マフィンとアプリコットジャムのおまじない   作:すかすかのタキ

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第6話

ううう。まさかパニバル先輩の奇行に、ティアット先輩に命を救われた時の言葉にあやかろうとした意図があったなんて。つまりわたしはそれと知らず、ティアット先輩の尊い行いまで汚してしまったって事になるんだよね?

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。わたしにはもう先輩方と肩を並べて2番島に赴く資格はありません。おバカな同期ですが、やる時は案外やる子なのでせめてユーディアの事だけでもよろしくお願いします。わたしは身の程を弁えて、せめて戦いに勝利した皆さんに最高のおもてなしができるよう料理の準備だけして待っています。

 

「だーかーらー、アルミタは気にする必要ないんだって!あれは誰が何処からどう見ても全面的にパニバル先輩だけが悪い!あの人の破滅的な説明力のなさとコミュの仕方が独特すぎるせい!謝るどころかもっとしっちゃかめっちゃかに悪口言ったって全然許されるんだからな!?」

めそめそと情けなく泣いてばかりなわたしの肩を抱いて、力強く励まし続けてくれている。やっぱりいざという時のユーディアは優しいな。大好き。

 

そしてわたしがパニバル先輩を捕まえようと、テーブルの上から思い切り飛びついた時の轟音で。

当然のように先輩、同期、後輩みんな一人残らず起き出して、発生源である食堂まで集まってきて。

決戦を前にした深夜にも関わらず、妖精倉庫の住人全てが集結したてんやわんやの大騒ぎになっていた。

 

 

 

「にゃははははははははパニコロあんたら!背がにょきにょき伸びて大人っぽく成長したと思ったら、中身はむしろ退化してるんじゃないっすか!?ああおかしい、にゃっははははははははははははははははは!」

「戦闘能力全振りなアホの先輩達とは思ってたけど、よもやこれ程とは考えてもいなかったわ。この調子じゃティアット先輩も実態は知れたもんじゃないわね。となれば、このわたしが急遽監督役として同行するしかないんじゃない?幸いここにはヴィレムさんがいるんだし、魔力と遺跡兵装の使い方の要点さえ指導してもらえれば突貫戦力でも最低限足を引っ張らない程度には──」

 

車椅子に乗ったアイセア先輩が膝を叩いてゲラゲラ笑い、彼女を押してきたエクラちゃんがとても真剣な顔でとんでもない検討をし始めている。

あと先の二人はその通りと思うけどティアット先輩だけは違うから。いつも真面目で一生懸命で(恋愛映画さえ絡まなければ)本当にまともな理想の先輩なんだから。これ以上わたしの夢を壊さないでほしい。

 

 

「くんくん!お口から甘いにおいがする!」「食べかすもいっぱいついてる!」

「ずるいずるい!コロンちゃん、ほんとにひとりでマフィンぜんぶたべちゃったの!?」「ぬあー!?ち、ちび達よ済まない、あたしが悪かった!ちゃんと帰りにお土産いっぱい買ってくるから勘弁してほしいのだー!!」

 

マフィンを一人で食べ尽くしたコロン先輩は、ご立腹な年少組にわちゃわちゃとまとわりつかれて組み敷かれ、情けなく許しを請いている。

対人格闘術最強という話はなんだったんだろうか。ナチュラルにちゃん付けで呼ばれてるし、威厳という物が欠片もない。

あとタンクトップからかなり大っきなおっぱいが零れかけてるんだけど、あれは放っておいていいの?ヴィレムさんもこの場に来ちゃってるんだけど。妖精倉庫は基本的に女の子しかいない環境だからその辺が麻痺しちゃってるのかもしれないけど、今は色々まずいんじゃないだろうか。

で、件の黒一点であるヴィレムさんと言えば、

 

 

「あーヤバい、夜中なのにすっごい食欲刺激された。お菓子食べたい」

「むしろ刺激されたのはあたしらがちっちゃい頃の記憶じゃない?」

「それね。ヴィレムが作ってくれたバターケーキ。プリン。アルちゃん印のジンジャークッキー。今ものすごくリアルに思い出してる。全部食べたい」

「ところでアルちゃんて誰?そんな子うちにいたっけ?」

「いない!でもそんなの関係ない、美味しいこそが正義!んあーアルちゃん印のジンジャークッキーを今すぐ食べたーい!」

 

タゼカが。カーナが。ウィレミアが。リンシャが。マシャが。メイノーラが。

同期達が一斉にお腹をぐぎゅるるるる〜と鳴らしたのに応えるようにして、ほんとに台所に立ってお菓子を作り始めていた。

 

「やれやれ、どいつもこいつも成長してるようで何にも変わっていやしねえ。しょうがねえちび共だよなぁお前らも」

そんな風にぼやきつつも、苦笑するその顔は何だかとっても嬉しそう。

 

「ん、手伝う。アルちゃん印のジンジャークッキーは、本人から秘伝を叩き込まれたから」

何処のどなたか知らないけど、アルちゃんさん実在するんだ。てゆうかネフレン先輩、一体どういう事情があって作り方を叩き込まれたんですか。すごく気になります。

 

そしてこの二人の、熟年夫婦ですかっていうくらい異様に息の合ったコンビネーションはどういう事なんだろう。

 

「ん」「おう」「ん」「ほれ」

こんな最小限のやり取りだけで完璧に通じ合っちゃってる。バターを。泡立て器を。ボウルを。卵を。シナモンを。必要に応じて調理器具や材料を、流れるように手渡し手渡され合っていく。

 

──ああ、今ふと記憶が蘇ってきた。

わたしが小さい頃は、ネフレン先輩が何かとヴィレムさんの傍にべたべた寄り添っていって。

ヴィレムさんは軽く振り払う素振りを見せつつも『犯罪でさえなけりゃ、子供の好きにさせてやる方針だ』とか言って、苦虫を噛み潰したような顔で受け入れてたっけ。

 

わたしの知らない十年間。どんな時間を過ごしたら、こんなデコボコなのがぴったり重なり合ってしまう、不思議な関係に落ち着いちゃうんだろう。

何だか笑えてきてしまう。おかしいなあ。面白いなあ。聞いてみたいなあ。

もうすぐ世界の命運を懸けた戦いが始まるっていうのに、こんなに呑気で楽しくていいのかなあ。

 

 

『──ああ、きっとそれでいい。あたし達の戦いは、そんなんでいいんだよ』

 

 

もしも口に出したなら。隣に寄り添っている親友は、朗らかに笑ってそう肯定してくれただろう。

 

わたしはみんなの役に立てるだろうか。

わたしは戦場に行ってもいいんだろうか。

何も持っていないわたしが、何者かになる事ができるんだろうか。

 

不安も怯えも、消えた訳ではないけれど。

もう大丈夫だと、今度こそ飾りない心で思う事ができていた。

 

 

「あなたねえ。アルミタを元気づける為だって言うから台所の使用許可を出したのに、どうしたら家族全員を叩き起こしちゃうような大騒ぎに発展しちゃうわけ?うふふ、無駄よ?その右腕を差し出したって、わたしはお構いなしに噛み砕いて食べちゃうんだから」

 

元凶であるパニバル先輩は、食堂の隅っこに圧迫されて、本気トロールモードのナイグラートからずーっと地獄のお説教を受け続けている。

小さく縮こまってしゅんと正座している姿が、何だかとっても可愛らしい。

あはは。いけないと思いつつも、手を添えて隠した口元からは、ちょっぴり意地悪な笑みが浮かんでしまう。

 

「ねえアルミタ。今だったらさ、パニバル先輩に向けて言ってやりたい事全部叫んでも許されるんじゃね?■■■■■■■■■■■■■■■■■って!」

ユーディアがわたしだけに聞こえるよう、耳元にこしょこしょと囁いてくる。

うわあ何その汚い言葉。軽く引いた。そんなのわたしのキャラじゃないと思うんだけど。

 

──うん。でもそうだよね、ユーディアの言う通り。今夜ばかりはそれくらいの勢いがあって調度いいのかも。

 

心の中で燻っていた文句を、みんなに笑ってもらえるように面白おかしくアレンジする。

立ち上がって思い切り胸を張る。

ユーディアがやっちまえーとガッツポーズを向けてくる。

わたしもぱちりと似合わないウインクを向けてあげた。

目をつぶって、すうーと大きく息を吸う。

両手をメガホンの形にして頬に添える。

そうして準備を整えたなら。

イメージの中、演技指導込みで完璧に書き上げた台本を、そっくりそのまま読み上げて─────

 

 

 

 

 

「パニバル先輩の■■■■■■■■■■!!■■■■!!■■■■■■■!!

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーー!!」

 

なんと。

自由でアグレッシブな子が多い妖精倉庫。その中では最も上品かつ大人しい部類に入るアルミタから。

この場の喧騒全てを、ナイグラート怒りのオーラすら突き破るようなとんでもない大声で。

それはそれは口汚い、汚水が逆流したかの如きとんでもない罵倒が、わたしに向けて大量に飛び出した。

 

予想外の展開に、あれだけ騒がしかった食堂が静寂に包まれる。

全員の動きが止まり、視線だけが彼女一点へと向けられていく。

虫の声が強調され、遠く森の方から野犬の遠吠えだけが響いていた。

そうして、ほんの十数秒。僅かなようで長い沈黙を

 

 

「─────ふふっ」

 

 

台所で調理中だった、ネフレン先輩から。

妖精倉庫の鉄面皮代表であるネフレン先輩から、沈黙を破る小さな笑いが漏れ出していた。

 

…一つきっかけがあれば、後はもうあっという間だ。

お菓子作りに集中していたヴィレムが。

お説教真っ最中だったナイグラートが。

ちびっ子達に組み敷かれて涙目だったコロンが。

何やら難しい顔で考え事をしていたエクルエクラが。

最初から膝を叩いて大笑いしていたアイセア先輩が。

食欲を滾らせていた後輩達が。

にんまりとして、何かをこらえるようにぷるぷる震えていたアルミタとユーディアが。

しゅんとなって正座していた、このわたしまでもが。

狭い食堂の中から。沈黙と静寂を起爆剤とした、今日一番の圧倒的大爆笑が、夜闇すら打ち払う勢いで、倉庫中に響き渡った。

 

 

──ああ。この家は本当に素晴らしい。

コロンからわたしへと。調子に乗ったちびっ子達に揉みくちゃにされてしまうのがとても嬉しい。

爆笑している後輩達が、地を照らす朝日のように眩しい。

女子としてちょっとあんまりな暴言に、ヴィレムを盾に怖い鬼から逃げ回る。そんなアルミタとユーディアの、何と微笑ましい事か。

笑いすぎてお腹が痛い。悲しくもないのに涙がぽろぽろと零れてくる。

こんなにも暖かくて楽しく場所は、この世の何処にもありはしない。

 

 

わたしがまだ幼い頃。ティアットと、ラキシュと、コロンと。

そしてヴァレシィという名の、同年代の四人の子供達と出逢った。

完成された幸福がそこにはあった。

やがてヴァレシィを失った。

ラキシュをも失った。

完成された楽園を埋める物などありはしない。

全てが零れ落ちてしまう前に、この命ですらない命を、せめて善き目的の為に使い切る。それこそが最善の道だと思っていた。

今は、どうだろう。

わたしのこの、小さな手には。

 

 

また、帰りたい家が。

人生の選択をくれた、敬愛してやまない両親が。

道を拓き続けた、恩を返したい先輩達が。

共に戦い抜いた、誇らしい同期達が。

守らなければならない、愛すべき後輩達が。

 

 

今、この手には。

両腕をいっぱいに使わなくては抱えきれない。どれ一つとして欠け落としたくない、たくさんの幸福が溢れている。

 

 

ならば、わたしはその為に。

この先がどんな道であろうとも、最後までその為に戦おう。

この家も時の流れには逆らえず、いずれ朽ち果てる日は必ず来る。

どれだけ強く焦がれようと。

人も物も妖精も、このわたし自身すらも。

永遠に続く存在など。永久不変な幸福など。この世界の果ての果てまで行こうとも、そんな都合のいい物は神の手ですら創造し得ない。

それでも、わたし達から君達へ。

君達から更なる新しい世代へと、少しだけでも受け継がれる物があるのなら。

一日でも長く、一つでも多く。

全てを賭して、最後までこの幸福を守り抜いてみせる。

 

 

今日を越えて、明日も一緒においしいご飯を食べようと。

マフィンとアプリコットジャムの、おまじないを胸にして。

 

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