「全軍! 出陣!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
総大将武田信顕の号令の下播磨征伐軍1万5千はついに出陣した。摂津国を進みそのまま播磨へと入るルートをとる。海からの侵攻も考えられたがそれは義継が播磨征伐に失敗した場合に讃岐に集めた軍勢が奇襲しやすいように採用されることはなかった。そもそも1万5千とはいえいきなり海から現れるには心もとない数字であったのも理由の一つだった。
「まさか三好家に仕えていきなり総大将なんてねぇ~」
騎乗した信顕は特注した武田家の家紋が入った赤い旗を見上げながらそう呟く。総大将旗となったこの旗にふさわしい活躍を見せたいと思うと同時に自分に総大将が務まるのかという不安が今更ながら襲い掛かってくる。
「何を緊張しちょる。総大将ならもっと堂々とせぇ!」
「あ、元春さん。でもさ、僕こう見えても戦に出た事なんて片手で数えられる程度なんだよ? それも総大将どころか指揮官ですらないものばかりだったのにいきなり総大将なんて……」
信顕は考えれば考えるほど緊張してきたのか呆れながらジト目を送ってくる吉川元春に返答しつつおなかを抑え始める。
「ただでさえ今回の足軽どもは近江や若狭出身のやつらなんじゃ。その調子じゃ舐められるけぇ」
「そうだね。でも、慣れるまでしばらくかかるかも」
「……」
元春は信顕の様子にダメだこりゃと心の中でため息を吐くと改めて周囲を見回す。武将としてついてきた者の一部を除きほぼすべてが近江や若狭の出身者で占められるこの播磨征伐軍ははっきり言ってしまえば烏合の衆に等しかった。元春とて故郷の兵だけではなく三好家の兵も指揮したことはあるがそれでも今回のはあまりにもひどいと感じていた。
「(軍師になったというあの黒田官兵衛の実力を見るためとはいえいくら何でもやりすぎじゃ。義継はワシらに死ねと言っているのか?)」
元春は時折感じる兵たちの不信感を帯びた視線を思い出しながら今回の播磨征伐に関して大きな不安を感じ始めていた。
そして、そんな元春の不安を的中させるように元春の遥か後方、近江の豪族である猪飼昇貞の一門である猪飼某が不満を隠そうともしない表情で行軍していた。
「まったく。なぜ我らの総大将があんな新参者なのだ。そして軍師が播磨の小娘だと!? 義継様は何をお考えなのだ!」
八瀬城の戦いで当主猪飼昇貞が討ち取られた事と主力を失った猪飼家は新たに当主を立てて即座に三好家に降伏した。そのおかげで領土の召し上げは最低限で済んでいた。しかし、だからと言って三好家に忠誠を誓ったわけではなく、ただ抗う力がないために従っているに過ぎなかった。
そのような考えが一門の中で最も強い猪飼某は新参者の下にいるという事実がどうしても我慢ならなかったのだ。
「くそっ! あんな小娘のいう事にいちいち付き合ってられるか! どうせ失敗するに決まっている!」
猪飼某は自分の方が総大将や軍師に相応しいと心の中で吐き出す。それが何の根拠もない過剰な自信から来るものであったがそれを指摘する人物はこの場にはいなかった。
「……待てよ? 失敗を見越して行動すればいいのか? そして尻拭いをすることで俺の功績を上げれば……」
故に、猪飼某は最悪ともいえる策を思いつく。しかしそれは策とは言えず、ただ見方を蝕む愚行でしかなかった。
「なればこそ我らがやるべき事は最初から小娘が失敗すると判断していたという確たる証拠を作り出すことだな。そして、しかるべき時を持って我らが実権を奪い取るのだ! ふ、フハハハハハ!!!!」
自らの策の出来栄えに喜色満面といった様子で高笑いを上げる猪飼某。そして、この猪飼某の策は後に黒田官兵衛の弱点を後押しすることとなり、最悪の事態を招くことになるのだった。
山中鹿之助という姫武将がいる。彼女は尼子家に代々仕える山中家当主の座を若くして継いだ人物で、それにふさわしい武勇を持っていた。容姿も可憐という言葉が似あい、とても戦場で槍を振るうとは思えないがひとたび戦場に出れば誰よりも苛烈に敵を葬る剛勇無双の活躍を見せている。
そんな彼女は因幡と播磨の国境部にいた。彼女の後ろには主君尼子義久より預けられし5千の兵がおり、総大将である彼女の下知を待っていた。
「この大役。必ず果たして見せる……!」
一月前に義久からの登城命令を受けて尼子家居城である月山富田城を訪れた鹿之助はそこで義久に謁見したのである。
-鹿之助よ。おぬしに兵をやる。播磨を進み宇喜多を東から攻めよ。
-宇喜多をですか?
-左様。あやつは裏切りで勢力を築き上げた危険人物だ。そのような者など我ら尼子にとって不必要だ。かと言って放置することも出来ぬ。故に今後我らは宇喜多を攻める。そのために東に位置する播磨を抑え、宇喜多を確実に滅ぼすのだ。
-……わかりました。
-お主は当家きっての武勇を誇る姫武将だ。戦働きに期待しているぞ。
-ははっ!
「……と、言われましたがこんなことになるとは……」
鹿之助としては最近の尼子家に対して思うところがあった。そもそも、新宮党を失って以来衰退しつつあった尼子は厳島の戦いの直前に当主が尼子義久に代わってから急速に力を拡大したのだ。尼子家の重臣の娘として幼少期は義久とも遊んだことがある鹿之助は当主になってから、正確にはなる少し前から性格が豹変した義久に戸惑ってしまっていた。
「殿は妻を娶ったと聞きますし恋とはそれほどまでに人を変えるものなのでしょうか……」
おかしくなる少し前に、どこからか嫁いできた女を義久は娶っており、今の自分とは程遠い恋愛によって義久が変貌したのかもしれないと思いつつも月山富田城をいつからか覆う腐りかけの甘い果実のような匂いが鹿之助の忠誠心を揺らめかせていた。まるで自分が仕えていた主家が
「ですが、これも殿からの命令。今は雑念を払いただ命令を実行するのみです! 者ども! 我らはこれより播磨に侵攻する! 殿の為に確かな功績を上げるぞ!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
山中鹿之助率いる5千の尼子兵、播磨征伐軍とほぼ同時に播磨国に侵攻を開始した。義継にとっては楽に盗れると思っていた播磨国は様々な思惑が絡みあい、複雑さを増していくのだった。
山中鹿之助はこの時点でドMではありません。尼子家が残っているからね!七難八苦を願う意味がないので。ただし、ドMの適性がなくなったわけではないのでもしかしたら……