ここで一旦。帝都の構造やレオンナード殿下の陣営を確認しておきたい。
まず、帝都は帝城を中心に碁盤の目のように十時に区切られ。帝城を第〇地区とし、その周りから順に第一地区、第二地区と順々に分けられていた。
其々の地区には中心部から順に一番街、二番街と街道を介して街の区画が設けられている。
第一地区は山羊宮や蛇宮などの帝室に直接関わってくる建物が多く存在し、許可なく立ち入ることは不可能だ。
第二地区は帝国議会や宰相宮、及び政府運営に欠かせない機関の建物が多く健在しており、軍務省もここにある。
第三地区は帝立の建物が存在し、自分が通っていた士官学校や帝立中央図書館なんかもここにあった。
第四地区は公爵やその他上級貴族の邸宅が立ち並び、ここから外に向けて段々とそこに家を構える者の爵位は下がっていく傾向にある。
そして最も外側にあるのが第二〇地区であり、そこは庶民の邸宅や中にはバラック小屋も存在する帝都では最も治安の悪い場所だ。しかし、帝都ということもあり、他の治安の悪い場所と比べればまだマシな方だろう…
しかし、治安が悪いのを良い事にこの地で様々な取引が行われているのもまた事実だ。
現状、レオンナード殿下の元には俗に下級貴族と言われる階級の者が多く、上級貴族の者は数が少なかった。理由としては殿下の母上が平民出だからだろう。前世の日本ほど血縁に固執している帝国ではないが、やはり帝室が関わるとなると威厳を損なう可能性があると言う事でそう言った声が上がっているのだ。
現在、帝室は比較的平穏を保っているが、現皇帝が何らかの影響で死去した場合おそらく内戦が起こるだろう…
現皇帝はどちらを次期皇帝に指名するかは決めていないが、血筋や継承権を鑑みて第一皇子を指名する可能性が高い。その際、第一皇子を祀り建てる上級貴族らは己の権益を獲得する為に第二皇子のレオンナード殿下を謀殺する事だろう。
既に根が腐りかけている帝国をこれ以上腐敗すれば、待っているのは連邦に敗北する未来だ。そうなれば帝国領は連邦の植民地となり、ここに居る貴族や平民も関係なく奴隷のような搾取と酷使が待っているはずだ。
それは誰もが望んでいない結果。帝国が帝国であり続ける為には今の上級貴族には一度表舞台から退場してもらう必要がある。
西暦三〇四六年 帝国暦三三一年 一〇月一〇日
ゲシュタッド帝国 帝都ウォンデウシェン 第八地区五番街
その日、帝都の一角の街に多数の装甲車や歩兵戦闘車が停車し、複数の兵士が片手に降車してレーザー・カービンライフルを持っていた。
NBC防護を施され、完全武装された兵士はそのまま流れる様に近くの建物の扉を開ける。
『憲兵隊だ!』
『逃げろ!』
そんな叫び声と共に何かが割れる音や悲鳴が轟き、最終的に煙が建物の入り口から出ていた。その様子を眺めていた人々は呟く。
「あーあー、これで何件目だ?」
「ひでぇもんだ。俺たちにやぁ関係ねぇけど…」
そう呟き、ここ最近の見慣れた光景だと言い、装甲車を見てそのまま去って行った。煙の奥から目を赤くして後ろ手に手錠をされた複数の男らがそのままトラックに乗せられて憲兵隊本部まで連行されていた。
数時間後
ゲシュタッド帝国 帝都ウォンデウシェン 第二地区一番街 憲兵隊本部
そこでは大量のデータを処理する為に朝から永遠とキーボードを叩いている一人の青年がいた。
「おーい、テオバルト君」
「はい、何でしょうか?」
青年テオバルト・フォン・ヴェーグマンは一週間前にここ、帝国軍憲兵隊本部所属の第三大隊隊長に任命された。
レオンナードがテコ入れをしたようで、配属先は内地へと変わったのだ。そしてそこで書類仕事をしながら実働部隊として摘発の現場で指揮を取ったりしていた。
「今日はお手柄だったな」
「あ、いえ…本部長が円滑に部隊を派遣してくれたからです」
「いやはや、そう謙遜するな。あの情報で動かなければむしろ俺の首が飛んでしまう。良い働きだよ…本当に……」
そう言うと本部長のマキシマム・フォン・マークスマン大佐は自分の肩を持つとそのまま部屋を出て行った。時間を見るとあら不思議、もう終業時間だ。残った自分は仕事を片付けるそのままデスクから立ち、憲兵隊本部を出て自分用に与えられた公用車に乗り込む。
まだ自分は尉官なので送迎の人がいる訳では無い。しかし、さすが未来と言ったところだろうか。目的地を音声で言うだけで自動的にルートを設定してくれる。一応、ハンドルも付いているが、普段は滅多に使わない。と言うか、ハンドルを使ったのはあのドリフトの時だけだろう……
なんて事を考えながら自分が家に戻ろうとしている途中、自分は連絡を受けた。
『テオバルト様』
その相手は蛇宮で働く従者の一人だった。途端に目を細くすると伝えられた内容にやや驚きを隠せなかった。
「ーーーそれはつまり……」
『はい、殿下の御命令であります』
「そうですか……」
そう答えると思わず自分は天を仰ぐ。
ーー憲兵隊にも出来る事と出来ないことがある。
そう叫びたくなるような話だった。その内容は……
「侯爵家に麻薬摘発……?無茶にも程がある……」
レオンナードからこの後詳しく話すと言われているが……麻薬摘発なんて憲兵が最も嫌がる仕事だ。肩をガックリと落としながら行き先を自宅から蛇宮に変更するのだった…
「はっきりと申しましょう、殿下………余程の事でない限り、軍に所属していない貴族を無闇に摘発するのは不可能に近いです」
蛇宮の執務室で詳しい話を聞いた後、ハッキリと言った。そう、憲兵隊は軍内部での規律を但し、軍内部の出来事であれば摘発を行うことができる。
しかし、軍に関係ない案件は警察の管轄だ。今日の摘発だって首謀者が軍務中に犯した犯罪だったから憲兵隊を動かせただけ。ましてや今回は
第一、摘発自体その対象者にバレないようのするために徹底的な情報秘匿が必要となる。今日だって本部長直々に許可をもらい、認可された独断行動という事で大隊を動かしたのだ。ハッキリと応えたテオバルトにレオンナードとコリスはやや驚きの様子を見せていた。
「ほう、そこまで言うか?」
レオンナードがそう言うと自分は疲労の溜まった目で答える。
「閣下。憲兵隊が軍務に関係ない場所で騒動を起こせば貴族が『軍の権限を超えている』と言うに違いありません。むしろ、それを逆手に取り憲兵の行動を制限する動きを見せる可能性もあります。そうなればどうなるかはお分かりでしょう…」
「……」
軍内部の腐敗ほど恐ろしい事もないだろう。本来国を守るはずの軍隊が腐敗すれば自ずと軍は体裁を保てず自壊、下手をすれば軍閥が出来上がるかもしれない。軍閥が出来上がれば待っているのは帝国内の内ゲバ。常に此方の隙を窺っている連邦からすれば願ったり叶ったりだろう。
現在、銀河連邦と我が帝国は冷戦状態にある。この前、遠征で向かったカルーティア大公国とマリアーヌ共和国は実際に戦争をしている。しかし、事態は帝国と連邦の戦争と言っていいだろう。そもそもこの国…いや、帝国と連邦の間に存在する国家群は言ってしまえば両国の緩衝地帯に過ぎない。事実、この宙域では多くの連邦艦や帝国艦が常時睨み合っているのだ。いっその事堂々と戦争状態だと公表すればいいのに…と思ってしまったのはここだけの話だ。
少し話が逸れたが、要するに軍務に関係ない人間を軍に所属する者が摘発するのはまずいと言う事を伝えるとレオンナードは印刷された紙を見ながらポツリと呟く。
「しかしな……『フォルトゥーナの車輪』の製造の疑いがあの家にはある」
フォルトゥーナの車輪とは、ここ最近帝国で徐々に流行り始めている麻薬の名前だ。脳内に多幸感を増幅させ激しい幻覚を誘発し、大量に摂取すると死亡する為、各方面で摘発が行われている。軍内部でも使用する者が居た事から憲兵隊も警戒をしていた。
「ナーデリア侯爵はコーデルハイト公爵の分家だ。ここで摘発ができれば上級貴族間の疑心暗鬼を誘発することが出来るんだがなぁ……」
天を仰ぎながらそうぼやくレオンナードを見つつ、自分はコリスさんから資料だけ取り敢えず受け取るとレオンナードの執務室を出てそのまま車に乗り込んだ。
帰宅途中、貰った資料を読みながらテオバルトは少々違和感を感じた。
それはナーデリア侯爵家の家族の写真だった。ナーデリア侯爵家当主は公爵であるコーデルハイト家の現在の当主の甥っ子であり……
かつて軍に勤務していた人物だ。
「これは……」
家族写真にご丁寧に帝国軍の軍服姿で映るナーデリア侯爵家当主の顔を見ながらテオバルトは思わず口角が上がってしまった。
「……調べてみる価値はありそうだ」
そう呟くとテオバルトは再び車の行き先を変更していた。
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