第53機動艦隊の訓練はテオバルトの誰もが顔を青ざめさせるような内容によって、十分な練度を受けたと自他共に感じつつあった。
「艦長」
「ああ、直ぐに向かおう」
クラウゼヴィッツの艦長室。そこでタイマー付きの休息用のポッドを出る。
このポッドは最高なもので、七時間の睡眠で二一時間分の疲労回復を促してくれる優れもの。これにより、実質的にこの体は三分の一しか仕事をしていないにも関わらず仕事分の給料を受け取れる。いやはや、何と最高な機械であることか。もし前世でこれがあったなら…
いや、そしたら三倍仕事が増えるだけだな。そしたら何の意味もない。
そんなことを考えながら纏っていた寝巻きから軍服に着替えると、最後に艦長帽を被ってドアを開ける。スライド式の自動ドアがロックを外して開くと、ヴィッケルが敬礼をした。
「今日は艦隊間演習だったな」
「はい、演習相手は第50機動艦隊。旗艦はファルケンハインです」
「ほう。長女と末女が演習とはな」
そこで不敵に笑みを見せると、クラウゼヴィッツの艦内を歩く。
「はっ、敵艦隊の編成は我が艦隊の約二倍。旧式艦が多数を占めておりますが、賊狩りや反乱艦などの交戦により、腕も数も劣っていると言わざるを得ないでしょう」
「そうか?数は兎も角、腕に関してはこちらも劣っていないように思われるが?」
「司令官、いずれも実践ありきの経験です。我が方はカフス星域での実践経験の他は十分な経験は…」
「ふふふ、結構ではないか?殿下の率いたカフス星域での戦闘だ」
彼はそこで自信があるのか、笑みすら見せながら彼はCICに入る。
「司令官、入ります」
先にヴィッケルが入って伝えると、乗組員は入ってくるテオバルトを見て敬礼をした。
「作業を進めてくれ」
そこで彼は言うと、手を止めて敬礼をしていた彼らは作業を再開していく。
「演習ということで、敵部隊役は我々と同数での演習となります」
「了解した。演習前に向こうの艦隊司令官と話がしたい。できるかね?」
その問いかけにヴィッケルは答えた。
「元より面会希望が届いております。相手はカーラ・コーレフ准将です」
「その時は是非、故郷の紅茶を要しておいてもらえると助かる」
「畏まりました」
彼は敬礼をすると、テオバルトは見ていて頼もしい限りの部下達を見た。
その後、艦隊間演習を前にテオバルトは自艦に客人を招き入れていた。
「お久しぶりです。ヴェーグマン准将」
「総監府創設式以来ですな。コーレフ准将」
先任であるため、先に敬礼をされるとテオバルトは迎え入れたカーラを見つめる。
「しかし、良い艦艇です。新品の香りだ」
「ええ、なにせ処女航海を終えたばかりの新造ですからね。今日はお手柔らかに頼みます」
微笑みかけて彼は紅茶を傾ける。地元、デリエンベルクで収穫された新物の茶葉である。
「もちろんです。お互い、良い演習となる事を望みます」
カーラもそんなデリエンベルクの紅茶を傾けて、その大人しくも味のある香りにこれが本物の紅茶であるのだと理解する。
「いい茶葉ですね」
「ええ、故郷の自慢の茶葉です。帰りに一箱いかがでしょう?」
「ありがとうございます。ふむ、お返事はいかがいたしましょうか…」
カーラはそこで目の前の次期子爵を見つめて少し考えると、彼は笑った。
「いえいえ、交友を得た記念です。どうかお気になさらず」
彼はそう答えてからカーラに手を差し出すと、彼女も良い演習になることを願って握手を交わした。
そしてカーラは自艦、ファルケンハインに帰艦するとCICで立って叫ぶ。
「諸君、相手はあのカフスの英雄だ。くれぐれも気を抜くな!海賊や叛乱艦とは訳が違うぞ!」
「「「「はいっ!」」」」
彼女の強き言葉に乗組員達も同様にドスの効いた声色で応える。演習は同数、同編成で行われるため、カーラは直感的に危機感を感じていた。
「(向こうは戦隊規模で編成が組まれている。…が、カフス星域で実践経験済み、尚且つ全部新型艦を揃えたと来たもんだ)」
質で圧倒的に劣っていることに彼女は警戒を最大に感じながら演習が始まる。
『これより、第50機動艦隊と第53機動艦隊の艦隊間演習を開始する!』
審判役のメアー・カム級から放送が流れると、一斉に両艦隊は作戦行動を開始する。
「戦場想定は一切の無線、レーダーが使用不可能な視界内戦闘だ。勝利条件は旗艦の撃沈判定だ」
クラウゼヴィッツCICでテオバルトは言うと、次に仁王立ちのまま後ろ手で組んで指示を出す。
「艦載機、全機発艦!」
「了解。護衛戦闘機隊を発艦させます」
そこでテオバルトは指示を出すと、航宙母艦『ユニコーン』から戦闘爆撃機が発艦していく。
「対空戦闘用意!」
「各護衛機は発艦後、艦隊防空の任にあたれ!」
そこで新型航宙母艦から艦載機が発艦を行うと、演習相手の艦隊を見張り所が捉えた。
「敵艦隊視認。第二警戒航行序列で接近中!距離二〇万!」
「流石に近いな」
そこで全天モニターに接近中の敵艦隊を確認すると、早速向こうから閃光が確認できた。
「敵艦隊発砲!」
「回避運動だ。各艦各個に之字航行!」
そこで陣形を崩して艦隊は接近中のカーラ達からは距離をとっていた。
「敵艦隊、距離を維持したままです」
「了解」
「航空機部隊が交戦に入りました」
そこで艦隊の間で互いの戦闘機同士の空宙戦が発生していた。
「オラオラオラァア!こちとら鬼に耐えられてんだ!舐めんじゃねえぞ!!」
艦載機のコックピットでパイロットは叫ぶと、空
「…絶妙に届かないか」
「はっ、双方ともに絶妙な距離をとっており、接近すれば敵の艦載機群による攻撃を受けます」
演習が始まって数時間が経過したが、双方に損害は今のところ見受けられなかった。
現在、テオバルト艦隊との距離はこちらの主砲と向こうの主砲の射程距離の間に絶妙に届かない微妙な位置に居た。こちらが押せば向こうは後退し、こちらが引けば追いかけてくる。そんな有様だった。
「(何を狙っている?)」
そこでカーラはレーダーが使えない事に歯噛みしながら見ていた。
「ん?」
すると、そこで周囲を凝視していたレーダー員は首を傾げながら上を見た。その瞬間、彼の目に僅かな閃光を見た。その光には見覚えがあった。
「ちょ、直上にワープアウト反応!」
「何っ!?」
報告を聞いたカーラは驚いて顔をその方に見上げた。
「全艦ワープアウト!」
「よし、突撃せよ!!」
そこで第324駆逐戦隊司令官、クルト・フォン・ベントレー大佐は猛り狂ったように興奮して声を荒げて叫ぶと、艦隊直上からワープアウトをして急接近していく。
「なっ…!!?」
真上からのワープアウトに驚いていると、直後に電力を回復した艦隊から射撃が加えられる。
「うおっ!?」
その攻撃で防宙陣形を組んでいた駆逐艦が撃沈判定を受けると、直後に航宙母艦『グラーフ・ツェッペリン』から発艦していた艦載機群が殺到する。
「ぶ、ぶつかる!!」
そして射撃を続行しながら落下するように突撃してくる戦隊に蒼白になりながらファルケンハイン乗組員は対空火器を発射するが、航宙機よりも先に突撃してきた駆逐戦隊は艦隊の隙間を縫うように通過していく。
「ひぃっ…!!」
時間が振動で揺れてしまうほど接近していた艦艇を前に思わず乗組員達は悲鳴をあげて顔を覆ってしまった。
「て、敵航宙機接近!撃破判定、駆逐艦三!巡洋艦二!」
「しまった、丸裸にするか…!!」
カーラはそこで駆逐艦が護衛部隊の中核を担っていた巡洋艦を排除された事に驚くと共に、通過した駆逐艦を見て納得する。
「黒…なるほど」
一体どこからこの艦隊が出てきたのかと驚いたが、何のことはない。初めから向こうの艦隊に一部の戦力はいなかったのだ。
「そう言うことか。だから連中、後部の噴射ノズルを見せなかった訳だ」
そこでワープ直後に発艦すると言う恐ろしい芸当を目の当たりにカーラ達は愕然となりながら、全天モニターで正面しか映らない艦隊を見つめる。
「どうされますか?」
「狼狽えるな!主砲、敵旗艦を捕捉せよ!」
「宜候!」
彼らはその視界に映る白銀の船体を見つめると、照準を合わせる。しかし直後に警報音が鳴り響く。
「どうした!?」
「真下からの攻撃です!通過した駆逐戦隊が反転した模様!」
「旋回半径が小さくないか!?」
カーラは驚いて通過してから反撃を行った時間の短さに驚いていた。すると見ていた航海長は愕然とした様子で報告をしてきた。
「ス、スラスターを使って超信地旋回を行ったのかと…」
「そんなことをすれば船内の重力環境は悲惨な事になると言うのに…」
そこで複数の駆逐艦からの砲撃を受けたことで撃沈判定となったファルケンハインは、演習で敗北に喫する事となった。
「アイツら、駆逐艦を航宙機と間違えていないか…!?」
この演習に参加した乗組員は、目の前まで接近した艦隊を見て思わずそう呟いてしまった。
その後、ファルケンハインに招致されたテオバルトは内火艇に乗り込んで紫とクリーム色に塗装された船体を見る。
「また派手なカラーリングな事で」
そこで呆れたため息を吐いて彼は自分やレオンナードと同じ派手な塗装の艦艇に顔を引き攣らせる。
「いやはや、簡単に捻られてしまいました」
「いえ、流石の練度だと思いました。カーラ准将」
演習を終え、ファルケンハインを案内された彼はカーラや他のファルケンハインの乗組員を見ていく。
船内は女性ばかりで、男性の乗組員の姿は見受けられなかった。
「(なるほど、こいつは女性専用艦か)」
男女も問わずに門戸が開かれている帝国宇宙軍では別に違和感のあることではない。とにかく多くの優秀な軍人を集め、独立したばかりのゲシュタッド帝国を支える原動力となった。
「少なくとも我々は受けた攻撃を退ける。受け身の防衛しか学べておりませんので」
「何を言うかと思えば…あの艦隊の奇襲には我々はどうすることもできませんでした」
カーラはそう話すと、肋骨服…総監府所属の将校の制服を纏った給仕役の女性がコーヒーを出す。
「コーヒーはお嫌いですか?」
「いえ、昔も今も仕事のお供です」
出されたコーヒーにテオバルトはそう答えると、前世の頃からのお供であったコーヒーの香りを嗅いでいた。
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