今回のヴェルケグラードでの再開発によって喜んだのは銀行家の他にもいる。
「今回の新たなウェーグマン子爵との取引目録です」
「確認しよう」
新たにヴェルケグラードの再開発の際に廃墟と化していた市街地の建物を新たに購入したとある商社。
彼らはこの新領土の再開発に際し、領主より発注を受けていた。
「ふむ…窓ガラスの発注が多いな」
「はい。破損家屋の修復を行なった上で、住民に売却を行なっていくそうです」
「ふむ…その情報は信用に値するか?」
その質問を受け、その役員は頷いた。
「ふむ、ヴェーグマン家の内部はどうなっている?」
「はっ、幾分最近隆盛を見せた一家です。そもそもの発注や輸送は自前の輸送会社を使っていましたからね…」
そこでヴェーグマン領の今までほぼほぼ閉鎖されていた輸送産業を振り返る。
「ようやく我々にも商機が訪れたと言うわけだ…」
「ええ」
特に公債発行以降の領地復興計画における大量の発注は、多くの商社が今までは蓋の中にあったヴェーグマン家の経済状況というのを赤裸々に商人に見せていた。
「なにせ我々の予想以上にヴェーグマン領の経済状況というのは高い」
「まさかこれほど荒廃した土地でありながら、一年でここまで生活水準を元に戻したのですから…」
「他の星でもそうだ。少なくとも現状の帝国領の中でも有数の安定した成長を遂げている」
そう呟き、その商人は改めて発注を受けて運んだ目録の確認を行なっていた。
新たに与えられたヴェーグマン領の復興と再整備は着々と進んでいた。
「こちら、新しい決算です」
「うん。こっちに回せ」
サインを書いて決算の許可を出し、新しくホテルの最高級の部屋で直後に天を見上げるテオバルト。
「農務卿からの報告です」
「見せろ」
そこで新たな報告を受けて彼は新たに建設した食物プラントの稼働と新たに農地整理を終えた農地改革の報告書を受け取っていた。
「しかし、ここは農奴制だったのか…」
「とことん金がかかる方法で統治を行っていたみたいっすね」
クルーゲルが一年経ったヴェルケグラードの様子を見て話す。
「しっかしテオも忙しいな。艦隊司令官をしながら領主の仕事とは…」
「ぶっちゃけ軍の辞め時かなって思い始めているよ」
そんなことを口にしながら彼は休憩で淹れてもらった緑茶を傾ける。
「ん、美味いな。一番摘みか?」
「大当たり。デリエンベルクから特急で運んできてもらった」
彼は頷くと、クルーゲルは淡々と休憩中の彼に収支報告を行う。
「新たに発注されたコロニー工事によって、領内の税収は去年の一八〇%増だ」
「意外だな、惑星再開発でもっと減ると思っていたが…」
「増税した分、コロニー工事の大量発注でうまく儲かったらしい。移民という安い労働力の流入もその一環だな」
「アンドロイド工場の方は?」
「問題ない。現状、アンドロイド兵による治安維持も行われている」
そこで市街地の外で交番の前で立哨をし、時折子供に対して手を振っている様子を見下ろす。
「ふぅ…しかし、まさか次期当主指名早々にヴェルケグラードで仕事をしろとは無茶言う…」
「その方が効率的ですし、それでもこなしちゃうところがテオの末恐ろしいところだと思うんだが」
やや半眼気味にクルーゲルはテオバルトを見ると、彼はそこで湯呑みを持ちながらすっかりかつてのスイートルームの面影が消えてしまった自分の執務室を見る。
「はぁ…そろそろ代議士による議会開設が行われるな?」
「はい。新たな領民はすべて戸籍発行を行いました。あと二年ほどは続ける予定ですが、もう打ち切りを前提に部署の整理を始めてもよろしいかもしれませんね」
「予想以上に順調に進んでいる統治だな…優秀な部下のおかげだ」
彼はそう断言すると、聞いていたクルーゲルは『いや、そもそもこのシステムを作ったあなたが優秀なのですよ?』と喉から出かかったところを無理やり抑えた。
「この後の予定は?」
「一応、各種取引実績のある企業との懇親パーティーが予定されている」
「良かろう。それまで俺は休むぞ」
「ああ、そのように伝えておこう」
そこで一度頷いた上でその場所を聞くと、彼は直後に隣の部屋に入って着替えると、安置された安眠ポッドの中に入る。
「やれやれ、親父も無茶を言う」
テオバルトはそう呟きながら安眠ポッドに入って休息をとる。
新たに与えられた領地経営は、今のところ順調である。人工太陽の管理も適切に始めたことで十分食物の育成に必要な日光が星全体に行き届いていた。
「御子息、新しい農作物の適正なのだが…」
「御子息様はご就寝に入られました」
「おお、そうか…」
そこでアルブレヒトが執務室にノックなしで入ってきたが、クルーゲルに言われて直後にタブレットを片手に部屋を後にする。
「しかし御子息も忙しいな。この前は族討伐に出かけたばかりじゃないのか?」
「まあこれも後少しの辛抱さ。もう直ぐでこっちの統治は議会に委任される」
「おお、行政権をいよいよ委任するのか」
三権分立の中で立法権と司法権を有しているのが今のヴェーグマン領の法律であった。代わりに行政権と参政権が領民には与えられており、議会による立法も認められていた。
意図的な貶め以外でヴェーグマン領内は報道の自由も認められており、その事が周囲の貴族も驚くような統治機構であった。
「最も、テオバルトは今直ぐにでも行政権の移管を行なって統治を終わらせたいそうだがな」
「あくまでも帝国軍で仕事をすると言うことか…」
アルブレヒトはその行動ですぐにテオバルトが領地経営と艦隊指揮の何方に重きを置こうとしているかを推察していた。
「今度でリエンベルクからヴァルターの奴が到着する」
「え、財務卿が?」
「一応、投入した公債の行き先に査察を目的としているが、抜き打ちじゃない分、向こうも分かっていてのポーズだろう」
そこで領都となったデリエンベルクから派遣される官僚に一瞬驚くも、財務官が抜き打ちで査察に来ない時点で何ら後ろめたい問題を抱えていないことを表すのには十分であった。
「最近の市井は順調なようで?」
「ああ、この前、第八次農地整理計画が完了した。これで北半球の農地整理を終えて、まとまった農業生産体制が確立される」
「鉱山の方は?」
「知らん。それは資源エネルギー課に問い合わせろ」
司令部と称され、名称変更を何度も受けた『新領地復興再開発指導委員会』は以前までここを間借りしていた帝国軍の総監府管轄の駐留艦隊司令部の撤収に合わせて改名が行われた。
「それよりもこっちが気にしているのはコロニー事業の方だ」
「ああ、極めて順調だと報告が上がった」
「違う。よく帝国政府が許可を出したと言う点だ」
そのアルブレヒトの呟きにクルーゲルは平然と答える。
「何か問題でも?」
「…」
その時、彼の目は何も答えることはないが、この若者の真の恐ろしさはこう言うところにあるのだろうと容易に推察できた。
「いや、売れて我が領地の財政が良くなるのであれば問題はない」
「ええ、元々使えない資源惑星のコロニー化改造は、何を隠そう御子息様が重い絵がておられた壮大な計画ですので」
「ああ、俺たちにとって最も運が良いことは、あの御子息を迎え入れられたことだろうな…」
アルブレヒトも大いに納得をすると、彼は新しく部署の拡張が認められた農務課の事務所に戻って行った。
その後、テオバルトは目的の場所に向かうために車で移動を始める。これから向かうのは新たに領地として与えられた資源星の一つに建てられたコロニーだ。
「ふむ…この領地の線引きをしたのは宰相か…」
そこで総監府経由で知り得た情報部が仕入れた報告書を読んでいた。
「ふむ、帝国通貨の余計な信用低下を防ぐために借金の徳政令は出されなかったわけか…」
片手に愛飲する故郷の日本茶を携えて彼は考える。
「これは宰相の案では無いわけだ。いささか幼稚すぎる」
そこで新たに家の修復と、格安で売却される家の公募に殺到する市民を見る。愚民化政策による賜物で与えられた領地の多くの領民は文字が読めない。
そのため口頭でこの住宅再編と販売の公募に申し込むため、朝から列を作っていた。
「おい、領主公用車だ」
「ゲートを開けろ!」
車に立てられてたなびくヴェーグマン家の旗を確認すれば、普段は安全のための検問も無条件で隣を通過していく。そして見た領民は手を振ったり頭を下げて敬意を見せていく。
『間も無く到着します』
「分かった」
運転していたアンドロイドから連絡を受けてテオバルトは貴族専用に整備された宇宙港に到着する。
「ほお…」
事前に閣僚達から複数の嘆願を受けて予算認可をしたその宇宙港。専用口の整備で良いだろうと言っていたその場所で、専用のロータリーに降ろされた。
「御子息様のお気に入りであるルネサンス様式です」
そこで出迎えたクルーゲルが説明を入れた。
「流石に良い腕だ。設計コンペか?」
「はい。私が最もお眼鏡に叶うと感じたものを選びました」
「うむ、良いセンスだ」
もはや彼の根城とかしつつあったこのヴェルケグラード。無論、ここの永住する気がないと言うのは彼がこの地に一度も家を構えていない時点で察せられる。元々ここに住んでいた公爵の元本邸が、彼の部下でもある将校への海賊討伐の賞品にされた時点でお察しできた。
「そしてこの後の立食形式でのパーティーの後に、軍務が待っているそうです」
「うむ。艦隊をこっちに差し向けてくれるとはありがたい」
そこで彼はその宇宙港に着陸していた宇宙船の中で最も大きな船体であるフリゲートを見上げる。
ヴェーグマン子爵領に常駐する警察艦隊の総旗艦『ワーウィック』だ。
「御子息。そろそろ自前で移動用のヨットでも持つのはどうです?」
「そう言うのは親父に丸投げしてるんだ。そっちに聞いてくれ」
そこで今から使う、自前で用意した移動手段にクルーゲルが苦言を呈した。
「たらし回しになってるからお話ししたんですよ?」
「んまぁ、財政に余裕が出たらするかもな」
「だからって、治安維持用の艦艇をそのまま持ち出すのはいかがなものかと…」
クルーゲルは苦笑気味に言いつつも、整然と整列して敬礼まで行った彼らに返答をしながらフリゲートに乗り込んでいった。