと見え始めている。影切はあくびをすると、眠そうに言った。

 

「我の話せることは、それくらいだ。そろそろ寝る」

 

「……おやすみ」

 

 羽を広げて主人の方へ戻っていく影切を見送りながら、俺は言いようのない漠然とした不安を感じていた。彼の不吉な予言をまるごと信じたわけではない。だが隆景に実際に戦が起きる可能性を示された以上、全てを無視できるほど俺の神経は図太くはなかった。

 

(戦か……)

 

 もし戦火がここまで及んだら、皆──弥助を、美琴を、正一爺さんやツユ婆さんを守り切れるのだろうか。そんなことを考えながら俺は帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一週間ちょっとが経った。稲穂が乾いて脱穀が始まるちょうどその頃、隆景から30台の千歯扱きが届いた。

 

「オカラシサマ。これは何ですか」

 

 正一爺さんとツユ婆さんは、俺が持ってきた千歯扱きを見て、首をかしげていた。

 

「これはねー、私がお殿様に作ってもらった千歯扱きって言う道具。この稲穂をね、歯に通すんだ」

 

 言いながら俺は稲穂の束を歯に通し、一気に引き抜いた。するとぱらぱらと種もみが落ち、敷いておいた布の上で跳ねる。何度か繰り返すと稲穂の粒は完全にこそぎ落された。

 

「ね、脱穀がすごく速く片付くでしょ」

 

 俺が反応を窺うと、2人はおぉと感嘆の声をあげた。

 

「なるほど、こりゃあいい」

 

「今年からはお手伝いさんも呼ばなくてよさそうだよ」

 

 扱き箸だと効率を上げるために他の村人を雇うこともあるらしいが、千歯扱きなら正一爺さんとツユ婆さんだけでも十分脱穀できるのだ。

 

「さすが、オカラシサマは頭も冴えてるんですねえ」

 

「……えへへ」

 

 ツユ婆さんに褒められ、俺は少し照れた。ずっと実験の繰り返しで神らしいことができていなかったので、役に立つものを提供できたのは嬉しかった。

 

 正一爺さんの家を出てから、日野家も見に行った。村で最も大きい土地をもつ日野家でも、この道具は喜ばれているようだった。

 

「いやあ、さすが豊穣の神ともなればこういう道具も作れるのですな」

 

 秋康は千歯扱きで次々と穂を削いでいく村人たちを見ながらそう言った。心なしかいつもよりも表情が和やかな印象を受ける。

 

「ふふん、でしょでしょ」

 

「はい。台籾(だいもみ)を取られはしますが、人を雇って扱き箸で脱穀するよりは金がかかりませんし」

 

「……待って。台籾ってなに?」

 

 秋康は少し目を丸くした。

 

「知っておられるものかと。領主様は私たちにこの千歯扱きを貸す代わりに、千歯扱きで取れた籾の12分の1を納めよとおっしゃってまして」

 

(隆景……やってんなー)

 

 そういうことかと俺はため息をついた。

 

 隆景は農民から千歯扱きの使用料を巻き上げるつもりなのだ。しかも「脱穀した分」を基準にしているのがなかなかいやらしい。そうすれば年貢やその他の雑費を支払った残りに使用料を課すよりも多く払わせることができるからだ。

 

 もちろん道具を量産するのに金がかかっただろうから使用料についてはとやかく言うつもりはなかったが、この村にも同じように支払えと言って来たのには少しもやっとした。

 

(曲がりなりにも俺が教えたんだし、この村の台籾くらい免除してくれればいいのに)

 

 ちょっと釈然としない気持ちで俺が神社に戻ってくると、何人ものおばさんがやって来て、境内を掃除していたらしい美琴と何やらもめていた。

 

「どうしたの?」

 

 俺が顔を出すと、美琴はぱっと顔を明るくした。

 

「この人たち、さっきからオカラシサマに会わせろってうるさくて。ちょうどいいところに帰って来てくれました」

 

「それはいいけど……何かあったの?」

 

 俺の問いに、おばさんの一人は答えた。

 

「あんまり言いたかないんですがねえ、あたしら、オカラシサマのせいで食い詰めるハメになりそうなんですよ」

 

「……私、なにかしたっけ」

 

「千歯扱きを考えたじゃないですか」

 

 おばさんはぼそりと言った。

 

「あたしはこの時期、籾を落とす仕事をやってたんです。でも、あの道具を使えば人手は十分足りるってんで、稼ぎの当てが無くなった」

 

 おばさんたちは「後家」──いわゆる未亡人だった。扱き箸で脱穀する仕事は、夫を亡くした彼女たちの数少ない収入源なのだという。

 

 つまり俺は、千歯扱きの導入で間接的におばさんたちの仕事を奪った形になる。

 

「この稼ぎがなきゃ、来年の着物も用意できないんです。なんとかしてください」

 

「あたしんちは息子もいないんだ。飢え死にしろってのかい」

 

「頼むよ、ねえオカラシサマ」

 

 口々に言われ、めまいがしそうになった。よかれと思ってやったのに、これではおばさんたちの収入を搔っ攫って隆景に献上しているようなものではないか。

 

「……ごめん」

 

「謝らなくてもいいです、あたしらに仕事をくれれば」

 

「仕事……」

 

 すでに神社は弥助を養うので精一杯だ。彼女たちに与えられる仕事などない。かといって、一度千歯扱きの便利さを知った秋康や正一爺さんたちに掛け合っても無駄だろう。

 

 いったい、この「発明」の責任を俺はどうとればいいのだろうか。

 

(……くそ、影切の言ってたことって、これか)

 

 確かに俺の知識の影響は大きい。道具一つ考えただけで、これだけの人間を困らせることになるとは思わなかった。

 

「わかった。ちょっと待って。考えるから」

 

「考えるって……あたしらはどれだけ待てばいいんですか。飢え死にするまでですか」

 

「ちょっと黙ってて」

 

「ちゃんと答えてくださいよ、オカラシサマ」

 

「黙っててって言ってるでしょ!」

 

 頭が混乱の限界に来ていたので、俺は思わず怒鳴りつけてしまった。おばさんたちがしんとしてから、俺はしまったと思った。

 

「……ごめん。今はちょっと考えたいんだ」

 

 空気が冷え込んだその瞬間、美琴が助け船を出してくれた。

 

「あ、そうだ。代わりの仕事ありました。今年は蔵の整理と大掃除をしようと思っていたんですよ。この前隆景様から金子をいただいたので、支払いもすぐできますよ。手伝ってくれませんか?」

 

 それを聞いたおばさんたちは、喜色を浮かべる。

 

「やるやる。あたしはやりますよ」

 

「力仕事もどんと来いだ」

 

「いつからやるんだい?」

 

「とりあえず説明するので、こちらへ来てください」

 

 美琴はおばさんたちを蔵の方に案内しながら、俺に笑いかけてくる。

 

(……ありがとう、美琴)

 

 機転を利かせ、ひとまずこの場が収めてくれた彼女に感謝しながら、俺は胸をなでおろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで解決したのに、なんでまだおばさんたちの仕事のこと考えてるんですか?」

 

 昼下がり。社務所の文机に向かって彼女らの代わりになる仕事を考えていると、弥助が訊いてきた。

 

「あの人たちには、来年も再来年も仕事が必要だからね」

 

 そもそも蔵の整理は4年ごと。年末にやる予定だったのを前倒し、おばさんたちに仕事として提供したのだ。来年は同じ手を使えないし、そもそも神社に十分な金が無ければ支払いもできない。

 

 その場しのぎではなく、彼女たちの生活を保証してやるシステムを作る必要があるのだ。

 

「オカラシサマがそこまで考える必要あるんですか? 来年は自分たちで稼ぐ方法を見つけるんじゃ」

 

「じゃあ弥助だったら、どうやって脱穀の仕事なみに稼ぐの」

 

「うーん……」

 

 思いつかないようで、弥助は首をひねっているようだった。

 

「ないでしょ。だから私は、あの道具を作った責任をとらなきゃいけないの」

 

 俺は彼に背を向けたまま答えた。深く考えもせず、思いつきで技術革新をしてしまった。そんな自分の軽率さに腹が立った。

 

 もっと考えていれば、安易に隆景に頼らなければこうはならなかったのだろうか。

 

「……本当に、私はバカだ」

 

 自嘲しうつむいたその瞬間、弥助は突然俺の両肩に手を置き、揉みしだいてきた。

 

「ひゃっ!?」

 

「……肩、がちがちですよ。岩でも背負ってんですか」

 

「ちょ……やめ」

 

 だが肩が凝っていたのは事実だったらしく、なかなか気持ちがよかった。抵抗をやめ、彼にされるがままになっていると、弥助は言った。

 

「俺や美琴さんは、扱き箸が無くなると困る人がいることは知っていました。こうなる可能性に気づかなかったのは俺たちのせいだ」

 

「でも」

 

「オカラシサマの案が実現したのは隆景のせいだ」

 

「………」

 

「おばさんたちの仕事が無くなってるのは、千歯扱きを使ってる日野や爺さんたちのせいだ」

 

 肩がほぐれたところで弥助は手を離した。俺が振り返ると、彼は少し赤い顔で、ぶっきらぼうに言った。

 

「だから……その、オカラシサマだけがそんなに落ち込む必要は、ないかなって」

 

 言葉は不器用だったが、その分優しさが心にしみた。

 

「君は本当に優しいね」

 

「……普通ですよ」

 

 ほほ笑むと、彼はなぜかふいと目を背けた。

 

 それから気を取り直して、いろいろ案を考えた。神社の裏手を開墾するとか、神社の行事を手伝ってもらうとかいろいろ考えたが、それに対する報酬をどこから持ってくるかが一番の問題だった。

 

「結局、神社も無限にお金があるわけじゃないですからね」

 

「うん……今日はたまたま隆景に貰ったお金があったから払えたけど。毎回そう都合よく用意できるわけでもないし」

 

 弥助はため息をついた。

 

「それにしてもオカラシサマが名案出したのに、神社が困るっておかしくないですか。隆景だけが得してますよ」

 

「確かに……それは思った」

 

 言ってから俺は気づいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「隆景のところに行こう」

 

「何か思いついたんですか」

 

 俺はうなずいた。寄進はされたが、千歯扱きを領内外に普及させたときに得られる莫大な使用料に比べたらごくわずかでしかない。発案者が俺である以上、多少の要求はまだ通せるはずだ。

 

「隆景に、この村の台籾を得る権利を、全部うちの神社に寄進してもらおう。神の知恵代としてね」

 

 

 

 

 

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