一二月九日 早朝
その情報は帝都の蛇宮に衝撃を持って知らされた。
「何?マリーダ嬢が連れ去られた?本当なのか?」
「はっ、左様にあられます」
報告を聞き、思わずコリスの顔を見る。現在、書類を片付けていた所だが、そんなことを言っていられない事態が起こったのだと認識する。
「今から一時間ほど前のことです。帝立女学院の紅葉寮に不審者らしき人物が寮母を気絶させた後にマリーダ嬢と同室の者共々を連れ去ったと通報が……」
するとレオンナードは真っ先に聞いた。
「……この事は憲兵隊にも行ったのか?」
「いえ…おそらくはまだ……」
「そうか……」
するとレオンナードはコリスに言った。
「やられた…これは俺のミスだ……コリス、テオバルトに俺から直接連絡をさせてくれ。それから、ヴェーグマン家にはコリスから伝えてくれ……」
「畏まりました」
そう言うとコリスは部屋を出て行く。その後、レオンナードは部屋にある電話を手を掛けてテオバルトの番号を押して呼び出した。
二コールに行かないくらいで電話が繋がった。
『お呼びでしょうか、殿下?』
いつも通りの声で、今から伝える事実に思わず心がキュッと締まるような気持ちになるが、レオンナードは意を決して言う。
「すまない……
マリーダが誘拐された…….」
一瞬、部屋の空気が外にいるように凍えた気がした。
電話越しでも衝撃を受けた様子がありありと伝わってくる。しかし、隠し通せるわけでも無いのでレオンナードは正直に話した。
「護衛を送っているのにも関わらず誘拐を見過ごしたのは俺のミスだ。現在、警察が行方を追っている。だから『殿下』〜?」
するとテオバルトは電話越しでレオンナードに聞いた。
『殿下、その捜査に自分を加えて頂けますか?』
「え?あ、嗚呼…憲兵が警察に手出しは……」
憲兵はいわば軍の警察。よって行動範囲も軍内部に限られており、警察などにちょっかいを掛けると後々面倒な事になる。
それを知らないテオバルトでは無いと思っているとテオバルトは続けた。
『いえ、彼は私
「……分かった。何とかこちらで準備しよう」
誘拐されたのはテオバルトの妹だ。言ってしまった分、こちらは出来る事をするまで。やる事とすればテオバルトが捜査に参加できるように準備するだけだ。心情は穏やかじゃ無いのは確実。出来れば寄り添える事ができればいいのだが……
そんな事を思いながらレオンナードは手続きを始めるのだった。
数時間後、蛇宮に到着したテオバルトはそのまま宮殿の一室に入る。
「遅れました。殿下」
そう言い、部屋に入って来たテオバルトは異様に落ち着いた様子であり、逆に不気味とも言えた。
しかし、一周回って落ち着いたのだろうと思い、レオンナードは取り敢えず現時点で分かっている情報を伝えた。
「マリーダ嬢は同室のハルコ・ヘリングと共に五人組の男達に連れて行かれた」
「そうですか……」
データを受け取り、両手に電子グローブを付けたテオバルトは割り当てられた部屋にそのまま入ると篭ってしまった。
警察とてっきり合流するのかと思っていたが、どうやら違う様子にレオンナードもコリスも拍子抜けしてしまった。
しかし、下手に首を突っ込む気にもなれないので、二人はそのまま警察の捜査態勢を崩さないように指示を出していた。
ここは何処だろうか。
覚えているのは自分の暮らしている部屋に入って来た男達によって何処かに連れて行かれた所までだ。
今の自分は椅子に座り、後ろ手で縛られた状態だった。
「ーーーん、あ……」
「ハルコ?」
その時、後ろから見知った声と縄に掛かる圧を感じ、思わず呼びかける。
目隠しをされていなかった影響で夜目に慣れて来れば周りもよく見える様になった。
どうやら自分達は背中合わせで縛られているらしい。
目を覚ましたハルコに真っ先に出た言葉は謝罪だった。
「ごめん…こんな事に巻き込んじゃって……」
すると、ハルコは意思がはっきりしてくるとやや苦笑気味に答える。
「いやぁ、全然……こんなことで切れる縁でもないし。
まぁ、まさかウチらを狙うなんて思っても居なかったけど……」
そう答え、呆れた様に答えると月明かりが照らす部屋の中。唯一外と繋がっている扉が開いた。
「此方におります」
部屋に入って来たのは自分達を誘拐したあの男ともう一人。見知らぬ小太りの、兄とは違い臭そうな男が入って来ていた。
するとその男はウチらを見ると満足げな表情を浮かべて汚い笑い声を上げた。
「フハハハハハ!!……これで白髪の小僧の泣き顔が目に浮かぶわ!すでに手紙も送りつけてやったわい、これで身の程を弁えて反省するだろう!」
どうやら、自分達を誘拐したのは兄への復讐の様だ。来ている身なりからも余程の権力者と思われる。
厄介な相手だと思いながらマリーダは小太りの男を睨みつける。しかし、相手は余裕そうにこちらを見ていた。
「
なるほど、私も平民扱いですか……
余程、この男は見下すことしかできない哀れな人種なんだと思わざるを得ない。
爵位は恐らく侯爵以上の位だろう。それ位じゃないとこんな事をしでかす意味が無い。
椅子に縛られている自分達だが、幸いにも手は動いたので私はハルコの手を軽く握る。
「っ!!」
「大丈夫、兄様が絶対助けに来るから」
小さくそう言うと、ハルコも少し気持ちが落ち着いた様で大きく息を吸うと息を整えていた。学校でも兄の噂は良くも悪くも聞いていたので、ハルコも比較的早く落ち着けたのだろう。
しかし、マリーダ自身は少しだけ内心落ち着かなかった。
「(もう既に兄様が知っていたら…想像も付かないわね……)」
そう、今まで兄が怒った事を見た事がないのだ。叱られる事はあったものの、一般的には注意程度で済んでおり。雷が落ちる様な叱り方は無かったし、兄はそもそも怒らないのだ。どちらかと言うと諭して反省させるタイプの人間なので怒るようなことはなかったのだ。
だから、この誘拐で確実にテオバルトはブチギレているはずだから何をしでかすのか分からなかったのだ。それが、マリーだが最も恐れていることだった。
「(お兄様にかかればこんな馬鹿の所業など全部丸裸にされてしまうに決まっている。良くて終身刑、悪くて死刑まで持って行くかもしれないね)」
金に物を言わせて優秀な人物を雇っていればあれかもしれないが、兄の探索能力を舐めると痛い目を見るのを知っている。
はっきり言って兄の探査能力は異常だ。事件が認知した瞬間に動いているだろう。下手すれば、ここの場所もすでに発見されているかもしれない。
事件発生から何時間経ったかは分からないが、もしかすると……
その時だった。
倉庫上にある窓から何がか投げ入れられると倉庫内は煙で充満していた。
「っ!煙幕弾だ!!」
「敵襲!逃げるぞ!!」
「わ、ば、馬鹿者!この私を置いていこうとするな!!私を守れ!」
「んなもん依頼内容にはねえよ!俺だって死にたかねぇんでな!」
その瞬間、部屋に大勢の人間が突入してきた。帝国地上軍の軍服を身に纏い、その手にはレーザー・カービン・ライフルを構えていた。
兵士たちが突入する中。自分達を誘拐した男や貴族の男が声を上げた。
『くそっ!奴ら憲兵じゃなくて軍を投入してきやがった!!』
『周りを囲まれてる!逃げ場が……』
『脱出路はこっちだ!』
『ごはぁっ!!』
そして、煙幕が晴れると視界の端で捕えられた誘拐犯達と貴族の姿があった。
あっという間の出来事に目を白黒させていると自分達は縄を切られ、晴れて自由の身となった。
兵士たちに擁護されながら倉庫を出るとそこではテオバルトがマリーダ達を待っていた。
「お兄様!!」
思わずテオバルトに駆け寄り、テオバルトもマリーダに優しく腕を回して言った。
「よく頑張ったな」
そう言うと、マリーダも嬉しそうにしながら答える。
「必ず、来て下さると信じていました」
そう言うとマリーダは力をよりこめでテオバルトを抱きしめる。
その様子を見ながらハルコも思わずほっこりとしてしまっていると、テオバルトがハルコを見てマリーダに何か話すとこちらに近寄ってきた。
「君がマリーダの友人のハルコさんですか?」
「ふぇっ!?」
いきなり有名人に声をかけられて少し驚くハルコだったが、首を縦に振るとテオバルトはまず頭を下げた。
「危険な事件に無関係にあなたを巻き込んでしまって申し訳ない」
「え?あ、いや……」
「この罪は必ず払わせる。だから、私の妹を今後も宜しく頼んで欲しい」
あぁ、本当に妹想いの人なんだ。
ハルコはテオバルトの言動を聞いてそう感じた。出なければ真っ先に平民出である自分に頭を下げない。
素晴らしい人格者なのだと思いながらハルコは噂の人物を見ていた。
すると、後ろの装甲車にあの例の貴族が連行されていた。何やら喚いている様子だったが、テオバルトは腕を一旦緩めるとそんな叫ぶ男の方に向かった。
「マキシマム・フォン・コーデルハイト公爵。いや、マキシマム・コーデルハイト」
「っ!白髪の小僧!!何の権限で私の名を呼ぶか!!」
しわくちゃな表情でテオバルトを見るコーデルハイトに対し、テオバルトは非常に冷め切った表情で一言だけ呟いた。
「愛人のサーデナイト」
その名前を聞き、コーデルハイトは顔を青ざめる。
「っ!貴様っ!!」
「まぁ、詳しくは殿下より詳しくお聞き下さい」
そう言うと、装甲車の中からレオンナードが出て来て非常に冷め切った目でコーデルハイムを見ていた。
「っ!殿下……!!」
「貴様にそう言われる筋合いはない」
尖ったナイフのような目でレオンナードは続ける。
「御父上がお呼びだ。貴様は此の儘帝城に連行することになっている。楽しみにしているが良い」
そう言うと、コーデルハイトは力なく地面にへたり込み。そのまま両腕に抱えられた兵士によってそのまま装甲車に乗せされ、去って行った。
その様子を眺めながらテオバルトはレオンナードに伝えた。
「殿下、処刑するのであればコーデルハイム公のみで構いません」
そう言うとレオンナードはやや驚いた様子を浮かべて聞き返した。
「いいのか?てっきりお家潰しでもする気かと思っていたが……」
すると、テオバルトはやや呆れた様子で答えた。
「殿下、私はそこまで冷徹な者でもございません。それに、この半年で公爵家が二つもなくなれば小さくない混乱を招きます。連邦に付け入る隙を与えず、恩を売っておくという意味合いでもこれで良いのです。
無用な恨みは伝染して行きますから……」
「テオがそう言うのなら俺に文句は無いさ」
テオバルトの言い分に納得しながらレオンナードはそう言った。
数ヶ月前の第三七次遠征派遣艦隊指揮官を務め。帝国艦隊に損害を与え、連邦に亡命したブランデン公爵はお家潰しを喰らった。
その為、公爵の所有していた領地や人員などは全て帝室の物となり。ブランデン公爵に親戚を持つ家も同様に重さは違うものの刑罰を喰らう事になった。
その時の影響を知っているからこそ、テオバルトは混乱を広めるつもりは一切なかった。
テオバルトはとりあえずマリーダが無事だった事に安堵している横でレオンナードは先ほどまでの出来事に内心冷や汗を掻いていた。
「(テオバルトを本気で怒らせたら文字通り丸裸にされるな。それこそ、親父を激怒させる位には……)」
レオンナードはあの後、とんでも無い爆弾を抱えて出てきたテオバルトを思い出していた。
あの後、部屋に篭ったテオバルトは電子グローブを嵌めてカメラを使った情報収集を始めていた彼は携帯にある画像添付メールを受け取った。
「……」
その添付された映像には椅子に縛られてぐったりとしていたマリーダと学友であると聞いていたハルコの写真が写っていた。
その画像とともに『解放して欲しければ行動を起こすな』と、脅し文句が書かれていた。
通常であれば混乱するところであるが、テオバルトは異常なまでに落ち着いた様子でその画像を解析し、監禁場所を一瞬で明らかにした後。
徹底的にコーデルハイトに関する情報を集めていた。
そしてその中で、とっておきの爆弾を見つけたのだった。
マキシマム・フォン・コーデルハイトは第一〇区に住まうサーデナイトと言う女性と不倫をしていたのだ。
コーデルハイム夫人との関係はあまり良好では無いのは周知の事実であったが、まさか不倫をしているとは思わなかった。
なにせコーデルハイト夫人とコーデルハイト公の見合いをさせたのは現皇帝である。
この不倫は現皇帝を侮辱しているとも取れる行動だったのだ。
この爆弾を抱えながらレオンナードに丸ごと渡した。
そして、レオンナードはこの核爆弾並みの特大爆弾をビクビクしながら現皇帝に渡すと、すぐさま事実確認が行われ。それが事実であると発覚し……ブチギレた。
『コーデルハイトの面汚しを此処に連れてこい!!』
皇帝の間で珍しく皇帝の怒号が響いた。
衛兵も驚いたと言う皇帝の怒号で事はとんとん拍子に進んで行った。
屋敷にコーデルハイトが居ないと分かると帝室権限でレオンナードを責任者に指名し地上軍部隊を指揮させ、帝都郊外にある最後の確認場所である港湾施設の倉庫に突入させた次第であった。
「(しかし、マリーダ嬢が狙われたとなると帝立女学院では心許ないな……)」
レオンナードは今回の事件を踏まえて学院の安全性に疑問を呈するのだった。
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