義輝との謁見を終え、俺は正式に三好家の後継者候補となり、俺は義の文字をもらい三好義重となった。更に義輝からは左京大夫の官位も送られた。左京大夫は官位の中では従四位上、つまり上から8番目の役職だ。微妙と思えるかもしれないがまだまだ下には官位が続々と続くのだ。これでもかなり上の方の役職なんだ。
ちなみに左京大夫とは京職と呼ばれる京都内の司法・行政・警察を司る行政機関の長の役職名だ。左京職と呼ばれる長官が左京大夫という事だ。当然ながら右京大夫も存在する。そして、長慶が持つ修理大夫と同等の地位だ。つまり、俺は官位上では長慶と同等に位置している事から後継者候補として見られてもおかしくはない地位にいるという事だ。
「まさか義輝の方から官位を渡してくるとは予想外だな」
とは、左京大夫の地位が俺に与えられると知った際の長慶の言葉だ。ただし、俺だってこれがタダで送られたとは思っていない。十中八九俺を制御する為だろう。官位を送り、三好家の後継者になれるように支援することで俺に恩を送り付け、自分のいいように動かそうって魂胆なのが見え見えだ。義輝としては父の代より三好長慶とは長年にわたり争ってきた仲であり、目の上のたんこぶ的な存在なのだろ。実際、義輝が山城国を統治できているのは長慶が奪い取った同国を和睦の際に返却しているからだ。でなければ義輝は、足利一門は今も近江で逃亡生活を送る羽目になっていただろう。
「だからと言って俺がその通りに動いてやるつもりはないがな」
俺としては室町幕府は既に必要ない。というか既に幕府は名目上以外で機能していない。だが、それでも室町幕府は大なり小なり影響力を持っている。それは信長の様子を見ていればわかるだろう。足利義輝の弟足利義昭を旗頭に上洛し、その義昭と敵対すると義昭によって生涯苦しめられる事になったのだ。消して無視できるものではない。
「そこで、だ。お前たちが考えている
「延期、ですか……?」
飯盛山城に戻った俺は長慶に報告後は三好三人衆と話をすることになった。そしてそこで話された俺の当主就任後にと提案された将軍暗殺、いわゆる永禄の変の提案を俺は延期という形で返答した。それに対する三好三人衆、三好長逸・三好政康・岩成友通の反応は微妙というか困惑と言った様子だった。
「俺としても将軍、というよりも義輝は邪魔だ。だが、ただ殺すだけでは意味がない。むしろ三好家の悪評を世に広める事になる。それを防ぐために時間が欲しいというわけだ」
「ですがあまり時間をおいては義輝がどのような行動を取るのか分かりませんよ?」
「長逸の懸念も理解している。だが、それ以上に将軍の暗殺は危険なのだ。こちらになるべく非がいかぬように、それでいてその後も三好家が揺るがないようにする必要がある。友通、当家とは関係のない奴に噂を流させろ。将軍家が裏で悪行を行っているというものだ」
「悪行ですか? どのようなものがよろしいですかな?」
「なんでもいい。人心売買、私腹を肥やす、人さらい……とにかくありとあらゆる噂を流布するのだ」
「わかりました。やってみましょう」
「長逸は友通とは別に人を使い、義輝の被害にあったものを作るのだ」
「具体的にはどうしますか?」
「まずは人さらいだ。娘を将軍に連れていかれ、反抗した妻もしくは夫を殺された両親を京の都で騒がせろ。更に山城国の端、それこそ近江や丹波、大和の近くで将軍に扮した者を使い村を略奪させろ。出来れば義輝本人を登場させるのが望ましいが無理ならその供回りでもいい。将軍家の悪評に必要な証拠を作り上げるのだ」
「はっ!」
「若、某がどうしましょうか?」
最後に残った政康が聞いてくるが正直に言って他にやることはない。そもそも政康はこういった事が苦手だ。戦以外で使うのは危険な性格をしているからな。
「政康には悪いが待機だ。とはいえお前は自軍の兵の教練を怠るなよ? いざというときに兵の練度不足、士気の低さ、反抗的などで返り討ちにあったのでは笑えないからな」
「某は戦以外能がないですからな。兵の方はお任せくだされ」
三人衆はいい感じにそれぞれの得意分野が違っている。長逸は謀略、政康は戦、友通は政治とな。なので俺の企みで政康に任せられる事がなかったのだ。まぁ、その分政康は戦で頼もしい存在だからな。
「これらの流布、浸透にどれだけかかる?」
「流布自体は一月もあれば十分です。京周辺のみなら半年、山城国周辺なら一年あれば流布は完了します」
「私の方は準備に半年は欲しいですな。こういうのは入念な準備が必要ですからな。ですが京周辺なら一年と半年ほどで官僚するでしょう」
「わかった。それならば将軍暗殺は早くとも二年後だ。……まぁ、それも長慶様がご存命の限り常に延期されるがな」
長慶は義輝というか将軍家と一線を越える事を嫌っている。だからこそ将軍暗殺は長慶の存命時に実行はされなかった。そして、この世界においてもそうだ。だが、それも長慶が死ぬまでの間だ。現代知識に頼る必要もない。義興を失った長慶は早ければ半年、遅くとも数年で命を落とす。それまでの間に俺は家内で味方を作り、当主就任をスムーズに終わらせる。
「そしてもう一つ。俺が絶対に成功させないといけないことがある」
「それはなんでしょうか?」
「義輝の妹、義昭の確保だ。出来る限り無傷でな」
「義輝の妹を? ……ああ、そういう事ですか」
「なるほど。確かに成功させれば悪名はある程度緩和できますな」
「む? どういう事だ?」
俺の言葉に長逸と友通は即座に理解したが政康はいまいち理解していないようだ。まぁ、仕方ないな。
「政康殿。義重様は義輝を殺害後は義昭様を娶ると言っているのですよ」
「将軍家の人間を妻にするという事は自然と義重様も将軍となってもおかしくない状況になる。更に将軍家と縁続きになる事で将軍暗殺の悪名を減らせるというわけだ」
「っ! なるほど……! 確かにそれなら……!」
補足をしてくれた友通と長逸の言葉でようやく政康も理解を示し、俺の言葉の重要性を理解してくれた。
そう、この世界だからこそ通る婚姻。其れに伴う権力の移譲。この世界においても男が優位なのは変わらない。結婚すれば必然的に男性の方が当主になる。たとえ婿であってもな。それは将軍家でも変わりがない。つまり、義輝が死に、義昭を確保する事ができれば俺が将軍位になれる可能性が出てくるのだ。たとえ無理だとしても義昭と婚姻すれば将軍の夫だ。権力と権威は必然的に高まってくれる。
「つまり、義輝を襲うのなら義昭を確保することも並行しないといけない。成功すれば三好家は盤石の地位に、失敗すれば茨の道を歩むことになる。三人とも、失敗しないように準備を進めるぞ」
「「「はっ!」」」
俺は三好三人衆と、今後の事に話し、準備をして後継者候補として飯盛山城での生活をつづけた一年後。
三好長慶は死んだ。