西暦三〇三五年 帝国歴三二〇年 三月
前世では確定申告やら何やらで地獄の日々を過ごしてきたこの月、テオバルトは悠々自適な生活を送っていた。自室で本を読んでいると空いていた窓から声が聞こえた。
「テオ、いる?」
元気に溢れた声だ、そう思いつつ自分は窓から顔を出して返事をする。
「ここだ」
そう言うと外にはレオが塀の外から自分を呼んでいた。使用人達もいつもの光景だと対して一礼をすると、庭で剪定をする。
友人に呼ばれた自分は自室を出るとそのまま門の前に出てそこで金髪碧眼の少年と会う。
「今日は何をするんだ?」
そう問いかけるとレオは聞き返すように言う。
「どこか良い場所連れてってくれよ」
「良い場所か・・・」
一通りいい場所には連れて行ったつもりだが・・・
一〇歳の自分に出来ることといえばできる事は限られてくる。あまり危険な事はしたくないと考えていた。とりあえず思い当たる全ての場所には連れて行ったし、すると残るは・・・
「図書館・・・かな・・・」
「?」
自分の呟きにレオが反応する。図書館と言えば静かで沢山の本が置いてある場所だ。するとレオが驚いた表情を見せる。
「ここって図書館があるの?」
「え?うん・・・街の方にね」
「へぇ〜、図書館か・・・こんな場所にあるんだ」
レオが興味深そうに呟く。街にある図書館は自分の曽祖父、二代前のヴェーグマン当主が街の教会跡を使って建てたものだ。臣民に教養を持たせる意図があって建てたそうだが、よくもまあ財政難の時に本を買い集めたものだと思っていた。
だが、後々そのヴェーグマン当主の先見性に舌を巻くことになるとはまだ知らなかった。
「(しかし図書館にレオが気にいるかどうか・・・)」
少なくともレオはどっちかと言うと体育会系だ。少なくとも自分のようなインキャぼっちか本好きしか行かないような場所だ。
「(レオが本好きなのかどうか・・・)」
まぁ、おそらくは嫌いだろうと予測しつつも自分はレオに言う。
「じゃあ、図書館にでも行ってみる?」
「うん、行ってみようかな」
レオはそう言い、あっさり答えた。あまりにもあっけない返答に思わず変な声が漏れてしまう。するとレオは自分の顔を見ながら言った。
「テオ、絶対僕が本嫌いだと思っていたでしょ」
「い、いや、ソ、ソンナコトナイヨ」
「いや、バレバレだから・・・」
そう言って半ば呆れたように言い、テオは一息吐くとレオを案内することにした。
「図書館は街の中心街にあるから。案内するよ」
「わぁ、どんな感じなんだろう」
そう言うと二人は庭から街の図書館に向かって歩き始めた。
少しして二人は街の図書館に到着する。教会を改造しただけあり、中は静かでステンドグラスに光が差し込んでいた。
「今日は少ないな・・・」
テオはそう思った。ここの図書館は混んでいることが多いが、今日は空いているようで驚くほどに静かだった。すると入って来たレオが開口一番
「なんか、小さいな」
と言った。仮にもここは図書館。街の中では大きい建物なのだが、それを小さいと彼は言った。
「(一体どんな図書館を考えていたんだ。帝立中央図書館でもあるまいし・・・)」
そう思いながら図書館に入るとレオが興味深そうに棚を見ていた。
そんな中、レオはあるジャンルの棚に足を止めていた。
「ねぇ、テオ。ここは?」
「ん?あぁ、そこは・・・」
そこの棚には『歴史』と書かれていた。徐にレオは本棚から一冊の薄い本を取り出すと、中身を読み始めた。
「・・・」
紙が擦れる音が妙に響き、一通り読み終えるとレオが聞いた。その目はまるで新しいおもちゃを貰った幼子のようだった。
「すごい・・・面白い・・・」
レオがそう呟き、夢中になって本を読んでいた。そしてそのままあっという間に一冊を読み終えてしまった。そして本を閉じるとテオに向かって興奮気味に聞く。
「これ、どこで売っているの?」
その問いにテオは若干困惑しつつも本の題名を見た。そして顔が青ざめた。
本の題名は『ベーグルおじさん』と言うポップな名前。しかし中身は・・・
帝国を遠回しに皮肉ったものだった。
ベーグルおじさんのあらすじはこうだ。
ある所に貧乏な貴族のベーグルさんがいました。重たい税金を払っているベーグルさんはお金を手に入れようと苦心していましたが、借金は増えるばかりで困り果てた挙句、借金を踏み倒そうとお金を借りていた金持ち貴族を刺し殺そうとしてしまう。しかし、ベーグルさんは捕まってしまい処刑されてしまった。
ざっくりと話すとそんなあらすじだ。その過激な内容に有害図書指定され、挙げ句の果てに作者が逮捕されたかなりまずい本である。
別視点から見ると帝国を批判しているともとれ、後に禁書指定になった本だ。そんな本を夢中になって読んでいるレオ。どうすればいいかと思っていたが、取り敢えず言い訳を考えた。
「うーん、取り敢えず売ってはいないかな」
「なんで?」
「本を出してた会社がなくなっているからね」
「ふーん」
そう言うとレオは図書館の椅子に座ると舐めるように本を読んでいた。
「こんなお話、家じゃあ読んだことがない」
「そうなんだ」
内心冷や汗ダラダラだが、レオは読み終えると呟く。
「こんなベーグルさんみたいな事ってあるのかな?」
そのふとした呟きに自分は思わず口にしてしまう。
「・・・そんなのがあるのさ・・・この世の中にはね」
「え?」
そんなレオの疑問も気にせずにテオは口にしていた。
「うちの家だってそうさ。今はそうでもないけど、昔はここも貧乏でボロボロだった。上の爵位の者が上納金を出し渋ってお金を出さない。だけど上納金は必ず出さなきゃいけないからその分を下の者に押し付ける。その皺寄せは子爵や男爵。準男爵などに襲いかかってくる」
「・・・」
「それで上納金が払えないとなるとお家潰しになる・・・ウチがここまでになったのもここを観光地にして、お家潰しになった男爵や準男爵から土地を安く買い叩いて他国との貿易で儲けた金で再開発したからさ」
そう言い、自分はレオの方を見るとレオは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。
そのことに思わずやらかした思い、言い直そうとした。だが、
「・・・ありがとう。テオ」
そんな呟きと共にレオは本を持つと自分に聞いて来た。
「・・・ねぇ、テオ。この本、持って行ってもいいかな?」
「え?だ、だめだよ。その本は図書館のだし。それに「お願い」・・・」
かつてないほど真剣な表情をしているレオを見てテオはため息混じりに言う。
「はぁ・・・多分いいと思う。だけど、その本絶対に見つかったらだめだからね?それだけは約束して」
「うん、分かった」
「絶対だぞ?」
そう言うとテオは図書館の司書に事情を話すと自分が領主の息子というのもあって二つ返事でOKをもらい、袋に入れて見えなくした状態にして図書館を後にした。
家に戻る途中、テオはレオに向かって言った。
「図書館の時はごめん。変なこと言っちゃったね」
「ううん、そんな事ない。むしろそんな話をしてくれてありがたいと思ったよ」
そう言うとレオはどこか覚悟を決めたような表情をして家まで歩いていた。家に着くとテオはレオに改めて言う。
「約束は守ってね。お父さんやお母さんにも隠しておけよ?」
「分かってるって。じゃあね」
「じゃあ」
そう言い、二人は夕陽を背にしながらそれぞれ帰宅して行った。
帰り際、レオが何か呟いていたが、音が小さ過ぎて詳しくは聞こえなかった。
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