戦艦クラウゼヴィッツ。
それが此度、テオバルトに割り当てられる軍艦である。
帝国技術廠が建造にあたり、姉に当たる『ヘルムート・フォン・モルトケ』で得られた実践データを参考に改良が施されていた。その流線型の純白の船体にはわずかに紋様の絵柄が光に反射して映し出されていた。
「(真っ黒に塗ってやりたい)」
その純白の船体を前にゲシュタッドブラックとも言われる帝国宇宙軍の艦艇の一般的な塗装に塗装変更をしたいとまず思った。これでは戦場で丸わかりではないか。モルトケもそうだが、何でこの艦級の姉妹達はあんな目立つ色で塗ってしまったのだ。
「最新の技術を惜しみなく投入した最新鋭艦でございます。是非、テオバルト様はお気に召されるかと」
「なるほど…」
そこで建造中の船内に案内されて解説を受けるテオバルト。
帝国宇宙軍の一軍人として、一年前まではただの新米兵士であったはずなのにどうしてこうなったというのが本音である。
「新技術となると、安全なのか?」
「ご安心を、本艦に装備される新技術は何も『モルトケ』で確立された技術を用いております」
工廠長から直々に説明を受けると、そこで彼は船体中央部にある全天型のCICに入ってその光景を見上げる。
「こちらの戦艦は新戦艦級の最終試験型の艦艇。性能は申し分ないかと」
「速度は如何ほど出せる?」
「計測上ではワープ航行までに必要な時間は座標設定を除きますと、おおよそ四分ほど。最大六〇〇〇回の連続してのワープ航行もモルトケの実践データより可能となっています」
「そうか…」
そこで艦艇の説明を聞き、未だに覆いが被せられたCICをテオバルトは一瞥していく。
「モルトケに対しても改修を加え、これをもちましてファルケンハインより行われてきた各種実験艦は予定通り、最後の実験艦を迎え入れることとなります」
「ご苦労だった」
そこで一連の説明を受けたテオバルトは一度頷いてから改めて艤装工事中の艦内を見る。
「どうだ、お前の艦の感想は?」
「…正直、未だに信じられませんね」
CICではレオンナードが笑みを浮かべて聞いてきたので、テオバルトはため息を付いた。
なにせ、あのカフス星域での初陣から一年と少ししか経過していない。
「これから貴様には一個機動艦隊を隷下に与える」
「はっ、謹んでお受けいたします」
総監府の副総監も兼任している彼は、国内の諸問題に対応するために創設された総監府所属の警備艦隊として機動戦隊を率いることを事前にレオンナードから知らされる。
「人員策定はどうする?」
「…はっ、もし可能であれば幾らか引き入れたい人材が」
「良かろう。引き抜きたい人員がいるのなら、事前に連絡しろ」
「かしこまりました」
テオバルトは敬礼して頷くと、その後に二人は案内を終えられたクラウゼヴィッツを後にする。
その日、帝都星の周辺宙域に港湾管理区画から警戒通達が行われた。
「艦長」
「うむ、すまないな。憲兵からこっちに引き抜いてしまって」
そこで憲兵の頃からの知り合いである副艦長に敬礼して言うと、さほど彼は気にしていない様子で答える。
「いえ、殿下より御言葉は貰いました。私としては感無量です」
「そうか…」
CICに立ち、彼は他の乗組員を確認して行く。
「全乗組員、搭乗完了。配置完了しました」
「了解した」
帝国宇宙軍の制服を纏い、テオバルトはやや新型艦に緊張気味な様子の他の乗組員を見る。敢えてこの新型巡洋戦艦には数回艦艇に乗り込んだばかりでありつつも、優秀な成績を士官学校では残してきた乗組員を選んでいた。
省人化により、これほどの巨大でありながら九〇名前後での運用が可能で、アンドロイド兵も常駐させていた。
「出港用意」
「了解しました」
そこで水を張ったドックからタグボートで牽引されると、真新しい純白の艦艇はドックから明るい太陽の元に顕現する。
「おぉ…」
その美しさはまるで白鳥のようであり、見ていたレオンナードや他の将官達も思わず声を漏らしてしまう。この湖には他にも湖上に艦艇が投錨しており、全て竣工済のファルケンハイン級戦艦であった。
「ヒュルトナー・ハイルヴィヒ中佐」
『はっ』
そこで既に宇宙に上がっていた巡洋戦隊司令官に連絡を繋ぐ。一年前まで俺の上官だった人だ。
「宇宙に上がったら、そのまま訓練地域まで我々はワープ航行を実施する」
『了解しました』
そこで新型量産型巡洋艦であるヴィクトリア級巡洋艦引きいる艦艇が衛星トリリオンの宇宙港から離陸していた。
『艦隊編成ののち、直ちに訓練予定宙域にて訓練を開始します』
「宜しい」
かって知ったる関係であるので、あの頃とは丸切り違う関係に苦笑しながらテオバルトは耐圧服を纏う。
「マスドライバー接続後、すぐに離陸する。総員耐圧服着用」
そこで乗組員等は全員が耐圧服を着ていく。既に着込んでいたテオバルトは艦長席に座り込んだ。
「さて、処女航海だ。姉様方も見ている中で失敗は許されんぞ」
「分かっております。司令官閣下」
そこで航海長は自信ある様子で年下の准将に答える。
この年にして帝国宇宙軍の准将を拝命する事となった若き天才軍人に支えることができるというのは、何よりも将校達を勇気付けていた。
彼らからしてみれば高嶺の花のような存在であるテオバルトであったが、彼らは事前にテオバルトと顔を合わせる目的で彼主催のパーティーに参加していた。
「第三マスドライバー、ブースター接続します」
タグボートの牽引により、宇宙船は巨大なレールの根本に持ち上げられると、後端に大気圏を離脱可能なロケットブースターが装着される。
「ブースター接続確認、マスドライバー管制室より連絡。カウントダウン開始、射出まで一分」
「総員、対ショック姿勢」
「了解、総員対ショック姿勢。各員シートベルト着用」
そこで比較的狭いCICにて乗組員達は座席に座ってシートベルトや耐圧服を着用して行くと、彼等はカウントダウンを航海長が数えるのを聞いて行く。
「射出まで三〇」
「各員準備良し、射出準備完了」
湖からマスドライバーに持ち上げられたクラウゼヴィッツは、しっかりと排水をした上でブースターを装着されていた。
「あの艦に反重力装置は装備していないのか?」
「は、クラウゼヴィッツは速度に重きを置いた艦艇となっております。宙雷艇ほどの速度を発揮するため、大気圏投入能力は装備しておりますが、反重力装置に関しては外装ユニットを装備する必要がございます」
そこで射出前のクラウゼヴィッツを見ながらレオンナードが問うと、隣でコリスが答えた。
「あの巨躯で宙雷艇か…」
レオンナードは苦笑気味にワインを片手にブースターを接続した巡洋戦艦を見つめる。自分のモルトケとは違い、彼の髪を表したような白銀の船体はその速度を生かした戦闘を得意とする。
「なるほど、駆逐艦の航海長をしていたから使いこなしてくれると?」
「工廠はテオバルト様のカフス星域での戦闘を参考にしたとお話が上がっております」
「ああ、是非テオには使いこなして欲しいものだ」
彼はそう言うと目の前のロケットエンジンが点火して轟音を上げ始めるクラウゼヴィッツを見た。
「射出まで一〇…九…八…七…六…」
航海長は秒読みを進めて行くと、他の乗組員達もこの打ち上げには慣れている様子で気を引き締める。
「五…四…三…二…一…射出!」
航海長が叫んだ直後、船体がガクンと後ろ向きに押し付けられる感覚になり、先に点火していたロケットブースターと電磁加速のカタパルトが合わさって凄まじい速度で加速して行く。
「(ああ、くそっ。モルトケの時はもっと穏やかだったのに…!!)」
工廠の連中の馬鹿野郎!と怒鳴りたくなる気持ちを抑えながら彼は視界に広がる一面の青を見つめる。CICは宇宙に上がって通信や諸々の電子装備が回復するまで全天モニターは一時的に使用不可能になる。
「艦橋、無事か?」
『異常ありません』
そこで打ち上げの最中にテオバルトは質問すると、揺れる船体で航海長は言う。
「現在、高度九〇キロ通過。間も無くカーマン・ラインを突破します」
姿勢を変え、第一宇宙速度まで加速された船内で操縦桿を握りながら航海長は答えると、ロケットブースターが切り離されたことで振動が治ると、CICの映像が映し出された。
「おお…」
この全天モニター装備のCICを初めて見た下士官は、そこで眼下に広がる雄大な惑星の光景に息を呑みそうなほど圧倒されていた。
「これは凄いですね」
「ああ、ファルケンハイン級戦艦の真骨頂ってところさ」
副艦長の感嘆にテオバルトは耐圧服を脱ぐと、眼前に広がる景色を前に言う。
「この後、反重力ユニットを装備したら直ちに訓練を開始する。艦隊との合流地点に移動せよ」
「了解しました」
航海長は頷いて操縦桿を操作すると、スラスターが噴射して大気圏を離脱した艦艇を移動して加速を始める。
「既に第127巡洋戦隊、第283、324、446駆逐戦隊、第22航宙戦隊はトリデスタン宇宙港を離陸。ポイントR3にて会合と報告が届いています」
「了解した。合流地点に差異なし。改めて合流後に輸送艦からの補給を受け、訓練宙域にワープ航行を用いて航行せよ」
「了解致しました」
そこで青から黒に視界が変わって彼は指示を出して行くと、耐圧服を脱いだ乗組員達も艦隊との合流を行う。
クラウゼヴィッツは実証実験を目的とした艦級の末娘であり、就航したばかりの彼女は高速度を持ち味に多数の砲塔とミサイル発射器、対空火器を全体に配置されていた。
その頃、ポイントR3では多数の艦艇が駐機していた。
「…あれか」
その中の一隻、竣工したばかりのヴィクトリア級巡洋艦の艦橋で一人の男が接近してくる純白の船体を見て呟いた。
「何とまあ…」
「噂の新型艦はよく目立ちますな…」
「見ろ、通信妨害なんてやったら狙い撃ちじゃねえか?」
そこで接近してくる艦艇を見て彼等は口々にそんな感想を漏らすと、他にも新型のZ500級駆逐艦でもその純白の巡洋戦艦に誰もが苦笑、羨望、驚きなど、様々な視線を送っていた。
「絶対真っ黒に塗りたがってるぜ」
「間違いねえや」
その船体を見て、昔から彼を知っていた軍人はそんな感想を漏らしていた。少なくとも、彼のとにかく目立ちたくない一心で逃げ回っていたことを知っていた彼等は的確にテオバルトの思考を読み取っていた。
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