総大将の突撃。それが例にないというわけではない。しかし、総大将というのは味方の士気に大きくかかわっている。討ち取られれば誰もが負けたと思い、戦う意思を奪われる。ゆえに、基本的に敵から最も離れた本陣にいるのが定石だった。
総大将が出てくるはずがない。六角家の者達はそう考えていたからこそ八瀬城から下りてきた兵を見てもそれが義継が率いる軍勢だと気づけずに、迎撃の体制だけを取って待ち構えてしまった。義継の目的も分からずに。
そして、義継の目的に真っ先に気付いたのは意外な事に承禎だった。とはいえそれはある意味では当然の結果でもあった。何しろその軍勢が進路を変えつつも自分たちの方に向かってきているのだから。
「北から敵兵が来るぞ! 備えろ!」
六角承禎の兵もまた2千と同数であった。ゆえに守りの体制に入ったとはいえきちんと陣形を組む六角家の兵が初動の戦いにおいて負けるのは仕方のないことであった。
「何をしている! 敵を囲んで潰せ!」
承禎は動きの鈍い自軍にそう命令を出すが大なり小なり混乱しているがゆえにその命令が聞き届けられることはなかった。
「敵が殺到する前に本陣を潰すぞ!」
「殿! 進藤賢盛の軍勢がこちらに向かってきています!」
「かまわん! 到着よりも先に承禎を見つけるぞ!」
義継の動きを理解した進藤賢盛は慌てて軍を引き返し、承禎を守ろうと動き出したがその結果として義治軍に殺到していた政康・政勝軍は勢いを取り戻してしまった。既に陣の中部まで入り込まれている為に弓兵たちは弓を捨てて刀で戦っている。義治自慢の弓矢の攻撃は行われなくなっていた。
「敵本陣に味方がいるぞ! 俺たちも続け!」
「一体どこの部隊かは知らないがこっちは義治の首を奪うぞ!」
政康は本陣を、政勝は義治の首を狙ってそれぞれ動き出す。更に七条、大西などの四国衆の一部もそれに続き、六角家中央は瓦解寸前にまで追い込まれていた。
そしてそれは六角家の本陣、承禎の軍勢も同じだった。
「何故だ……。何故わが軍はここまで脆い……」
承禎はあまりにも弱く、脆い自軍の様に怒りすら沸いてこず、困惑するが、観音寺騒動にて六角家は無様な姿をさらしすぎた。それを見た百姓、兵たちは思ったのだ。かつては幕府にて有力大名として信を置かれ、絶大な力を持っていた六角家はもう存在しないのだと。家臣を統制すらできず、簡単に追い出されるような家が今の六角家なのだと。そんなお家の為に命を捨てようと考える者は一体どれだけいるのだろうか? その結果が目の前の戦況として表れていたのだ。
つまり、観音寺騒動の日より六角家には、正面から三好と戦える力は残されていなかったのだ。これが騒動からそれなりの日数が経っていれば話は違ったかもしれないが。結局は朝倉が動かず、三好家の主力を止められなかった時点で六角家の敗北は決定していたのだ。
「こんな、こんなはずでは……」
「それは俺も思うな。父上より聞いた六角家は疲弊した我らでは勝てないと思わせる強者だったのにいつの間にここまで落ちぶれたのやら」
「っ! 誰だ!」
承禎の疑問に返答する若者の声。その声がした方を見れば返り血を浴び、刀を真っ赤に染めた義継の姿があった。周囲には護衛らしき兵もおり、慌てて本陣の兵が迎撃に出て一気に乱戦へと変貌した。
「貴様、誰だ?」
「三好家当主、三好左京大夫義継。あんたの首をもらいに来た」
「! 当主自らの本陣強襲か。お主はうつけかの」
「常識に従い、行動した結果敗れるよりは奇想天外でも非常識でも勝利をつかめる手を使っただけだ」
「それがうつけの証拠よ。そのようなやり方で民はついてこぬぞ」
「あんたのように家臣に追い出されて恥をさらすような奴よりもいい。それに、ずっと奇想天外な行動をしているわけではない。俺の基本は保守的行動だ。ただ、必要ならばそれを簡単に捨てられるだけだ」
民、というよりも人間は自分の理解できない物を恐れ、迫害する習性がある。それは古今東西どの人種にも言えることであり、変化する事に戸惑いや反発を覚えてしまうものなのだ。
ゆえに、義継が考える日ノ本統一後の計画も保守的要素が多分に含まれている。少しでも反発無く、受け入れて計画に支障が出ないようにするために。
「幕府を滅ぼしておいてよく言うわ!」
「室町幕府とて鎌倉幕府を滅ぼして誕生したものだ。それ以前は幕府など存在せずに公家の天下だった。室町幕府も滅びると気が来ただけという話だ」
そこまで言うと義継は刀を構える。その瞳には承禎を殺す以外の感情はなく、確実に首を取ろうとしていた。
「どちらにせよ今後俺が目指す世界においてお前は必要ない。だから、今ここで死ね」
「っ! ふざけるな! ワシとて戦国乱世を駆け抜けてきた将ぞ! 貴様ごとき小童に負けるはずな、ど……」
承禎が刀を抜こうと柄に手をかけた瞬間、義継は一気に地を掛け抜かれる前に承禎の首を切りつける。切断には至らなかったものの、頸動脈を切り裂いたようで勢いよく血が噴き出し、義継の体を真っ赤に染め上げていく。
「お、おの。れ……」
「喋るな。俺はお前みたいに害悪にしかならないやつが嫌いなんだ。何もしゃべらず、何も残さずに死ね」
血走った眼で自身を睨みつけてくる承禎に無感情にそういうと刀を振り下ろし、首を切り落とす。その首をつかむと高々と掲げて叫んだ。
「敵大将! 六角承禎が首、討ち取ったりぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」
「「「「「うおおぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」」
その瞬間、義継軍の兵たちはそれに呼応する様に雄たけびを上げた。堂々と掲げられた承禎の首を見た本陣の兵たちの士気は死んだ。誰もが逃げるかその場に膝をつき、戦おうとする者はいなくなっていった。
それは本陣を通り六角軍全体に反響する。結果、六角軍は撤退を開始するがそれと同時に総大将として指揮できた義治も三好政勝の手によって討ち取られる事となり、六角家は撤退を出来なくなり、散り散りとなって逃げだすこととなった。
苦戦し、敗北の可能性すらあった六角家との戦いである八瀬の戦い。しかし、蓋を開けてみれば六角家のお家騒動による弱体化と六角親子の早期の討ち死ににより三好軍の予想外の大勝利で幕を閉じたのだった。