かつて、電撃戦と呼ばれる戦法を編み出したドイツ国防軍はロシアと呼ばれる広大な大地によってその鋭さを失い、代わりにウラル山脈に逃げたソ連は縦深攻撃と言う刃を研ぎ、縦深攻撃と言う戦術を編み出した。
そこに夥しい数の人命を賭して……
基本的に人というコミュニティーは、自分達とは違う別のコミュニティーに存在している赤の他人の事情は興味がない。
遠い国で起こっていた紛争や、戦争の事に関してニュース以上の情報を調べる事なく毎日の仕事に追われて忘れていく。
ただ言えるのは、第二次世界大戦が終わって八〇年以上も同じような世界大戦が起こらなかった事は褒められるべきなのかもしれない。
誰だって戦争は嫌いだ、巻き込まれるのはごめんだ。
故に強い味方に守ってもらえるのであれば尚のこと良い。
前世において、国際紛争を解決する手段としての戦争放棄をした国は日本以外だとイタリア・ハンガリー・アゼルバイジャン・エクアドルの四カ国がある。
また、自衛以外の軍隊の非保持を憲法に明記している国はコスタリカやパナマなどがある。
ただこれらの国は日本の軍隊の保有を認めないほど徹底した平和憲法ではない。
故に前世の…まだ憲法九条があった頃の日本は、言ってしまうと近場に引き金に指を掛けた状態の、機関銃を持った大男相手に刀を奪われた侍の状態なのだ。おまけに刀があったとしても持っているのは鈍。そして背中からは星条旗を掲げる世界の警察から散々怒号と恐喝に悩まされる日々。
こんな国がよくもまぁ戦後の長い期間を置き残れたなと思ってしまうが……まぁそれ故に衆愚政治と揶揄された日本政府に国民が怒って各省庁に暴徒が突入して官僚が大量に死亡する事件が起こったわけだが……。
「変わらないのかもしれないな……人の世と言うものは」
絶賛、燃やされている臨時の共和国軍司令部の映像を見ながらテオバルトはそう溢す。
現在、フランミダ共和国によって占領されているカフス星域に向かって進軍を続けている我が帝国宇宙軍だが。その道中、テオバルトはレオンナードに問いかけられた。
『この戦いにおいて最も人的損害を少なくし、共和国や連邦に衝撃を与えるにはどうしたら良いと思う?』
戦術面に於いても戦略面においても大きな衝撃を残し、余計な衝突を抑えたいと願うレオンナードの思惑に応えたいと思う自分がいる。
正直、これ以上長く軍人としての勤めを果たせるとは思っていないテオバルトとしてはカフス星域を奪還した後、軍人職を辞するつもりでいた。
もちろん、レオンナードとの約束を破るわけではない。ただ、軍人という生き方は自分の性に合わないというだけであり。軍人を辞した後は文官としての道を歩きたいと考えていた。
要は餅は餅屋の考えだ、自分に軍人と言うのは合わない。
元々商人の家の息子なのだからゆくゆくは商いをしながら旅でもと考えていた。
結婚?できるならして見たいものだ。前世含めて年齢=彼女無し=童貞なんだぞ、性格からして無理に近い。
「駐留する共和国軍艦隊の戦力は……」
正直にいうと圧倒的である。戦力差は四〜五倍ほど。有名な攻撃三倍の法則に従えば、圧倒的に我が軍は戦う前から有利である。
すでに艦隊が進発した事はおそらく連邦側にも通達が行っている事だろう。そして近場の基地から続々と艦隊が向かってきているに違いない。
「故に迅速に対応する必要があるか……」
複数の意味であまり時間は残されていない。テオバルトは改めてそう認識する。
そして衝撃を与えるという点においてテオバルトが考える答えはある意味で一つだった。
「一瞬で共和国艦隊を壊滅せしめるのです。連邦の救援が間に合わないくらいの時間で」
倒置法となってしまう言い方だが、レオンナードは理解してくれた。
「一瞬で……か。なるほど、確かに衝撃的だな。一瞬で防衛部隊が壊滅しては」
レオンナードもそれには納得しており、軽く頷く。
「戦力差は圧倒だ、正面から潰しては駄目なのか?」
「その前に連邦からの救援艦隊が到着するかと」
「救援ねぇ……」
一度連邦からの艦隊が到着すれば主導権は確実に帝国対連邦の構図になる。そうすれば被害が拡大するのは自明の理だ。
「共倒れは勘弁だな」
「故に速度性を重視した作戦を提案します」
「そうだな…一応、事前に作戦があるのだが……」
教本通りで参考にもならんなと言い作戦を改めて練り直す。
「すでに民衆は共和国に対し、懐疑的な様相を呈しております」
「だろうな、あの有様では……」
そう言い、臨時の司令部だったホテルな火炎瓶などの焼き討ちに合っている映像を思い返す。
解放の際に食糧供給を約束した共和国軍に対し、その公約が果たされていない事実に腹を立てた民衆はついに解放に来た共和国軍相手に攻撃的になっていた。
元々補給面で潤沢とは言えなかった共和国はこれに対しまともに対応することができず。最終的に司令部が焼き討ちされる事態になってしまった。
「故に惑星に対する攻撃は厳禁です」
民衆の心が『まだ元の領主の方がマシだった』と言う意識に傾いている今、惑星に攻撃を加えようものならすぐに変わってしまうだろう。大衆とはそう言う生き物だ。
「分かっているとも。民衆の心を理解しなくて暴動が起こった事例を、俺は何度も見ている」
帝国の貴族主義において、貴族で無い者は分厚い隔壁がある。そして帝族への見栄と献金のために重税を課して、苦しんだ民衆の最後の抵抗として暴動が起こる。
そしてそれら暴動は直ちに治安部隊に鎮圧され、暴動を起こした民衆は関わった全員が処刑される。
「国民が死ねば自然と国力が下がる。国民の虐殺のしすぎで自滅はしたく無いからな」
こう言う所で、レオンナードはやはり帝族なのだと思う。『貴族以外の市民は人でなく物である』と言う根本的な思想。
貴族以外の一市民は人として見ていない所とかが特にそうだ。今まで一瞥をすることはあっても言葉を交わす事もなかった。
いくら市民からの人気があるとは言え、あくまでも自分が皇帝になる為の踏み台とした思っていない、顔出しはパフォーマンスの一種と考えているのだ。
「……では閣下、目標はカフス星域の奪還。その為の共和国艦隊の撃滅を詳しい作戦目標として構いませんでしょうか?」
「ああ、そのようにしてくれ。詳しいことは、俺経由で口うるさいジジイどもには説明しておく」
「はっ」
レオンナード自ら赴いて将官達への説明かと内心、しっかりした上下関係だと思いながら同時に男爵家の一人息子と言う立場の弱さを実感していた。
基本的に今回の艦隊における将官は大半が伯爵以上の家だ、おまけに年老いた年功序列。故に作戦を行う為の将校たちが集まる席にて帝族以外に男爵の二十代の青年が上座に座るのは異例中も異例だ。それが新型戦艦の艦長ともなれば尚更。
「では諸君、作戦概要だがーー」
作戦概要を説明し、その内容にやや訝しむ目を浮かべる老練な将校などがいる中。明らかに特別待遇なテオバルトに多種多様な目線を送る者も居た。
まぁ、ちょっとアドバイスをしたとは言え。作戦のほとんどはレオンナードがやってしまったわけで、帝族の意見に口を挟む勇気ある軍人はこの中には居なかった。
そして粛々と会議が終わり、作戦内容を話し終え。各部隊に通達もさせて会議が終わった頃、テオバルトは将校達に絡まれていた。
「どうかな、テオバルト大佐。私の知り合いに良い女性がいるのだが……」
「申し訳ありませんミーネンロイマー中将閣下。私は未だ伴侶をとるには些か未熟者と考えておりまして……」
「ほう、そうか。それは済まないな」
会議を終え、レオンナードが退室した後。将校達の中では最弱年のテオバルトに話しかける者……ようは自分を取り込もうと考えている貴族のお話を聞かざるを得なかった。あーもう……めんどくせぇよ、逃げ出してぇよ。
「ではまたの機会に、生憎と新年のパーティーではお会いできませんでしたからな」
「はっ」
そう言い、一個戦隊を預かる司令官を見送るとテオバルトは抑えていた激しい胃痛に耐えていた。
彼はまだマシな方で、明らかな敵意を持った人間もいたのだから苦手だ。
「これだから貴族相手は苦手だ」
ましてや中身は元庶民の自分ともなれば、まだ貴族の経験時間の方が短い今はこう言う貴族の喧嘩に巻き込まれるのはごめんだった。
もう少し貴族の期間が長くなればマシになるのかもしれない、そうなるようにに期待しておくとしよう。
五月三日
第三七次遠征派遣艦隊がカフス星域外縁に到着。
五月四日
第三七次遠征派遣艦隊は巡洋艦を中心とした機動艦隊を戦線全体に突入させる。
五月六日〜八日
カフス星域防衛艦隊を突破した機動艦隊の対応に追われた共和国守備隊は星域外縁部に背を向けてしまい。開いた戦線の穴に戦艦と空母より発艦した艦載機群の攻撃に晒される。
五月十日
本星カフスに居た駐留艦隊の残存艦艇が降伏。機動艦隊は星域全体を奪還、カフス星域における戦闘の終了を宣言。
五月十一日
フランミダ共和国が正式にカフス星域より離脱、降伏した艦艇も含めた残存艦が撤退した。
カフスに降り立った第三七次遠征派遣艦隊は市民への援助を絶やすことなく、大公国より予め準備されていた補給艦隊が到着する。
同日、カルーティア大公国は正式にカフス星域の奪還を宣言。
五月十五日〜十六日
カフス星域を奪還した第三七次遠征派遣艦隊が帰国を開始。
五月二五日
第三七次遠征派遣艦隊が帝都へ帰還、凱旋を受ける。
カフス星域における戦いは、共和国艦隊の壊滅並びに同星域の奪還と言う当初の目的を完璧に遂行した物であり、これは戦術的においても成功した作戦であった。
また六日間と言う短い戦闘期間で星域を奪還した事実は各方に衝撃を齎しており、帝国宇宙軍の実力を内外に強く知らしめる物であった。
そして、新鋭戦艦『ヘルムート・フォン・モルトケ』のイタリアンレッドの真っ赤な船体はこの戦闘の功績から『
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