第弐拾話「丹波の赤鬼、青鬼」
「くそっ! 敵は想像以上だぞ! 気を引き締めろ!」
政康は自らも刀で敵兵を切り殺しながらそう叫ぶ。周囲は既に乱戦模様となっており、政康の言葉を聞けた者はほんの一部だろう。それだけ、目の前の敵である丹波の豪族連合の兵士は強かった。
三好家は政勝が途中で抜けたとはいえ2万7千近くの兵がいる。それに対する丹波連合は8千程度しかいない。にもかかわらず戦況は五分五分という状況だった。
政康が攻めれば敵は頑強に守りに入り、逆に引けば苛烈に攻め立てる。敵は三好家に一定の距離以上離れることも近づくこともせずに執拗に攻撃を続けていた。
「おのれ……! 京はすぐそこだというのに……!」
「政康様! 赤井直正の兵が接近してきます!」
「迎え撃つ! 五百! 俺に続け!」
兵の報告に政康は即座に対応し、兵を連れて迎撃に出るがそこには鬼のごとく戦場を暴れまわる一人の少女がいた。
「……!」
仮面を側頭部につけ、柄も鉄で出来た槍を振り合わす少女は帰りを浴びて真っ赤に染まっていた。政康は噂に聞く“丹波の赤鬼”とはその名の通りであったか! と思いつつも自らの槍を少女に向けてつく。
「……」
「っ!? なんと!」
しかし、その槍を少女は体をひねることで軽々と躱して見せた。それどころか躱す際に体を回し、その勢いで槍を突き出してくる。その勢いは政康が放った突きをはるかに超えた威力と貫通力を持っており、政康はぎりぎりよけ切れたがその後ろにいた兵の胴体に大穴が空いてしまうほどだった。
「これほどとは……!」
「隙、有り?」
少女、赤井直正はそこから猛攻を始めた。一つ一つが体を貫通する威力を持った突きを一秒に数回という早業でもって繰り出してくる。それらは政康が辛うじて見えるほどに早く、全てどころか一つでも防ぐことが難しい者だった。
「くっ!」
「まだ、まだ!」
ゆえに、政康は後方に大きく下がることで槍の攻撃を逃れようとするが当然直正もそれを見逃すほど甘くはなかった。大きく踏み込み、自身も槍のごとく飛ぶことで政康の回避を無駄な行為にして見せた。
「殿をお守りしろ! ……ぎゃっ!」
「盾となるのd……!」
「お、お前たち!」
直正の猛攻を前に政康を助けようと三好兵が割り込んでくるがそれらを直正はやってくるたびに一撃で殺していく。あまりにもあっけなく死んでいく光景に三好兵の足が鈍るがそれでも政康の盾になろうと自身を犠牲にしていく。
「このままでは勝てん……! 総員に告げる! この小娘を囲んで殺せ! 一人二人では勝てない! 五人以上で叩くのだ! それができなければ我らに勝機はないぞ!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」」
政康は吉田の戦いで知正が行った事と同じように複数人で叩く戦法に変更する。しかし、あの時とは違い今の自分たちは急いで京に戻らないといけないと時間的余裕がない状況だった。
政康は時間の流れとともに大きくなっていく焦りの感情を押さえつけ、次々と三好兵を葬っていく直正に攻撃を仕掛けるのだった。
丹波には二人の鬼がいる。一人は丹波の端、現在で言う兵庫県丹波市を支配していた“丹波の赤鬼”赤井直正。そしてもう一人が“丹波の青鬼”に並ぶとされる波多野家家臣、籾井教業だ。何故、今俺がそんな話をしているのかと言われればそんな人物に本陣を奇襲され、命の危機に陥っているからだ。
事の発端は少し前にさかのぼる。丹波勢と戦いを開始した俺たちは敵の粘り強い攻撃により消耗し、時間をかける事を余儀なくされていた。そこで俺はほぼ全ての軍勢を出して一気に方をつけようとしたが、結果的に本陣が奇襲されたのだ。まさに俺が若狭で行った事と同じ手を受けたわけだ。
「くっ!」
「アッハハハハハハハハ!!! いいねぇ! 顔も肉体も好みだよ! 持ち帰って
「お生憎、さま! 俺は、お前みたいな痴女と、交わりたいとは! 思え、ないさ!」
「お前の意見なんてどうでもいいさ! 俺が
「益々やらせるわけにはいかないな!」
先ほどから俺を締め上げ、気絶させようとしているピー音連発女が籾井教業だ。男勝りなビッチって表現がぴったりな相手だ。相手との交流ではなく自分が気持ちよくなりたいだけのクソ野郎だ。
にも拘わらず武勇は優れているときたもんだ。なんで神様はこんな奴に力をあげたのか……。非力だったのならこの性格もまだ許せたかもしれないが……!
「(くそ……! 全然抜け出せない。其れどこからそろそろ息が限界だ……)ぐっ!」
「ほらほら! もっと力入れねぇと首をへし折っちまうぜ!」
本陣には2千以上の兵がいたが僅か200の敵兵に混乱して誰も俺に近づけないでいる。このままだとマジでやばい! 意識が薄れてきたしこれ以上やられると死んじまう!
「こんな、ところでぇぇ!!!」
「お! いいねぇ! ほら! もっと抵抗しろよ!!!」
「ぎっ!!!」
抵抗しようと力を入れた瞬間、クソビッは更に締め上げる力を強めてくる。まるで今まで力を抜いていたかのように。
駄目だ、首が限界だ。これ以上は窒息するか首の骨が折れるかのどちらかだ……。くそ、が……。
「これでおしまいだ!」
「させるかぁ!!!」
「あ?」
なんだ? 急に力が弱まって、いや、解放された? だが、これで息が吸える。
「……っ!!! ゴホゴホ!! ……フー! ……フー! ……一体、何が」
「大丈夫か義継?」
息を吸って呼吸を整えた俺は顔を上げればそこには浅井の迎撃に出たはずの政勝がいた。返り血で顔も服も血だらけだが傷はないようだ。急いできたのか少し呼吸が乱れているがそれだけだ。
「……浅井は?」
「当主を討ち取った。そのあとは散り散りに逃げたから放置して戻ってきた」
「いい判断だ」
あくまで浅井はこっちを攻められないようにするだけで十分だ。当主を失ったという事は指揮能力を一時的に失ったという事だ。しばらくは混乱でこちらに注意を割くことはないだろう。
「ああぁぁぁぁっ!!! クソが! 誰だてめぇ!」
「三好家一門衆、三好政勝」
「っ! あの三好家の戦狂いか! 通りでつえぇわけだ。俺は籾井教業! お前を殺す者の名だ!」
「っ! “丹波の青鬼”か。相手にとって不足はないな! 義継! こいつは私が始末する! さっさと本陣の混乱を抑えろ!」
「わかっている……」
俺は狂人同士の一騎打ちに巻き込まれたくはないし、呼吸は多少だが整ったことから政勝の言うとおりに本陣の混乱を抑えるべく政勝が率いていた兵も指揮下において籾井勢200の殲滅を開始するのだった。