第壱話「“三好”家において“義”を“継”ぐもの」
転生、という言葉が存在する。それは一度肉体的な死を迎えた者の魂が新たな肉体に宿ることで次の生を得るというものだ。要は第二の人生を歩むことができるというものであり、生前の記憶を保持できていれば人一人分の知識を蓄えている事になる。
これが意味することはかなりデカい。なぜならば本来なら赤子から幼子へ、そして童と人を成長とともに学ぶ生き物である。だが、人がただただ学んでいられるのはせいぜいが15程度まで。それ以降はそれまでに蓄えた知識で生きていかなければならないのだ。
だが、これも平和な世であれば問題はなかっただろう。周囲の人に助けてもらいながら学び、成長していくことができる。しかし、“俺”が転生した先の世界においてそんな悠長な事は言っていられない。
長くなったが俺も転生を経験した身だ。生前は小学6年の時に歴史にはまり、中学生ではそこから昔の城や軍略などを学び、高校生では謀略を理解した。そして大学生において国を、領地を統治できるシミュレーションゲームをやりこんだ。結果的に社会に出た俺はそっち方面は完璧な歴史オタクが完成していた。とはいえそこまでやり込めていた俺は自分でも意外と思うほどに普通の人間として天寿を全うした。妻を持ち、子供が生まれ、孫を抱き、家族を見送り、見送られた。そんな誰もが思う普通の人生を全うしたのだ。
「今思えばそんな俺だからこそここに来たのかもしれないな」
「? 何を言っているのかはわかりませんが今の状況を分かっておられるのですか!?」
「わかっている。そんな大声で話すな」
人生の振り返りをしていたせいでこぼれた言葉を聞いてか怒りをあらわにしたのは隣に立つ女性だ。歳は16と俺よりも6つも低く、生前の世界であれば中学を卒業し、青春の絶頂期と言える高校生になっていた年頃だ。だが、この世界においてそれはかなわない。彼女は制服の代わりに
「……
「よろしいので?」
「相手もここで本陣の兵が前進すれば動かざるを得ない。そうなれば敵も乱戦の様相を呈してきた前線を制するべく兵を前に集める。さすれば左右の伏兵でとどめをさせる」
「……わかりました。では敵の注意が私だけに向くように派手に戦って見せましょう! 者ども! 我らが
「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
女性、安宅信康の言葉に兵たちが雄たけびを上げてついていく。遥か前方を見れば敵も動きだしている。これでこの戦は我らの勝利となるだろう。油断はできないが肩にのしかかっていた重圧は消えた。たとえ伏兵が敵の本陣を落とせずともそれで敵の後方は乱れ、頭が一時的に機能しなくなる。そこに乱戦に参加させずに温存していた兵力で一気に押し出せば勝てる。もはやこの戦場に我らの敗北は、ない。
俺が転生した世界は戦国時代。それもパラレルワールドと呼ぶにふさわしい別世界だった。俺はそこで三好家一門の家系に誕生した。
三好家。それは織田信長が大頭する前の畿内において天下人と称される権勢を築き上げた家の事である。具体的には桶狭間の戦い前後数年と言ったところだ。もとは両細川の乱と呼ばれる名門の内乱に巻き込まれる形となった四国の三好家は当主三好長慶のもと団結してこの内乱を乗り切っているうちに天下人と称され、当時の室町幕府と敵対する事になっていた。
とはいえ三好長慶自身に幕府と敵対する意思はなく、両細川の乱がなく、幕臣として存在していれば上杉謙信並みの忠誠を誓っていたかもしれないという人物だ。そんな彼は心労ゆえか僅か41歳でこの世を去る。それどころか彼の弟たちは長慶よりも早くに亡くなっており、三好家が衰退する直接の原因となっている。
そのあとはかつての主君と同様に身内で争い、そのすきを信長につかれて畿内を追い出され、最終的には本土である四国すら失う危機に直面する事となった。
そんな三好家の一門に転生した俺。赤子では状況把握も難しいために無駄な時間を過ごしたが齢5歳になるころには本格的な勉学も始まり、自分がおかれている状況についても理解する事ができるようになった。
まず、俺の父についてだ。父は十河一存。長慶を武勇の面から支えた人物で彼も長慶よりも早くに亡くなっている。そして俺はそんな一存、父上の長男だ。つまり長慶の後を継ぎ三好家の当主となる三好義継という事だ。記憶が正しければ20代前半で亡くなり晩年は信長に降伏したにも関わらずに裏切ったという事もあり評価されている人物とは言えなかったはずだ。つまり俺の転生先は能力の低いが当主になってしまえる人物という事だ。
そしてここからが面白いのだがなんと一部の武将は女性となっていた。それらは姫武将と呼ぶらしく、戦乱の世で男子に跡取りを任せては簡単に途絶えてしまえるからという理由で女性も武将として活躍する様になっているようだ。三好家で言えば長慶の次男だった三好実休と後に十河家に養子に行く存保、長慶の息子で嫡男であった三好義興、三男安宅冬康の息子である安宅信康が当てはまる。他にもいろいろといるが長慶に近い親族ではこのくらいだ。これでも結構多いと感じるがなんと三好家は男子の方が多い珍しい家らしく本来は女性の方が多いどころか女性しかいない家もあるそうだ。それでよく家が持つなと感心するがそこは養子や婿を迎えることでカバーしているのだろう。
そしてその影響ゆえか時系列が前後さかさまになっていたりずれこんだりしている部分がある。恐らく全体的に年齢が若くなっている影響だろう。これが事実なら俺が10年を迎える間に世界が大きく回りそうだ。そもそも今の私は齢5歳だが両細川の乱がまだ続いている。今は終息する傾向にあるが史実では俺が生まれる前に終わっているはずの戦乱なのだ。
これはつまり、歴史の知識はあてにならないという事に他ならない。多少参考にすることはできても「史実ではこの戦はこうだったからこうすればいい」というのができないわけがすれば確実に足元をすくわれる。それがただ躓くだけならいい。だが転げ落ちないという保証はどこにもないのだ。である以上俺がすべきことは単純だ。
「ちちうえ」
「ん? どうしたんだ熊王丸よ?」
「それがしにしょもつをかってくだされ」
書物を集め、今以上の知識を蓄えることだ。1日1個新たな事を知っていけば1年後には365個の知識を蓄える事ができるのだ。むろんそれを覚えているわけではないが見て聞いて学ぶだけでも完全に知らないよりもマシだからな。
ゆえに父上、どうか泣きわめくのをやめてくだされ。「息子がここまで知的な側面をみせてくれるとは……! わが十河家、そして三好家は安泰じゃぁ!」と大泣きをするのをやめてください。恥ずかしくて死にそうになりますので。