TS守り神 作:RK
俺は隆景と交渉するため村を発ち、桐生の屋敷へと向かうことにした。
「……おともは要らないって言ったのに」
「まあまあそう言わず。オカラシサマに万が一のことがあったらまずいんですよ」
にこやかに言ったのは、晴仁。彼は俺が隆景に会いに行くと言うと、神主の仕事を美琴に投げて俺に同伴しようと言って来たのである。
「街道を通っているとはいえ、山賊に襲われるかもしれません」
「遭っても一人で何とかできるよ」
「しかしオカラシサマの力は守りには向いていないでしょう」
「それはそうだけど」
能力の都合上、敵を目でとらえられれば基本的に無敵だが不意うちにはめっぽう弱い。痛いところを突かれ、俺は声をしぼませた。
「……でも晴仁がいても私を守れないんじゃないの。来寛みたいに滅茶苦茶強いわけでもないんでしょ」
「それはどうですかな」
ほっほっほ、と晴仁は笑った。彼はいつもとは違い、肩に長弓を背負い腰に短刀を差して武装している。だがはっきり言って、頼りなかった。
「まあもうここまで来ちゃったし、今更だろうけど……」
俺はため息をついたが、彼はそれを特に気にした様子もなかった。
「そうそう、気にする必要はない。それにわしがいた方が、交渉を有利に進められるはずですぞ」
「交渉って……そういうの得意なの?」
「いえ、そういうものではないですが……切り札がありますのでね」
彼の自信の源はその切り札なのだろうか。そんなことを考えていると、晴仁は道の向こうを指さした。
「見えてきましたぞ。あれが隆景殿の居館でしょう」
俺がそちらを見ると、水堀と壁を四方にめぐらせた、大きな屋敷が見えた。
俺と晴仁がやって来たことを告げると、隆景はこころよく迎え入れてくれた。通された大座敷には隆景の他に、帯刀した5、6人の家来が壁際に座っていた。
「おお、久しぶり……というほど時間は経っておらぬか」
隆景はそう言うとあくびを噛み殺し、傍にあった脇息に寄りかかった。
「ここしばらく千歯扱きの生産の指揮をしていて疲れているのだ。多少礼を失するかもしれんが、許せ」
「別にそれは構いませんが……その千歯扱き、弓塚村以外にも送っておりますか」
晴仁の問いに、隆景はうなずいた。
「もちろん。まだ領地すべてに行きわたってはおらぬがな」
「そう。それなら台籾もたくさん入って来るだろうね」
俺が言うと隆景は一瞬だけ顔を硬くした。しかしすぐに平常運転に戻り、額を扇子で叩いた。
「ああ、今日は寄進の頼みに来たのだったな。もちろんわしにこんな素晴らしい知恵を授けてくれたのだ。あの日の3倍の金子を……」
「そんなお金は要らないよ」
隆景は少し目を細めた。
「……金ではすませないというわけか」
「当然。だって隆景は、これから台籾でじゃぶじゃぶ収入が入ってくるんでしょ。私だって一回使ったらなくなる金子より、そっちが欲しいよ」
まだこの世界に金融システム的なものはなく(というかうちの村はまだ物々交換の方が盛んだ)、現金や米を資産として保有していても利子はつかない。
元手のいる金貸しになるなら話はまた違って来るが、基本的には現金よりも金を生んでくれる地代や道具の使用権の方が価値があるのだ。
「そうかそうか。そなたは中々そろばんのできる神のようじゃな」
隆景は冗談めかして言うが、その眼は全く笑っていなかった。
「だがこちらも千歯扱きを作るのにかかった銭を回収する必要があるし、そもそもそなたは分け前の話を何もしとらんかっただろう」
そこで俺は言葉につまった。確かにもともと俺は「皆の役に立つ道具を教えたい」というだけで、利益については何も考えていなかった。
彼からすれば、最初にちょろっとアイデアを出しただけで後の制作過程を丸投げした奴が、金の匂いがしはじめた瞬間に成果をよこせと言ってきたようなものなのだろう。
「……その話をしなかったのは悪かったよ。でも、はした金で済ませるのはちょっと冷たいんじゃないかな」
俺はなるべく平静さを装いながら答えた。この手の交渉では少し慌てる様子を見せだけでもうまくいかなくなる。ナメられてはならない。
「それに、台籾が欲しいと言ってもそんなにいっぱいいるわけじゃないんだ。弓塚村のものだけでいい」
「ふうむ」
俺の言葉に、隆景は少し考えるそぶりを見せた。俺と揉めることと、弓塚村の台籾を失うことのどちらが損か、天秤にかけているのだろう。俺はさらに言葉を重ねた。
「それに、私にはまだまだ知識がある。私のご機嫌をとっておけば、もっといい儲け話が転がりこんでくるかもしれないよ」
「確かにな。だが、弓塚村はそなたがいる以上、豊作が約束されている。そうそう簡単にはやれぬ」
「……気づいてたんだ」
そう、俺が居れば収穫量が何倍にも膨れ上がる。これは後家救済策のミソでもあった。
もし俺がいなければ、千歯扱きの使用権から得られる分を後家に回そうとしても、そもそも使用料が後家を雇う金より安いので十分な支払いはできない。
だが俺の力で豊作になれば、収穫量の割合で設定されている使用料も増加する。実験のデータから考えると3~4倍ほどの収穫が見込め、こうなれば後家の仕事の報酬に割り当ててなお余るほど稼ぐことができるだろう。
要するに田んぼをもっている百姓は脱穀の負担が軽く、後家は生活レベルを落とさずに済み、神社は後家という労働力を手に入れたうえで潤う。皆ハッピーというわけである。
もちろん領主はその恩恵を受けられないので、隆景にとっては愉快ではないだろうが。
「やはり承諾しかねるな」
隆景はトントンとこめかみをつつきながら言った。
「金をつぎ込んだ手前、簡単には手放せぬ」
「……そう、今日の話はちょっと長引きそうだね」
俺はため息をついた。彼ほど損得勘定に敏感な相手には、前世含めて会ったことがない。彼の領主としての有能さの裏返しではあるのだろうが、今ばかりはもうちょっと馬鹿でいてくれたらなあ、と思わざるをえなかった。
「それにしても、なぜいきなり寄進を求めに来たのだ。この前行ったときは、神社もそう苦労しているようには見えなかったが」
隆景はいぶかしむように訊いてきた。おそらく彼は千歯扱きの副作用についてはまだ知らないのだろう。この時期の仕事を失い、後家のおばさんたちが詰め寄って来たことを話すと、目を丸くした。
「なるほど。それで、後家を雇うために台籾が要る、と……1つ聞いてもよいか」
「なに?」
「どうして他の百姓はさっさと千歯扱きに切り替えたのだ?」
「……便利だからじゃないの」
「それでも、後家の仕事が無くなって困窮することは分かるはずだ。少なくともわしはしばらく扱き箸と合わせて使われると思っていた」
確かに。顔見知りが多いはずなのにあっさり契約を打ち切ってしまえたのはなぜなのだろうか。俺が不思議に思っていると、今まで黙っていた晴仁が口を開いた。
「食えなくなったら、日野家やウチが助けてやることになってますからな。例えば、隆景殿は弥助という少年に出会ったでしょう。彼は両親が死んだ後、神社で預かることになった子どもだ」
それを聞いて俺は納得した。つまり、村の名主や神社という共同体による
そして後家たちの方も、もともと救済先として神社を想定していたのでここへやって来た。……今回は俺に苦情を言う目的の方が主だっただろうが。
「……そういうわけで、この時期の彼女らの収入をウチが負担しなくてはならなくなる。わしらも、台籾が欲しいんですよ」
「ふーむ……」
こちらは欲が出たのではなく、本当に必要だから来ている。その事情を知った隆景は、額に深いしわを刻みながらぱちぱちと扇子を開けたり閉じたりしていた。
(……頼む。うなずいてくれ)
俺は祈った。彼にとって、神社との関係が台籾よりもずっと価値ある存在であることに。
じっと俺が隆景の眼を見つめていると、彼はふっと表情を緩めた。
「そう睨むな。結論は今出した」
「どうするの」
「もう一声だな。それで手を打とう」
「……もう一声、とは?」
「そうだな……今度は、武力が欲しい。道具一つで富を生んでみせたのだ。面白い武器も知っておろう」
「武器かあ」
今回の件で技術の話をするのは控えたいと思っていたのだが、背に腹は代えられない。俺は記憶の中をまさぐった。
(機関銃や飛行機……この世界の技術レベルでは再現できない。後ろ込めの鉄砲の話でもしようか。いやでも製造法がよくわからないな)
むしろこれは戦国時代出身の影切の方がよく知っていることだろう。俺は首を振った。
「ごめん、分からない」
「では、戦術は知っているか?」
「うーん、鉄砲をたくさん集めて一斉に撃つとか……隊列を組んで一発撃ったら下がって弾を装填させるのを繰り返すとか」
「……実現できれば面白いかもしれんがな」
聞きかじったことのある鉄砲戦術を口にしてみたが、隆景は納得していないようだった。まあ大量の鉄砲を保有していることが前提になるし、どこでも使えるというわけでもなさそうだ。お手軽な策を聞きたがっている隆景にはウケが悪いのは当たり前だろう。
さらに頭の中をひっかきまわしたが、ちょうどよさそうな知識は見つからなかった。
(……あと一押し、あと一押しなのに)
焦るほど頭は空回りし、冷や汗が出る。時間だけが無駄に過ぎていき、やがて痺れを切らした隆景は口を開いた。
「もうよい、金子を用意するから持って帰るといい。後家の対応に関しては、来年考えよ」
「待って。今、今思い出すから」
ここまで来たのに何もできず帰れるか。頭をがしがしとかきむしる。肝心なときに何も思いつけない自分に腹が立った。何かないか、何かないか、何かないか。
「思いつかないのなら無理しなくてもいい。別に命を取るわけではない。ただ金をもって帰ればいいだけだ」
「だから待って……」
「隆景殿。あんまり
そのとき、隣からそんな声が聞こえた。びっくりして晴仁に目をやると、いつもの人の好さそうな顔はどこへやら、鋭く冷たい光をたたえた目が隆景を見すえていた。
「……そなた、誰だ」
隆景も晴仁の気配が変わったのに気づいたらしく、目を丸くしている。
「前は己のために来ていたというのにつれないな。弓弦彦だ」
俺と隆景が唖然としていると、晴仁──もとい、弓弦彦はにやりと笑った。
「前は神社を空けていたからな。今回はこっちから出向いてやったよ」
「弓弦彦ってどういうこと? 晴仁じゃないの」
「神降ろしと言ってな、加茂家の奴らは己を憑依させる術を知っているのさ。ま、いきなりそう言われてもすぐには信じられんかもしれないから……そうだな、弓をちょいと貸してくれるか」
弓弦彦は障子を開けて縁側に出ると、空を見上げた。雲一つない青空に、2羽の鴉が飛んでいた。
「……誰か、弓を一張もってこい」
隆景に命じられ、傍に控えていた侍の一人が弓と一本の矢をもってきた。弓弦彦はそれを手に取ると、少し不満げな顔をした。
「弦の強さが物足りんが……まあいい。晴仁の身体に無茶はさせられんからな」
つぶやくと、弓弦彦は空を飛んでいた2羽の鴉に向け無造作に矢を放つ。そして結果すら見ずにくるりと背を向けた。
「もう少し強めに張っておけ」
弓弦彦がそう言って近くにいた侍に弓を返した瞬間、彼の放った一筋の矢は2羽の鴉を射抜いていた。
(……あ、これマジだ)
これだけの距離で、風向や2羽の鴉の動きを計算して同時に射抜くなどという芸当、人間にできるわけがない。まさに神業だった。神社の文献には何里も離れたところにいる鼠の額を射抜くと書いてあったが、あれは誇張表現ではなく、単にやったことを書いていただけなのだろう。
あまりのバケモノじみた技量に、俺を含めた全員があんぐりと口を開けていた。弓弦彦は立膝で座ると、「さて」と口火を切った。
「これで己が弓弦彦だということは分かっただろう。隆景、お前は先ほど武力が欲しいと言ったな。この己が戦に参加してやると言っても不満かい」
完全に場を支配した弓弦彦はそう言うと、隆景に笑いかけた。
「これが今代の嫁っ
領主の屋敷からの帰り路。晴仁(に憑依した弓弦彦)は、俺の頬をぷにぷにとつつきながらそう言った。
交渉は彼──弓弦彦が戦に一度だけ参加するという条件で成立し、無事弓塚村の台籾を手に入れることができた。行きがけの晴仁がいやに自信たっぷりだったのは、彼の存在があったからなのだろう。
「美しいな。己の手で抱いてやれんのが残念だ」
「弓弦彦には私みたいな実体はないの?」
「昔はあったんだがなあ。神も歳はとる。老いはしないが、だんだんと存在が希薄になっていくのさ」
「へえ……」
神の寿命のことを含めて彼に訊きたいことはたくさんあったが、まずはその前に交渉を成功させてくれたことにお礼を言うべきだろう。俺は頭を下げた。
「さっきはありがとう。たぶん、私だけじゃ隆景を説得できなかった」
「己は少し手助けをしただけだからなあ。というか己が動けない間、お前はよく働いてくれたよ」
「そうかなあ。あんまりうまくやれてる自信はないよ。これだって前やっちゃったことの後始末だし……ところで、今までどこにいたの?」
俺の問いに、弓弦彦は思い出したくないとでもいうようにため息をついた。
「ずっと神社にいた。今背負っているこの長弓が己の依り代で、憑依するのに必要な力を貯めていたんだ。お前が出る前にようやく行動できるくらい力がたまってな。大急ぎで晴仁にお前と一緒に行くよう命じた」
ということは、晴仁も俺の出発の直前まで弓弦彦が力を蓄えていることを知らなかったのだろう。俺について行くタイミングとしてはギリギリだった。
「もう少し早めに復活して説明してくれればよかったのに」
「切り札は最後に切るものだろう。それにお前は若い神だから分からんだろうが、歳を取ると存在を維持するのも一苦労。これでも頑張って早めに復活しようとした方さ」
「そんな調子で戦に行くって……大丈夫なの」
「ここ数十年力を貯めていたから問題ない。とはいえ力の無駄遣いはできないし、美琴と晴仁には必要なときだけ呼べと言っておいてくれ」
「分かった」
神は人間よりもはるかに長い寿命をもっているが、無限に時間があるわけではないらしい。俺もいつか彼のように時間の大半を存在の維持に費やすようになるのだろうか。
そんなことを考えていると、弓弦彦は腕組みをして俺の方を見た。
「ところで、お前の名前、オカラシサマというのはあれだな。他の者ならともかく、妻にわざわざ「様」をつけるのは妙な気分だ」
「あー、皆そう呼んでるけど、そもそもそれ私の名前じゃないから」
「本当の名は?」
「無いよ」
「御枯様」という名称は、生ける者をあまねく枯らす者という、人外としての俺の性質を示しているだけ。この世界において、俺自身を示す名はないのだ。
「しかし前世には名前があったのではないか」
そう言われ、俺ははっとした。影切の言っていたことが本当なら、弓弦彦もまた転生者の一人なのだ。
「……ひょっとして弓弦彦も?」
「ああ、本当の名前があった。だがここに来たときは言葉を話せなくてな。何とか話せるようになったころには、弓弦彦で通るようになっていた」
少なくとも俺はこの世界の言語で困ることはなかった。ということは彼の出身は、日本ではない。
「お前が知っているかは分からんが……己はかつて、ウェールズという国の弓兵だった」
極西の異国からやって来た