ヴェルケグラードと改称をされた惑星は新たにヴェーグマンに与えられた領地だ。
借金込みで渡されたこの領地に些か不満を抱きつつも、このままでは借金が膨れ上がって返せなくなったらこっちもブランデン侯爵と同じ運命を辿ることになる。その為早急な改革が必要であった。
「公債はどうだ?」
デリエンベルクにてエルンストが聞くと、財務卿のヴァルター・オイゲンは少し渋い顔をする。
「あまり良好とは言えませんな。流石に公爵の残した負の遺産が足を引っ張っております」
「やはりか…」
まあ尻込みしてしまう話であることは分かっていた。借金付きの領地を与えられ、しかも担保に惑星すら入れられている状態だ。
「支払いはできると銀行には伝えたのだがな…」
「ええ、すでに市場ではその旨は伝わっています。故に可笑しいのです」
ヴァルターはそう断言し、今回の公債の購入者にイブラハム辺境伯も含まれていることを把握した。
「このままの売れ行きですと…最悪、我々の商会を独立させた上で買うしかありませんな」
「まあ、一応やれることではあるが…それは最終手段だな」
五年公債と一〇年公債を金利4%で中央株式市場に出したのだが、銀行家からの反応は微妙であった。
上場後、幾つか取引のあった銀行や支払える能力があることを知っている銀行が買ってくれているが、まだ数は少ない。
「先に帝国の国債を買っていて正解だったな…これでは最悪、国債の売却も考える必要が出てくる」
「全てテオバルト様のおかげです」
「ああ、公共投資も順調に回収できて、この前完済だ。我が家にとっての救いは、彼を産めたことだろうな」
すでに金融業で利益を上げていたヴェーグマン子爵。
多くの貴族が反乱を恐れて愚民化政策を行う中で全領民に対して平等に教育を施し、優秀であれば奨学金を与えて大学まで通わせたテオバルトの施政は、領内外から優秀な文官を集めることに一役買っていた。
六歳の頃に熱病に罹り、死の淵を彷徨った後に奇跡の生還を果たしたテオバルトは、元々おとなしかった性格に非凡な才能が合わさり、齢八の頃にこの政策を提案し、エルンストもそれを前に十分な価値があると判断して行わせた長い投資だ。
そして齢十三で商会の経営を手伝い、優良株や国債購入による資金運用によって得た資金を公共投資に使用し、税収向上を行なっていた。
彼が家を出て、武官として名声を上げてからはこの優れた領地を前に多くの移住希望者が殺到する有様であった。
しかし多数の有能な文官を配下に収められたことで、この借金付きの領地を与えられたという緊急事態に対しても落ち着いて対応が可能な余裕を持たせていた。
ーーーもし彼らがここにいなければ、忽ち動けなくなっていたに違いない。
「(故に、彼らを手放すわけにはいかない)」
そこでエルンストは息子の政策に相変わらずの感嘆をしつつ、何故これほど安定した公債が売れていないかの調査を、彼は中央取引市場にいる知り合いに調査するように命じていた。
ヴェルケグラード宇宙港では、今日も自前の商会や他に発注を行った商会から到着した輸送船が人の居住している地に到着していた。
「環境改善を目的に苗木をこれだけですか…」
「仕方あるまい。彼らが生存の為に雑に開墾をしちまったんだ」
今日は子爵次期当主として宇宙港を訪れており、最新の防弾仕様のフルオーダスーツで身を纏っていた。
「はぁ…些か、テオのレトロ趣味にはどうしたものかと思うけれどもね」
「少なくとも変に贅沢をして訳分からん格好になるよりマシだろ」
「そりゃそうだ。いきなり明日、テオの髪型が真っ紫のモヒカンになったらメモ当てられない」
クルーゲルはそう話しながら到着した貨物船から下ろされる建築資材を見る。
「やれやれ、これじゃあ暫くここから税金は取れんな」
「取れるとしても取引税と相続税、あと土地税くらいでしょうね。これでは…」
そこで移民も到着し、彼らに格安で割り振られていく住居などの確認を行なっていく。
「農務卿が叫んでましたよ『農機具より教師をよこせ』と」
「ああ、彼らの悲鳴は聞いている。まさかトラクターすら使えないとはな…」
今も程度の差はあれど行われている愚民化政策による教育の機会の排除。外の情報を与えないことでそもそもの思想から反乱を起こさせないようにする奴隷化の一端だ。まあ正直、そんなことをせずとも実家の領地は惑星一つと衛星一つの領地しかなかった田舎男爵故に、簡単に自分の意見は通りやすかった。
教育の機会を排除するよりも、有能な人材を見つけて登用した方が安上がりであり、彼らに自由を与えた方が維持費が安いことを彼は知っていた。
「取り敢えず、新たな領地の経済報告書を財務省に提出しました。今までの公爵の水増しにされた経済状況からは考えられないくらい徴税金額は減るでしょうね」
そこでそんな自分の政策によって登用されたクルーゲルは、現在の新たな領地を与えられた際に予想される来年の徴税金額の予想を見せる。
基本的に帝国政府からの国税徴収は、領地を管理する貴族の有する経済規模から計算される。
「写しは?」
「もちろん。これで向こうが徴収金額を下げなかったら、それはそれで実物ですよ」
そう言い、クルーゲルは経済新聞で『公爵の嘘』と題して検閲をすり抜けて急激に拡散されている公爵の実態を赤裸々に暴露したニュースを見る。
これにより、常に公開されている領地毎の徴税金額に対して上の人間は『豊かな公爵領を与えられたんだから』と言って無駄に絞ってこようとすることに先手を打っていた。
たとえネット環境が制限されていようと、銀行家や反政府系の活動家などはこういう情報には敏感に反応する。反乱を恐れる帝国が貴族の反乱を呼ぶなど…ましてやキマイラ星章を授与され、帝室から覚えの良いテオバルトに横暴な態度を取れる勇気はなかった。
「飛んだ悪魔だよね。テオは」
「失敬な。俺じゃなかったら刎ねられてるぞ」
「君だから言えるんだよ」
そこで帝室すら臆することなく使って身を守るテオバルトに苦笑気味に、クルーゲルは同時に頼もしく思っていた。
軍で恐ろしく出世を果たし、少将で暴動鎮圧の艦隊を率いたとしても、中身は故郷にいた頃と変わらない『面倒くさがりで、簡単に事を済ませたい』性格は変わっていない様子で安心していた。
「しかし、これでは君も随分と恨みを買うんじゃないのかい?」
「そもそも第二皇子の下についた時点で覚悟しているよ」
彼はそう話し、上級貴族を相手にこういう雑な嫌がらせを受けている現状にため息を漏らした。おそらく、こうも好条件な公債が売れないのもどこかの圧力がかけられているに違いない。
「でも意外だ。君が誰かの為にこうも身を粉にするとは」
「ああ、子供の頃からの約束だからな」
クルーゲルにテオバルトは即答すると、彼は脳裏に九歳の頃の景色が蘇る。
「いつか、ことが落ち着けば殿下をデリエンベルクに招致したいものだ」
「その時は、是非とも星を挙げてお出迎えいたしましょう」
クルーゲルは笑うと、下ろされていく家禽を見た。
総監府ではレオンナードはリュグドマンから報告を聞いていた。
「現在、ヴェルケグラード宙域に展開中の警備艦隊、機動艦隊は航路防衛のため海賊狩りを順調に進めております」
報告を聞き、レオンナードは安堵した様子で頷く。
「ああ、テオは『海賊対応と暴動の後始末のため、艦隊を駐留させている』と事情説明はしておいた。まあ、軍務省の連中からは嫌味を言われてしまったがね」
「仕方ありません。連中は殿下並びに平民上がりの将校が多いことに難色を示し、本来であれば軍役をさせるはずの警備艦隊を全て持ち去った訳ですから」
リュグドマンはそう話し、ヴェルケグラードに駐留している総監府所属の艦隊を前にため息を漏らす。するとそんな状態にレオンナードは軽く鼻を鳴らす。
「ふんっ、まあ旧弊貴族からしてみればせっかく楽に軍役を終えられる場所を奪っただからな。良いではないか、帝国貴族に求められる勇猛果敢さは、最前線での戦闘で発揮されるのだ。平民皇帝はその勇戦を支えてやるのがお似合いではないかな?」
飛んだ嫌味を語るレオンナードに、第一皇子を推挙する大貴族達はきっと歯噛みをしているに違いない。
新たに警備艦隊を増やせば、国民からその必要性について疑問視をされる上に、
「それより、テオに渡された領地の借金がそのままだったことと、公債発行が進まない理由については?」
「はっ、双方につきまして会計局より報告がありました」
そこでリュグドマンは今も苦労しているテオバルトの新しい領地に関する情報を聞いた。
「まず領地に関する破産手続きが行われなかったことは、財務省にて『この規模の金額の破産手続きは、これ以上の帝国通貨の信用を低下させる恐れあり』との理由で破産手続きの見送りが行われ、代わりに負債の凍結を行いました」
「…誰の指示だ?」
レオンナードは質問すると、テオバルトが憲兵隊から引き抜いてきた優秀な情報員の報告を読み上げていく。
「進言したのは公爵ですが、彼は直前に宰相宮に呼び出しを受けておりました」
「…宰相宮か」
彼はすぐに理解した様子で頷き、優秀な諜報部員を抱えられたことに感謝をし、またその人物を連れてきてくれたテオバルトに最大の感謝をした。
「また公債発行についても、中央取引市場並びに投資筋では、この負債の返済が欺瞞である可能性が流布されております」
「はっ、金融業をできる余裕がある貴族なのにか?」
「はい。ですので多くの貴族はこの安定した公債発行に対し購入の意欲を見せており、一部商会や銀行は公債購入を行なっております」
公爵の保有していた惑星は荒廃しており、有力な鉱物資源もない。しかしテオバルト達が与えられた領地は、彼が帝国中から集めた優れた文官達によって復興特需を生み出していた。
「全く売れていないわけでないのが、経済関係では唯一の吉報だな」
そこでレオンナードは一筆記した。
「コリス」
「はっ。畏まりました」
その切手を確認してコリスは一礼をして質問をすることもなく、公債を帝室費用で購入する旨を伝えた。
「宜しいのですか?」
「いつもは助けられてばかりだからな。優秀な人材しかない彼らのためなら、金の工面くらいはいくらでもする」
そこでレオンナードの話を聞き、リュグドマンはさっぱりその手の投資は手痛い火傷を負ってからしていないなと思っていた。
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