うん。勢いよく燃えているな。雨が降っていなくて助かった。
俺が丹波の豪族どもをつぶすために用意した策の一つがこれだ。あらかじめ大量の油をまいておき、敵が通過したら一気に燃やす。それで敵を一気に焼き殺すというわけだ。
「西に向かって風が吹いていてくれて助かったな」
風も俺たちを援護するように西に向かって吹いてくれたおかげで火の粉がこちらに飛んでくることもない。飛んできもいいように多少距離をあけていたのだが無駄に終わったようだ。
「殿、敵兵のうち半数ほどが火に飲み込まれたと思われます」
「半数か。まぁまぁの数値だな」
2千以上の兵を一気に倒せたというのはでかい。加えてその中に敵の総大将らしき人物もいたのは確認済みだ。ゆえに、ここから丹波の連中が盛り返してくることなど不可能だろう。
「よし、では残った敵兵をつぶせ。赤井直正と波多野家が有する籾井教業には気をつけろよ」
「そ、それがその二つの軍勢が見当たりません!」
「は?」
何を言っているんだこいつは? それはつまり炎に焼かれたという事か? あの二勢力が? そんなのはあり得ない。むしろそうだとしたら炎の中を突っ切ってこちらに向かってきそうだがその様子もない。つまり、最初からここには来ていなかったという事で……。
「見間違い、ではないのだな?」
「はっ! ここに姿を現した敵兵に波多野・赤井両家の旗はありませんでした!」
「っ! では……!」
慌てて俺が指示を出そうとしたとき、西側より雄たけびが上がる。そちらを見てみれば二つの勢力、波多野家と赤井家の軍勢が山を下りてこちらに攻撃を仕掛けようとしているところだった。
「敵襲! 左側から奇襲だ!」
「じ、陣形を変えろ! 急げ!」
「む、無理だ! 間に合わない……!」
あまりにも急な敵の攻撃に義継の命令が伝わる前に波多野・赤井の軍勢は三好軍に攻撃を仕掛けていた。
「……」
赤井直正が先頭に立ち、左翼を担当していた三好政康と畿内衆に襲い掛かる。幼い体躯からは想像もできない豪槍が次々と足軽たちを肉塊へと変えていく。
「おらおらぁ! 三好義継はどこだぁ! あの時出来なかった
波多野家一の猛将、籾井教業も同じく波多野軍の先頭に立ち義継がいる本陣の兵を叩き潰していく。2メートルはありそうな斬馬刀による斬撃により足軽たちは真っ二つに切り裂かれて血の雨を降り注ぐ。抵抗すればするほど、立ちはだかれば立ちはだかるほど籾井教業による犠牲者は増えていく。
奇しくも両軍はかつての若狭からの撤退時と同じ相手と戦うことになった。しかし、違うのは勝利したと思っていたところに奇襲を受けたことで三好軍が混乱していることだろう。
それでも松永久秀や三好長逸等はすぐに兵をまとめ上げて左翼の救援に動こうとしたがそれを防ぐように生き残った丹波軍本体が左右に分かれて攻撃を始めたのである。内藤某を失ったとはいえあくまでまだ2千近い兵が残っており、足止め程度は可能だった。
「これは、少し厳しいですね」
松永久秀はいつも通りの笑みを浮かべながら救援を取りやめて向かってくる丹波軍に対応することに決めた。一方で長逸は陣形を崩しても義継の護衛をするべく兵を動かした。正面が火災という事もありここから敵兵が来ることはないと判断しての動きだった。
「ほかの三好兵も動き出した。時間はないぞ! 籾井教業に義継の首だけを狙うように伝えろ!」
「はっ!」
「石川党!」
「ここに」
秀治の呼びかけに応じ、彼にやとわれた丹波の忍び達が姿を現した。
「敵本陣をかく乱せよ。教業の援護をするのだ」
「了解」
忍びは短く返事をするとすぐに取り掛かった。本陣のいたるところで煙幕やまきびしがまかれ、三好兵に扮した忍びが無差別に兵を切り捨てて同士討ちを誘い始めたのだ。三好家にやとわれた忍び達もそれを防ごうとするも兵だけではなく彼らも混乱している状態にありうまく防御が出来ずにいた。
「あ? 若が何かしたな? さっきより敵がもろいじゃねぇか!」
そしてその混乱による弱体化は籾井教業にも感じることが出来た。明らかに先ほどよりも敵兵が脆いのだ。それを自らが仕える殿による者だと察したが彼女は若干不満だった。彼女にとって戦とは殺し殺されるものであり敵を一方的に蹂躙するものではない。
「ったく! こうなったらあの義継の身柄を奪って続きを楽しむしかないな!」
ゆえに、彼女は弱体化した三好兵に対する興味をなくすと剣を自身の前に向けて突進を開始した。斬馬刀の重く鋭い刃を前に止めようと立ちはだかる者は倒されていく。本人がそれなりに速い速度で走っていることもあり正面以外から止めるのは難しく、籾井教業を突破させることに成功してしまう。
「よっと。……お? 久しぶりだな義継!」
「……こっちとしては二度と会いたくはなかったがな」
斬馬刀についた血を振り払って落とした教業は本陣内から自身を見てくる義継に気づき笑みを浮かべた。一方の義継はかつて気絶寸前まで組み敷かれていたことを思い出し顔を引きつらせている。
「三好義継! お前の身柄を拘束させてもらう」
「それは君の主からの命令かな?」
「そんなわけないだろ。俺の意思だ!」
それはつまり本来は殺すことを命令されている可能性があると義継に確信させる言動だった。もともとその可能性で固まっていたし今更なんだという話ではあったが。
「さぁ! 今度こそ決着をつけてやる! 降伏するのなら今のうちだぞ?」
「そんなつもりはない。むしろそちらが降ることをお勧めしよう。この兵力差で勝てると思っているのか?」
「なんだってやってみないとわからないさ!」
そういうと教業は斬馬刀を振り回しながら義継に突撃する。義継を守ろうと間に入った兵たちはたった一撃で葬られていき、足止めとしてすら機能していない。とはいえ義継という総大将を守る兵たちが弱いはずがなく、それだけ教業の強さが異常だと示していた。
「教業を止められた政勝は若狭方面から侵攻中でいない。唯一止められそうな久秀も右翼にいてこちらに来る気配はない。……本来なら詰みなのだろう」
義継は迫りくる教業を見ながらそんなことを呟いた。しかし、そんな絶望的な状況に対して義継の瞳に諦めや絶望の感情は存在しなかった。
「だがな。こちらだって新しい戦力が存在しないわけじゃないぜ?」
目の前で斬馬刀を振り上げた教業に対して、義継は不敵な笑みを浮かべていった。
そしてその瞬間、教業の体は左に吹き飛んだ。
「っ!? 何が……!」
「はっはっはっ! そう簡単に終わらせるわけがないだろ! せっかくの
教業は突然のことで何が起こったのか理解できなかったがすぐに自分が何かに吹き飛ばされたのだと判断し、自身がいたほうを見ればそこには巨漢だが若い男が立っていた。熊の如き風貌の男は政勝にも劣らない好戦的な笑みを浮かべていた。
「さぁさぁ! 丹波の青鬼! 俺の手柄となれ! 我は十河存保! 三好義賢が子にして十河一存殿の後を継し者なり! 覚悟せよ!」
男、十河存保はそういうと獲物を手に教業へと襲い掛かるのだった。