マフィンとアプリコットジャムのおまじない   作:すかすかのタキ

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第4話

妖精倉庫の就寝時間は早い。

年頃の少女達からすれば、カードゲームやおしゃべりなど多少の夜更かしに興じたいところではあるだろう。

 

が、自分達の管理者が規則や生活習慣にうるさい性格となればそうもいかない。

『食べちゃうわよ?』と、恐怖のトロールスマイルを自分に向けられたくはないので、夜中の十時過ぎにはみんな大人しく自室のベッドで寝入ってしまう。

 

しかし、件の管理者も(身体的にはともかく)心までも鬼ではない。

望んで閑職に就いたとはいえ、元オルランドリ商会の幹部候補であり、何処へ行っても引く手数多な正真正銘のエリート。

きちんと理屈立てて自分の考えを語ったならば、柔軟かつ情に篤い対応を取ってくれる実に優秀な女性なのである。

 

──という訳で。

特例として使用許可が下りた、今宵の妖精倉庫食堂兼台所では。

テーブルに腰掛けた二人の少女が、口をあんぐり開けて放心し。

好きだし尊敬もしているけれど、心の隅では剣術以外ダメ妖精とちょっぴり下に見ていた先輩の──まんざら偏見とも言えないが──意外すぎる一面を、文字通り驚愕の表情で見守っていた。

 

 

 

はっはっは。まさかもう少し積極的なコミュニケーションを実践してみるべきかと考えていた矢先に、迷える後輩に出くわしてしまうとはな。やはりわたしはなかなか特異な星の下に生まれついているらしい。

 

ん、レシピかい?

ははは、そんな物今更必要ないさ、とっくに体が覚えてる。

バター、砂糖、塩、卵、牛乳、ベーキングパウダーと鼻歌交じりで手際よく混ぜ合わせ、型に流し込みオーブンに投入。20分ほどじっくり焼けば、見事熱々で香ばしい、手作りマフィンの完成だ。

 

おいおい後輩達よ。そんな『う、嘘でしょ!?パニバル先輩ってそんな簡単にお菓子とか作れたの!?剣を振り回したり思いつきで適当なイタズラして回るくらいしか興味ない人と思ってた!』みたいな目で見るのは止めてくれよ、照れるじゃないか。

 

五年前、マフィンの食べ歩きにハマって以来もはやお店の味だけでは満足できなくなってしまってね。理想の味、至高の焼き加減を求め、独学ながらようやくこのレベルにまで到達する事ができたのさ。

 

「うおおー、センパイすっげー!予想外すぎる!映画だったらモザイク加工しなきゃ映せないグログロなヤツが出るかもと思ってたのにフツーにうまそー!」

 

夜中なので一応気を遣っているのだろう。ユーディアが音を立てないように、しかし実に大仰な動作で手を激しく打ち合わせる。

いつの間にか呼んでもいないのにこの場に混じっている訳だが、彼女も彼女でアルミタの事が心配で、何処からかわたし達の様子を見ていたのだろう。何も言う必要はあるまい。

 

ふふふ、それにしてもアルミタよ。君は実に幸運な女の子だな。

そんな風に自分を気にかけてくれて、その上に行動まで起こしてくれる友というのは、本当に得難い物なのだよ?

最後の仕上げにマフィンにたっぷりのアプリコットジャムを塗りつける。

 

トレーの上にそれらを乗せて、殊更ゆっくり、焦らすように台所から食堂へ、テーブルで待つ二人の元へと運んでいく。

 

「うあああ、夜中に食べるお菓子は禁忌の味だ…!」

「ユーディアよだれ!よだれが溢れかけてるから!汚いよおぉ!?」

 

若き食欲に突き動かされ、目をギラつかせながら身体を乗り出す。そんなユーディアをどうどうと宥めるも、アルミタもアルミタで物欲しそうな熱い瞳をわたしに向けるのを止められないでいる。

 

 

五年前、39番島での戦いで。

わたしは本気で刺し違えるつもりで《重く留まる十一番目の獣》に挑み、事実その通りになった。

自分は善く生き善く戦ったと、未練に蓋をして終わる事を受け入れていた。

 

 

「──アルミタにユーディア。このマフィンは美味しそうに見えるかい?」

二人が座っているテーブルを前にして立ち止まり、イジワルそうな微笑を作って問いかける。

 

「見える見える!アルミタのより美味しそう!」

即答すぎてプライドが傷付いたのだろう。料理上手なアルミタが隣に座っているユーディアを一瞬ギロリと睨みつけたが、すぐに雰囲気任せのお世辞と割り切ったらしい。彼女もまた、わたしに向けてコクコクと頷いてみせる。

 

 

それをあの英雄が、全部覆した。

過去の幸福ばかりを想い、未来に何かを夢見れない。

そんなわたしの後ろめたさを理解して、それでいいよと肯定し。

この死地を生き延びて、明日はいっしょにマフィンを食べようと、約束まで交わしてくれた。

 

 

「二人共、このマフィンを食べたいかい?」

食べたい!ユーディアが右手を真っ直ぐに突き上げてまた即答。アルミタも声は小さく控えめながら、食べたいですと更に何度もコクコク頷く。

 

閉め切られた食堂には、出来立てマフィンの甘く上品な香りが、仄かに立ち上る湯気と共にまんべんなく充満している。

素朴な色合いの焼き菓子にアプリコットジャムが黄金の彩りを添え、視覚的にも嗅覚的にも、更にはみんなに内緒で自分達だけに振る舞われているという罪悪感も相まって、暴力的なまでに二人の食欲を刺激してくる。

 

 

わたしがそれに、どれだけ救われたか分かるだろうか。

彼女は自分を過小評価しがちだから、言葉で伝えても認めないだろうけど。

──ティアット。君は今でもわたしにとって、夜空に煌めく星のように、輝かしい英雄であり続けているんだよ。

 

 

「待てだよ、待て待て」

ユーディアの口元から、とうとうよだれが一滴、テーブルにぽとりと垂れ落ちた。

アルミタにも最早それを指摘する余裕はなく、落ち着きなく身体を揺すって、とろんとした瞳を向けてくるのみ。

 

 

だから今、わたしもそれにあやからせてもらおうと思う。

アルミタ。自分に自信が持てなくて、誰よりティアットに憧れている君が、自身の力を目一杯発揮できるように。

どんな困難に相対しても、必ずこの家に帰るのだと、強く思い続けていられるように。

 

 

「──よし。二人共よく我慢できたね」

その言葉に、二人の瞳の輝きが更に増す。

聞き分けが良く、主に従順な犬に対する報奨のように、とうとう黄金の出来立てマフィンが彼女らの元に差し出され─────

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