「しかし、よかったのですか?死柄木弔。」
薄暗く風通しも良くないバー。ここは現在ヒーロー育成高校の最高峰である雄英高校を襲撃し、裏の世界で一躍有名となった敵連合の本拠地となっている。そんな場で『ワープ』の個性を持った黒霧は問う。
「何が?」
肘を付き飲み物を片手に答えるのは、敵連合のリーダーである死柄木弔。非常にリラックスした状態で言葉を返す。
「他は兎も角、荼毘が連れてきたあの女性を部隊に加えたことです。個性も良く分からない上、精神的にも不安定に見えます。もう少し彼女のことを知ってから使った方が良かったのでは?」
黒霧の脳裏には初めて会った時のことが映る。危害を加えようとしたのはこちらからだったとはいえ、バーごと死柄木弔を凍りつかせた。ワープで死柄木弔を守らなければ全身が凍りついていてもおかしくなかっただろう。
「そいつのことを知るには使ってみるのが一番だろ?RPGと同じさ。そいつの特性を知って、どのような場面で使うのが有効なのか。今回はチュートリアルみたいなもんさ。まぁ今俺がやってるのはSLGで、リアルは一度も死ぬことが許されない訳だが。」
死柄木弔はクックッと喉から笑いを溢す。
「捨てゴマ…ですか。」
「そんなことはないさ。方向が違うだけで、奴らの強さは本物だ。俺は皆の成功を祈ってるよ。」
口元を歪めながら、コップに入ったものを飲み干した。
***
「漸くこれで全員集まったか。」
「君のとこの女がいつまでも寝てるからだろ。遅れたのは。」
「そんなことよりこのマスクかぁいくないです~」
「……」
「疼く…疼くぞ…!早く行こうぜ!」
「仕事…仕事…」
「スー…スー…」
これから林間合宿を行っている雄英高校ヒーロー科を襲撃するには緊張感なく、一見バラバラになっているのが開闢行動隊。
ヒーロー殺しの事件を切欠に機運の高まった敵連合に合流したメンバーである。
「今回の目的は全員分かってるな?いいように使われて気にくわないメンバーもいるだろうが、取り敢えずリーダーのご意向には沿わねぇとな。達成次第即帰還する。役割をこなせ。」
「それはいいんだけどぉ、そこの寝てるお嬢さん?拠点に帰したほういいんじゃない?あっさりヒーローに捕まりそうだけどぉ。」
「問題ない。こいつを叩き起こしてから行く。全員先に行け。」
待ちきれないメンバーが2人を残して森へと消える。残ったのは荼毘と膝まで隠れる程ダボダボに余ったフード付きの黒いジャケット、所謂萌え袖にもなっており明らかにオーバーサイズの服を着た女性。その眼前に指先からの蒼い炎を向ける。
その瞬間ガバリと女性が起き上がった。その勢いで外れたフードから真っ白な髪が主張した。
「他の炎だといまいちなのに、俺のだとすぐ起きるな。」
「お兄ぃ……もう朝?」
「まだ夜だ寝坊助。よくもまぁ寝れるな今の今まで。」
「あれ、今日なんかあったっけ…」
「雄英の林間合宿の襲撃だ。場所変わったって情報きてただろ。」
「あぁ…そうだった…?」
「まぁいい。他の面子はもう動いてる。お前のやることはシンプル、程よく暴れればいい。」
少し間が空いて、「それはお兄ぃの助けになる?」と言葉が返ってくる。
当然と言わんばかりに頷きながら「あぁ。」と短く答えた。
立ち上がり、「そっか。」と言いながらフードを被り直す。髪も表情も見えなくなったが、恐らく目をはっきり開けていることだろう。
漸く入ったスイッチに少し呆れつつ、森へと降りた。
ぶっかぶかのジャケット?コート?をたなびかせながら移動。
お兄ぃの炎で目ぇ覚めたのはいいけど、なんだかボンヤリと頭にモヤがかかったような感じがする。
そもそもなんでここにいるんだっけ?
…あぁ、なんか子供を1人誘拐するんだっけ。それで学校の信頼が云々とあの手の人が言ってた気がする。
あの手の人の名前、なんだっけ。教えてもらったはずなのに、寝るとすぐ忘れる。よくない癖だ。
まぁ、いいか。お兄ぃに忠実でいれば。程よく暴れればいいという指示。それを全うすればいい。
ドオンッ!!!
っと。凄い地響き。今のなんだろ。わりと近くからだったっぽいし、行ってみようかな。
…おお。崖の至るところがデコボコになってて、岩壁には大穴が開いてる。そこに気を失った大男。この人もバーにいたっけ。
それと緑髪の少年と素敵な帽子を被った男の子。緑髪の少年の方は腕ボロボロで見るからに痛そうだし、この子がさっきの地響きの原因なのかな。取り敢えずやることやるにはあの2人が邪魔だし、ご退場頂こう。
…わぁいきなり話しかけたからこっちがびっくりするぐらい驚いてるし狼狽えてる。なんか悪いことしちゃったかなぁ。
あ~止めてよ…うんうん、大丈夫何もしないから。行っていいって。
あっ、やっぱちょっとだけ待って。…はい、どうぞ。もう行っていいよ。
はっや。あんだけボロボロなのにあんな動きできるんだ。足を残してたんだ。賢い。
けどこんな筋肉モリモリな人をノしちゃうんだ。
凄いなぁ、まだ高校1年生だよね。うちの焦凍と同い年なんだなぁ。
…?今誰のこと思い浮かべたんだろ?
…まぁ、いいか。
こっから見て東の方にはお兄ぃの炎、北の方には紫煙が見える。
動きに制限かけるためにここらの森氷結させればいいんだっけ。
細かいのは苦手だけどブッパは得意だし、思い切りやっちゃっていいよね。えい。
***
「さぁおぶさって!まず君を施設に預けなきゃ。」
「その怪我で、動けるのかよ…!?」
「そのために足を残してた!さっきの音で敵がこないとも限らないし早くーーー「ねぇねぇ。君があの人を吹き飛ばしたの?すっごい音してたよね。」
「ーーー?!」
僕は瞬時に洸太君をおぶりその場から飛び退いた。
背後にこられるまで全く気付かなかった事実に愕然とする。
丈に合ってないフード付きのコートを着て、シルエットも顔もほとんど分からないけど、合宿に来てる先生やヒーローではないし、ましてや僕ら生徒の内の一人でもない。
また敵か…!こんな時に…!
「いいよ行って。」
…え?
「何もしないから、行って。」
その女性は確かめるようにもう一度行っていいと言った。正直僕を妨害かもしくは仕留めるつもりだと思っていたので拍子抜けしたが、どちらにせよ応戦する余力は全くといっていいほど無いので素早く崖下へ降りようとした。
「あっ、ごめんやっぱちょっと待って。」
そう言って女性は僕へ両手を伸ばしてきたので、洸太君を守るためにも一度どんな個性か図ろうと、対応できるように身構えた。
しかし。
「……?」
予想に反して何も起こらない。目にみえるような個性じゃないのか?
「ん、はいいいよ。腕お大事にね。」
女性は両手を下ろしたかと思うと、軽く手をひらひらさせ、背中を向けてしまった。意味が判らず少し呆然としたが、洸太君の声で我にかえり素早く崖下へ降りた。
「…?!」
走っているうちに僕の体に変化が訪れた。
腕の痛みがだんだん引いてきたのだ。筋トレ後のように重くなってはいたが、明らかに痛みがなくなっている。
ハイになっているからかとも思ったけど、それだけでは説明できなそうだった。
(もしかして、リカバリーガールのような治癒系の個性だったのか?相手に触れもせずただ手を向けるだけで傷を治してしまうなら、強力すぎる個性だ…!けどもし治癒の個性だったなら、なんで僕に使った?敵じゃないのか?)
ズズンッ!!!
その時ほぼ真後ろから大地が揺れるような音が鳴った。思わず振りかえると、そこには森を覆う巨大な氷塊が出現していた。
(轟君の氷結に似た個性なのか!?炎と氷の個性が2人、まるで轟君がもう一人いるみたいだ…!!)
兎に角洸太君を届けて動かねばと、さらに足に力を込めた。