三好義継の野望・改訂版   作:鈴木颯手

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第参拾陸話「黒武の仕官事情・弐」

「それで? 紹介状の相手はどいつだ?」

「三好家だよ」

「三好家!?」

 

 互いに自己紹介を行った二人は改めて別の茶屋に入る。そこで官兵衛は信顕の紹介状の先を聞き驚きをあらわにした。

 

「三好家相手に紹介状を書けるなんて……。もしかして信顕は甲斐武田家の?」

「……まぁ、秘密にしたいことでもないしね。そうだよ。甲斐の当主、武田信虎の娘だよ」

「なるほど。名門の武田家ならそういうことも出来るか……」

「それだけじゃないけどね。父上と一緒に向かった先の一つが伊勢の北畠家でそこで書いてもらったんだよ」

 

 信顕は語る。かつて信虎に殺されそうになった現在の武田家当主、武田信玄が謀反を起こし、父を甲斐から追い出したこと。その際に信虎と信虎に付き従った家臣団とともに甲斐を出たこと。そこから駿河で過ごしていたけど父と一緒に放浪の旅に出たことを。

 

「……僕はね、どうしても許せなかったんだ。勝千代姉ぇも次郎姉ぇも太郎姉ぇも嫌いじゃなかった。だけど、僕は父上もすきだった」

「だから一緒に出て行ったと?」

「そうだけどそうじゃない。僕は許せなかったんだ。勝千代姉ぇが謀反を起こしたことが」

 

 そこまで喋った信顕の手は震えていた。よくよく見れば肩も震えているがそれは信顕の表情を見れば原因がわかるだろう。信顕の顔には、怒りの感情があふれていた。

 

「僕はどうも謀反が嫌いだったみたい。あんなに好きだった勝千代姉ぇをもう、好きじゃなくなっちゃった。憎むべき敵にしか思えなくなっちゃったんだよ」

「……この戦国の世で下剋上なんてよくあることじゃないか」

「そう。よくあることだから姉がそれをしたことが許せないんだ」

 

 信顕にとってはたとえ主君がどんな相手でも忠誠を誓うべきと考えていた。たとえ主君に死ねといわれても、どんな無理難題を押し付けられても、そして、どんな暴君や無能であったとしても。

 それが武士、家臣としての役目だと本気で信じていた。

 だからこそ許せない。

 武田勝千代()の謀反を。

 武田信虎()を追放したことを。

 勝千代がどのような状況にあったのかは信顕も理解していた。そして、その上で信顕は考えているのだ。()()()()()()()()()()()と。

 

「……歪んでいるな」

「知ってる。きっと僕を家臣にした人は運がいいと思うよ。僕はたとえどんな命令でも笑顔で応じるだろうから」

「そんなに謀反、いや歯向かうことが嫌いなのか?」

「そうだよ。僕は主君に歯向かうなら死ぬよ」

 

 官兵衛は改めて感じた。狂っていると。穏やかにくるっていると。なぜ信顕がこんな正確になったのかは理解できないがそれでも彼女の心の中は理解できた。

 

「……とまぁ、僕の経歴はおいておいて、その放浪の時に立ち寄った一つに南伊勢に勢力を持つ北畠家があったんだよ。そこの人にお世話になって紹介状を書いてもらったの」

「南伊勢と関りが? 三好家なら可能なのか?」

 

 実際、関りと言ってもそれほど濃いものではない。三好義継が将軍職に就いた際に挨拶に訪れて二三言話した程度だ。それでも、国司たる北畠家紹介状ということと、その対象が甲斐の名門武田家の一門なら問題ないと言える状態だった。

 

「どうする? ここまで来たんだし君を連れていくくらいなら可能だけど……」

「うーん。三好家かぁ……」

 

 官兵衛はあまり乗り気ではなく、信顕の誘いに微妙な様子を見せた。

 

「? 三好家に仕官したくないの?」

「んー、少しな」

 

 官兵衛の生まれは播磨の豪族だ。つまり、先の第一次三好包囲網において敵対していた家ということだ。むろん、官兵衛がそんなことを気にするわけでもなく、また黒田家も出兵したとはいえずっと後方におり、味方兵の後ろをついていっただけだったので三好家と戦ったわけではないために遺恨があるわけではなかった。ではなぜか?

 

「……正直に言って三好家の状況はあまりよくないと思う」

 

 簡単な話、官兵衛は三好家を危ういと感じていたのだ。

 

「もともと先代の長慶の時からそうだったけど幕府を差し置いて勢力を拡大。主家を乗っ取り力をつけている。別にそんなことは気にしないが今の義継はやりすぎだ。将軍を襲い、自らが将軍となった。そして、それに反発した勢力によって一度は包囲されるがそれを退けた」

「それなら別にいいんじゃない? 負けないことはいいことだよ」

「そうではないさ。今の三好家は()()()()()()()んだ。勝利することが当たり前になりつつある。実際、三好家は決定的な負けをしたことがない」

 

 永禄の変、若狭出兵、浅井、丹波連合軍、六角家。そのどれにおいても三好家は負けなかった。勝てなかったとしても負けずにここまで来てしまっていた。精々が丹波と播磨の領地を失ったくらいだがそれも取り戻そうと動き出していた。

 

「確かにシメオンとしても三好家は仕官先の候補として最適だ。だが、このまま負けを知らないまま大きくなれば……」

「敗北をしたときにくるってしまうって事ね」

 

 官兵衛が何を言いたのか、それを信顕も理解した。三好家は今もなお勢力を拡大させており、いずれ前と同じもしくはそれ以上の包囲網が形成される可能性すらあった。その時に、

三好家が負ければ……。

 

「……官兵衛の言いたいことは理解したよ。だけど、ならそうならないように支えるべきじゃない? それとも、官兵衛はその点をつけるように三好家と敵対する家に仕官するの?」

「そういうわけじゃないけど……」

 

 実際、官兵衛がこれまで仕官した家はどれも三好家に仕える豪族ばかりだった。三好家本家はともかく豪族ならばいざという時に問題ないだろうという判断からだった。

 

「それならば問題ないでしょ? それでも、いやなら一度会ってみるだけでもいいんじゃない? もしくは期間限定で仕官してみるとか」

「期間限定で、か……」

 

 信顕からまさかそんな言葉が出てくるとは思わずに官兵衛は驚くが同時に裏切りを嫌っているだけであって傭兵のように期間限定で雇われることは問題ないのだと納得した。そして、それならいいかもしれないと考えた。

 

「確かにそれならいやな時は離れて良いと思ったのならそのまま仕え続けてもいいかもしれないな」

「でしょ! それじゃさっそく行こう!」

「え!? ちょっと……!」

 

 信顕は再び官兵衛の手をつかむと茶屋を後にする。信顕は先ほどと同じように二人分の料金を支払うとそのまま走り出す。目指すは飯盛山城。ここからではそれなりの日数がかかる距離の場所だ。

 

「お、おい! まさかこのまま走って……!」

「そんなわけないじゃん! 近くの宿に馬を預けているからそれに乗っていくよ!」

「そ、そうか……」

 

 信顕の返答に官兵衛は安堵する。さすがにずっと走り続けることはできないからだ。

 

「(まったく……)」

 

 官兵衛は心のうちに黒い闇を抱えつつも表面上は優しく、活発な少女と言える武田信顕に腕をつかまれ、強制的に走らされながらやれやれと心の中でため息をつくのだった。

 

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