西暦三〇四六年 帝国暦三三一年 一二月二七日
帝都郊外 北ゲシュタッド宇宙港
年の瀬も近づいて来たこの日。前世であればただ日にちが過ぎていくだけの数日であったが、今世では色々と大変な物であった。例えば……
「テオバルト!マリーダ!」
「お父様!!」
宇宙港に降り立った両親の姿を見てテオバルト達は駆け寄る。周りには多くの人が行き交い、窓の外では民間の旅客宇宙船が離陸していた。
特にこの時期は多くの貴族が帝都に集結する。理由は簡単で、年明けの祝賀会に参加するためである。
この会は皇帝と共に新年を祝うパーティーであるが、同時に爵位と交流を深めるいい機会であった。お陰でパーティーは一種の駆け引きの会場であった。だから、いつも両親はあまり乗り気ではなかったのだが、今年は重い腰を上げてやって来てくれた。
「今年は、お前のお陰で色々と顔が広いよ」
「ありがとうね」
「いえ、そんな事は……」
「やれやれ、お兄様のいつもの悪い癖ですわ」
そう言うと、家族全員で少し笑いながらテオバルトが二人の荷物を持つと扇動して案内する。
「車はこっちに止めてあります。家までお送りします」
そう言い、車に荷物を乗せるとそのまま全員が乗り込んでテオバルトが運転席に座って行き先を設定する。
少し前にレオンナードから次の遠征派遣艦隊の話を聞き、自分は参謀として参加する事が決まっている。
この前、上から命令が出され、昇進命令が手元に渡ってきた。
今、自分は少佐の階級章を手首と首元に付けている所謂佐官だ。まだまだ元帥まで将官やら残っているが、敬礼されることの増えていく階級だ。遠征派遣艦隊の準備が整うまでに大佐まで昇進すると言われた。そして、年明けで色々と忙しい間に二階級特進でしれっと大佐に昇進させるそうで……
相変わらずやり方が狡いと思いつつも、事情が事情なだけに必要経費なのかと思いながらテオバルトは今日から一週間ほどは家族と過ごす。
詳しい事はまだ決まっていないが、四月中には出撃をする予定との事で旗艦は最新鋭艦だと言う。駆逐艦の航海長がいきなり艦隊旗艦の艦長に昇進するのかよと言う少なくとも前世じゃあ考えられない昇進具合だ。
年明けにレオンナードの招待でその新鋭艦を視察する為に閣下と共に第一帝国工廠に行く予定であった。工廠は帝都郊外に有り、帝立科学技術研究所の真横にあった。レオンナード曰く、『堅実な設計で扱いやすい』との事だそうだ。
軍人……と言うか、大貴族などの金持っている貴族は独自に一つの軍隊を結成している場合がある。それは主に義勇兵やら私設艦隊と呼ばれ、帝国の法律でそれらは自分の領地でのみ。それも民衆が反乱を起こした時のみ動かす事ができる。極めて制限されたもので有り、持てる兵力もガッチリと決められていた。
これは大貴族が兵を率いて反乱を起こしても鎮圧できるようにする為であった。まぁ、流石にこの法律が破っているのがバレたら問答無用で処刑されるので流石に違反している貴族はいなかったが……それでも抜け道があるのだ。
例えば、大貴族の子を部隊長に任命すればその部隊は軍の命令以外にも実家の命令で兵隊を動かせるわけで……
やれやれ、何事にも狡賢い連中がいるものだと思いながらテオバルトは普段住んでいる帝都の別邸に到着する。
給与も上がってきた事から新しい家を買っても良いかな思い一度家の買い替えを提案した事があったが、それは両親が揃って断っていた。なんとなく理由は察し、それ以上何も言う事はなかったが何処となくそんな両親の大切な家にすわませてもらっている事に少し申し訳なさが生まれた事から、今度個人で別の家を買おうと密かに決意するのであった。
家に到着し、実家よりはやや狭いがそれでも十分生活ができるこの場所で、今日はテオバルトとマリーダで台所に立っていた。
「さて、大仕事だな……」
そう言い、テオバルトは冷蔵庫から食材を取り出すとマリーダは既に包丁片手に既に野菜を切り刻んでいた。
まるで日頃の恨みが篭ったかのような勢いで包丁を使って叩き切っているものだから、うっかり手を切らないか少し心配でもあった。
帝立女学院はこの前のマリーダ達の誘拐で学長達が顔面真っ青になりながら警備の強化を約束していた。もしこれで、マリーダが俺の妹でなければ恐らく何も動かなかっただろうなと内心吐き捨てながらテオバルトはミンチを軽く小麦粉と混ぜると手で混ぜたミンチを円形に形作って両手の間で投げ合っていた。
今日作るのは父が好きなハンブルグステーキだ。自分はミンチを形作るところまでで、焼くのはマリーダの仕事だ。なんでも自分の焼き方は雑だそうで、下手に料理に手を出すなと言われてしまった。
何気に心にくるなと思いながらテオバルトはミンチで形を作っていると、思わず横からマリーダが唖然となった様子で指摘をする。
「あのぉ〜……お兄様?」
「ん?」
「すごい速度ですね……」
「え?あっ……」
そこには何個ものミンチを固めたものが置かれており、とてもじゃ無いが家族分の数ではなかった。するとマリーダは何が起こったのかを教えてくれた。
「お兄様、先程からずっと凄まじい速度で捏ねられてましたが、何かありましたか?」
「えっ、いや…特に無いが……」
そう言い、作りすぎたハンブルグステーキの元をどうすべきかと思っていると、マリーダがテオバルトに言う。
「そこに置いておいて下さい。冷凍庫に入れておけば暫く持ちますから」
「あ、あぁ…すまない……」
そう言い、焼き上がったハンブルグステーキをマリーダが皿に盛り付け、ソースを掛けていた。他には帝都で買ってきた野菜を軽く切って乗せた簡単なものだが、父はこれが好きだった。そして作った料理をそのまま台所から運ぶ。
ウチは基本的に本邸にしかメイドが居ない。理由は簡単でそんな大貴族みたいに豪勢な家じゃ無いし、本邸のメイドも雇用を増やす為だからだ。家の事を完全に本邸では任せっきりではあるが、帝都にある別邸はそんなに大きく無いので一人で管理ができるのだ。床や壁、窓とかは自動で掃除ロボが清掃をしてくれるし、なんならエアコンも要らないくらい此処は快適な空間だ。
この首都星は地軸が綺麗にまっすぐになっている影響で昼と夜が綺麗に一二時間ずつとなっていた。おかげで年がら年中春の陽気ポカポカで日向ぼっこには最高の環境だ。
故郷のデリエンベルクは四季が有るので家に空調機器があるが、帝都の別邸にはそんな機能は無かった。
「さぁ、父上の好きなハンブルグステーキです」
そう言い、卓上に皿を置くと父は嬉しそうにしながらナイフを手に取る。
「おぉ、旨そうだ……」
そう言い、声色も良いエルンストはハンブルグステーキを真っ先に口に入れる。本当はアルミホイルを巻いて煮込んで焼くようにするのが良いのだが、何せ父がいきなり注文をしたものだから慌てて材料を買いに行っていた。自分達としてはやや不満足な出来だが、それでも父は美味そうにしていた。
そして父が次に野菜を口にした際に少しだけ表情が曇った様子で呟く。
「やはり、帝都の野菜よりも家の野菜の方が旨いな……」
「そうね、テオの作ったあの畑の野菜の方が美味しくて良いわね」
そう言い、母も買ってきた野菜に不満をこぼすとマリーダが言った。
「そりゃそうでしょう。お兄様の作った畑の方が何倍も美味しいはずです」
「そうか?」
「えぇ、当たり前です。ここら辺で売っている工場産の野菜よりもきちんとした土壌で育つ物の方が美味しいに決まっています」
そこまで断言するなんて、余程のことかなと思いつつ先程適当に買ってきたトマトを口にした途端。思わず口が止まってしまった。
「(なんだこの野菜?!皮が分厚い上に中身の身の部分がスカスカ…おまけに少し水臭いと来た……!!)」
予想外の不味さに驚愕していると、マリーダがホレ見ろと言わんばかりに言う。
「一番野菜を見てきたお兄様が一番わかっている筈です。想定外の不味さでしょう?」
「あ、あぁ…そうだな……」
可笑しい、あの店のトマトって此処までまずかったか?これなら冷凍食品の方が何倍もマシだぞ??
多くの疑問符が頭に浮かぶ中、マリーダは今度はレタスにフォークを刺しながら呟く。
「此処最近、帝都で本来は食品加工に回される農園工場産の野菜が出回っているんですよ」
「何故だ?」
すると、マリーダはその訳を話した。
「上の貴族が今度の祝賀会で出す料理に不味いものなんか出せないから新鮮な野菜をかき集めているんですよ」
「あぁ、そう言う事か……」
まぁ、新年明けの祝賀会は帝都の殆どの貴族が一斉に集まる。帝国領にいる大勢の数えきれない人数の貴族が同じ会場で食事をするには当然彼等の腹を満たす為に必要な食事も作らな行けない訳で……
「その皺寄せがこれか……」
「全く、もう少し祝賀会も縮小しても良いと思うのですがね……」
常日頃から盗聴を警戒しているが、マリーダはそこまで結構打っ込むなと思いながらふと有る事が思いつく。
「そう言えばマリーダ。年明けには学校に行くか?」
「はい、年明け十日から学校に戻ります」
「そうか……」
マリーダの予定を聞き、テオバルトは有るお願いをする。
「マリーダ、自分がいない時でいい。時々家に来て庭の様子を見てくれないか?」
「…はい、わかりました」
テオバルトが何をしようとしているのか一瞬で理解したマリーダは頷く。そんな二人を見てテオバルトの好意に少しだけ、微笑ましくしていた。
そんな、ちょっとした問題があったもののハンブルグステーキ自体は美味しかったので昼食は楽しく終わり、マリーダが片付けをする中。テオバルトはリビングに呼ばれていた。
「テオバルト、今度の祝賀会だが……お前は出るのか?」
「あぁ、いえ……」
あまり人目の前に出たいとは思わない。と言うか、大貴族に欲まみれの勧誘を受けたく無いのだ。大貴族と接する機会は極力減らしたい。憲兵に所属している身故に色々と危ないし……
すると、父はそんな自分を見て慣れた様子で優しく言う。
「まぁ、良いさ。お前は人付き合いが下手だからな。後のことは任せておけ」
「有難うございます」
「何、親というのは死ぬまで子供の面倒を見ているものさ」
そう言うと父は俺の肩を軽く叩いてくれた。
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