三好義継の野望・改訂版   作:鈴木颯手

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第伍話「三好長慶」

 時は巡る。自分の体感よりもずっと早く。

 子供の頃は時間流れが速く感じると言われる通り俺は気づけば10年の月日が経過していた。5歳だった俺は15歳となり、立派な青年となった。まだ肉体面で成長が必要だが合戦に出ても問題ないくらいの年齢にはなったはずだ。

 結局、俺の教育は5年間行われた。その間に戦などで義賢を始め教育係がいなくなることがあったが無事に彼らから得られる物は全て得られたと思っている。

 そして悲しいかな。三好家の没落が始まった。最初が父上だとすれば次は野口冬長だった。現代では三好四兄弟の五人目と言われるなどあまり詳細がはっきりしていない武将だったが義賢に従って各地を転戦していたことだけ残っている人物だ。ここでも同じように戦死している。おっとりとした口調で喋る女性で親戚のお姉さん的な雰囲気を持つ人だった。三番目は三好義賢。出家後の実休という名でも知られる長慶の副官的存在の人物だ。彼も野口冬長の戦死の後に戦死してしまった。義賢など死んだのは去年ゆえに大分衝撃的だった。

 

「三好家を支えてきている一門衆の相次ぐ死。これはいよいよ近いかもしれないな……」

 

 俺の居城である十河城にて今後の動きを考えていると香川之景が慌てた様子で駆け込んできた。

 

「殿! 一大事にございます!」

「どうした?」

「三好義興様がお亡くなりになりました!」

「! ……そうか」

 

 驚きはしたが近いうちに起こると思っていた事柄だ。動揺はない。それよりもこれで俺が三好家の当主になる可能性が高くなったわけだ。

 

「それにより、三好宗家より至急重存様の登城が命じられております」

「わかった。準備せよ。場所は飯盛山城でいいな?」

「はい。長慶様はそこで待っているとのことです」

 

 飯盛山城は河内国、現代の大阪府に存在した国にある城だ。三好長慶が本拠地としており、事実上の三好政権の中心地となっている。山城ゆえに不便さはあるが立地はものすごくいいと言える。京のある山城国からは目と鼻の先であり、何かあれば即座に駆け付ける事ができる。西以外から敵が攻めてくれば前線基地として利用できるし最前線となれば山城の利点を生かした要塞に様変わりする。飯盛山城がそうなった場合には後方にある芥川山城を拠点に移す手はずになっている。斜陽の時を迎えてきているとはいえ今ならまだこの体制で十分な状態だがこれも長慶が死ぬまでだろう。最悪の場合畿内からの撤退を視野に入れつつ俺の政権を盤石にした状態で再び攻め入るのが理想的か。

 

「船の準備は出来ているか?」

「もちろんにございます。讃岐の港よりそのまま堺に入港してください。畿内側の準備は長慶様直々に行っております」

「わかった。では留守の間讃岐の統治は任せるぞ」

「はっ!」

 

 之景が俺の代理としての役目を終えて、補佐役に徹したのがひと月前の話だ。之景も特に問題なく統治をしてくれたしこの調子なら今後讃岐を統治する事になる従弟に引き継いでも大丈夫だろう。

 

「では行くとするか」

「道中お気をつけて」

 

 俺は之景達の見送りを受けながら初めて四国を出て、初の本土上陸を果たすのだった。

 

 

 

 

 

「よく来たな。重存よ」

 

 飯盛山城に到着した俺は即座に長慶のもとに案内された。どうやら俺が堺に上陸したときから今か今かと待っていたらしく休息をとる暇ももらえなかった。

 

「十河一存が子、十河重存にございます」

「ほう、噂通りの将来が楽しみな若子ではないか」

「長慶様にもそう言ってもらえるとは嬉しい限りです」

 

 初めて見る長慶の姿は、やつれていた。立て続けに三人の弟をなくしたためだろうか? 覇気は感じられず、まだ40代のはずなのに一回り、いや二回りは老けて見える。どう見ても重症だ。そして、そんな長慶が左手に持つのは南蛮渡来の品であろうキセルだ。

 

「……長慶様、その品は一体?」

「ん? ああ、これか。これは弾正が献上してくれた品でな。これを吸っている間は心が落ち着くのだよ」

「……そう、ですか」

 

 三好家において弾正という官位で呼ばれる人物はただ一人しかいない。松永弾正久秀。まさかここでその名前を聞くとはな。もしや長慶様がこうなったのはそのキセルのせいか? タバコには少なからず多幸感と依存症がある。この時代のものだ、現代の物以上に、それこそ麻薬と変わりがないくらい強い効果があるはずだ。

 確かにそれを吸わせれば長慶の心を安定させることは出来るだろう。だが、その果てにあるのは副作用による苦しみと短い命だ。所詮久秀の行いは長慶を楽に殺そうとしているのと変わりがない。

 

「さて、本題に入るとするか。重存よ。お主はこれより私の後を継ぐのだ」

「長慶様の、後ですか? つまり、三好宗家の当主になれと?」

「その通りだ。既に三人衆には話を通してある。彼らはお主が当主となった際に補佐してくれるだろう」

 

 三好三人衆。あまり三好家に詳しくはない俺でも知っている。三好長逸、三好正康、岩成友通。三好長慶亡き後の三好家を支えた者達だ。だが、実際は彼らと松永久秀による権力争いで三好家は弱体化。織田信長の京入りを許すこととなった。義継は最初こそ三好三人衆についていたが信長に降伏する際には松永久秀に与している。

 

「彼らは重存が記述した書物を読ませてみた者達でな。素晴らしいことに柔軟な思考ができるようになった。そのこともあり彼らを推薦したのだ」

「そうでしたか」

 

 2年前に書いた書物。とはいっても柔軟な思考力を育めるようにしたひっかけ問題集だ。それを三好三人衆に読ませたのか。書物は宗家に渡したが素晴らしい物と褒章を受け取っただけで詳細は知らなかったな。

 

「彼らは必ずやお主を助けてくれよう。残念なことにわが弟たちは()()死んだ。私が築き上げた三好家の権勢は既に衰えつつ、いや衰えてしまっている。そんな三好家をお主に託すのは心苦しいとは感じているのだ」

 

 ……ちょっと待て。今、長慶は弟が全員死んだと言ったか? 三好義賢、十河一存、野口冬長が死んだのは分かっている。だが、安宅冬康は? 彼は生きているはずだ。一体何を言っているのだ?

 

「……ああ、その反応。知らないのか」

「どういう、事でしょうか?」

「冬康は死んだ」

「っ!!!」

 

 つまり、長慶以外の兄弟は全滅したという事だ。それは長慶の死が目前まで迫ってきている事を意味している。あまりにも歴史の展開が早すぎるぞ。こうなると信長の上洛がすぐに起きてもおかしくはない。……当主になったら忍びを雇い、織田家の状況を調べさせるか。それで上洛までの猶予が分かるはずだ。

 

「……冬康には悪い事をした。今思えばあ奴は何も悪くはなかったのだろう。だが、私には弟さえも信用できなくなってしまった。義興、そう義興だ。なぜ死んでしまったのだ。生きてさえいれば重存とともに三好家を任せる事ができたというのに……」

「……」

 

 ああ、長慶はもう壊れてしまっているんだな。弟たちを立て続けに亡くしたうえでの娘の病死。長慶の心はどうにもならないくらいに壊れてしまっているんだ。そして、久秀が寿命を削るとわかっていてもキセルを渡し、会話ができる状態にした。きっとそんなところだろう。

 

「……義興は幼少の頃より病弱でな。とてもではないが三好宗家の座は重すぎた。そんな中で聡明な童がいると聞いた。そう、お前だ。お前なら義興の補佐を任せられると弟たちに教育を任せ、その思い通りに立派に成長してくれた」

 

 つまり、10年前から俺を候補者として見ていたというわけか。ならばあの異常ともいえる教育係の説明もつくな。そりゃ次期当主の補佐で最悪の場合は後継者候補である以上そうなるわけか。

 

「どうだろうか? 受けてくれるか?」

「……ここまでされて断る、という選択肢ができるほど私は薄情でも三好家を嫌いでもありませんよ」

「おお、では?」

「ええ、長慶様のお話。お受けいたしましょう」

「ではお主はこれより十河重存から三好重存と改姓をいたせ。それと十河家に関してはお主の従弟、義賢の次男を跡取りとさせる。お主より2つほど年下だが中々の武勇を持った人物だぞ」

「はっ! 十河家への配慮、感謝します」

 

 おそらく十河存保の事だろう。次々と没落する中で唯一勢力を保ち、豊臣家に臣従した人物だ。残念ながら九州出兵時に死んでしまい、十河家は断絶してしまい、十河城も廃城になったはずだ。

 だが、これで俺が三好家の当主になる事は確定したわけか。まだまだ基盤は盤石ではないが三好家当主の候補に名実ともに上がれたことを良しとしよう。そして、ここからの名声は自分で勝ち取るんだ。

 

「ではしばらくここに滞在するといい。これから将軍義輝殿に使者を送り、お主に義の文字を与えられるように交渉してみよう」

「……長慶様。僭越ですが、その交渉の席に私も参加することは可能でしょうか?」

「ほう? 自分で勝ち取りたいと?」

「ええ。私が後継者となるにはそのくらいの功績を残さないと行けませんからね」

 

 そう言って俺は笑う。その笑みを見て長慶も笑った。

 

 

 

 

 翌日、俺は使者とともに義輝への拝謁に向かった。これは俺が当主になるための最初の一歩と感じながら。

 

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