アルガードに呼ばれて二人は応接室に入る。
「すまんな。迷惑だっただろう?」
「いえ、その様なことは」
応接室のソファに座ってから言われ、そのことにテオバルトは気にしていない様子で軽く首を振る。
「アルガード様の御招待であれば私はどこにでも向かいますよ」
「ふはははっ。まあ、今日はよく来てくれたよ」
アルガードはそう言い、珍しく晩餐会に出席したテオバルトに珍しいと思いつつも、概ね出てこないことに家族からキレられたのだろうと完璧に近い推察をしていた。
テオバルトの式典嫌いは筋金入りであることは、最近の貴族であれば誰もが知るところ。なにせ彼の上げた軍功は大きいもので、この前は遠征艦隊で星域を奪還した大戦果をあげていた。すでに見ての通り、彼の体は重くなってしまいそうなほど大量の勲章がぶら下がっていた。
「それで、私を呼んだのは軍のことででしょうか?」
「まぁな、第二皇子の右腕をやっているんだ。分かっていてきたんだろう?」
「そうですね」
テオバルトはそこで、はっきりとした物言いを好むアルガードに合わせて自分の中で書かれた質問に対して整理をしてから答える。
「まあ、簡単に言ったらテオバルト。貴様に支援をしたい」
その時、僅かにテオバルトの目が見開かれた。
「…宜しいのですか?第二皇子にイブラハム辺境伯が付いたと思われますよ?」
彼はそう懸念し、帝国貴族の中でも広い派閥を持つ辺境伯が後ろにつきたいと申し出たことに懸念を示す。まだ表だった政争こそ無いが、一部の主要な貴族は警戒を始めていた。そんな中で早々と自分に支援を申し出るという事は、政争で負けた際の事を考えているのだろうか?
するとアルガードは言う。
「元々貴様を士官学校に推薦したのは我がイブラハム辺境伯だ。軍功を上げてくれたことで我が家は儲け物さ」
「…」
彼はそう言い、真顔でテオバルトの顔を見る。
「そのキメラ星章をぶら下げる意味をもっと深く考えろ。テオバルト」
アルガードはそう言い、ただデカくて重い勲章としか思っていない様子の子爵の後継を見る。
「キメラ星章は帝室から直接授与される。代役は一切認められない帝国で最も上位の軍功勲章だ。星域を奪還した艦隊の旗艦艦長が与えられる事など稀なんだぞ?」
「でも稀なだけなのでは?」
アルガードはそこでテオバルトに軽く鼻で笑う。
「馬鹿、キメラ星章は授与された時点で陞爵も含めた各種恩賜が考慮されているんだよ。じゃなければお前の家が子爵になるわけないだろう」
「…まぁ、それはそうですが」
ヴェーグマン子爵となったテオバルトの家は、また新しく領地を与えられる可能性もあった。何せ領地といったらデリエンベルグとトロン以外に持っていない我が家。子爵の家にしては領地がいささかすぎた。
「まあ、これから色々と苦労するわけなのだろうな。お前は」
「私としましては、さっさと軍を辞めて故郷で家庭菜園をして慎ましく生きたいのですがね…」
彼の紛れもない本音にアルガードは大笑いする。
「はっ!はっ!はっ!それは難しいだろうな。こうも軍功を上げては」
「はぁ…せめて文官になりたいものです」
「どうだろうな?第二皇子は気に入った駒は決して落とさぬお方だと聞いているからな」
「はぁ…本当にどうしてこうなったものか…」
疲れた様子でテオバルトは言うと、その様子を見ていたアルガードは話を戻す。
「まあ、いずれにしても前向きに検討してほしい。辺境伯のバックがあると知ったら、多少は舞踏会でも言い寄られる数は減るんじゃないか?」
「いえ、支援をしてくださるのはありがたいことです。アルガード様」
「…」
そこでテオバルトは軽く首を振って答えると、すぐにアルガードは彼の思惑を理解した。
「(あぁ、元々コイツは俺にカーテンの覗き穴を作らせるつもりだったんだな)」
アルガードは元々、多くが秘密のヴェールに隠されていた第二皇子陣営の状況を知りたがっている他の王侯貴族の為に、昔からの縁という事で彼の後ろ盾に立って、陣営の内情を観察しようとしていた。あわよくば舞踏会や晩餐会などで話の種にしようと画策していた。
「(しまったな…焦んなきゃよかったぜ)」
まだ当主になったばかりで戦功を欲しがっていたアルガードは内心でやや後悔をすると、目の前の若い子爵当主を見る。まだ決まったわけではないのだが、そもそもヴェーグマン家は目の前の男以外に男児がいない。
別に女性が当主になる例も多々あるので駄目というわけではないのだが、本人がこの有様だし、ヴェーグマン当主もテオバルトに家督を譲りたいと考えているのは、エルンストが婿探しをしている時点で予想できた。
「我が家はまだまだ子爵。多くの王侯貴族に耐える事は難しいでしょう」
「そうか?俺から見たら充分だと思うがな」
「いえいえ、そのようは事はありません」
半ば決まった事のようにアルガードは話すと、そこで彼に言う。
「ふむ…ならピッタリのやつを探してきてやろうか?」
「…お手柔らかにお願いしますよ。アルガード様」
「ふはははっ!まかせろ。辺境伯当主の力を見せつけてやる」
不敵に笑うと、目の前の草食系にしか見えない軍人に似合う女性と聞いてどうしたものかと思った。
「で、辺境伯のお力を借りることになったのですね?」
「まあな。アルガード様達には色々と俺も世話になったし、閣下のことを知りたい貴族は多くいる」
帰りの宇宙船の中でマリーダと話すテオバルト。
「第二皇子の陣営は貴族以外の者もいる。まだ奇怪な目で見られているが、本格的に総監府も動き出した」
彼はそう言い端末を操作すると、そこでは早速徴税を不正に嵩増ししていた伯爵家に強制摘発を行ったことが記事になっていた。
「軍の命令系統が煩雑化すると軍令部はいまだに反論をしているらしいがね」
「だったら暴動の一つでも鎮圧して欲しいものですわね」
マリーダはやや呆れた様子でその記事を見てから椅子を操作してマッサージ機を展開する。
「あぁ〜、流石に疲れますわね」
「だけど三人とも無事に成婚できて何よりだ」
「ええ、まったくですわ」
結婚が理由で大騒動になる事などよくある事であり、貴族ともなればさもありなん。簡単に没落への道を歩んでしまうことにもなりかねない為、結婚というのは慎重に行わなければならない。
「兄様の場合は、慎重になって石橋を叩きすぎて橋を壊すタイプですわよね」
「シンプルに人の心を読むのはやめなさい」
テオバルトは言ってもいないのに考えてくる事を当ててくる妹にすこし顔を顰めてしまいながら言う。
「だって兄様は分かりやすいですもん。結構顔に出るタイプなんですよ?」
「…顔にマスク当てて隠そうかな」
「いきなりそんな事をやっても意味がないと思いますよ?軍艦の速度を三倍にでもするおつもりですか?」
「そんなことやったら死ぬに決まっているでしょうが」
ワープでもしない限り行わないような話に苦笑気味に答える。なぜそんな古いアニメを此奴は知っているんだ。
「まあ、とりあえず帰ったら俺は休暇だ」
「何をされるおつもりですか?」
「寝る」
そう言った直後、彼は顔面にクッションが投げつけられた。
「馬鹿ですか?今まで散々晩餐会やら舞踏会やらすっぽかしてお父上に苦労をかけたんです。働いてもらいますわよ」
「えぇ…」
彼女はそう言うとみっちりと予定が詰め込まれた予定表を見せつける。多分、下手に逃げたら本気でマリーダは殺しにかかってくるので、逃げるなら本気で計画を練るしかないだろう。
「ほら、軍人なのにどうして弱々しいんですか。まったく…」
「俺は元々インドア。OK?」
「そのまま苔むしてしまえ」
兄に向かってなんて酷い事を言うんだこの妹は。ただ人としての尊厳を求めているだけだぞ?欲求のままに生活をしたいだけだぞ?
「ほら、せっかく辺境伯がいいお相手を探したくれているんです。側だけでも顔を出しませんと、前評判が良くなりませんわよ」
「別にいいだろう。前評判など」
「っ…!!」
その時、何か彼女にスイッチが入った様子で目元を暗くした後に一言。
「歯ぁ、食いしばれ馬鹿兄貴」
「え?」
直後、彼は思い切り妹からグーで殴られた。
「うはははははっ!!」
その事を話すとレオンナードは大爆笑していた。目に涙までする大爆笑である。
「いやぁ、最高な兄妹じゃないか」
「冗談ではありませんよ…」
そこで顔面からもわかるほどに憔悴しきってしまっているテオバルトは答える。あの後、長期休暇が与えられたと言うのに休むこともなく晩餐会や舞踏会に引っ張り出され、最終的には一人で招待された舞踏会に参加することもあった。
「聞いたぞ?イブラハム辺境伯に嫁を探してもらっているのか?」
「…お耳が早いですね」
「ああ、お前に結婚願望があった事の方が驚きだからな」
二人は車に乗って目的に向かうまでの間、長期休暇の事で持ちきりとなっていた。
「で、反応は?」
「ぼちぼちと言ったところです。何人かご紹介をしてもらったのですが…」
レオンナードに頷いて答えると、彼は数回頷く。その意味を彼は誤解しなかった。
「(何人か接触を図ってきたのか…意外だな)」
意図的に開けられたカーテンから覗かれた情報は、数名の若手貴族がテオバルトに話しかける要因になった事に驚きを隠せなかった。
「まあ、お前にピッタリなお相手が見つかるといいな」
「殿下も言われているではありませんか」
「生憎、まだ決めちゃあいないんでな。俺の番はもっと先だろうよ」
彼はそう言うと、車は目的地に到着をしたのでコリスがドアを開けた。
「ようこそ。テオバルト・フォン・ヴェーグマン様」
そこで彼らを出迎えたのは帝国造兵廠の工廠長だ。以前、モルトケを案内した人物だ。
「すまない。また世話になる」
「いえいえ」
今回はレオンナードが付き添いという形で訪れており、影武者が公務を行っていた。
「さあどうぞ。ご覧になってください」
そこで彼はテオバルト達を案内すると、施設内のウェルドックに案内をする。
「ほぉ…」
そして案内されたドックでは、一隻の艦艇が艤装作業中であった。
その純白に塗装された船体には、僅かに紋様が刻み込まれていた。
「戦艦『クラウゼヴィッツ』です。モルトケを基準に各種改良を加えた巡洋戦艦でございます」
「…凄まじい船体だな」
そこで説明を受けたテオバルトは、目の前で建造が進められている真新しい軍艦に思わず身を乗り出しそうになってしまった。
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