TS守り神   作:RK

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 屋敷から帰ってからしばらくは慌ただしかった。

 

 まず隆景から貰った権利書を日野家や他の百姓に確認させ、台籾を回収した。なるべく貨幣で支払ってもらいたかったが、村人に訊いてみると作物分をお金に換えるのが大変ということだったので、やむなく現物を貰うことにした。

 

 それにともない新しい食糧庫が必要になったので腕に覚えがある人に作ってもらい、実験の合間に来年以降も脱穀代わりの仕事を与えることを後家たちに説明した。

 

 そんなこんなであっと言う間に時間が過ぎ、気がつくと冬の入りになっていた。

 

「オカラシサマ。夕食をおもちしました」

 

「ありがとう。ちょうどお腹すいてたとこ」

 

 美琴が障子を開けるとその隙間から冷たい風が入ってきて、思わず身震いした。美琴は膳を俺の前に置きながら、意外そうな目で見てきた。

 

「あら、お寒いですか」

 

「上から羽織るものがあったら嬉しいかな。私、寒いのあんまり好きじゃないから」

 

「尻尾は暖かそうなのに……」

 

 美琴はそう言いながら俺の尻尾を持ち上げ、右頬をうずめた。

 

「やっぱり暖かいですよ」

 

「そりゃ尻尾は別に寒くないけど。身体は違うんだよ」

 

「……あ、なんかオカラシサマの尻尾、お日様みたいな匂いがしますね」

 

「もう、嗅がないでったら」

 

 俺が振り払うと、美琴は不満そうに離れる。俺は気をとりなおして膳に向い、食事を始めることにした。

 

「いただきまーす。……ん? なんか一品増えてない」

 

 俺の食事は雑穀混じりの飯・漬物・汁物と川魚と決まっている。だが、今回はそれに里芋の煮っころがしが追加されていた。美琴は聞かれるのを待ってましたとばかりに答えた。

 

「台籾で収入が増えたのでおかずを増やしてみました。ちなみに味付けは、この前うちに来ていたおばさんから教えてもらったんですよ」

 

「この前って……文句言ってた後家さん?」

 

「ええ。私たちのために動いてくれたお礼にって」

 

「……そっか」

 

 彼女らが困る原因の大元はといえば俺のせいなのでマッチポンプな気がしなくもないが、感謝されるのは悪い気分ではない。煮っころがしを口に入れると、自然と顔がほころんだ。

 

「美味しいなあ」

 

 出汁と塩味がちょうどいいあんばいだ。普段の仕事のささやかな報酬に舌鼓を打っていると、美琴はこほんと咳ばらいをした。

 

「そういえば、弓弦彦様にお会いしたんですよね。どうでしたか」

 

「どうって?」

 

「ビシッと領主様に寄進のお願いを吞ませたのでしょう。格好いいとか……その、抱かれたいとか思わなかったのですか」

 

 俺は口に含んだご飯を吹き出しそうになった。なんてこと言うんだと思って美琴の方を見ると、少し顔を赤らめ、興味津々というように俺の答えを待っていた。

 

(あー……これ、恋バナってやつなのかな)

 

 女子同士のそういう方面の話はわりと直接的と聞いたことはあるが、まさかこれほどストレートに訊いてくるとは。

 

「確かに格好よかったけどさ……姿は晴仁だから」

 

 それに、村に帰って来た後はすぐ依り代に入って眠ってしまったのであまり話はできていないのだ。いい人そうではあったが、よく知らない相手に対し、そういう感情など抱きようがないだろう。

 

「えー、じゃあ父上じゃなかったらいいんですか」

 

「……私の前世忘れた? そういう問題じゃなくて」

 

「顔のいい若い衆だったら冬蔵とか嘉四郎とかが居ますが」

 

「話聞いてってば。だいたいその人たちだって、変なのに憑依されながらしたくないでしょ」

 

「いやー、オカラシサマと()()()ならしたいって人はいっぱいいると思いますよ」

 

「ふうん……っていやいやいや、何言ったってそういうことはやらないから」

 

 全力拒否すると美琴はつまらなそうにため息をついた。

 

「身が固いですねえ……じゃあ弥助とかは?」

 

 まだ続ける気か。さっさと他の話題に切り替えたかったので、俺は適当に返事をした。

 

「ああ、それならアリかなー」

 

 

 がたん。

 

 

 そのとき、部屋の外で物音がした。

 

「誰かいるの」

 

 美琴の問いに返事はなかった。彼女は障子を開けて外を見たが、誰も見つからなかったらしく、すぐに戻ってきた。

 

「猫か何かでしょう」

 

「……なんだ」

 

 それを聞いてほっと息をついた。弥助本人に聞かれていたら気まずすぎる。

 

「それにしても、オカラシサマは弥助みたいなのが好みなんですね。あ、引き取ったのもそういう理由なんですか?」

 

「もーうるさいな。さっきのは適当に言っただけだって」

 

「じゃあ女の子の方がいいんですか」

 

「……後にして後に」

 

 なおも食い下がる彼女を見て、俺はため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木枯らしが首筋を撫でていって、弥助はびくりと首を縮こませた。かじかむ手を白い息で温めながら周りを見ると、山城をつくるために駆り出された村の若い男たちがあちらこちらで作業をしていた。

 

「よーし、木はそこに置け。次は南側に堀を作る」

 

「へーい」

 

 築城のため派遣されてきた侍の号令のもと、村人たちは踏み(すき)(くわ)をもって、ぞろぞろとそちらへ歩いていく。

 

「うーん、いい眺めだねえ」

 

 弥助の横で、オカラシサマは山のふもとの方を見下ろしていた。今日は仕事がなかったので、彼女のおつきとして築城の手伝いにやってきている。

 

「そうですね。だいぶ寒いですが」

 

「寒いなら無理して来なくてもいいのに」

 

「今神社にいても、何もやることがないんですよ」

 

「そっか。弥助は働き者だなあ。私はもっとぐうたらしてたいよ」

 

「……」

 

 本当は聞きたいことがあった。昨日の夜、たまたま社の前を歩いていたら、オカラシサマと美琴の会話が聞こえてきた。別に盗み聞きしようと思っていたわけではなく、なんとなしに聞き続けていたのだが……オカラシサマは弥助を「アリ」だと言ったのである。

 

 しかも文脈的には、家族としてではなく、男として好きというように聞こえた。

 

(いやいや。ただ気まぐれで言ってただけかもしれないし)

 

 そもそも彼女は弓弦彦の妻なのだ。自分が将来的に結婚できる可能性など万に一つもない。だが、オカラシサマが本心では自分のことをどう思っているのか、それは気になってしょうがなかった。

 

「……あの」

 

 それとなしに水を向けてみようかと思って話しかけると、オカラシサマは何を思ったのか人差し指を舐めていた。

 

「ん、何?」

 

「いや……何してるんですか」

 

 思わず訊くと、オカラシサマはぴんと人差し指を立てた。

 

「城にするんなら、風向きも知っといたほうがいいかなあって」

 

 彼女はそう言ってあちこち歩きまわっていたが、やがて戻ってきて首をかしげた。

 

「山頂からふもとに向かってる感じか。いいとこだね」

 

「何がいいんですか?」

 

「風ってだいたい昼は山頂に向かって夜はふもとへ向かうんだけど、ここはずっとふもとに向かって吹いてる。だから煙でいぶされずに済みそうだなあって」

 

「へえ……」

 

 オカラシサマの話を聞いて、弥助は少し感心した。彼女は結構抜けているし、朝はいまだに1人で起きられない。だがこういうちょっとしたところの洞察は鋭いのだ。

 

(……俺の考えてることも、見抜かれてるのかな)

 

 ちらりと様子を窺ってみたが、どうも建設中の山城のことばかりを考えているようで、あまり弥助の方に注意を払っているようには見えない。弥助は少しほっとした。

 

 そのとき、色黒の若い男がこちらへやってきた。

 

「オカラシサマっすね。すんません、こっち来て手伝ってくれませんか」

 

 彼の名前は冬蔵。若い男の中で特に力が強く、人当たりもいいため皆から好かれている。

 

「いいよ。どうしたの」

 

「デカい木があって。そいつを枯らしてほしいんです」

 

「わかった。すぐ行くよ」

 

「ありがとうございます。ではついて来て……お、弥助も来てたのか」

 

 彼はオカラシサマの隣にいた弥助に気づくと、にっと笑った。

 

「久しぶりだなあ。ちゃんと飯食ってるか?」

 

「……うん」

 

 彼は日野家から食べ物をもらうのを拒否していた頃、食べ物を分けてくれたことがある。いい人だ。いい人なのだが……一つ残念な点がある。

 

 オカラシサマを尻目に、冬蔵はそっと弥助に耳打ちした。

 

「ところでさ、弥助。お前神社住みだろ。オカラシサマとか美琴の裸、見たことあるか」

 

 助平なのである。あちこちの家の娘に手を出し、挙句の果てに千歌に夜這いをかけて日野家からたたき出されたこともあるという。

 

「ない」

 

「本当かあ~?」

 

「ないって」

 

 オカラシサマの前がはだけたときの姿と肩を揉んだときの柔らかい感触を思い出し、少し声がうわずった。

 

「なんでそんなこと訊くんだよ」

 

「なんでってそりゃあ、美人二人と一緒の暮らし、どんなのか聞きたくないって方がおかしくないか」

 

「……冬蔵の思ってるようなことはないよ」

 

 弥助の答えに、冬蔵はため息をついた。

 

「夢がないなあ。ま、お前はまだ子どもだし、そういうのわかんねえよな」

 

 分かると反論したくなったが、藪ヘビになりそうなので弥助は何も言わなかった。

 

 それから、オカラシサマは邪魔な木があるところに呼ばれてはその木を枯らしていった。彼女のおかげで邪魔な樹木を倒すのが容易になり、冬蔵が言うには予定していた半分、2ヵ月ほどで城が完成するだろうとのことだった。

 

「あ~疲れた」

 

 歩き回ったのと力を使いまくったので疲労がたまったらしく、オカラシサマはぜいぜいと肩で息をしていた。いつもはぴんと立っている耳もへたっており、元気がない。持参していた水入りの竹筒を渡すと、ぐいっと飲みほした。

 

「ぷは、ありがとう。だいぶ生き返ったよ」

 

「だいぶ疲れてるみたいですが、今日はもう帰りますか?」

 

「……いや、もう少し仕事して帰ろう。そこの藪とかも払っといた方がいいでしょ」

 

 オカラシサマは弥助の後ろを指した。振り返ってみると、紫色の笹が密集していた。

 

「なんかこの笹、見たことないですね。この山にしか生えないやつなんでしょうか」

 

 山に生えている植物は、林や野で見たことのあるものが多かったが、こんな妙な色をした笹は初めて見た。弥助が触ろうとしたそのとき、

 

「やめなさい!」

 

 突然叱咤され、弥助はびくりと手を引っこめた。

 

 振り返ると、そこには千歌がいた。彼女は弥助が手を引っ込めたのをみてひとまずは安心したようで、声を普段の調子に戻した。

 

「……それは蝮笹(マムシザサ)って言って、毒があるから。触らないで」

 

 オカラシサマは驚いた様子で彼女の方を見た。

 

「なんでこんなとこに?」

 

「さっき大怪我した人が出たって聞きましてねえ。それを診に来たんですよ」

 

「なるほどね。その人、大丈夫だった?」

 

 千歌は少し言葉を選ぶような間をとった後、すぱりと言った。

 

「死にました」

 

 その瞬間、オカラシサマは目をみはった。普段の言動を見て気づいていたが、彼女は人の死にはあまり触れていないのだろう。だが、こういった事故は普請では珍しくもない。大工の棟梁に聞いたところによると、大きな城や橋を作るときは一人か二人くらい死ぬものなのだという。

 

「……落石とか?」

 

「いえ。その原因がちょっとまずくて……」

 

 言いよどんだ千歌を見てオカラシサマはさらに話を聞きたそうにしていたが、はっと気づいたようにこちらを見た。

 

「……別に気にしないでいいですよ。俺のことは」

 

 家を、親を焼かれたことを仕方ないと割り切ることはまだできていない。

 

 なるべく日野家の人々と顔をあわせないようにしているのはそのためだが、会ってしまったものは仕方ないし、そのたびに例の話をもち出すほど分別がないわけでもない。しかしオカラシサマはそうは思わなかったらしく、気まずそうに言った。

 

「千歌、あっちで話そう。弥助は他のとこ行っててもいいよ」

 

「大丈夫ですって」

 

「でも……」

 

「俺は、いちいち突っかかったりするほど馬鹿じゃないんで」

 

 必要以上に配慮するのは、彼女が弥助のことを、まだ感情を抑えられない子どもだと思っているからだろう。そのことが、なぜか弥助を苛立たせた。

 

「まあオカラシサマ、彼にも一緒に私の話を聞いてもらいましょう。今、この山に一人でいるのはまずいですから」

 

「……どういうこと?」

 

 オカラシサマの問いに、千歌は少し顔を(かげ)らせた。

 

「先ほど、原因がまずいと言いましたよね。あれは岩が落ちてきたとか、足をすべらせたとかそういう類の事故のせいではないんです」

 

「……もったいぶらずに教えてよ」

 

「妖怪です」

 

 オカラシサマと弥助は同時に息をのんだ。

 

「やられた男は、一人になったところを襲われたようですねえ。胸に大きな爪で裂かれたような具合の傷がありました。この辺にいる危ない動物といったら猪くらいですが、それなら腹から股に傷ができるはず。人間業にも見えませんでしたから、まず間違いなく妖怪でしょう」

 

 千歌の見解を聞いたオカラシサマは、少し青ざめた顔で聞いた。

 

「これからどうするの」

 

「……決まっているでしょう。いつ襲われるか分からない状況で村人を働かせるわけにはいきませんわ。普請は中断します」

 

 彼女は無感動な声で言葉を継いだ。

 

「それから山狩りをし、殺します。……協力してくださいますか?」

 

 

 

 

 

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