こと経済において『信用』と言うのは作るのが難しく、壊すのが簡単な厄介な存在はない。
「ふむ…」
公債の売上金額を確認したテオバルトは、新たに与えられた領地に投資を行っていた。
案外、こうした領地経営というのは会社を運営する行為に似ているのだろう。
「やはりヴェーグマン家の発行する公債は安定していて有難い様子だ」
その銀行家は上場してあっという間に売れてしまった公債を見て呟いた。
「しかし子爵家も可哀想な話です。破産手続きをされていないご領地を与えられるとは…」
「ま、我々としては有難い話でああるがね。借金がチャラにならずに済むんだ」
そこで公共事業の整備のための復興が始まっているニュースを見ながらその銀行家はタブレットの電源を落とす。
「まあ、個人的な話をするのなら…思っていたよりも貴族というのは幼稚な嫌がらせをするものだな」
「でなければ、貴族が発行する公債なんて普通は手を出しませんよ」
苦笑気味に銀行家の秘書は肩をすくめた。彼らにとってみれば『無謀なことをして自己破産されて泣き寝入りされかねない』可能性を秘めている資産が貴族の発行する公債であるからだ。彼らは貴族が持つ『業務改善命令』を前に買うしか無いというのが現状であった。
「その点、ヴェーグマン家は小さいながらも安定していました」
「ああ、変に圧力もかけられないし、最高の債権と言える」
その銀行家は大いに首肯し、皇子殿下が多くを購入してしまったことに歯噛みをしていた。
「また発行をしてくれると有難いのだがな…」
「どうでしょうね、貴族の行う公債発行量は爵位によって決められていますから…」
「その点、陞爵してくれたことはありがたいものだ」
彼らはそう話すと、休憩を終えて新たな商談に話題を切り替えた。
その頃、帝都では困惑した上級貴族の声が上がっていた。
「何故だ…」
彼らは意味が分かっていなかった。
「何故あの小僧の公債は完売したのだ!?」
「こちらとて同じ利息のはずだ」
公債を発行した子爵領は、上場した後に値上がりをして売り切ってしまった。
「そもそも、あの領地は借金付きで与えたのだぞ?何故信用のない領地を前に買ったのだ」
「買わない方が良いと社交界で言ったはずなのだが…」
「銀行家とて愚かではあるまい」
「そもそも我々の公債を買わん連中が何故、子爵如きの公債を買うのだ」
彼らは口々にそう話しながら今回起こった事象の原因を探っていた。
「話では第二皇子が買ってからあっという間に売り切れたそうだ」
「チッ、混血の若造か…」
「インサイダーの可能性は?」
彼らはレオンナードの蔑称を呟きながら今回の問題に対して対処を考える。
「…」
そんな貴族達の話を耳にしながら、最も上座の席で座っていた男はそんな面々に対して冷ややかな視線を送っていた。
「(阿呆め…)」
彼はそんな上級貴族のやり取りを前にそう毒吐いてから部屋を後にしようと立ち上がる。
「どこに行く、宰相?」
「秘書に呼ばれたものでな。少し失礼する」
宰相はそう言うと、部屋を出て戸を閉めた。そして廊下を少し歩いた時点でため息を漏らす。
「呆れたものだな。あれで大臣を兼任しているのが恐ろしい事だ」
そして宰相宮のバルコニーの出ると、彼は自前の葉巻に火を付ける。
「別にあの白髪の若造に領地を与えたのはそれが目的ではあるまいに…」
火を付けた葉巻を持って彼は眼下に広がる帝都の光景を見つめる。
この帝国の中心地であるこの星は首都として整備された惑星であり、それ故に綺麗な碁盤の目のように区画分けがされていた。二〇の行政区に惑星を分割され、帝国の繁栄の礎を築き上げていた。
「…」
その光景を見下ろしながら宰相は貴族のタウンハウスのある方角を見つめる。
「(これで暫く総監府は動きに制限が加えられる)」
そこで政府官庁にして唯一、貴族街である第四区に設置された軍務関係の省庁である総監府を振り返る。
この総監府は軍務省の管轄下にありながら、実質的には独立した武装組織である。第二皇子を長に多数の若い将校を招集した国内を睨みつけるための組織だ。今でこそ積極的な海賊討伐により国民や貴族からも受け入れられているが、創設当初はその必要性に対して疑問視されていた。
そんな中で増長して来ていた総監府のイメージにこの宰相、エルドルド・レオン・フォン・ビスケーは危機感を抱いていた。
「(しかし、第二皇子の思想と我々の思想は相入れんな…)」
彼は内心でそう吐露し、現状のこの帝国の情勢にため息の一つでも吐きたくなる。
帝国が銀河連邦の植民地宙域から独立して三〇〇年余。今でも銀河連邦は銀河の覇者としてこの銀河系の半分を統治する巨大国家である。そして帝国最大の仮想敵国であり、建国以来冷戦を続けて来ていた。
銀河連邦は連綿と受け継がれて来た人類史以降最大の統一国家であり、宇宙に進出した人類を見上げて統治してきた。そんな彼らの植民地から独立をした帝国は、建国以来銀河連邦と睨み合っていた。
そこで強力な帝国艦隊を属国である大公国の後方の帝国国境地帯に配置し、属国が侵攻を受けた際にある程度誘因をおこなってから後方を遮断して叩くと言うのが、今の帝国の国家防衛策であった。
そうでもしなければ、強大な軍事力と伝統を持つ精鋭無比の連邦軍艦隊には敵わないと想定されていた。
連邦軍側も初代皇帝の反乱によって支配地域の約四五%の宙域を失った事に強い警戒心を抱いて独立を認めた国家に対して直接的な攻撃はしなくなり、大公国に対抗するように安全保障条約を結んだ小国家を独立させた。
昨今の優れた領地経営を行うヴェーグマン家は公爵の抱えていた負債を完済できるほどの多額の資産を持っていることも事前にわかっており、安定した経営によって公債の信用は他の家族とは比べ物にならない事もこの宰相は把握していた。
そこで総監府のアキレス腱でもあるテオバルトを一時的に拘束する意味合いも込めて陞爵祝いに領地を与えていた。無論、使える惑星ばかりを渡したので、彼なら上手くやれるはずだ。
ーー別に旧弊の貴族に与したわけではない。
あくまで彼が求めているのは帝国の安寧であり、平和である。
そんな中で第一皇子を擁立せんとする旧弊貴族と第二皇子を擁立せんとする非旧弊貴族との争いが苛烈化しようとしていた。
帝室典範によるルールでは、皇帝の血筋を持つ年齢の高い順に帝位継承権は与えられらる。その為、このまま順当に行けばレオンナードが玉座に座ることとなるだろう。
何せ第一皇子はまだ十五になったばかりだ。対する第二皇子は二一。しかし彼の血筋の半分は旅館で働いていた平民の血が流れている。よって帝室の名誉に関わると旧弊貴族は叫んでいた。
そして第三皇子、ディルク・ハーネス・フォン・ゲシュタッド。この皇子の誕生も旧弊貴族にとってみれば吉報のようであった。派閥こそ分裂したが、レオンナードに対して二対一の構図が完成していた。
「だがな、内ゲバの隙を突かれるわけには行かんのだよ…」
長年皇帝陛下に支えてきた宰相はそう呟くと、葉巻の煙をいつもより長い時間をかけて吐き出した。
新たな領地を与えられたテオバルトであるが、その領地経営に奔走する羽目になっていた。
「資源惑星と言っても、穴だらけだな…」
そこで視察を行った惑星を前にそんな感想を呟くと、隣でクラウゼヴィッツに乗り込んだクルーゲルが言う。
「中はほぼ掘り尽くされています。まあ、使えるかは疑問な惑星ですね」
そこで人が居住することを前提としていない惑星を見ると、彼は言う。
「基地としての転用も考えられておりますが?」
「こんな場所に港なんて置く必要ねえよ」
彼はそう言い、その資源惑星を見つめる。
「…」
使い古されたその惑星を前に彼は少し思考する。与えられた領地にはこの様な使い古された資源惑星は多くあり、その大半が人の居住が不可能な星々であった。
「…ふむ、良い考えがあるぞ?」
「何でしょうか?」
そこでテオバルトの思い付きにクルーゲルは首を傾げる。
「資源惑星を売る前に手を加えてしまおうと思っている」
彼はそう話すと、クルーゲルは長年の付き合いの経験から納得した様子で頷く。
「…なるほど、それは売れそうですね」
納得した様子のクルーゲルに聞いていたヴィッケルはわけが分かっていない様子で二人を行き来してしまう。
「副長、至急すまないが閣下を呼んでくれ」
「か、畏まりました」
そこでクルーゲルはやや困惑気味にしつつも、通信回線を繋ぐとレオンナードが応えた。
『おう、どうしたレオ』
「閣下に至急、相談したい事がございます」
『良いだろう。何かな?』
テオバルトは口頭でレオンナードに聞いた。
「惑星の売却に関するお話です。資源惑星の売却と牽引の許諾をと考えております」
『なるほど…』
現在、新たな領地の仕事で大忙しのテオバルトにレオンナードは話を聞いて全容を把握していないので売り先を聞く。
『何処に売る気だ?』
「はい。カルーティア大公国他、いくつかの諸国に領地の整理を兼ねて資源惑星の売却を行いたいのです」
『…ほう、買ってくれると思うか?』
そこでレオンナードは少し眉を動かしてテオバルトに聞くと、彼は自信がある様子で答える。
「売れなかったらその時はまた放置するだけです」
『うむ。公国領なら売却も可能だろう』
惑星の売却は昔から行われてきた行為だ。資源惑星や小惑星を購入し、採掘を行い、領地に加える。
『良かろう。売却の許諾についてはこちらから便宜を図ろう』
「ありがとうございます」
テオバルトは良い反応を貰うと頭を下げ、レオンナードは軽く笑ってから通信を切った。
「ふぅ…」
「取り敢えずはこれで安心ですね」
クルーゲルが通信を終えてから話しかけてくると、テオバルトも頷く。
「ああ、これから公国の役人を呼び出してくるように言っておいてくれ」
「分かりました」
彼は頷くと、その後に馴染みのあるカルーティア大公国を始めに数名の公国の役人…正確には大使館にいた駐在武官や財務官に招待状を送り始めた。
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