「今のところはこっちが優勢だけどあっちは本体が動いていない……。このままじゃ勝てない……!」
武田孫犬丸は本陣から見える戦況にそう結論付けた。実際、武田家と戦っているのは畿内衆と四国衆の豪族だけであり、その後ろに控えている三好三人衆、三好義継、篠原長房に動きはなかった。豪族たちが不利になろうと動きはない。
「見捨てるつもり? それとも別の狙いが?」
戦況は畿内衆を押し込む粟屋勝久に熊谷直之が加勢し一気に勝負を決めようとしている。中央では池田軍に対して信豊が無双していた。西では四国衆相手に内藤重政、逸見昌経、武藤友益、武田義統が互角に戦っていたが数の上では四国衆が劣っている為にじり貧になっており、劣勢になってもおかしくはない状況にあった。
つまり、全体を見れば武田家が押しており、この調子でいけば勝てるのではないかと思えるほど優勢に進んでいたのだ。
「これならいけるかも! 三好軍に注意は必要だけど先に豪族だけでも倒せる!」
孫犬丸は勝てると判断して全軍に攻勢を仕掛けるように指示を出す。孫犬丸は自分たちが優勢であるという事実に周囲が見えなくなっていた。少なくとも何故豪族だけが戦い、自軍が優勢になっているにもかかわらず三好軍が動かないのかをもっと疑問に思うべきだった。
「孫犬丸様! 後方から敵です! 数は5千!」
「えっ!?」
その結果、後方から迫っていた三好軍に気づくことができず、迎撃の準備や逃走する時間もなく、本陣は飲み込まれていった。
「殿! 三好政勝様が敵本陣の奇襲に成功しました!」
「よし! 三好三人衆に攻撃を命じよ!」
「はっ!」
俺はその報告に勝利を確信し一気に攻勢を命じた。
俺のやったことは単純だ。三好三人衆、俺、後方の篠原長房の軍勢から5千を出し、周辺に隠す。そしてわざと豪族だけに戦わせて敵に俺たちを注目させるようにした。馬鹿なら勝てると考えて戦場に目が向き、利口なら動かない俺に警戒してこちらを注視する。周囲を見られてもいいように軍勢は大きく迂回させ、さらに三好家の旗を掲げさせなかった。おかげで無事に奇襲が出来たようだ。
5千の兵の指揮を執ったのは三好政勝。三好三人衆の一人である三好政康の妹で兄以上の猛将だ。どのくらいかと言えば政康を持ち上げ、熊を素手で倒せるくらいだ。流石の俺も熊を引きずって鍋の材料にした時には驚きを隠せなかったものだ。
そんな彼女は残念ながら政康ほどの指揮能力はなかった。だからお着きとして幾人かピックアップして同行させている。彼女も俺が付けた者達を無視して本能のままに暴れるなんて事はないだろうが何か不測の事態に陥った際にはすぐに対応できるようにしないといけないからな。
「敵の一部が本陣の方へと向かっています」
「そいつらは後回しでいい。どうせ政勝が相手する」
彼女の事だ。敵が集まれば集まるほど顔を上気させながら敵の中で暴れ散らすだろう。ああいうのは乱戦の場でこそ真価を発揮する姫武将だ。
「それよりも豪族とかち合っている敵兵の排除を優先しろ。ここで敵兵を削れば削るほどこの後に控えている若狭平定が楽になると思え」
そう、この戦いは若狭平定の序盤でしかないのだ。ここで躓くようでは若狭の平定どころか日ノ本の統一だって無理だ。
「先ほど山から下りてきた兵は武田義統の軍勢だった。あいつは武田家の嫡男だ。捕らえろ! 無理なら殺せ! 決して逃がすな!」
三好三人衆がそれぞれの兵を率いて一気に進んでいく。俺も軍勢を動かし前線へと向かっていく。俺の接近に気づいた北部の兵、恐らく粟屋勝久のものだろう軍勢がこちらに向かってこようとしているが三好三人衆の一人、三好長逸に阻まれている。三人衆の中では戦に関する事が最も苦手だがそつなく兵を率いるだけの能力はある。畿内衆と協力することで粟屋勝久の動きを完全に抑える事に成功していた。
そして西側の戦線には三好政康と三好長逸が向かった為に蹂躙と呼ぶにふさわしい状態になった。何しろもともと四国衆と互角に戦いをしていたのだ。そこに本陣救援に一部の兵が向かった事と俺たちの増援で武田側が一気に不利になっていた。ここから勝つことは不可能だ。せいぜいが逃げ延びるくらいだが、そろそろそういったものが……。
「逸見昌経らしき軍勢が逃げていきます!」
「追撃は……、難しいか」
後方にいた軍勢が戦場を逃げていく。確か武田、三好、織田と主君を変えていった若狭の豪族だったはずだ。詳しくは覚えていないがどんな奴にしろ今の状況での離脱は武田家を完全に詰ませる一手となったわけだ。
「西側の戦線、一気に方を付けるぞ!」
内藤重政の兵が脆くも崩れ去り、本人らしき人物が兵に飲み込まれていく。残るは武田義統がここで以外にも奴らは俺の方に向かってくる。接近していたこともあり武田義統は俺が率いる兵たちと乱戦にまで持ち込むことに成功していた。
「殿! ここは危険です! 後方の長房様のところまでお引きください!」
「問題ない。むしろここで俺が引けば武田家の勢いを取り戻させることになるぞ」
武田義統の兵は5百程度。彼らは少数でありながら俺の軍勢に深く入り込むことに成功したが目に見えて減ってきている。それでも俺が義統を視認できる範囲にまで接近する事が出来ていた。残り兵数は、数十だが。
「っ! 三好、義継……!」
「武田義統。子持ちの割には若いな」
確か30代前半だったはずだが20代後半と言われても信じてしまいそうな若さだ。まぁ、別にどうでもいいがな。
「貴様をここで殺し! 若狭に平和を……!」
「若狭の平和? 後継者争いをしている奴が何を言っているのやら」
複数の槍に体を貫かれる直前に義統が放った言葉に俺は呆れながら答える。どうせ聞こえていないだろうが言わずにはいられなかったからな。
「俺が目指すのは律令国一つだけの平和ではない。日ノ本の、それも今後数百年に渡る平和だ。お前ごときが考える平和で俺に対抗できると思うなよ」
勝敗は決した。武田信豊も間もなく捕縛され、粟屋勝久は軍勢を半数失いながらも撤退に成功した。本陣の救援に出た熊谷直之と武藤友益は政勝軍によってさんざんに打倒され、さらに武藤友益に至っては西側の戦線を片付けた四国衆に後方から攻撃をされて壊滅。熊谷直之は政勝によってあっけなく首を落とされていた。
ほかにも武田家側では内藤重政の討ち死にを確認している。捕縛は武田孫犬丸、信豊に友益だけだが武田四老の半数を討ち取ったことは大きいと言える。
こうして、吉田の戦いは武田家の惨敗という形で幕を閉じ、さらに武田家は防衛に使える将と兵、その両方を一気に失うことになったのだった。