「うーむ…」
その土を見たその男は少し顔を顰めた。
「こりゃあ酷い。デリエンベルクでもこれほど酷い土は見たことありませんな」
そこでボロボロにパサついた土を見てそこ髭面でビール腹の小柄な男は言う。
「ここで農業はできそうか?」
「この土なら食糧生産プラントを建設した方が早いでしょうな。若旦那」
その男の名はアルブレヒト・ダニエル・シュテーア。その性格や見た目から『ドワーフ』ともあだ名されるヴェーグマン家お抱えの農学者で、デリエンベルクで農務卿を担当していた。そんな彼は地べたの土を舌に乗せてからそんな感想を漏らした。
「そうか…素人目の俺でも思ってはいたが…」
「若旦那が素人と言うのは反論しますが…これが噂に聞く『耕作で発展した農業惑星』とは、笑わせてくれますよ」
「…」
アルブレヒトはそう言うと、眼前に広がる無数の黒を見る。妙にこの場所は霧が広がっており、荒廃した大地が広がっていた。
「他の惑星に行かせた連中から報告は聞きました。まさか惑星の住人すら賄えない食料事情とは…」
目も当てられない惨状にどうしたものかと彼は考える。
「事前に上がっていた報告との乖離もひどい。離農した住民が盗賊になって、今は揚陸部隊が討伐中だ」
「離農ですか。これは余程のことだ」
其処では測地を行っているヴェーグマン家から派遣された測量士が事前の情報との照合を行っていた。
「おい!ここの土地の面積、五haも違えじゃねえか!」
「どんなガバ情報だ!」
「事前情報がまるで役に立たねえぞ…」
故郷の惑星から連れてきた彼らは悲鳴を上げながら上空で測量を行う宇宙船から情報を見ていた。
「耕作地が収穫量の減少に合わせて増えています。種の撒き方も酷い」
「人を使って蒔いたのだろう。これでは育つものも育たんな…」
彼はそう言い、森を切り出して開墾された土地の土を見る。
「見ろ、開墾も酷くて農地に石が混ざっている」
「ああ…収穫量が減って、何とか維持するために開墾をしたわけですな」
「それが惑星全体で行われて、森が払拭された事で環境が変わったんだな…」
森は生命の礎だ。育った木々は根を張り路盤を固め、酸素を作る。古いながらも、確実な環境改善の方法であった。
「こりゃあ、植林から始めなければなりませんな」
「どれくらい必要だ?」
テオバルトは聞くと、ざっと計算をしてアルブレヒトは言う。
「多くて五億株と言ったところでしょうかね。この状況なら」
「良かろう。まあ借金も背負わされて、暫く家計は火の車かな…」
「まるで先々代のヴェーグマン家のようですな」
表情を引き攣らせて彼にテオバルトは言う。
「それ以上に酷いぞ、何せ他にもこんな惑星ばかりだからな」
「でしたらワーグナーを寄越してもらえますか?アイツがいなきゃ公共投資ができやしません」
そこでテオバルトの感覚で言えば中世、この時代の感覚であれば古代時代のような生活に誰もが絶句してしまっていた。
「良かろう。彼も今回の視察団に同行しているはずだ」
「ありがとうございます」
その様子を見ていた他の住人は、やや信じられない様子でこの光景を見ていた。
「親父はデリエンベルクで公債発行の準備に追われてるはずだ」
「銀行屋が買ってくれますかね?」
「最悪、俺の名前でも使えばいいさ。別に開発投資自体は悪いものでもないからな」
農地の視察を終え、街に戻る車に乗り込んで彼らは現状を憂いていた。
「人手も足りていません」
「移住希望者丸々こっちに送り届けておけ。ついでにデリエンベルクの治安向上に一役買ってもらおう」
他にもこの地に派遣されてきたヴェーグマン家お抱えの役人たちは次々と矢継ぎ早に政策を打ち立てていく。
「こちらの治安はどうされますか?」
「俺の艦隊は暫くここで救援活動さ、ここの治安維持の艦隊の討伐もせにゃならんからな」
そこで<ブランデンベルク>改め<ヴェルケグラード>に改称されることとなるこの惑星にて次期領主となるテオバルトは毒吐いていた。
「全く、こんな時に親父も正式な次期当主指名なんてしないで欲しかったな」
「寧ろ今が絶好のタイミングです。これにより、テオバルト様は御当主様の派遣した人物としてこの地で全ての裁量が許されることとなります」
新たに領地が与えられる直前、テオバルトはエルンストから内外に彼を次期当主に指名する通達が行われた。それによりテオバルトは正式に子爵を受け継ぐこととなる。
当然、当主候補と次期当主で扱える権限は大きく変わってくる。まあテオバルトとマリーダしかおらず、婿探し奔走しているエルンストから周りの貴族はテオバルトが次だろうと言うのは確実視されており、そのように接せられる事もあった。それが今回、正式に認められた形となったようなものであった。
「俺の肩書きがまた増えるな…」
「今回の暴動鎮圧で少将に昇格です。現在、大将のレオンナード殿下の次に総監府では階級が高い将校となります」
そこで何度も新しくさせられる階級章を見てテオバルトは苦笑する。
「殿下は俺をさっさと中将か、其処ら辺まで昇進させる理由のために仕事を振っているんじゃないのだろうな…」
「さあ?しかし階級が上がる事は嬉しいことばかりですよ」
そこで次期当主に指名されたことで、ヴェーグマン家の方の業務を担当する秘書が実家から派遣されることとなった。名をクルーゲル・ヘンシェルと言う。昔馴染みの奴で、元は商会で会計担当をしていた男だ。
「御当主様はマリーダ様の婿探しにも奔走しておられます。幾人かお見合いの申し出もあるそうですよ?」
「ほう、アイツに似合う奴がいると?」
「はははっ、顔写真を見ただけでお嬢様はお断りした人ばかりです」
女学院でも上手く立ち回っている様子のマリーダの話は、女学院に娘や妹が居る他の貴族たちからいろいろと聞いていた。
「司令官」
すると到着した<シュツゥットヴェルゲン>と改称された領都にて、彼はヴィッケルから報告を聞いていた。
「機動艦隊より新たな艦艇を撃破したと報告が上がりました」
「何隻だ?」
そこでテオバルトは聞くと、ヴィッケルは報告を読み上げていく。
「海賊行為を行っていた駆逐艦一隻、フリーゲート艦四隻を撃沈しました」
報告を聞いてテオバルトは頷くと、次にヴィッケルに聞いた。
「得点配分は済ませたか?」
「はい。アルトー提督が四〇点、コーレフ提督に二〇点加算されます」
「ふふっ、ここら辺ではメッツェーナ提督が負けているな」
そこで彼はこの星域で行われていた略奪行為に対し、点数制で全て撃破せよと命令を出した。報酬付きで海賊討伐を受けると、艦隊は競い合って海賊となったこの星域の海賊をあっという間に殲滅してしまった。
「他はどうかな」
「点数稼ぎで大盛り上がりですよ」
そしてその話を聞いた総監府所属の司令官達も得点制に羨望すると、次に他星域にも同様のルールを与えて報奨まで用意した。すると彼らは航路の安全を脅かしていた海賊を次々と撃破していた。
「皆、テオバルト様の用意された賞品を欲しがっている様子です」
「はははっ、予想外の効果だな」
彼は苦笑気味に張り切っている提督達を案じると、そこで郊外の宇宙港に着陸してくる白と紺に塗られたコルベット艦を確認する。
「ほう、もう着いたのか」
それはデリエンベルクでヴェーグマン家が整備した警察が自衛用に装備している艦艇であった。その艦艇を見てクルーゲルは頷いた。
「ええ、デリエンベルクに来た移民船団に合わせて余剰分をこっちに送ってきました」
「移民はさぞ驚くでしょうな。こんな環境では…」
そこでほぼ荒廃している様子に降りてきた移民達は絶句しながらその環境を見ていた。
「仕方あるまい。元々、こっちも移民で治安悪化していたんだ。まとめてしょっぴいて島流しよ」
「家は…こう言ってはあれですが、空き家が腐るほど余ってますからね…」
「とても余っている理由は褒められたものではないぞ」
彼らはそう言いながらこの日程で概ね把握できた新たな領地を前にため息を漏らす。
「まさかたった一年でここまで荒廃するとは思ってなかったんだからな」
「おまけに借金付きです。直轄地になった間は利息ゼロなのが唯一の救いと言ったところでしょう」
そこでいきなりPONと渡された借金。それくらい帝室の予算で支払ってくれよな、と内心で思っていたその借金。悲しいかな、新しい領地を渡されたと思ったらこれだよ。なんでも公爵が無茶してテラフォーミングをやって失敗したらしい。その資源惑星としても開発に失敗した惑星は、建造途中の軌道エレベーターが残されていた。
「支払えるか?」
「商会にどれだけ財産があると思っているんですか?」
「最近は帰れてないから知らんよ」
テオバルトはそう話すと、クルーゲルは最近の発展を一部でしか見ていないからそうかと納得した上で彼に話す。
「無限ではありませんが、新しい領主…それもカフスの英雄ともなれば銀行家も尻込みして無理強いしてきていませんよ。順調に支払いはできます」
「そうか、それなら命懸けで戦った事も悪くは無さそうだ」
領地経営の話でテオバルトは笑っていると、新たな次期領主を迎え入れた街では住民達による清掃が行われていた。
「しかし悪いな、軍務を任せて」
「いえ、給金は発生しますし…こちらこそお忙しい中、申し訳ございません」
ヴィッケルはさほど気にしていない様子でテオバルトを見ると、彼はやや苦笑気味に言う。
「おいおい、ここは俺の持ち物になった家だぞ?敬語は必要ないさ」
「いえ、業務中ですので」
「真面目な奴だ…故郷の連中にも教えてやりたいもんだ」
彼はため息混じりに言うと、クルーゲルは態とらしく首を傾げた。
「そうです?テオがその方が気楽だと言ったのですよ?」
「ほれみろ!部屋に入った途端にこれだ!」
そこで新たな領主の館として使用しているのはヴェルケグラードで購入したホテルだ。本来であれば元々領主が住んでいた館を使用すればいいのだろうが…。
『…散々俺に嫌がらせをしてきた奴が暮らしてた場所に住めと?』
この鶴の一声で市街地にあって官庁街に程近いこの場所が選ばれた。元々、経営難だったところを格安で購入して駐留する機動艦隊の司令部や食糧支援の司令部として中身を大改装して使っていた。
『司令官、アナイ氏が到着をしました』
「通せ」
そこでホテルの最高ランクの部屋で彼はこの街の市長を面会室に通した。
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