マフィンとアプリコットジャムのおまじない   作:すかすかのタキ

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第5話

ぬあああああ落ち着かない!何故あたしはさっきから無意味に倉庫中を歩き回っているのだ!どうしてこんなにむずむずして、いつまで経ってもそわそわが治まってくれないのだ!

 

はっまさか!あたしは今、緊張してしまっているのか!?

たかだか浮遊大陸群の命運を懸けた最終決戦を前にした程度で!?初陣であるアルミタとユーディアを先輩としてどーんと構えてサポートしてあげなくてはならないのに、こんな無様に緊張してしまっているというのか!?

 

未熟未熟未熟!何という未熟!このままではいけない、何としてでも明日の出立までに己を取り戻す必要がある!

 

あたしは誰だ!?そう、あたしの名はコロン・リン・プルガトリオ!ティアットとパニバルに並ぶ誇り高き妖精倉庫最強の三戦士、その一角だ!雑念を払いきりあるべき強さを取り戻す為に、あたしはこれから何をすべきか!?

 

決まっているだろう!よけーな考えを無くすには、全力で体を動かして思い切り汗を流すのが一番だ!ではいくぞ、腕立て千回腹筋千回スクワット千回!仕上げに入魂の正拳突きを千本だ!ぬおおおおおきあいとこんじょー!!

 

──ふう、善い運動をした。ところであたしは一体何をそんなに悩んでいたんだっけ?まーいいか、明日は早い!シャワーを浴びて寝るとしよう!

 

おお、パニバルよどーした!お前もずいぶんと汗だくだな!ふんふん成る程。はっはっは、お互い悩む事はおんなじか!自分だけとは思わずに二人で剣を交えていればよかったな!あたしは今、裸の付き合いという物の重要性を実感しているぞ!どーだ、せっかくだし背中の流しっこでもしないか!?

 

うはははー、やっぱいい!こらやめろくすぐったい!パニバルよ、背中だけ!背中だけだ!でかいとは一体何の事だ、前まで洗わなくていーからー!

うん!?やめてほしければ頼みを聞けと!?まったくしょーがないヤツだなー我が友は。いーだろう話してみよ!

 

 

───何だと?本当にそんな事をしていーのか?あの子達にそんな残酷な事をして構わないとゆーのか!?…嫌なら他に代わりを探すだけ?いーややる!お前のそれをおめおめ明け渡すくらいならあたしがやってみせるとも!

分かった、呼ばれるまでは廊下で待機!二人の事はない物として扱って、あたしはあたしの欲を満たす為だけに行動すればいーのだな───!!

 

 

 

 

 

「──よし、二人共よく我慢できたね」

 

うおおおパニバル先輩ようやく終わり!?お預けタイムようやく終わり!?

なんか頭の悪い駄犬を相手にしているような生温い目で見られている気もするけどそんな事はこの際どうでもいい!!マフィンマフィンマフィン!

ユーディア犬はアプリコットジャムたっぷりの、夜中の背徳焼き立てマフィンを早く食べたいです!!わんわん!!

 

もう耐える必要はないと理性の首輪を千切り捨て、椅子からガタンと立ち上がり標的に向けテーブル越しに思いっきり手を伸ばすと、

 

 

「もういいよ。入ってきなさいコロン」

「おう!臭いがたまらなすぎて危うく約束を破るとこだったぞパニバルよ!」

 

 

うわあ何それすごくエッチいんだけど。

全身が鋼みたいに鍛えられて、一切無駄なく引き締まってる。けど同時に、十代の女の子らしい果物みたいに甘い丸みと柔らかさも帯びている。

家族のお姉さんなのに思わずほうと見惚れてしまう、逞しくて艶っぽい肢体。それに薄いタンクトップとショートパンツだけをまとったコロン先輩が、バーンともの凄い勢いで扉を開けて食堂の中へズンズン踏み込んできた。

 

え、ちょっと?

 

その勢いのまま、パニバル先輩の手元から全てのマフィンを一切の遠慮なく両手でむんずと鷲掴みにした。

 

あの、それあたしらのでは?

 

そして蛇かよってくらいに豪快に大口開けて放り込み、ムシャムシャごくんと丸呑みに近いレベルで胃に収めてしまうまで僅か十秒足らず。

 

「うむ!!パニバルよ、お前のマフィンは相変わらず素晴らしく美味かったぞ!!では諸君、明日は出立の日だからな!夜更かしは程々にして早めに床につくよーに!!おやすみ!!」

 

最後に手の平に付いたジャムをこれまた豪快にぺろりと舐め取ると、食べ尽くした勢いそのままに食堂を出て、そのままゲストルームに向けて歩き去ってしまった。

 

─────ええと。

何だったんだ今のは…?

あたしもアルミタもあまりに唐突すぎる先輩の凶行に完全に思考停止。止めなきゃと思う事もできず、ただぽかんと眺めている事しか出来なかった。

 

「二人共、わたしのマフィンは食べたかったかい?」

何故だがにこやかなパニバル先輩に問いかけられた。

うん、そりゃまあはい。少なくとも見た目と臭いは最高に美味しそうだったし。

行き所を失った手を伸ばしたまま、あたしもアルミタもこくりと頷く。

 

「もう一度、わたしにマフィンを作ってほしいかい?」

ほしい。コロン先輩の豪快な食べっぷりと、あの満足そうな笑顔を見せられちゃあ一体どんな味だったのか気になって仕方なくなるよ。二人してもう一度コクコク頷く。

 

「うん、それなら大丈夫!アルミタ、そしてユーディアよ!今この瞬間、わたしは確かに確信したぞ!」

 

いや何を?

あたし達は呆けたように質問に答えるだけで、未だに動く事が出来ない。

 

「決まっているだろう!わたしのマフィンは果たしてどんな味だったのか。それを知りたい、食べてみたいという気持ちがあるならば!君達二人は絶対にこの家に帰ってこられる!そして最後の獣との戦いに、必ずや多いに貢献してくれるという事をさ!」

 

先輩はあたし達二人の傍まで来ると、はっはっはと愉快そうに肩をバンバン叩いたり頭をぐしゃぐしゃかき回してきたりする。うわあこの人やっぱりやる事なす事意味分かんない上にウザったい。

 

「では解散!」

 

あたし達を開放すると同時。そう声を上げると背を向けて、先のコロン先輩を追うようにして食堂から出ていこうとした。

はっはっはと笑いながら手を振って、しれっと出ていこうとした。

 

 

───ちょっと待ってええええええええ!!!?

 

 

「むぎゅううっっ!?」

アルミタがそう叫ぶと同時、静まり返った深夜の家にドガシャーンと。二人の少女が床に叩きつけられる、ど派手な音が響き渡った。

 

 

めっちゃ速!?パニバル先輩の反応速度すら上回った!

てゆうかやっぱりアルミタはすごい!あたしは思考が止まったまま先輩の背中を見送る事しかできなかったってのに!

ひらりとテーブルに飛び乗るや、そのまま一切迷いなく全力で先輩の背中に飛びついて、全身を使って拘束しちゃったよ!

 

「何なんですか何なんですか何なんですかパニバル先輩はああああ!?不安でしょうがなくて心がぐちゃぐちゃだったわたしを励まそうとしてマフィン作ってくれたのかと思ったら散々おあずけした挙げ句にどうしてこんな酷い事するんですか!?パニバル先輩が色々理解不能なのは昔からだからもう半分諦めてましたけど今回ばかりは許せません!ちゃんと説明して下さいよ場合によってはコロン先輩もまとめてお説教ですからねええええ!!?」

 

すごいすごい、やっぱすごいよアルミタは!あの先輩達を二人同時に相手にしても圧倒しそうな迫力だよ!ああもう何でこの場にティアット先輩がいないかなあ!?今だったら『どーだ先輩だって浮遊大陸群のすっごい英雄なのかもしれないけどあたしのアルミタだって負けないくらい最強なんだぞ!』って胸を張って自慢できるのに!!

 

「ぐげげげ、ギブギブギブ」

背後から飛びついたアルミタの細腕が、これまた華奢なパニバルの首にがっちりと決まってしまっている。無理、降参とアルミタの腕をぺちぺち叩くものの、怒りと興奮と食べ物の恨みで真っ赤に染まった彼女の脳には届かない。

 

「うおおーいいぞアルミタやっちまえー!!」

ユーディアもユーディアで、両拳を握りしめ、キラキラした瞳で親友の勇姿に声援を送るのみ。つまり止める気配が全くない。

浮遊大陸群大ピンチである。このままでは最終決戦に出立する前に、たかだかマフィンが原因で主戦力三人の内の一人が。下手したら二人が、こんなくだらない大騒ぎで使い物にならなくなってしまう。

 

威厳なく床を転げ回り意識が途切れそうになる中、パニバルは改めて痛感した。

自身の言葉の足らなさを。ユーモアセンスの無さを。コミュ力の絶無さを。

そして反省した。わたしはこのままでは正真正銘の先輩失格なおバカさんに成り果ててしまうと。それはさすがに嫌だった。一瞬意識が断絶したが、胸の中のプライドがギリギリでそれを繋ぎ止める。

 

まだ間に合う。だから語ろう、自分が先輩として何をやろうとしていたか。二人の後輩に向けて、剣頼みなわたしでも可能な限り分かりやすく、懇切丁寧に説明を──────

 

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