第参拾捌話「丹波侵攻・壱」
ついにというべきか、武田信玄と上杉謙信の間で争いが始まった。川中島の戦いだ。史実では5回に渡る長期戦となり、最終的に武田家が領有することとなるがお互いに勝利を主張するなどよく言えば引き分け、状況だけを見れば武田家の勝利というべき状態のものだ。
上杉家は何度かこちらに仕掛けてきそうな様子を見せていたが越中と加賀は上杉家の領土ではないためにそこを通ることへの不安と加賀は本猫寺が支配する領域であるために戦いは避けられなかっただろうから疲弊はすることになっていただろう。そうして手をこまねている間に信濃の救援に向かったという感じだ。
これは俺にとって領土拡大のチャンスでもある。内政に注力して数年。三好家の内情も落ち着いてきたし、国力も高まってきた。二か月前には丹波の豪族を返り討ちにして以来丹波もおとなしく、今こそ動く時が来たというべき状況だ。
「そういうわけで諸君、今回は集まってくれたことに感謝する」
居城である飯盛山城には俺の家臣や豪族たちが集まっている。近江を手に入れたことで豪族もだいぶ増え、大広間では収まりきらなくなりそうなほどになっていた。
「今回、我らが目指すのはかつて我らに刀を向けてきた丹波と播磨の征伐である。動員兵力は当家だけで5万。そこに諸君ら豪族の兵が加われば10万を超える計算となる。幸いというべきか丹波はおとなしく、播磨は結束が揺らぎ、いくつかの勢力がこちらに恭順したいと言ってきている」
丹波ほどの結束や力は播磨にはない。第一次三好包囲網後には播磨の豪族は再び互いに争いを初め、まるで包囲網時の結束が嘘のようであったかのようにさえ思える始末だった。だが、そのおかげで播磨方面に対する警戒はそこまでしなくてよくなり、その分を丹波の警戒に回すことが出来ていたのでこちらとしてはありがたい事だかな
「そのため、播磨に関しては難なく平定出来ると予想している。問題は丹波だ」
丹波。京に近い位置に存在し、国全体が山ばかりの場所で攻め辛く、守りやすいという特徴がある。それに加えてその山で鍛えられた丹波兵は一人一人が強く、それを率いる武将も猛者が多いために丹波はこれだけ京に近いにも関わらず歴代の権力者に討伐されなかった、出来なかった異色の場所となっていた。
それは三好長慶も同じであり、今回は召集した松永久秀もかつて長慶の命令で丹波を侵攻したことがあるが結局攻めきれずに撤退している。丹波の豪族を倒さない限りいくら領土を奪い取ってもあまり意味がない。そのため、今回の侵攻は平定よりも討伐に重きを置く。
「現在の丹波において厄介なのは攻め辛い山ばかりの地形、丹波兵の強さ、そしてそれを率いる武将の質だ。残念ながら山はどうしようもない。包囲網時のように平地に出てきてくれればいいがこちらが攻めるという関係上そうはいかないだろう。そして丹波兵。これに関してはこちらが大軍という事を生かすことになる。今回の侵攻は3方向からとなる。当然それぞれに充てられる丹波兵は少なくなる。そこを複数人で囲んでたたくしかない。卑怯と言われようと丹波兵はそれだけしないと勝てない相手だ。
で、武将に関してだが今回の侵攻ではこの武将の捕縛もしくは討ち取りを主目標とする。つまり、領土を得ることが目的ではない。相手の武将を減らし、少しでもこちらが有利になるようにしないといけないのだ」
丹波の赤鬼こと赤井直正、青鬼こと籾井教業。この二人のどちらかでも消えれば丹波攻めは楽になる。ほかにも警戒すべき人物はいるが尾の二人は突出してやばい。赤井直正はマジで一騎当千の実力者だ。雑兵が束になろうと皆殺しにされてしまう。
籾井教業も同じだ。淫乱で正直命よりも貞操の危険の方が強いがそれでも青鬼と言われるだけあり武勇は本物だ。何しろうちで最高の猛将と言える政勝と互角だったのだから。
それが二人同時に存在する。ただの悪夢だ。だが、どちらか片方だけになれば? 慢心も油断も出来ないが楽になるのは確かだ。そのために今回はどちらを消さないといけないのだ。ここで何も成果を上げられなければ日ノ本統一は大幅に遅れることになる。ただでさえ丹波平定は大幅なロスを生み出しているのだ。
「そんなわけで侵攻の確認だが南からは俺が率いる本体。おおよそ5万だ。東は2万、北は3万だ」
「南は随分と多いですが何か理由でも?」
「総大将がどこにいるかを明白にするためだ」
そうすれば赤鬼も青鬼もこちらに食いつく。その分ほかの戦線の負担が減り、武将を討ち取りやすくなるだろう。鬼退治が出来なければそれ以外の武将全てを討ち取るくらいの成果を出さないといけないからな。
「丹波はどれだけ見積もっても1万も動員はできない。多方面に兵を割くと考えておおよそ5千。俺と対峙すると思われる丹波兵の数だ」
5万対5千。文字だけを見れば誰もが5万の兵が勝つと思うだろうが相手が丹波兵ならそうではない。それに、数が多い分混乱すれば立て直しが面倒だ。相手は小回りが利きやすい少数なのを生かして切り込んでくるだろう。
「御館様、それでは先ほどの説明と矛盾していませんか? 数をそろえても丹波の鬼達には勝てないとおっしゃったではありませんか」
「ああ、ゆえにちょっとした工夫を行う。だが、それは知らせることはできない。ただ、秘策があるとだけ言っておこう」
丹波の波多野家は優秀な忍びを囲っているようだ。下手にしゃべって情報が洩れ、対策でもされてはたまったもんじゃない。確実に鬼を倒すためにも知らせることはしない方がいいだろう。
「3方向ともに無理に進む必要はない。武将を一人でもとらえるか殺すことに注力せよ。占領は二の次で良い。……が、播磨は別だ」
丹波については話すことはない。次が同時に行われる播磨征伐についてだ。
「播磨は現在30を超える豪族たちが足を引っ張りあいながら均衡を保った状態が続いている。一度は播磨連合軍としてこちらに侵攻してきたこともあったが今ではその面影は一切ない。烏合の衆と呼ぶにふさわしいありさまだ。なのでこちらには1万5千のみ向かわせる。そしてこれは最近当家に仕官した軍師、黒田官兵衛の試験を兼ねている。彼女は幼いながら優秀な人物のようでな。噂は知っているだろう?」
三好家に優秀な軍師が仕官したという噂はすさまじい速さで広がった。広げるつもりはなかったために明らかに人為的な何かがあるがそれが誰の手によるものなのかついぞわからなかった。丹波衆の忍びか? はたまた第三者によるものなのか……。まぁ、そんなことはおいておき。
「彼女にはこの1万5千の兵を率いて播磨を征伐してもらう。だが、現地で調略するも兵を集めるのも自由としている。播磨が連合を組めば同数程度は出すことが可能だろう」
それが嫌なら敵を連携させずに各個撃破なり疑心暗鬼にして楽に攻略して見せろ。軍師ならそれくらい出来るだろうと、言葉にはしないが末席に座る官兵衛を見ていった。官兵衛も望むところだと言わんばかりにこちらを見つめ返してくる。
「そして播磨にはここ最近で仕官した者たちを配置する。これは譜代の家臣および豪族たちに認めさせるための物でもある。諸君らはこれより新しき仲間たちの実力を見て理解してほしい。彼らは我が三好家で力を振るうにたる力を持っているとな」
だから官兵衛。失敗は許されないからな? 見事成し遂げて見せろよ。