西暦三〇三五年 帝国暦三二〇年 八月
その日、ヴェーグマン男爵家では白髪の少年テオバルトはいつも通りレオが来るのを待っていた。そしていつも通りレオがやって来たのだが、浮かない表情だった。その事に違和感を感じているとレオが意を決した表情で言う。
「ごめんテオ。僕、お父様に呼ばれて家に帰る事になったんだ」
「・・・・・・」
衝撃だった。と言えばそうなのだろう。しかしよくよく考えればそれは必然だったのかもしれない。元々テオは避暑でここに来ていたのだ。いずれ帰ってしまうことは分かっていた。しかし、一年くらいの付き合いがあって、それで別れてしまうのだから寂しい気持ちが浮かんだ。
人生は出会いと別れの連続というがそうなのかも知れないとこの時は思ってしまった。そんな時、自分はただ
「・・・そうか」
とどこか素っ気ない声で返事をしてしまった。聞けばレオは帝都に帰ってしまうのだという。
「帝都か・・・」
「うん、僕。家がそこにあってさ・・・帰る事になったんだ」
帝都に家があると言う事は有力な貴族なのだろうか。そんな風に考えていたが、それよりも自分は半ば無意識にレオを庭に待たせて家の中に入っていた。友人との別れという事で何か渡さなければと、体が勝手に動いていた。そして自分の部屋の棚からある物を見つけた。
「これなら・・・」
そうして棚からそれを出すと走ってレオの元に戻る。
「レオ、これを・・・」
「?」
そう言い、レオに渡したのは小さめの麻袋に入ったある植物の種だった。
「庭に育ててあるトマトの種。お土産にあげるよ」
「!!」
そう言うとレオは驚いた様子で袋を見ると、嬉しそうに袋を受け取ってテオに言った。
「ありがとう、テオ」
そう言うとレオも何かお返しをと言う事で来ていた服のポケットを漁ると掌にある物を取り出した。
「じゃあ、これお返し」
そう言ってレオが渡したのは新品の懐中時計だった。歯車が周り、針が時刻を示していた。見るからに高そうなものにテオはこんなもの要らないと言おうとしたが、
「僕はこんなのいっぱいあるから僕達の思い出として受け取って」
と言い、渡して来た。自分もこれ以上は相手を不快にさせてしまうかと思い、ここは童心に帰って快く懐中時計を受け取った。
「ありがとう、大事に使わせてもらうよ」
「僕も、家に帰ったらこの種を植えて育ててみるよ」
そう言うと二人はお互いにもらった物をしまうとレオがいつも通り庭の裏の道を出る。出て行く時、レオが自分に向かって言った。
「もし、次に会ったら、何する?」
「そうだな・・・何か大きな事をしてみたいな」
「そうだね・・・じゃあ・・・また」
「うん、またいつか・・・」
そい言い残すとレオは門を後にした。八月の暖かい風が吹く中、テオは寂しさ故に心がポッカリと開いた様な気分になった。
翌日、レオは本当に来なかった。一年だけだったが、充実した日を送った気がする。レオとの交流は両親や使用人の知るところであり、寂しさ故に自室に篭って本を読んでいた時には父上が自分を連れ出してくれた。母上はよく側にいて見守ってくれていた。そんな心使いに感謝しつつ、レオが去ってから一ヶ月もした頃にはレオが来る前の生活の調子を取り戻していた。
レオが帰ってしまってから数ヶ月後。レオが帰ってしまった事にぼーっとしている自分を見て母はある提案をした。
「ねぇ、テオバルト。そんなのレオ君に会いたいのなら帝都に行けばいいじゃない」
「ーーーえ?」
母の言う事に素っ頓狂な声が出てしまった。帝都はそれこそ有力貴族が集まる言わば権力と富が集まる場所。そんな場所に男爵如きが易々と行ける様な事はない。
男爵にも主に二種類ある。一つは公爵や伯爵などの上の爵位の持つ家から分家として別れた家。二つ目は純粋に準男爵から男爵となった家である。前者はバックにそう言った有力な家がついている事から色々と融通が聞くが、後者は何処かに護摩を擦りに行き、バックとなってもらうしか身分が保証されない。ヴェーグマン家ははっきり言って後者である。
かつて商家の次男坊だった初代当主が貿易で大成した事からお金を払って男爵の地位を得たと聞いている。なので今はイブラハム辺境伯が後ろ盾となり、我が家は安寧を保っていた。
帝都は有力貴族などが集まっている場所。帝国の全ての中心地であり、象徴である。ウチですら帝都に行く事は新年の挨拶か新皇帝即位式典の際ぐらいだろう。それくらいの権力なのに帝都に行く方法とは一体・・・・そう思っていると母上は自分にある提案を持ちかけた。
「前に、イブラハム辺境伯のお茶会に行ったでしょ?その時に帝都の学校に行かないかってお誘いがあったの。レオ君が帝都に行ったならちょうどいんじゃないかしら?」
そう言って母上は自分にそんな提案をした。横で紅茶を飲んでいた父上からも『帝都に行けば色々な人がいる。こんな田舎にいるより首都に行って色々な経験を積む方がいい』と言われ、特に断る理由もなかったので自分は帝都行きの切符を手に入れた。
「じゃあ、学校に入る為の学力をつけないとね」
「はい・・・」
これは大変そうだ。そう思いつつ自分は自室に戻ってペンを取り始めた。
五年後、デリエンベルグの宇宙港にてテオバルトは家族の見送りを受けていた。
「もう、行ってしまうのね・・・」
「たまに戻るつもりでいますよ」
「しっかりな。呑まれるなよ」
「父上も、無理はしないで下さい」
すると両親の陰からテオバルトを見る少女が顔を出すとテオバルトに向かって言った。
「お兄様。御気をつけて・・・」
「ああ、行って来るよマリーダ」
そう言って灰髪の少女の頭を撫でる。彼女の名はマリーダ・フォン・ヴェーグマン、四年前に養子となった少女だ。父が遠い親戚の家から連れて来たと言い、家族の一員として過ごしていた。現在十歳で、自分より五歳年下だ。今まで妹を持ったことがなくどうすればいいか分からなかったが、取り敢えず優しく接していた事で特に大きな問題も起こらず、彼女も自分を慕ってくれている様だった。
自分は足元に置かれたトランクケースを持つ。
「では、行って参ります」
そう言い残すとテオバルトは家族から見送りを受けながら帝都行きの宇宙船に乗り込んで行った。
序章『夕焼けの約束』完
お気に入り登録、高評価をよろしくお願いします。