帰国後、軍を退役した私は天下り先のとある貿易企業に入社する事となった。
義勇部隊として先に派遣されていた前世の私はそこであるニュースを耳にした。
『中国支局より緊急で中継です…!!』
焦った表情でキャスターはある映像と共に報道を行う。
『現在も激しい戦闘が続いていました西安にて激しい閃光と爆発を確認しており、中国軍が核兵器を使用したとの情報があり…』
あの戦争が始まってもう八年が経過した時、私が戦線を離脱してから三年が経った時。その悲劇は起こった。
『え〜、ただいま入りました情報によると中国軍による大陸間弾道ミサイルの発射が確認され、進軍中であった連合軍との連絡が取れず…』
顔を青くするキャスターの顔は今でもありありと覚えていた。
後に、遷都した西安まで追い詰められた中国軍の破れかぶれの自棄となった一手として当時保有していた全ての核兵器九六発を世界に向けて無造作に発射した。
進軍中であった連合軍のいた中国領土内に二二発、連合軍の司令部のあったインドに二八発、その他世界中に発射された核兵器はその殆どが着弾し、世界は核兵器によって名だたる大都市は焦土と化した。
日本に向けて発射された中距離弾道ミサイルは千葉沖八〇キロの太平洋洋上や日本海に着弾。何とか放射能汚染は免れたが、核爆発による津波が沿岸部を襲った。
最も被害が大きかったのはアメリカ、インド、ロシアであった。
それぞれ核兵器の発射された数の順位と揃っており、アメリカとロシアは首都に核兵器の雨が降り注ぐ事となった。
かつての中国の友好国は大戦末期、領土拡張を目論んだ本国によりカザフスタンや中国東北部を通じて宣戦布告を行なっており、進駐していた日本軍の横にロシア軍の戦車が停車していた。
「あぁ、何と言う事だ…」
地面に両膝をついて絶望していた当時の上司は呟く。
「息子が…あそこに息子が居るんだ…!!」
その後、上司の息子は都市が消滅した西安近郊の歩兵部隊に所属していたことを知り、同時に死亡判定を受けた。
かく言う自分も、日本海に落着した核兵器の爆発による津波で両親を失った。幸いにも両親の遺体は住居に絡まっていた事で二人とも発見された。
当時は、遺体が見つかっただけでも幸福な事であると言わしめたほど、世界は荒んでいた。
八年続いた戦争は史上最悪の戦死者を出した事で終結し、多大な出血を強いられた連合国によって中国は細かく分割された。
戦争末期に参戦したロシア軍は出兵した兵の八割を損耗したにも関わらず、かつて領土問題で揉めていたわずかな領土を得ただけで終わり、国際社会に極めて遺憾の意を示していた。
『尚、中国国内に着弾した核兵器による汚染区域も存在しており…』
『我々は派遣した部隊の六割を損耗した上に、開戦初期から参戦していた!なのに何と言う烏滸がましさだ!』
『発射された核弾頭の内、五発が爆発する事なく大西洋上に落着したという情報もあり…』
『なお、今回の上海宣言書によって日本政府は分割された満洲地方の統治を行う事となり…』
おかげで戦後処理は大紛糾した。何せ世界中に発射された核兵器は自国領にも降り注いでおり、まともな迎撃手段を用意していなかった中国本土ではほぼ全ての核兵器が各都市を焼き尽くしていた。
核兵器で汚染されていない領土を求めて政治の世界では類を見ない程激しい論争が巻き起こり、政治家達が汚染区域の地図を睨みつけていた。
まだ純粋水爆が極秘裏に実験を行っていた時期、旧世代の放射能をばら撒く汚い爆弾は汚染区域を大量に作っていた。
中華人民共和国という共通の敵を失った各国はその最期に恐れ慄き、二度とこのような国ができないようにする為、民族の分布を参考に新しい国境線を敷いた。
晒し上げようとした全ての悪行が塗り潰されるほどのその攻撃に戦後世界は一気に軍縮に舵を取った。
核兵器の恐ろしさを肌身で感じる事となった世界各国、特に核保有国は急速にその数を減らしていた。
「…」
ゆっくりと目を開けると、そこは懐かしくも、どこか見慣れた景色が広がっていた。
見覚えのある天井、部屋の香り、自分の好きな金木犀の香が薄く炊かれていた。
「あぁ…」
そこでベットから体を起こし、地に足をつけるとそこでカーテンを開ける。
眩い日の光が差し込みながらその光で一瞬視界が真っ白になると、その後に窓の外で見えた景色に少し息を吐いた。
「そういえば帰って来たんだったな…」
テオバルト・フォン・ヴェーグマンは久方ぶりに故郷であるデリエンベルクに帰郷していた。
帝国宇宙軍准将として背後に忠誠を誓った共の後押しを受けて順調に出世街道を登る若き青年は、長期休暇を故郷で過ごすことにしていた。
「お兄様!」
すると勢いよく部屋の扉が開き、その奥からマリーダが現れる。
「おはようございます!!」
そして彼女はテオバルトを見るや否や起きていたのかと少々珍しげに見ていた。
「マリーダ、それは私が朝に弱いことを知っていての嫌がらせかね?」
「あら、お兄様が士官学校に行くまでやっておりました事で?」
「…?」
そうだっただろうか?と言いたげな表情で首を傾げていた彼にマリーダは呆れた様子でため息を吐いた。
「全く…お兄様は相変わらず自分のことに関しては雑ですのね」
そう言いながら彼女はテオバルトの側に近づくと、彼の立っていた部屋の窓を開ける。
「ん〜、相変わらずのいい天気ですわ」
「今日の天候予定は一日の快晴だそうだ」
「あら、ピクニックには最適の日ですわね」
見下ろした庭には自分が趣味で育てていた家庭菜園の野菜がそのまま残されており、メイド達がしっかりと自分がいなくなった後も管理していたようだ。
「片付けても構わないと言ったはずなんだがな…」
「いえいえ、アレはお兄様の唯一の趣味。片付けるはずがありませんわ」
「おいおい…」
何とも酷いことを言う我が妹であるが、事実そうなので反論することも出来なかった。
「取り敢えず、こんな朝から来たのはピクニックに誘うためか?」
「もちろん!今日はお母様の健康も良いですし、絶好と思いまして?」
「そうだな…」
最近は良好ではあるが、元々病弱であった母には自分の軍功が上がるたびに苦労させてしまって居るのでこの帰省の間は母に寄り添っていた。
「お母様〜!」
その後、自分の部屋に突撃したマリーダに昔から勤めていた女中がお叱りをした後に彼女は両親が居るはずの居間に向かう。
「あら、もう出かけるの?」
母は外行きの服に着替えて待っており、そばには仕事服の父が立っていた。
「はい、もしかしてお邪魔したでしょうか?」
マリーダが言うと、母は少し笑った。
「大丈夫よ、貴方たちの招待だもの」
「母さん、あまり無理はしないでくれ」
「えぇ、ありがとう」
テオバルトに母は少し頷くとそのまま席から立ち上がる。
「エデリナを頼んだぞ」
「うん、まかせて父さん」
テオバルトも頷くと、父はそのまま部屋を後にする。
元々体の弱かった母が一言『娘が欲しい』と言う理由で銀河を飛び回ってマリーダを引き取って来た父だ。体力はあの年でもまだまだ現役で商人をしていた。
「いきましょうか」
「ええそうね」
テオバルトは母の手を取りながら家を出ると、そこでは待機していた執事が車のドアを開けた。
三人は車に乗り込み、そのままリムジンは家を出ると、そこでテオバルトは言う。
「なるべく人気のない場所に向かってくれ」
「畏まりました」
今日のピクニックの準備はマリーダの手で完了しており、追従する車のトランクに積み込まれていた。
「今日はどこに連れてってくれるのかしら」
「お母様がゆっくりと過ごせる場所ですわ」
マリーダはそう答えると、母は言う。
「何だか悪いわね。気を遣わせたようで」
「いやいや、いつも迷惑をかけて居るのはこっちだしさ」
少し前になるがマリーダが馬鹿な家族に誘拐された時の説明で気を失いかけてしまった事は本当に申し訳なく思った。
「えぇ、私達もお母様と過ごせるのが何よりの時間ですので」
「ありがとうね」
車から外の湖の湖畔を見ながら母は言う。
「私ももう終活を始めてても良いくらいの年齢だわ。貴方たちの無事な姿を永遠と見ていたいわね…」
「…終活はいつでも始められるのでは?」
「あら、それは心外よ?これでも貴方達の孫の顔を見るまで長生きするつもりなのだから」
エデリナは軽く腕まくりをしながら言うと、マリーダは笑った。
「あら、それはとても長生きしそうですわね」
「おい、何故そこで自分を見るんだ」
そう言いテオバルトを見ながら言ったマリーダに少しだけ反論の意を込めながら見返す。
「だってお兄様、色気沙汰とは無縁な生活ではありませんか」
「失敬な、仕事熱心と言いたまえよ妹」
「だからってパーティーに顔すら出さないのは如何なものかと…」
「うぐっ」
手痛い口撃にテオバルトは反論の手段を失う。
「お母様達も、この引きこもり子爵息子に甘やかしすぎですよ。お陰でお兄様は逃げる技を覚えてしまったのですから」
「そ、そうかしら?」
「ええ、おかげでお兄様は婚期を逃すかもしれませんよ」
容赦なき妹のターンで既に心は死に体となりつつあるテオバルトを擁護するようにエデリナは言う。
「でも軍人さんで頑張って居るし…中には良い人もいるんじゃないの?」
「あんな魑魅魍魎な世界でお兄様が選ぶようなお相手では、きっと搾り取られてしまいますわ」
はっきりと言うマリーダにエデリナも少し深刻そうに考え始める。
そしてじわじわと外堀を埋めるな妹。
「そうね…今度からは考えておくわ」
「いえ、今度ではなく今すぐにでもお兄様を連れ出してやりたい気分ですの」
「いやぁ…それはやめた方が…」
テオバルトが言うと、マリーダは自信満々で言う。
「大丈夫です!お兄様には私が着いておりますので!」
「おおぅ…」
それは多分、自分の周りに人が寄り付かなくなるやつやぞ、と喉元まで出かかったところで言い止まる。これで口に出してたら多分一発脳天にくらっているに違いない発言だ。危ない危ない。
そんな話をしながら今日のピクニックを行う場所まで三人は談笑していた。
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