長期休暇で故郷のデリエンベルクに戻っていたテオバルト。
「おぉ、これはこれは御子息様!」
「やぁ、久しいね」
宇宙港の貨物ターミナルで顔見知りの貨物船船長は表情を明るくしてテオバルトを見る。
「お戻りになられていたのですか」
「長期休暇さ。ここの所、色々と仕事詰めでね」
「はははっ、テオバルト様の御活躍は私共も耳にしておりますとも」
そう言い、船長はテオバルトを見る。
今の彼は私服姿で、一見するとこの領地の次の当主で、尚且つ大国の英雄と祭り上げられた人とは思えないほど穏やかな雰囲気であった。
「お懐かしいです」
「?」
「テオバルト様が始めて御当主様のお仕事を手伝われた時のことを…」
「あぁ、あれですか…」
そこでテオバルトは少し苦笑気味にその時のことを思い出す。
あの頃、色々と安定してきた自分は父の仕事の手伝いを前世の貿易会社で培った技を使って書類関係の仕事を簡単に片付けてしまった話だ。
「十三歳の頃からテオバルト様は類稀なる才能を示されておりました」
「それは商人の仕事だろう?」
「いえいえ、あの年齢で経済を学ばれているのは素晴らしい才能をお持ちであると言う証ですとも」
船長はそう言い、テオバルトが仕事の手伝いをしていた頃に、彼の父が酒の席で『俺の息子は宇宙一優秀な奴だ!』と言って自慢げに顔を赤くしていたのを思い出した。
「そしてテオバルト様は他にも優秀な部下を引き抜く才能も持ち合わせておりますとも」
「いやぁ、私は楽をしたいだけの人間ですよ」
そう言い彼は軽く笑った。しかし彼は、会社の役員に有能な人材を連れてきて添える事にも長けた才能も持ち合わせているのは事実で、彼が抜擢した人材は商社に莫大な利益をもたらしていた。
「正直、身分も関係なしに役員に登用する姿は輝いておりました」
「随分褒めますね、こっちが恥ずかしくなります」
テオバルトはそう言い、今まで実家の商社へのテコ入れをしたのを思い返す。
自分はただ楽をして金を稼ぎたいという理由で相手が小作人の末っ子であろうと、誰であろうと優秀であればスカウトしていた。
デリエンベルクと言う狭い領土だからこそできた所業だと思っていた。
「楽して金を稼ぐ、不労所得ほど皆が求める事もないでしょう?」
基本的にヴェーグマン家はしがない新興子爵家であり、領土も狭いものである。
帝国貴族はあくまでも皇帝より領土を割り当てられ、その統治・管理を委任されている立場である。悪戯に帝国臣民から搾取する事は帝室の尊厳を損なったものとされ、重罰が科されることとなる。
「はっはっはっ!相変わらず楽をするのがお好きな仕事人ですな、テオバルト様」
「最小限の努力で最大限の利益を得る。それが商人というものでしょう?」
言ってそこでふとテオバルトは思った。
「こう言っては不謹慎かもしれませんが…戦争も似たようなところがある気がします」
「ほぅ?」
そんなテオバルトの呟きに船長は耳を傾ける。
「最小限の戦力で、最大限の『戦果』と呼ばれる『利益』を持って帰ってくる…」
「なるほどなるほど」
実に商人の息子らしい評価の仕方だと船長は思っていると、
「しかし商人と違うのは、そこでは直接的な命のやり取りがある上に、表立っては行われない取引がごまんと存在している事だろうか?」
「はははっ、確かに。今までも声高らかに言えない取引は今まで多く行っておりましたからな」
特に銀河連邦との取引というのは帝国内ではあまり両手をあげて喜ばれる行為ではなかった。
しかし銀河連邦には帝国製機材には無い量産性があり、尚且つ一部銀河連邦の企業は帝国規格で構成された製作機材を製造していた。
「しかし連邦製製品にしかない利点もある」
「ですな…」
衛星トロンの工場においても連邦製機械が宇宙船などにも使われる部品を製造しており、宇宙港に出入りしている貨物船に予備パーツとしてちまちまと販売を行っていた。
「いつかは地球にでも行ってみたいものだ」
「おや、テオバルト様は地球にご興味が?」
今の地球は銀河連邦の首都星であり、人類発祥の地であることから景観保護を目的に人類の居住は銀河連邦憲章によって制限されていた。
例外として政府高官や、国会会議中は地球に居住することが認められていた。
しかしこれは政府の特権意識を受け付けるだけとなっており、一部自然主義者からは地球からの人類撤退を求める声が上がっているという話である。
各星間国家は月面上に大使館を構えており、地球での経済活動を宇宙から見降ろしていた。
「えぇ、地球の文化は嫌いではありませんので」
「ほほぉ」
まぁ前世地球生まれですしというのもあるのだろうが、それを抜きにしても地球のあの青々とした非人工的な自然そのものの姿に、そこはかとない魅力を感じていた。
「今まで私が見てきた居住可能な星というのは、すべてテラフォーミングによって作り出された人為的なもの…まぁ言ってしまうと、本物の自然を見たわけではありません」
「…」
「しかし、地球に育つ自然というのは遥か太古から長い年月をかけられて作り上げられた本物です。是非とも、その景色を近くで見てみたいです」
テオバルトはそう語ると、船長はそんな彼の話に笑った。
「…はははっ、よく我々と共にお話をすることが多いと思っておりましたが…やはりテオバルト様も子爵の御子息なのですな」
「まぁ、あまり自覚はしていませんがね」
仕方あるまい、こちらは生まれた頃から貴族のことして育ってきているのだから。
確かに家は貴族の中では貧乏で、自分も昔から家業を手伝っているくらいには下の方ではある。
故に領民との交流もよくやっていたし、昔は街に出ては妹と買い出しもしていた。
「ですが、テオバルト様の軍功のおかげで我々も取引先が増えた物です」
「そりゃあ良い。儲かることは悪いことじゃあないですから」
そう言い、コンテナが貨物船に積載されていくのを見ていると、
「お兄様!」
貨物ターミナルに若々しい女性の声が響き、テオバルトは体を一瞬ビクリとさせて振り返ると、
「こんな所にいらっしゃるとは…大層お仕事がお好きなご様子で」
そこでは仁王立ちで、若干カンシャク顔を浮かべているマリーダがいた。
「やぁマリーダ。どうしてここに?」
「お兄様が本邸に居りませんでいたので、どこに行ったのかと探していた所ですわ」
そう言うと、有無を言わさずマリーダはテオバルトの手を掴んだ。
「さぁ、行きますわよ。今日はお兄様がエスコートをしてくれるのでしょう?」
「…この後面会予定があるのだが?」
「あら?お兄様の悪友でございましたら今日は別の会議があると申し上げて先ほどご予定を変更なされましたわ」
先手を打っていたマリーダに絶望顔を浮かべ、それを見て察した船長はマリーダとテオバルトに顔を向けて話す。
「お気をつけて。マリーダ様、テオバルト様」
「えぇ、船長さんも馬鹿兄がご迷惑をおかけしましたわ」
そう言い貨物ターミナルから連れ出されていくテオバルトを見送った後、船長はそんな二人を見てつぶやいた。
「すっかり立場が逆転してしまったものだ」
そう言い彼の瞼にはテオバルトに引かれて同じ場所を出て行った幼少のマリーダの姿が思い浮かんでいた。
今日は昔から厚意にしてもらっていたイブラハム辺境伯が主催するパーティーにマリーダと共に参加する事となっていた。
これは良い加減パーティーから逃げる彼にキレたマリーダが強制的にテオバルトを夜会に連れ出す一連の作戦であった。
「今日はテオバルト様の初めてのお夜会です、気合を入れましょう!」
そう意気込むのは我が家御用達の侍従長や給仕達である。その熱気というもの、本人よりもやる気に満ちていた。
昔から自分の領地だからと放浪癖のあったテオバルト。その姿は領民の間では知れ渡っており、家から抜け出して買い物をしても特段敬意を払われないくらいであった。
「「「はいっ!」」」
そこで給仕達は声をあげて頷くと、早速テオバルトのために用意していたタキシードや授与された各種勲章を持ってテオバルトの更衣室に入ると、そこでマリーダの手によって拘束されていたテオバルトは面倒臭そうな表情を隠さずに珍しく感情的になって侍従長に聞いた。
「何故父が現役だと言うのに俺がパーティーに赴く必要があるのだね?」
その問いに大鷲とキマイラの二つの星章を持ってどこに付けるべきかと考えていた侍従長は答える。
「テオバルト様、クロワッサン症候群というのはご存知でしょう?」
「えぇ無論知っているとも、だが別に私とて結婚を考えていないわけはないのだぞ?」
テオバルトはそう言い、これから向かうパーティーに行きたくない旨を遠回り伝えるも、侍従長はそれを分かっていてあえて無視した。
「なればこそです。家庭を持ち、子を残すと言うのも帝国貴族である貴方様のお役目の一つです」
「ふむ、ならば何故わざわざ大鷲星章とキマイラ星章を持ち出してくる?」
テオバルトは侍従長や給仕達が卓上に一列に並べた勲章類を見ながら聞くと、彼らは言う。
「これらはすべてテオバルト様ご自身の才能により得られた物。今夜のパーティーでは注目の的となりますぞ?」
「…みんなマリーダに甘すぎるのではないか?」
その呟きに『テオバルトが今までパーティーから逃げ続けてきたのが悪い』と彼の服を整えていた侍従長達全員が内心で口を揃えていた。
逃げ続けていたテオバルトにマリーダがいよいよ堪忍袋が切れて家族や給仕達、果てはテオバルトの悪友達も巻き込んで囲い込んだこの作戦は着々と進んでいた。
「こちらの勲章はいかがいたしましょう?」
「ふむ、より高位な勲章を上に持ってくるのです」
そう言い、カフスの英雄と祭り上げられた時を含めた大量の軍功勲章を前に侍従長達が悩ませているのを尻目に、テオバルトはただでさえやや糸目な目を細めて遠い目をしていた。
そしてそんな目をしている彼に長年見てきた侍従長は思う。
「(皇子殿下の前でも同じような目を浮かべていなければ良いのですが…)」
そんな不安を抱えながら侍従長はテオバルトのタキシードに二つの星章を付けていた。
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