「だからここは地獄だって。それで僕は神様。聞き間違いじゃないよ?」
後ろで手を組み、ニコニコ笑いながら僕の問いに答えた神様。
僕はさっき言われたことがあまりにも信じがたく、聞き返したが、間違いじゃないらしい。確かに一面赤黒く染まっていて地獄のようだし、なぜいきなりそんなことになったのかも神様という超常的な存在だったら納得できる気がしなくもない。
でもそうだとするとなぜ僕は地獄にいるのだろうか。一番に考えられるのは死亡したからという理由だが、死ぬタイミングはどこにもなかったはずだ。少なくとも扉を開ける前までは確実に生きていた。よってその理由はありえない。あり得ないでいてほしい。
それがありえないとなると、もう僕は神様に招かれたという説しか思いつかない。
しかし、神様に僕を招く理由などあるのだろうか。本当は妖怪の類で、僕を食べようとしているのではないか。そんな風に警戒している様子を見てか、神様が口を開いた。
「ふふっ。そんなに警戒しなくてもいいよ。別にとって食おうだなんて考えてないから。」
そう言って階段を降り、裸足で石畳の上に立つ。そんなことを言われても警戒は解けない。全てが怪しすぎるのだ。
そもそも僕はこの状況を一つも呑み込めていない。全然情報が足りないのに理解しろという方が無茶な話だ。しかし、不可解な現象が起こっているのは確かだ。ひとまず神様とやらに色々聞いてみよう。信用するかどうかはそのあとで決めればいい。
「…神様。ここが本当に地獄だとして、なんで僕はここにいるんだ?僕は死んだのか?」
神様はなぜかわからないがとても嬉しそうに笑い、僕の問いに答える。
「いや!君は死んでないよ。僕がここに招いたのさ!」
ますますわからなくなった。神様に招かれる理由を頭をひねりながら探す。すると、一つだけ心当たりがあった。それは、社殿の中をのぞいたことだ。
僕は神社について詳しくはないが、その行為が神社の禁忌だった場合、ここに招くのは妥当だと言えなくもない。だけどそうだとしたらなんであんなに笑顔なんだ?
ちらりと神様の方を見るが、先ほどまでと変わらずニコニコ笑っている。少なくとも表面上は怒っているようには見えない。
もしかして笑うしかないほど怒っているのか?そうだとしたらまずい。本当に神様なのかはまだ確証がないが、周りの風景を一変させるなんていう意味の分からないことができるやつのする罰なんて恐ろしくてたまらない。
一筋の汗が頬を伝う。
謝ろう。謝れば、許すまではいかないまでも生かして返してくれるかもしれない。そう決めた後の行動は早かった。足をそろえ、手をぴんと伸ばして体の横に添える。この前テレビで見た、謝罪の作法だ。もちろん言葉を述べてから頭を下げる語先後礼も知っている。
神様を見ると不思議そうな顔をしていた。僕が今から何をするかまだ分かっていないのだろう。僕もこんなにしっかりとした謝罪をするのは人生で初めてだ。神様の目をしっかりと見つめ、声を張ってハキハキと言う。
「ごめんなさいっ!」
言い終わった後すぐに腰を直角に曲げる。多分礼儀作法的にはアウトだ。しかしこれは僕の気持ちを表した結果だ。何も後悔はない。相手がマナー講師だったらブチぎれているだろうが別にそうじゃないから大丈夫。神様だって僕の気持ちを汲み取ってくれるはずだ。…それにしても静かだ。神様が何も言ってくれない。気になって神様を見てみると、驚いたような表情で固まっていた。
「…えぇ!?何してるの!?」
…何してるも何も、謝っているのだが。まさかお辞儀では足りない…?土下座をしろということか。いいだろう。生きて帰るためだ。プライドなんて捨ててしまえ。ふぅ…と息を吐いて、膝を地面につけようとした時、神様が慌ててこっちに駆け寄り、前かがみになって下がっていた僕の肩を手で支えて止めてきた。
「ちょっと!何しようとしてるの!?ていうかなんで謝ったの!?」
「いや…許してもらうために…。」
「何を!?」
僕は神様の反応に戸惑い、首を傾げた。どうやら怒っているというのは僕の勘違いだったらしい。ほっと胸をなでおろし、安心した。土下座をしようとしていた体勢から立ち上がり、支えてくれた礼を神様に言う。しかし、怒っていないとなると僕が招かれた理由はもう全く思いつかない。
ならばもう直接本人に聞いてみようと思い、いまだに僕の肩に触れている神様に僕の内にある疑問を吐き出す。
「ねぇ神様、なんで僕を招いたの?」
「ふぇっ!?あ、ああ。えっとね。君を招いたのはここに来てくれたからだよ。」
いきなり話しかけられてびっくりしたのだろう。驚きながら僕の肩から手を放す。その後、少し頬を赤くし、両手の指を遊ばせながら神様は言う。
さっきからいちいち挙動がかわいいが、何を言っているのだろう、この子は。
神社に来ただけで地獄に招いた?地獄とはそんな簡単に来ていいものなのだろうか。まるで友達を自分の家に招く時のような感覚だ。
そもそも答えが漠然としすぎている。わざわざ招いたということはしてほしいことがあるのだろう。元々知り合いだったのならばその限りではないが、僕らは初対面だ。少なくとも僕は過去に神様と会った覚えはない。
もし仮に僕が初対面で全く関りがない相手に何か頼むとしたらと考えてみるが、僕の心が汚れているせいだろうか、ろくでもないことしか思い浮かばない。
しかしだ、この神様やたらテンションが高いのだ。出会いがしらの満面の笑みや、今しているなぜか恥ずかしそうな表情。どれも悪だくみをしているような輩ができるそぶりではない。これが全て演技なのだとしたらとんでもない役者だ。アカデミー賞でも差し上げたい。
まあ、どうせ帰るには神様に頼らなければいけないのだ。思い切って信頼してみよう。
「僕に何かしてほしいことがあるの?」
「え、えっと…えっと…。」
目を泳がせながら、ごにょごにょ小声で呟く。さっきから遊ばせていた指は、一層激しく動いている。そんなに言いづらいことなのだろうか。別に無理して言わなくてもいい。何もしないで帰れるのならそれが一番いいに決まっている。
「言いづらいんだったら言わなくてもいいよ?」
「…ううん。言う。」
神様は顔を俯かせ、覚悟を決めたような声で言う。忙しなく動いていた指は、今は甚平の裾を震えながらぎゅっと握っており、手汗が浮かんでいる。
そんな態度でいられると、不安になってしまう。本当に何を頼まれるのだろう。胸の鼓動が激しくなる。
こういうのは大体逆らったらいけないというのが鉄則。僕はこの神様に何を言われようと受け入れるしかないのだ。
さすがに無茶なことを言われたら交渉して最大限譲歩してもらおう。それが叶わないなら僕の命運はそこで尽きたも同然だ。
僕も覚悟を決め、神様の言葉を待つ。少しの沈黙の後、神様は深呼吸をし、ついに口を開いた。
「ぼ、僕と友達になってくだゃさい!」
「…え?」
神様は腰を曲げて頭を下げ、片手を伸ばして僕に差し出した。緊張していたのか噛み嚙みだ。
僕は神様の言葉を聞いて思考が止まっていた。今、なんて言った?友達になってほしいと聞こえたが、幻聴だろうか。僕は言った内容を神様に確かめたが、神様は頭を下げたままこくんとうなずいていた。なんだろう。物凄く可愛らしい。なんでこんなに可愛らしい子を警戒していたんだろう。さっきまでの自分が馬鹿みたいに思える。
悪意があるようには見えないし、断る理由はないだろう。僕は神様の手を取った。
「いいよ。友達になろう。」
「え…。ほ、本当に?いいの?」
神様は僕の顔と握られた手を交互に見て、信じられないといった様子で驚いている。
「うん。まだよくわからないけど、よろしくね。」
それを聞いた神様は顔を伏せてプルプルと震えている。もしかして僕は騙されてしまったのだろうか。
そう不安に思っていると、神様が顔を上げた。なぜか涙ぐんでいる。神様を泣かせてしまったと思い、僕はぴし、と固まってしまった。頭をフル回転させて弁解の言葉を探す。だが、泣いてしまった原因が分からないため、何も思い浮かばない。僕は終わりを察して頭が真っ白になってしまった。
しかし神様はそんな僕の様子を気にせず、握っていた手を放し、飛びついてきた。
「ありがとぉぉぉぉ!」
「うわぁっ!」
頭が真っ白になっているときに急に飛びつかれ、体重を支え切れず尻もちをついてしまった。神様は膝をついて僕の首に腕を回し、顔の横でぐすぐすと泣いている。僕はそんな神様を見てふふっと微笑み、慰めるように神様の背中をさすった。
いつからかはわからないが、多分神様はずっとひとりぼっちで寂しかったのだろう。だから僕が訪れただけで地獄に招き入れたのだ。あまりにも危機感がないが、仕方のないことだ。僕だって一人は寂しい。
しかもこの神社は相当前に作られたものだ。最初に見た時の神社の荒れ具合から推察できる。
やがて神様は泣き止んだが、僕の首に腕を回したまま離れない。それどころか、腕の力が強くなっている。ぎゅっと僕の首に顔をうずめて動かない。少し苦しいので放してもらおう。
「あの、苦しいんだけど…。]
「あ、ご、ごめん!」
慌ててパッと手を離し、さっきまでの行動が恥ずかしくなったのか、神様は顔を真っ赤にしてうつむき、手で覆った。
「ああぁ、恥ずかしい…。ね、ねぇ、さっきまでのこと、忘れてくれない…?」
「いや~、もう脳裏に焼き付いて離れないや!」
顔を隠したまま甘美な記憶の消去を願う神様。意地悪に断る僕。そんな返答に神様は少し不服な顔をする。忘れたくても忘れられないだろう。神様の泣き顔なんてのは。
すっと立ち上がり、神様に手を差し出す。神様もその手を握って立ち上がった。地べたに座り込んだので、尻をはたいて砂埃を落とす。
友達になったはいいが、今日はもう帰らないといけない。地獄に来る前にはすでに夕方になっていた。
地獄では時間が止まっているとかならいいが、別にそうでもないだろう。腕時計を見ると、五時を指していた。まだギリギリ帰れる時間だ。
「ねぇ神様、そろそろあっちに帰してほしいな。」
「えっ、帰っちゃうの?」
「えっ?」
何を言っているのか理解できないというような顔をする神様。まさかそんなことを言われるとは思ってなかった。
神様は僕をここに閉じ込める気だったのだろうか。それはとても困る。家族に心配をかけてしまう。
「い、いや…家族が心配すると思うし…。」
「そ、そっか…。そうだよね…。」
帰るといったのが予想外だったのか、悲しそうな声を振り絞って出す神様。今にも泣きだしてしまいそうだ。またうつむいてしまった。
いや、別にもう二度と来ないと言っているわけじゃないし、何なら明日もまた来ようと思っている。夏休み中は毎日行くかはわからないがちょくちょくここに来るつもりだ。
何より今は引っ越したばかりで僕もほかに友達がいない。ゲームもできなくなったので家でやることもない。そうなるとここに来るのが一番退屈しないのだ。
「神様、また明日僕はここに来るよ。」
「ほんとに…?」
「うん。約束するよ。」
「約束だよ!!!」
泣きそうな表情から一転、顔をあげて満面の笑みになり、僕の手を取って両手で包んだ。
いくらひとりぼっちだったとはいえ、オーバーリアクションではないか?いや、神様というくらいだ。もしかしたら百年くらい生きているのかもしれない。
しかし僕は思い出した。今日ここに来れたのは偶然だったことを。つまり明日からはここに着けるかは分からない。もし下手にここに来ようとすれば遭難してしまうかもしれない。それは嫌なので、今とても嬉しそうな神様には悪いが、正直に伝えよう。
「あのさ、神様。やっぱり明日、来れないかも。」
「えっ!どうして!?」
この世の終わりかのような顔だ。いちいち反応が面白いので意地悪したくなってしまうが、今はやめておこう。
「実はここに来れたのは偶然でさ、また明日たどり着けるかわからないんだ。」
「…なんだ、そういうことかぁ…。良かった。でもそれならいいものがあるよ!」
僕の言葉を聞いて安心したのか、神様はほっと息をついて胸をなでおろした。そして、何かを取りに社殿の中へ走っていった。
一分もたたずに神様が社殿の中から出てきたと思ったら、手に何か持っていた。花のようだが、何の花かはよくわからない。神様はとてとてと僕の目の前に小走りで来て、はい、とその花を僕に手渡した。白くてきれいだ。
しかし、見覚えがある形だ。首をかしげながら思い出そうとしていると、神様が教えてくれた。
「それは彼岸花だよ。白いのは珍しいでしょ。」
この花は彼岸花だったらしい。赤色しか見たことがないからわからなかった。他の色も存在していたのか。
でもなんで彼岸花?プレゼントなのだろうか。それは嬉しいが、これがあっても家に帰れるわけではない。
さっき神様はこの彼岸花のことをいいものと言っていた。確かに珍しくて価値のあるものだが、この状況においては役に立たない。僕はこの彼岸花のことを軽視していた。
しかし、神様が続けて言った内容に僕は驚愕した。
「その彼岸花はね、持ち主が行きたいと思った場所に花を向けるんだ。だからそれがあればまたここにたどり着けるはずだよ。」
「…え?」
驚きのあまり一瞬思考が止まる。ただの綺麗な花かと思っていたらとんでもないものだった。思っただけで花が動くのなら、それは軽くホラーだ。さすがに神様といえど疑わざるを得ない。
「ふふっ。信じられないって顔してるね。一回試してみなよ。」
言われた通りに試してみる。自分の家を想像すると、花がひとりでに動いて僕の方を向き、斜め下を向いた。驚いてのけぞり、手から花を離してしまったが、地面につく前にギリギリでキャッチできた。
どんな仕組みになっているんだ、これは。想像しただけで案内してくれる技術なんて現世にはない。いや、あるにはあるのかもしれないがそれは頭に何か装着しなければできないだろう。
これは神様の力なのだろうか。それとも地獄の環境によるものなのだろうか。どうしても気になってしまう。
「まあ、正確には違うんだけどさ。」
「何が?」
「地獄の花はね、自らの花言葉を体現できるんだ。僕も仕組みはよくわかってないんだけどね。」
ますますおかしい。それならば滅亡を冠する花があれば世界は滅ぶのだろうか。さすがにそんなことはないだろうと思うが、あり得なくもなさそうなのが恐ろしい。
それにしても、明らかに現世に持ち帰ってはいけなさそうなものだが、神様は本当に危機感がなさすぎる。まるで僕が悪用するとは思っていない様子だ。まあ僕はしないが。
しかしこの彼岸花の性質が知られたらどうなってしまうのだろう。想像しただけで震えてしまう。
ただ、これがないと僕はここにたどり着けないし、そもそも家に帰れなさそうだ。ありがたく頂戴しておこう。
「そうなんだね。ありがとう、助かるよ。」
「!!!!え、えへへっ、そ、そんな大したことじゃないよ!何ならほら、他にもいろんな花があるし、欲しいなら全部あげるよ!」
「い、いや、彼岸花だけで十分だよ。ありがとね。」
僕に礼を言われたことがよほど嬉しかったのか、舞い上がり、うきうきで取りに行こうとする神様。今はこの彼岸花以外は必要ないのでやんわりと断った。
それにしてもこの神様、ちょろすぎる。頼めばなんでもしてくれそうだ。今まで誰とも関われなかったのは察するが、礼を言われただけでこの反応はさすがにひどい。心配になってしまう。
「あ、ご、ごめん…。気分上がっちゃって…。」
神様はしょぼんとしている。僕はなるべく優しく断ったつもりだったが、神様は迷惑なことをしてしまったと思ったのだろう。確かに少し誤解を招く言い方をしてしまったかもしれない。訂正しなければ。
「違うんだ。地獄の花はあっちじゃとてもすごいものだからさ。いっぱい持って帰っちゃうと色々危ないかもしれないんだ。」
「そうなの…?」
「うん、そうなんだ。だから他の花はまた明日見せてくれない?」
「うん、まかせて!」
今日はもう帰るが、僕は明日もここに来る。彼岸花以外も気になるし、その時に見せてもらうことにした。それを聞いた神様は嬉しそうにニコニコ笑っている。ころころと変わる表情に思わずくすりと笑ってしまう。
再び時計を見ると本当に帰らなければいけない時間になっていた。神様もそれを察したのか名残惜しそうにしている。
「もっと一緒にいたいけど、君には待っている人がいるからね。今日はもうお別れだ。」
「うん。」
「でも、明日だよ!絶対に明日も来てね!約束したんだから!」
「もちろん来るさ。なんなら指切りでもしておく?」
「やる!」
小指を結び、ゆーびきーりげーんまんと歌う。指切りをしている神様はとても楽しそうだ。やがて歌い終わり、指を離す。これで僕は裏切るわけにはいかなくなった。裏切った時の罪悪感が半端ないだろうし、そんなことをするやつは悪魔だ。
そろそろ戻してもらおう。家族に誘拐でもされたのかと思われてしまう。あながち間違いでもないが。
「じゃあそろそろあっちに戻すよ。また明日ね?」
「うん、また明日。」
僕が返事を聞いて、神様はパチンと指を鳴らした。すると赤黒かった景色から星が光る薄暗い夜空に変わった。もりから見た星空はいつもよりきれいに見える。もっと見ていたいが、帰らなければいけないので歩き始める。僕は鳥居をくぐり、家路をたどった。
歩いていて気付いたことだが、どうやらこの彼岸花、最短距離ではなく目的地までの最適な道のりを示してくれるらしい。それに気づいたときはとんでもない代物だと驚き、ありがたいと思ったが、同時に絶対に誰にも気づかれないようにしよう、と決めた瞬間でもあった。
誤字、脱字などがあれば教えてください!
ちなみに白い彼岸花の花言葉は「また会う日を楽しみに」と「想うはあなた一人」らしいです。