「(どうしてこうなった・・・・・・!!)」
青年テオバルトは今にも吐きそうだった。理由は今自分が置かれている状況にあった。現在、自分がいるのは山羊宮。現在は帝国第二皇子の住まう場所であった。
帝国には主に三つの離宮があり、それぞれ北から順番に獅子宮、山羊宮、蛇宮とキメラをそれぞれ表している。獅子宮は後宮の役割を果たし、山羊宮と蛇宮は次期皇帝候補などが住む場所であった。
キメラは帝室の紋章だ、帝国成立前に帝国は多くの人民が一つとなって建国されたと言う事を表しているそうだ。今では見る影もないが・・・、おそらくこの事を言うと憲兵か秘密警察が飛んで来てじっくり
基本的にこの国では余計な事を言わず、隙を見せなければしょっ引かれる事はない。
しかし、今回ばかりは事情が違った。テオバルトは己の過ちが何処だったかを思い返していた。
テオバルトが頭を抱えている理由。その発端は模擬戦闘でリッペ相手に完勝した数日後、寮母から渡された手紙にあった。
「テオバルトさん。お手紙です」
そう言われて渡された茶色い封筒。そこには自分の名前だけが記載されていた。
「マリーダからか?」
時々マリーダは手紙を送ってくるので今日もそれかと思いつつ、部屋に入ってペーパーナイフで封を切って中身を見た。ここ最近リッペの一件があって以降色々な
「・・・あれ?」
そこから出て来たのはマリーダの手紙かと思われたが・・・そこにはもう一つの白い封筒が入っていた。それには名前が書いておらず、差し出し人は不明だった。
「誰からだ・・・?」
そう思いつつ裏側を見る。裏は封蝋されており、その封蝋に書かれた印璽を見て飲んでいたコーヒーを溢しそうになる。
キメラのマーク・・・帝室の証だった・・・
初めは偽物かと思った。だがよくよく考えればそんな事すれば不敬罪で逮捕され最悪死刑だ。そんな危険な橋を渡る度胸者は帝国には絶対にいない。
だが念の為だ。自分は中身を取り出した後に天井に向けて封筒を掲げる。透かしで見えたのはやはりキメラの紋章だった。
「・・・何かやらかしたか・・・?」
まず最初に出た言葉がそれだった。そして中身の手紙をこの時初めて読んだ。
『この手紙を持って二日後の十時に山羊宮に登城すべし』
これを読んで思った事はただ一つ。『なぜ自分が?』だった。少なくともよっぽどの事情が無ければ自分の様な男爵の息子にお声をかけるとは思えなかった。
だが、手紙は本物。つまり、この時間に自分は山羊宮に行かなければならない。とするとやる事は一つ。
「モーニングコート何処にあったかな・・・」
そう、服の準備だった。手紙には迎えが来るとまで書かれており、場所は人目につかない公園であった。
「(これは自分を呼び出した誰かの配慮なのか・・・?)」
そんな妄想をしつつ自分は部屋の箪笥に掛けられたままのモーニングコートを取り出していた。
二日後、指定された場所に着き、そこで待っていると老紳士が声をかけて来た。
「テオバルト・フォン・ヴェーグマン様で御座いますか?」
「・・・はい、此方に」
そう言い、渡された手紙を見せると老紳士が自分を案内した。
「どうぞ此方へ。殿下がお待ちでいらっしゃいます」
殿下、つまり帝室の誰かと言う事だろう。殿下呼びということは皇帝陛下ではない。ではいったい誰が自分を呼び出したのだろうか・・・
そんな不安を渦巻きながらテオバルトは用意された車に警察に連行される犯人のように小さくなって乗り込む。
そしてさっきの老紳士が助手席に座り込むと車が出る。道中気が気でなく、まともに外の景色も見えなかった。
そして車が止まり、案内されたのは蛇の紋章があしらわれた蛇宮だった。自分はその蛇宮の一室に通される。
「ここでお待ちください」
そう言い残し老紳士は部屋から消えた。部屋はどうやら執務室のように思え、その部屋のソファーに座らされていた。
蛇宮は第二皇子レオンナード・ヴィットリア・メクレンブルグ・フォン・ゲシュタッドの住まいである。内心冷や汗ダラダラで待つこと十分。老紳士が出ていった方とは別の方の扉が開いた。
「待たせたな」
出て来たのは金髪碧眼の青年だった。短髪のウルフカットをし、絹のように白い肌を持っている。だが、彼の持つオーラはまさに王と言っても過言ではなかった。そんな青年を見て席を立った自分は思わず呆気に取られる。
知っている顔だ。
あの時よりも大人びた顔つきだが、見間違えるはずがない。
デリエンベルグで一年を共に過ごした友人だ。共に庭で野菜を育て、共にデリエンベルグの名所を走り回り、共に街の図書館に行った旧友だった。
「・・・レオ?」
思わずテオバルトはその時のあだ名で呼んでしまった。すると青年はフッと笑うと答える。
「ああ、八年ぶりといえばいいか。テオ」
幼き頃の友人・・・レオはそう言うと自分に手を差し出していた。
八年ぶりの旧友との再会に驚き、懐かしさを感じてしまい、うっかり馴れ馴れしく接してしまっている事に気づき、自分は少々萎縮してしまった。
「ーーーでは、改めて名乗らせてもらう。俺はレオンナード・ヴィットリア・メクレンブルグ・フォン・ゲシュタッド。この蛇宮の家主であり、ゲシュタッド帝国第二皇子だ。よろしくな」
「あぁ、宜しく。レオ・・・ンナード殿下」
「ああ、別に今まで通りレオで良い」
「いえ、こう呼ばさせてください。今の自分と殿下の立場ではこう呼ぶのが本来の姿。一度の緩みは後に影響を与えますので」
「硬いな・・・ま、テオの言い分もあるし、この際気にするのは野暮だな」
そう言うとレオンナードは早速話を切り出した。
「再会してまもないが、テオバルト。現在の帝室の現状は知っているか?」
「はい、存じております。殿下」
そう言うと殿下は自分にある提案をしてきた。
「ならば話は早い。テオバルト、俺の補佐を務めてくれないか?」
「この私にですか?」
「そうだ」
晴天の霹靂とも言うべき話だ。一年間だけ共に過ごしてきた友人と言うだけで自分に補佐になれと言うのだから。普通の人であれば大喜びするところだが・・・
「(そんな大役を自分にできるだろうか)」
思わずそう思ってしまった。頭を下げることと逃げることは得意な自分だ。ここで断って仕舞えば良いのだろう。だが、ここで殿下が口を開く。
「俺たちが別れる時、お前はなんて言ったか覚えているか?」
「はい。もちろんです『何か大きな事をしてみたい』と・・・っ!レオンナード様、もしや貴方は・・・」
問いかけるように言うと殿下は頷きながら言った。
「そう、俺はこの国で皇帝になりたい」
「・・・・・・理由をお伺いしても?」
「ああ、勿論だとも」
そう言い、殿下は自分がなぜ玉座に座りたいかを言った。
「俺はデリエンベルグで暮らした一年。お前と暮らした一年で衝撃を受けた。それは市民もそうだが、男爵や準男爵、子爵の階級のものまでもが苦しい生活を強いられていたと言うことに・・・・・・」
殿下が言うには自分の母から平民が苦しい生活を強いられている者達がいることは前々から知っていたそうだ。だが、下級貴族にも市民と同じかそれ以上に苦しい生活を強いられている者がいるとは思っても見なかったそうだ。
「俺が皇帝になろうと思った理由がお前と行った図書館にあった
「・・・・・・」
「少なくともこのままの帝国ではダメだ。いずれ内部崩壊を起こしてしまう」
そう言うと殿下は高らかに自分の目的を言う。
「俺の目的は腐敗した専制主義を正す事だ。帝国を生きながらえさせるために。市民の明日を導く皇帝に、俺はなりたい。その為なら俺は命を賭す」
実に気宇壮大な話だ。客観的に見れば無理だと言ってしまってもおかしくない。だが、かつての友人の目に宿るのはこの国を想う『愛国心』と呼ばれるであろう、強い志であった。
本気でこの国を変えたいと言う意志を強く感じた。これはもはや策略など全く関係ない
「・・・分かりました。ならば、私もこの命・・・・貴方に預けます。どうか、民をお導きください」
「・・・有難う、テオバルト。俺も期待に応えると約束しよう」
ソファーから立ち上がり、レオンナードに跪き、頭を下げて忠誠を誓った。レオンナードもテオバルトにそう返答をし、かつての旧友はここで再会を果たしたのだった。
これは、どんな歴史書にも残らない人類史に残る歴史の転換点であった。
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