フィークス・G・リコイル   作:桃玉

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外伝12

<Reisen side>

 

朝が来た。

冬の朝早くに隙間から漏れる雪の香りが鼻腔を擽る。

 

重く閉じられた私の瞼の裏は暗く、朝が来たという事実を拒むが、布団が顔から離れ、日の光と街の音、それから携帯からの音を感じる。

 

平和で、安全、綺麗な、そんな仮初めの東京。

大きな街が動き出す前の静けさが徐々に大きくなり、今日という日が始まるのを伝える。

 

起床直後のずんと重い、夢と現実との境界が曖昧になっている頭。

夢の中での出来事を引きずり吐き気を催すが、気持ち悪さを押さえつけ真っ先にトイレに足を運ぶ。

いつもなら近くにいるはずの千束が傍にいないことも、今日からDAの依頼が始まることも原因のひとつかもしれない。

 

そんないつもと違うことだらけの時間を終え、千束とミカさんに会うために玄関から飛び出す。

緊張で足がいつも通りに動かないし、影たちが投げる冷たい石礫が心に傷をつけるけど、けして絶望だけがあるわけじゃない。

私は見つけた幸せを逃さないように必死に手を伸ばし、足掻き始めた。

 

 

****

 

 

「おはようございます!」

「おはよう、鈴仙」

 

喫茶店の扉を開けるとミカさんが挨拶を返してくれる。

店内をキョロキョロと見渡すが千束がいない。

 

「あ、あの……」

「千束か? まだ来てない」

「そうですか……」

「……緊張してるのか?」

「ええまあ、はい……なんて言ったって今日が復帰最初の依頼ですから」

「そうれもそうか。ちょっと待ってなさい。今日一番の挽き立ての豆だ」

 

ミカさんがそう言うとカウンターの奥で香ばしい香りをたてる。

その香りを嗅ぐといつものリコリコの朝だって感じがして久しぶりの仕事の前でも落ち着いてくる。

そして目の前に出されたのはミルクと砂糖たっぷりのカフェオレ。

 

「わあ、ありがとうございます!」

「緊張して朝食も摂らなかった口だろう? 糖分たっぷりだ」

「流石はリコリコのマスター、何でもお見通しって訳ですね!」

「そう言ってもらえると店主冥利に尽きるよ。だがまだまだ精進の身、娘一人にさえ正直になれない父親気取りの未熟な店主さ」

「ならその娘さんはとっても幸せでしょうね?」

「君が幸せなら、そういうことなんだろうな」

 

私は幸せです。

そして千束も……幸せなのかな?

静かで落ち着いた空間の中自然に笑みを浮かべ、幸せなほろ苦さと甘さと香ばしさを感じつつ、口の中の幸せをコクリと飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Mika side>

 

「ぐっもーにんっみなさーん!」

「おはようさん、元気なのはいいことだがもう少し静かに開けなさい」

「千束遅いよ~!」

「いやいやごめん、って鈴仙が早すぎるだけだって。今日だって時間までまだ三十秒近く余ってるじゃん」

 

鈴仙が来てからしばらくして千束がやってきた。

つい最近までずっとリコリコで寝泊まりをしていたからドアを激しく開ける音も新鮮な感じがする。

 

「さて、今日の午後からDAの依頼を様子見しつつ取り入れようと思うが大丈夫そうか?」

「もっちろん! ちょくちょく鈴仙の練習の付き添いで訓練に混ざってたから体は鈍っちゃいませんよ!」

「わ、私は……少し緊張するけど、でも、千束と一緒なら……カフェオレも飲んだし」

「大丈夫! あんだけ練習したんだもん、緊張する必要ないって!」

 

決意に燃える鈴仙の目を見ていると少し前まで千束に依存していたようなあの娘が独り立ちをしたように感じ、こみ上げてくるものがある。

私も熟々教え子に対して甘くなったもので、成長するたびに甘やかしたくなってしまうのは親の性というものなのだろうか。

 

「これから再出発だ。折角だ心機一転と記念に何か欲しいものとかはないか?」

「うーん、これといって欲しい物はないし、どうしよう……」

「今すぐに決めないといけないわけじゃない。日を改めてくれても……」

 

そう思っていたとき、千束が閃いたと言わんばかりに手をポンと叩く。

 

「そうだ! 鈴仙ってさ名前に花の名前入ってなかったよね?」

「え? う、うん、そうだけど……それがどうかしたの?」

 

鈴仙のフルネームは因幡鈴仙(イナバ・レイセン)だから確かに名前には千束やフキ、その他のリコリスが持っている花の名前が入っていない。

しかし、だからといって何をしようというのかわからず頭にハテナが浮かぶ。

 

「あのね、鈴仙にね名前をプレゼントしたらどうかなって思ったの! 名案でしょ?」

「だが、それは……」

 

確かにいい案かもしれないが急いで無理に決めるのもよくない。

最終的には鈴仙が決めることであって、私では決めかねる。

本当に欲しいものが決まったら……そう思い困り顔で鈴仙の方に顔を向けると目を爛々と輝かせていた。

 

「確か千束の名付け親ってミカさんでしたよね?」

「あ、ああ。確かにそうだが……」

「じゃあ、私、新しい名前、ミカさんに付けてもらいたいです」

「だが、いいのか? 私なんかが付けて……。理由もなくそんなすぐ……」

 

突拍子もない千束の提案に乗っかる形だったので何となくで決めようとしているならもう少しよく考えてから結論を出してほしいと思い聞き返す。

しかし鈴仙は首を横に振り、否定の意を示す。

 

「理由ならありますよ? 今まで家族みたいに接してもらってましたけどあくまで在り方だけだったから……。でもこれからはしっかり言えます。ミカさんは私のお父さんで、千束はお姉ちゃんで、私は末っ子で三人家族ですって。…………だから私をちゃんと家族にしてくれませんか?」

「…………ああ。もちろんだ」

「ちょ、先生泣いちゃって、涙もろいんだからもう……」

 

年のせいか。

嬉しくてなくことなんて初めてのことで、千束も目を潤ませているのに指摘できずに二人を抱きしめることしかできなかった。

 

 

****

 

 

「それでどうする、名前? どうせならお花の名前にしようよ!」

「……そのことだが、実は今いいのが降ってきた」

「どういうの? どういう名前?」

「実在はしない花なんだが、三千年に一度花咲かせる幻の花、『優曇華(うどんげ)』から『優曇華院(うどんげいん)』なんてどうだろうか……?」

「う~ん、聞いたことないお花……どんなお花なんですか?」

「伝承では白い花で、苦しみのある前に咲く花と言われている。辛い経験をして、それでも周囲を幸せにしたいと願っている鈴仙の心と優曇華の花がぴったりだと思ったんだが……どうだ?」

 

浄化の花、苦しみのある前に咲く花と言われ、穢れを吸うことで白くきれいな花を咲かせる。

『辛く苦しいことがあってもその花のようにきれいに咲き誇ってほしい』という願いを込めたその名前を気に入ってもらえるか鈴仙の方を見ると少し考え込むように俯く娘が映り込んだ。

その顔が上がり目を見ると先ほどの輝き以上に活き活きとしているのがわかった。

 

「素敵なお花…………! ありがとう、お父さん……大事にするね!」

 

その月のように綺麗で静かなのに、やけに眩しく感じるその笑顔が瞳の奥に焼け付いた。

 

「本当にこれで心機一転! ネオ鈴仙のことは私がお姉ちゃんとしてしっかりリードしてあげるからね!」

「誰がネオ鈴仙じゃい! ……これからは鈴仙・優曇華院・イナバとしてしっかり千束のこと支えるんだから覚悟してよ、お姉ちゃん?」

「はいはい……。……んじゃ先生、泣いてるとこ悪いけどちょっとDAの任務行って片づけてくるわ!」

「そうだね、嫌なことはさっさと終わらせるに限る! 帰ったらあまーいスイーツ食べたいなー、なんて」

「ああ、いいとも」

「ぃやったーー!」

「気をつけて行ってこい、二人とも」

「「行ってきます!!」」

 

そんな新たな出発を見送ろうとしたそのとき、千束と鈴仙の手が扉にかかっていないのにも関わらず激しく開いた。

そこには肩で呼吸をするほど息を荒げている栗色の髪をした二十歳前後の女の人が立っていた。

 

「ちょぉぉっとまったぁああ!! そんな死亡フラグ引っさげてどこ行く気!?」

「……せんせー、この人誰?」

「千束、この人はさっきから盗み聞きしてた不審者です」

「うっわ、マジか……警察に通報しておこ」

「不審者ちゃうわっ!」

「ああ、そう言えば今日から楠木に依頼を引き受けると言ったら物のついでに情報担当をこちらに寄越すと言っていたが、まさか今日とは……」

 

予定通りにいかないことが多い世の中、これからも波瀾万丈な怒濤の日々になりそうな予感がする。

それでもこの二輪の華ならどんな障害があろうとも受け止めて、乗り越えて未来に進んでいけるだろう。

 

 

 

(そら)高く、いってらっしゃい、二輪の華(愛娘)

 

 

 

Lycoris Radiata彼岸花。別名、曼珠沙華。その意味は天界に咲く花。

Ficus Glomerata優曇華。穢れを吸って花咲かす、天からの吉祥の花。

 

苦しみを乗り越えて、優曇華が反跳するとき、彼女の前に幸せが訪れることを願って……

 

 

 

暗い過去経て、幸あらんこと(遠い未来へ)

 

 

 

 

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