時々、自分は前世の夢を見る時がある。
それは自分がまだ子供の頃の話だ。その日はテレビを見ているとある特番が行われていた。
題材は『2022年に発生したウクライナ侵攻、およびそれに関連する戦い』であった。
映像に映し出されたのは自分と同い年くらいの子供が泣きながら母親を探す為に瓦礫の山を背景に歩く映像だった。
それを見て自分はその時の日本の置かれた国際情勢を曲がりなりにも学んでいたので、いずれは自分もこの子供の様に瓦礫の山と化した町を歩くのかも知れないと思っていた。
その時の日本は海を渡った韓国との関係が過去最悪と呼ばれるまで悪化していた。
韓国との貿易は制限され、半導体不足になると世間は騒ぎ。携帯電話やパソコンなどの電子機器は積極的に回収される様になった。
さらに噂では韓国が北朝鮮と手を組んで日本に侵攻すると言う根も葉もない噂が飛び交い、町中には自衛官募集のポスターが所狭しと貼られる様になった。
日本政府はあくまでも韓国有事は起こらないと発言しているが、それを信じる国民は少なかった。
現に韓国軍は対馬、および竹島沖で盛んに軍事演習を行い、日本への挑発行動を激化させていた。
日本はこれに対し、海上自衛隊、航空自衛隊を用いて過去に類を見ないほど韓国へ威嚇を行った。
竹島上空を爆装したF35Bが複数回飛行し、最新鋭のFー3戦闘機が韓国の排他的経済水域を飛行。竹島近海を海上自衛隊の護衛艦が接近し、主砲を竹島に向けた事もあった。
又、対馬に配備されている対馬防備隊へ増援を行い、有事への対応をしていた。
そして、自分が十歳の時。その悲劇は起こった。
日本という国を根底から揺るがした大事件が……
チチチチッ!
鳥の囀りが聞こえ、テオバルトは朝日に照らされて目を覚ます。
目を開け、寝室から出て一階に向かう。するとそこでは肩まで延びた長髪の目立つマリーダが台所で立っていた。
「あら、おはよう御座います。お兄様」
寝室から出て来たテオバルトに対し、マリーダは太陽の如く微笑む。
嗚呼そうだ。あの誘拐の事件以降、特別にマリーダは紅葉寮から心のケアという事で別邸で暮らしているんだった。
如何やらマリーダは自分の為に朝食の準備をしてくれている様だ。
寝巻きから士官服に着替えると、居間のテーブルに座る。
今日は殿下に呼ばれ、とある場所に向かう事になっている。それまでは朝食を楽しむとしよう。
「どうぞ」
そして台所から出されたのは野菜スープと焼いたベーコンに目玉焼きという漫画でによく出てくる内容であった。
「今日の御予定は?」
「殿下からのお呼び出しだ。なんでも合わせたい人物がいるそうだ」
「なるほど……」
マリーダが興味深そうに話を聞きながら自分と同じ内容の食事を出して食事を摂る。
マリーダが居ない時は基本的に冷凍食品で終わらせていた自分だが、技術がどれだけ進歩しようとも工場の大量生産品よりも作ってもらった一品物の料理、それも家族に作ってもらった物が一番美味い。
こればかりは冷凍食品でも勝てない壁であると感じながらマリーダと会話をする。
「デリエンベルクに帰らなくて良かったのか?」
「ええ、此処から定期便を経由しても一週間掛かってしまいますもの。頂いた休みは大事にしなければ行けませぬので」
「そうか……」
そんな、兄妹の話をしているとインターホンが鳴った。
「「?」」
特に荷物を頼んだ覚えもない為、少し警戒しながら映像を見るとそこにはコリスが映っていた。
『テオバルト様、お迎えに上がりました』
予想外の来客に驚きつつも、相手がコリスという事でテオバルトは朝食も摂り終えていたのでそのまま玄関の扉を開ける。
「行ってらっしゃいませ。お兄様」
「ああ、行ってくる」
そう言うと、テオバルトとマリーダは短く抱き合うとテオバルトはそのまま門に向かって歩く。
別邸という事で一応門まで小さな庭があるのだが、テオバルト一人で手入れできるほどの大きさであった。
そして門に行くと、そこでは一台の車とコリスがテオバルトが出てくるのを待っていた。
「此方にどうぞ」
そう言い、コリスが扉を開けてテオバルトを乗せた。車には既に搭乗している者がいた。
「よう」
「殿下……」
テオバルトはレオンナードの横に座る形で乗り込んでいた。
そしてコリスが車を走らせると、早速レオンナードが口を開いた。
「美しい妹じゃないか」
「お褒めに預かり光栄です」
「いっそ俺の嫁にしたいくらいだ……」
そう呟いたレオンナードに思わずテオバルトは目元が少しだけ動いてしまった。
するとレオンナードは愉快げにテオバルトを見て言った。
「何、冗談だよ……俺はまだ嫁を作ろうとは思わんからな」
そう言い、レオンナードは流れていく貴族街を眺めていた。
車が走り、帝都のどんどん中心地区に移動する。
その道中でテオバルトはレオンナードに問いた。
「殿下、今日は何処に向かわれるのでしょうか?」
そう問うと、レオンナードは答える。
「ああ、今日は獅子宮に向かう」
獅子宮
それは皇后や妃が住まう後宮である。
普段は皇帝と、皇帝の関係者、皇帝に許可された者しか入れない女の園と言われており。テオバルトの様な者は滅多に入る事はできない。
しかし、レオンナードはやや不思議そうな表情を浮かべながら言う。
「俺の母上がテオバルトに直接会いたいと強く要望してな。……せっかくの休暇中にすまんな」
「いえいえ、第二皇后様に認知されているだけでも。光栄であります」
そう言い、テオバルトは内心冷や汗を掻きながらもこれからの予定を聞いて何されるのかと思いながら車の椅子に深く座り込んでいた。
帝都第一地区に存在する獅子宮。それは自分がもう一つの仕事場として働く蛇宮とは違い、また別格の威厳と広さを放っていた。
入り口の紋章には獅子の頭が施された金細工が嵌められ、豪華絢爛を体現していた。
両脇を囲む噴水。
大理石を敷き詰めた庭園。
丁寧に剪定された庭木。
両脇を水が流れる中。二車線の道路を一台の車が走る。中に乗っているのはレオンナードとテオバルトだった。
二人を乗せた車は獅子宮の中にある一つの屋敷の前のロータリーで停車する。
自動ドアが開き、テオバルトが先に降りて念の為安全を確認する。
「そう心配するな。ここに狙撃手は居ない」
そう言いながらテオバルトが降りた直後にレオンナードが降りると、そのまま目の前の屋敷の階段を登り始めた。
すると階段の上から初めて聞く女性の声が聞こえた。
「よく来てくれたわね。レオン」
「お久しぶりです。母上」
そう言い、レオンナードに挨拶したのは黒曜石の様な滑らかな黒い髪を持ち、レオンナードと同じ青い瞳を持った女性だった。
帝国第一妃 タカコ・メルトリア・ゲシュタッド。
レオンナードと言う二一歳の息子がいるとは思えぬ程の若々しさを持ち合わせ、帝国では色々話で有名であった。
その昔、帝国のとある場所に旅に向かった現皇帝が旅先の旅館で働いていたタカコ妃に一目惚れし、その場で求婚をした話は有名である。
又、現在三人いる皇后の中で唯一貴族出身ではない妃であった。
魑魅魍魎の貴族社会で揉み潰されずに生き残っていると言う観点から相当な筋を持っているであろうし、この人からレオンナードと言う人格ができたと言うのも納得だ。
タカコ妃はレオンナードに挨拶をすると今度は自分の方を見て和かに微笑むと、手招きをしながら挨拶をした。
「貴方がテオバルト君ね。初めまして、息子がざんざん世話になっているわね」
「お初にお目にかかります。タカコ皇后様」
そう言い、階段を登り切った後に挨拶をするとタカコはレオンナードを見ながら言う。
「こんなに礼儀正しいなんて……さぞレオンに振り回されているのでしょうね」
「母上、それは少々意地悪なのでは?」
「そうかしら?レオンが無理難題を吹っかけていると、コリスから聞いているけど?」
「コリスめ……」
レオンナードとタカコ妃はとてもフランクに話しており、テオバルトはそんな二人を微笑ましく見ていた。
するとタカコ妃はテオバルトを見ると案内をした。
「ささ、立ち話も私が辛いから続きは中でしましょう」
あぁ、こう言うところもレオンナードそっくりだ……
第一皇妃が住まう。俗に言う赤水晶宮の一室でテオバルト、レオンナード、タカコの三人は茶会を楽しんでいた。
「今日は来てくれて有難いわ。レオンナードの友人にも会ってみたかったものですから」
「それは良かったです。私も、レオンナード殿下のお母様にお会いできて光栄です」
「そんなに畏まらなくてもいいわよ。私も元は平民出だし」
タカコ妃はそう言うが、テオバルトは内心『そんなこと出来るか!!』と叫んでいた。
「母上、テオをあまり揶揄わない方がよろしいです」
「あらそう?」
レオンナードがそう言うとタカコ妃はレオンナードに事付けをする。
「レオン、奥の部屋からワインを持ってきて頂戴。いつのも銘柄でね」
「分かりました。では……」
「私が持って参ります」
そう言い、テオバルトが立とうとしたが……
「お前はここの構造を知らんだろう?迷子になられても困るから俺が取ってくる」
「……申し訳ございません」
「良いんだよ。いきなり連れてきた俺が悪いしな」
そう言うとレオンナードは席を立って部屋を出て行った。
そして部屋にタカコとテオバルトのみが残ると、タカコがテオバルトに話しかけた。
「テオバルト君に話は息子からよく聞いていたわ。私たちがデリエンベルクに居た頃からね……」
「……皇妃様もデリエンベルクに居られたのですか?」
「ええ、元々皇帝陛下の命令で帝都から離れる様言われてね。大貴族の目が届かない遠い地で、熱りが落ち着くまで静かに暮らしていたのよ」
その熱りと言うのが若干気になるが、テオバルトは気にせずに話を聞く。
「それで、偽名を使ってデリエンベルクにあったコテージを一年間借りて暮らしていた。そして、レオンが貴方と出会った……」
「よく存じております」
そう答え、テオバルトは家の庭で雑草抜きをしていた所を興味深そうに声をかけられた時のことを思い返す。
するとタカコはそんなテオバルトに対して、やや冷たい視線で問いかける様に話す。
「それで、貴方と知り合った後。レオンはいつになく嬉しそうにしていたわ。
それである日からレオンは家で
「……」
心当たりしかない話に、テオバルトは冷や汗がダラダラになってしまう。
「私にすら隠すもんだから気になってね。表紙を見た時は驚いたわ。
まさか、禁書指定された本を読んでいたんだもの」
テオバルトはタカコの話を聞き『あぁ、終わった……』と直感的に感じた。
恐らくこの続きは何処からあの本を持ってきたのか。それで図書館での発言から禁書であることを知っていて何故隠していたのか。
恐らくそれを問われるのだろうと思った。聞かれれれば正直に話そう。そうしたら少しは減刑されるかも知れないし……
そんな事を巡らせていると、タカコはそんな内心穏やかではないテオバルトを見て愉快げに小さく笑う。
「フフフ。からかいがいがあって良いわね。テオバルト君は……気に入ったわ」
「え……?」
するとタカコは紅茶を飲みながらテオバルトに言った。
「安心しなさい、禁書如きで捕まるわけないわよ。第一、そんな事したらうちの子まで捕まるわよ」
そう言い、タカコはそれはもうとても愉快そうに、満足げな笑みを浮かべて言った。
その表情に思わずポカンとなってしまうテオバルトであった。
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