<Reisen side>
お店のドアが開く音がする。
その直後に元気のいい、多分寝坊したのだろう、息をわずかに荒げた声が聞こえる。
「お待たせ~、千束が来ました~」
たきなが来て約一ヶ月。
リコリコの営業は何も変わることもなく、平常運転だ。
強いて特別異なる点をあげるとすればシンジさん、たきなが初めて喫茶店の仕事をした日に訪れたお客さんが二回目の来店をしてくれたことであろうか……
一ヶ月前に遡る。
たきなが初めて給仕服を着た日にそのお客さん、吉松シンジさんは現れた。
吉松さんがミカさんに挨拶しようと声をかけたときにミカさんは非常に驚いていたがその理由は連絡も取らずに長くに渡ってご無沙汰だった友人が訪ねてきたからだと教えてくれたが、本当にそれだけなのだろうか。
吉松さんがミカさんと知り合いということは殺しや社会の後ろめたい部分に関わる仕事をすることもある人なのだろう。
吉松さんの瞳には僅かに隠しきれないミステリアスさを感じる。
そのミステリアスさも相まって余計なことを考えてしまう。
まあ、ミカさんは吉松さんのことを受け入れているので深い詮索は不要だと思い何も言わないことに努めているのだが……今日、事件は起きた。
シンジさんが千束を見たとき……その視線は静かながらもじっと熱いものだったのだ!
このロリコンめっ!
……というのは冗談、千束はロリじゃないし、お客様にこのような失礼な考えを抱くなんて滅相な。
未知の視線に最初こそ驚いたものの千束は「ありゃ私のファンになったね……! もしくはこのお店の」とか言っており、あまりアイドルとかそういったものには興味がないが、看板娘の謎の説得力により……
「ヨシさん、今度はどこの国に行ってきたの? アメリカ? ヨーロッパ? あっ、中国でしょ!」
「残念、ゥラッシァだよ。はい、これお土産」
「ナニコレ~!」
……これは、つまり、吉松さんは千束の大ファンってこと!? と驚きつつも納得した。
吉松さんから使い方も用途もわからないお土産をもらって面白可笑しそうに受け取る千束。
その吉松さんの瞳は熱狂的に宗教を信じている者と同じように感じる。
もはやアイドルを超えて一種の信仰対象になってる気が…… 気のせいだね?
「千束、早く支度しなさい、鈴仙もそんなところにいないで」
「は~い」
物陰に隠れているのがばれたのか私の方にも声がかかる。
私はミカさんにそう言われ準備を開始した。
と言っても今回は千束たちとは別行動のためそこまでやることもない。
朝のうちにミズキさんが言っていた場所に向かってスーツケースを引き取るくらい……ってヤバ、もうこんな時間!?
急がなくちゃ……
そう思い慌てて待ち合わせ場所に足を走らせる。
電車に間に合え~!
<Mizuki side >
昨日の晩、寂しく一人酒を嗜んでいたときのこと……ウォールナットと言う怪しいヤツから護衛の依頼が来た。
DAの情報を探るとその怪しいヤツは世界一のハッカーの称号を持つ本当にヤベーヤツだったから最初は断り……何ならDAに通報しようと思ったが、依頼内容に目を通していくうちに園か投げは変わった。
特に羽振りのいい金額が私を魅了し、その結果、私は快くその護衛任務を引き受けるに至った。
そんな大金を目の前に頭が酒のことでいっぱいになっている私だが、現在無性にイライラが止まらない。
それもそのはず、私の生きがい、命の源、ストレスをぶっ飛ばす魔法の水を半日も絶賛絶食断食中。
まるで目の前に餌をぶら下げられてるのに食べられない動物の気分だわ。
車の運転を任されてしまった結果、なんてむごい仕打ちなのだろう。
ああ、我が愛しの相棒。もうあなたとは離れられない関係になってしまったの。
でもこの乾きも後少し我慢すればあなたと会える。
空腹は最高のスパイスとは誰が言ったのだろう。少しの別れも私たちの仲をより強くする一種のスパイス。
待っててね、愛しの日本酒、焼酎、ビール、ワイン、その他おいしい高級酒たち!今回の任務が終わって給料が入ったら迎えに行くからね~!」
「うわぁ、めっちゃアル中だし浮気性……サイテー」
私がお酒に恋い焦がれていると私とバックしかない車の中から声が聞こえる。
いっつも聞いてる声だし、鈴仙待ち合わせの時間ピッタリに聞こえてきた声だ。
顔を見なくても誰がやってきたのかわかる。
「おっせぇわ! 一体どこほっつき歩いてたテメェ!?」
「いやいや、これでも走ってきたんだからね。私の頑張りを褒め称えてくれても」
「とかなんとか言って時間ピッタリじゃない。ど~せ、寝坊するかなんかして出発する時間ギリギリだったんでしょ」
「ギクッ そ、そそそんなわけ、なな、ないですよぉ?」
「アホねぇ。シャキッとしろ、シャキッと!」
目がキョロキョロして噛みまくり、動揺が丸わかり……図星の鈴仙の背中をバシバシ叩く。
そんなやりとりのせいでいつの間にか酒のことはすっかり頭から消え去りイライラが薄まる。
いつの間にかお酒のことなんか忘れた冴えた頭で時計を見ると時間は刻々と進んで、すでに予定が押していた。
今回の任務はいつも以上に円滑な進行が鍵となる。
そのため要点のみを伝えるべく口を開ける。
「後ろに置いてあるのが今回の荷物。それ抱えてさっさとミカんとこに持って行きなさい。それと、こっちに来るときも隠密行動していたと思うけど、帰りはさらに気をつけて帰れ~。この任務に私の酒代がかかってるんだから!」
「了解で~す。ミズキさんも熱中症に気をつけて頑張ってください!」
そう言ってフードをかぶった鈴仙は30kg 近くある荷物を軽々とはいわずも問題なく運び出していった。
ローラー付きのやつとはいえ、よく持って行けるわねぇと感心しつつ私も準備を開始した。まずは車の点検と、ウォールナット変装グッズを着て、ダミーのスーツケースを出して、準備オッケ~!あとは私を護衛してくれる二人を待つだけ。
待ってろよ~、お酒~~!!
あ、酒思い出したらまた飲みたくなってきた……
<Reisen side >
「ミカさ~ん、ただいま~!」「おかえり、お疲れさん。悪いがそのままスーツケースをこっちに持ってきてくれ」
ミズキから預かったスーツケースを引っ張りながら先生の待っている車の中に移動した。その車は窓に細工がされており外からは中の様子がうかがえず、防音性、防弾性も兼ね備えている。
まさに護衛の任務には最適な車だろう。
今回の仕事をするに当たってミズキから荷物の中身を考えながらここまで移動してきた。旅行の荷物にしては多すぎるし、大量の札束にしても重さが異なるように感じるそれは、よく耳を澄ませると規則的な音が二つ聞こえる。
それは人間の心音と呼吸音。
先生にスーツケースを引き渡すと自分も車に乗り込みドアを閉め、窓が開いていないか確認する。
誰かに見られていないかやドローンの飛行音に気を遣いながらここまで移動したためか、ようやくその緊張から解放され一気に疲労感と達成感が到来する。
先生もそのことを確認するとスーツケースの鍵部分に手をかけ、その中にある者を確認する。
「初めまして、ウォールナット君?」
「今回の作戦立案者のミカだな。まずは初めまして。そして今回は僕の依頼を引き受けてくれたこと、感謝する」
スーツケースの中から現れたのは小学 1,2 年生くらいの見た目をしている女の子だった。前もって聞いていたためそこまで激しい驚きはないが改めてその光景を目の当たりにするとあまりにも非現実的であると思い、わけのわからなさに「ふふっ」と笑いが漏れてしまう。そんな堪えきれなかった笑い声に気づいたのか小さい天才ハッカーの視線がこちらに向く。
私にも挨拶してくれるのかと期待してウォールナットの顔を見る。
「……何だ、子供か。こんな子供が暗殺部隊の一員なんて世も末だな」
「いやいや、おかしい!? 私もう高1くらいの年齢だから!! それに私より小さい子がハッカーだしそれこそ世も末ってことじゃ?」
「僕は忙しいんだ。邪魔も冗談もよしてくれ」
「拝啓、千束たち、私、鈴仙は依頼主にいじめられています」
「ウォールナット、そういじめないでやってくれ。これでも「これでも!?」プロ顔負けのアサシンだ」
「小学生のアサシンか……」
「いやいやいや、私もうそろそろ15歳なんですけど。アナタも子供の癖して何言ってんの、何歳なの!?」
「……秘密だ。それと冗談は……」
「鈴仙は本当に15だぞ」
「……まじか」
「ああ、まじだ」
ミカさんの答えにウォールナットは心底驚いた様子で目を見開き、二度、三度と私の顔を不躾に見る。
大人のお姉さんを目指している私としては大変ショックだ。
その後ウォールナットは「ふーむ……」と唸りつつ腑に落ちないといった様子だったが、何かやることがあるらしくスーツケースから様々な器具を取り出し始めた。
スーツケースの中にはVRゴーグル? が入っており、それを装着し、何かブツブツと呟着始める。
もし目の前の人が子供じゃなくおっさんだったら即時通報案件であったが「気にしないでシートベルト付けておけ、移動するから」と先生が言うのでおとなしく助手席に座り、無残に銃弾でボロボロになったリスのような着ぐるみと二人の護衛を迎えに行けるよう待機した。
****
遠くで銃撃の激しい音がする。
その音は反響し、私の耳に伝わり、外で多くの銃弾が放たれたことを覚る。
私は千束でも避けきることが難しいのではないかという発砲音の数に誰かが怪我をしていないか不安になるが、ウォールナットのゴーグルからその状況を確認したのか「成功みたいだ」と無感情を装いきれずニヤリと口角を上げたその表情を見て、なんとなく現場の状況を察し、安堵で思わず顔が緩む。
程なくして車両に取り付けてある無線にたきなから連絡が来た。
その声はわずかに震えており、悔しさと無力感が込められていた。
『失敗です。護衛対象は死亡です……』
「すぐに緊急車両が到着する。遺体と荷物を回収して現場を離脱しろ」
『了解です』
ミカさんが厳かな声で応答した。
私はそのときにわずかに車が減速し、時間の流れが不自然に遅くなった気がした。予定より早く依頼が片づいたため車は速く現場に向かおうとしているはずなのに。
無線が切れるとミカさんは心配したような感じで私に声をかける。
「鈴仙、これから遺体……ではないが、その回収に向かうが……」
「大丈夫です。昔と違って、し、死体くらいでビビ、ビビる私じゃないですよ……!」
「そうか。だが無理だけはするな」
ミカさんの何気ない、しかし優しい言葉に私は嬉しくなる。
でも少し恥ずかしくなってフードの中に顔を隠す。
加速していく車に合わせて、予期の流れももとに戻る。強がってみたけどやっぱり偽物だろうと血と死体は苦手だ……
でも私以上に千束たちがつらい思いをしている。
これから千束とたきなとそれからミズキを回収するが、あの二人は護衛対象をみすみす殺させてしまったと思っているせいで悄気た顔になっているのだろう。
後に嘘だとわかるとしても辛いだろうな…… 今までは私がフォローされたり慰められたりすることが多かったけど、今回は私の番だ。
そう思い、気合いを入れ現場に向かった。
<Walnut side>
ウォールナットことボクは今回の「ウォールナット死亡偽装&護衛」を依頼した。その内容は読んで字のごとくだが、言うは易く行うは難しとはまさにこのことだ。
この依頼を普通に出そうものならその時点で自分の居場所がバレ、死亡。
依頼が通ったところで敵側は人数有利をとって蜂の巣にされるため死亡。
他にも様々な難関をくぐり抜けなければ僕の生存すら怪しいところだっただろう。
しかしボクは自他ともに認める世界一のハッカー。
敵にばれずに情報を仕入れ、信頼できるチームを探すことなんて分けない。
そんなこんなで依頼を引き受けてくれるかつ、依頼は成功するだろうと確約できるような者たちを探すことに成功し、今こうしてスーツケースの外に出ることに成功したわけだ。
今回依頼したリコリコというチームは依頼達成のためのバランスがよかった。
ウォールナット役、護衛、司令、隠密。
達成率はほとんど100%に近いと考えている。
この中の一人でも欠けていたら成功率が 20%程落ちていたところだが、まあ今回の依頼は問題なくこなしてくれるだろう。
ミズキとウォールナットに扮し、そいつをリコリス二人が護衛している。
ミズキはリスのようなヘンな着ぐるみを着ているため敵からはそいつが偽物のウォールナットとは気づかれないだろう。
もう少し着ぐるみの外見のクオリティは上げてもよかったかもしれん……
僕はそのリコリスにボイスチェンジャーを使い着ぐるみに内蔵されているスピーカーから指示をする。着ぐるみは防弾、撃たれたときの流血表現に優れたリコリコ製の一品でカメラとスピーカー、マイクを内蔵済み。
そんな素晴らしい性能をしているものだが、逃走に着ぐるみはおかしいんじゃないかと突っ込みたくなったが現に作戦は成功中であるため黙っておく。
まだまだ予定の仕舞いの時間より早い気もするがなかなかよい機会に恵まれたようだ。着ぐるみが護衛と離れて無防備な状態となり、敵がわんさかいる方へ向かっていった。
そのことに気づいた護衛が何か叫ぶようにこちらに呼びかけるが、その声は虚しくも届かず着ぐるみの心臓部分に穴が開き赤い液体がにじみ出た。
まあ、ここでリコリスの言葉に従って物陰に隠れて死亡したかわからない状態になる方が良くないだろう。
これは死んだことを確認できた者に対してさらなる追跡はしないだろうと敵の行動を逆手にとった任務だ。
心臓に銃弾を受けたわずか後、さらに無数の弾が着ぐるみに当り、貫通はしていなかったが確実に死んだと思われる有様となった。
その時にカメラ等に当たったのか映像は途切れてしまったが、ようやく自身が変な奴らからの監視から逃れられたのだと思うと嬉しさがこみ上げてくる。
だからといって表情を変えることはないが。
……おい、そこのチビリコリス。なにニヤニヤしてるんだ。
<Takina side>
最初は上手くいっていた。
千束さんも余裕でスーパーカーに興奮するくらいには騒がしく余裕綽々で、つまりそれは成功していたということ。
でも現場の状況は移ろいやすく、さながら綱渡りや賭け事のように気を抜いたり運に見放された瞬間、一瞬で転落する。
今回はそんな最悪な終わり方で幕を閉じた。
私が目を離した隙にウォールナットが地に倒れ指一つ動かなくなる。
けたたましい音が鳴り響いていたこの場所はガラリと雰囲気を変え、風の音しか聞こえないほどに静まりかえる。
その現場から離脱した私たちは救急車両の中にいる。ウォールナットの遺体と私たちのみのこの中で私の中に渦巻く思考と感情は淡々としている。
あの時早く動けていれば最後まで護衛対象を死亡させずに済んだだろう。
失敗した自分の行動に反省と後悔。
それらは護衛対象に対するものではなくあくまで任務の失敗に対するもので自分の合理的な頭になぜだかモヤモヤとした変な感情が生まれる。
千束さんと一緒に行動しているといつもと調子が狂う。
いつもは元気溌剌な様子がいざ戦いになるとその大きな瞳で見て確実に敵を追い詰める。
一方的な戦いなのに何故か敵を思いやり、敵の手当すら初めてしまう。
明らかにリコリスとして異常だといわざるを得ない。
リコリスなら敵はすべて殺し尽くすものだし、いくら敵に家族がいようとそんなこと知ったことではない。
しかし千束はそれを徹底している。
今、そんな彼女を見ている。
しかし今まで見てきた彼女の様子とは異なるその様子に私は少したじろぐ。
千束は全身に風穴を開けられたウォールナットを見て目が潤んでいた。
意味がわからない。
敵を治療し、味方の死を見て悲しむ。
なんて矛盾なのだろうか、それなら敵は放置すべきだ……なのに彼女を見ているとよくわからない感情が喉につっかえたような不快感となって現れる。
そのせいなのだろうか。
自分が悪いと思っているとかではなく、千束を慰めようとした意図はないけれど、思わず私の口から悲しみと慰めの情が乗った言葉が出てしまった。
「すみません……」
「たきなのせいじゃない」
千束から出た言葉は私の慰めの含んだものであったが、それと同時に目の前で物言わなくなった者に対する悔やみと自己犠牲も含まれていた。
私はその言葉に対する答えがわからず俯き口が動かなくなってしまう。
しかし次の瞬間私たちは二人同時に顔を上げて驚く。
「もういい頃合いじゃないかな」
<Chisato side>
私には憧れの人がいる。
その人の名前も顔も思い出せないけど、救世主さんと呼んでいるその人と約束を交わしたんだ。
人の役に立ち、私を救ってくれた貴方のようになるって。
……でもあの救世主さんのように、私を救ってくれた人のようにできなかった。
ウォールナットを死なせてしまった後悔と懺悔。
そう思えば思う程、私の中にある悲しみ、怒り、そう言ったいやな感情が膨らんでいくのがわかる。
でもそのことを一瞬で忘れてしまうような驚くべきことが目の前で今起こった。
「ぶっぱ~! あっつい、ビールちょ~だい!」
「「ええっ?!?!」」
あり得ない光景に顎が外れそうになるほど驚愕する。
私とたきなは死んだと思っていた着ぐるみの中身からミズキが出てきた。
そしてどこからともなくビールの缶がミズキに手渡される。
「皆さんお疲れ様~!」
「ミズキ?! それに鈴仙?! えっ、あ、あ、なんで?!」
今までそこにいたのは私たち二人だけだと思っていたのにいきなり見知った顔が遺体と思っていた着ぐるみの中と私のすぐ横の方から出てきて、先ほどまでの悲しみはどこへやら、驚きと困惑でいっぱいで何も考えられない。
そんな状況にある私にまたもや知っている声が聞こえる。
「落ち着け、千束」
「ええっ?! せんせ~?!」
「んぐ、んぐ、んぐ、ぷっぱ~!!やっぱり仕事終わりと禁酒明けのお酒は格別うめぇ~わ!! あ、これ防弾、派手に血が出るのがみそね! マジくっそ重いけど」
「たかが半日お酒が入ってないだけで大げさな……」
「20時間ですぅ! 四捨五入して丸一日も命の源を断つなんてよくやった私!」
そう言ってミズキは着ぐるみを叩き、その度に血のような液体が吹き出る。
まだ状況は把握し切れていないけど、着ぐるみの中の人は無事だったっということに時間差で脳が理解を始める。
でもそれと同時にさらによくわかんないことがある。
その疑問は先にたきなが口にしてくれた。
「あのウォールナットさん本人は?」
「そ~だよ、どこ行った?!」
「『ここだ』」
着ぐるみの頭と前方の助手席のあたりから声が重なって聞こえた。
そこにいたのはゴーグルのようなものをかけた小さな少女で、私は理解しようとしていた頭がパンクしてしまうほどの想定外の情報に襲われていた。
しかしそんな私を置いていくようにウォールナット?は言葉を続ける。
「追っ手から逃げ切る一番の手段は死んだと思わせること。そうすればそれ以上捜索されない」
鈴仙がウォールナットからゴーグルを外すのを手伝い、その素顔が明らかとなる。
前にハッカーは素顔がばれると仕事に支障がとかいっていたのは何だったのだろう。
「ではわざと撃たれたんですか」
「彼のアイディアだ」
たきなの質問に対してその子が運転席の方を指さしながら答えると、先生が依頼の成功のせいか、機嫌良さそうに手を上げてその言葉に応じる。
混乱で頭から煙が立ちそうになっていることに気づいたのか鈴仙がこちらに近寄る。
「つまり! 誰も死んでないし、千束たちはちゃんと依頼主を守れたってこと。……よく頑張ったね」
「よ、よかったぁぁ゛、みんな無事で……!!」
鈴仙が優しく、私を抱きしめ、その背中を撫でる。
その暖かさにかつての私と鈴仙、救世主さんと私を重ね、誰も死んでいないという事実を知れて安堵する。
私、救世主さんみたいに人を救うことができたんだ。
私の腕に力が入り、強く抱きしめるが、わずかに涙腺が緩んだと感じたのはきっと気のせい。
だって今私はこんなに嬉しいんだから!
****
「落ち着いた?」
「別に泣いてなんか……でも、ありがと、鈴仙」
少し落ち着き鈴仙の胸から埋めていた顔を起こすとそこは湿っていた。
きっと汗だ、涙だったら私らしくないなと思いつつ周りの声に耳を傾ける。
「あ~あ、最後はハリウッド並みの大爆発を用意してたのに~、無駄になったかぁ」
「早く終わってよかったじゃないか」
ミズキと先生の会話を聞くと思わず呆れ、いつもの雰囲気に流されて笑顔に自然と戻る。
「よかったですね、千束さん」
「想定外の自体にきちんと対応して、見事だった」
そう声をかけてくれたたきなとウォールナットに対しても思わず抱きついてしまう。
「も~、死なせちゃったと思ったし、あぁ、も~よかった、よかったああ!!」
****
「いい加減機嫌を直したらどうだ」
「……事前に教えてくれてもよかったんじゃないですかねぇ」
私は先生のなだめを無視し、ふて腐れて頬杖をしながら文句を垂れ流す。事前に教えてくれたらこんなひどく落ち込まずにすんだのに、それでも仲間かと不満でいっぱいになる。
そこに鈴仙の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
「悪かったって思ってますよ? でも……」
「あんた芝居下手だし。むしろたきなと一緒に自然なリアクションしてもらったほうがい
~じゃない、ほ~ら、こんな♪」
「えっ? え、あっあああああああああ?!?! 何それっ!?」
ニヤニヤと気色悪い顔をしているミズキが見せつけてきた写真を見ると顔全体が赤く、熱くなるのを感じる。
そこには私が顔を歪めている写真が…… それもいっぱい!?
ミズキが様々な激写写真をスマホの画面をスライドさせ、皆にも見せつけるので私はそれを全力で阻止しにいく。
「ちょちょ、おま、やめて! いつ撮ったのソレっ?! 消せ、今すぐに消して!!」
「ほ~れこの写真が恥ずかしいのか、それともこれかな~」
「あ、私と千束のツーショット…… ミズキさ~ん、後でその写真送っておいて、永久保存するから~!」
「ミズキさん、ミズキ様、ホントやめて、送らないでぇ! 鈴仙はそんなこと頼むな、見るな、あっち向いててぇ!!」
その阻止をのらりくらりと巧みに躱すミズキのスマホに映った画像はあの時の、子供みたいに鈴仙の胸の中で嗚咽を漏らしている写真。
泣いてないと思ってたのにバッチリ撮られてるじゃん!?
鈴仙はなぜか嬉しそうで微笑みを浮かべているし。
も~本当になんなの~!?
****
「やっぱり、命を大事にって方針無理がありませんか」
私が画像を消すことに躍起になっているとたきなが声をあげる。
唐突な話題に私の頭がはてなで埋め尽くされる。
「あのとき、きちんと二人で動けば今回のような結果にはならなかったはずです」
「でもぉ、そうされてたら私が困ってたんだよねぇ」
「私も、私も困ります!」
ミズキの言う通り、今回の作戦では私たちが離れて行動することに焦点を当てた作戦で、同時に私たちの方針の弱さを示していた。
騙していたという件に関しては未だに不服で異議を申し立てたい気持ちでいっぱいだが、たきなの言う通りそのせいで本当は救えたはずの命が救えなくなる、少数を救って多数を見放すことになる、その間に仲間が死んでしまう、そういう可能性があるいうことも十分に理解している……でも、
それでも。
「目の前で人が死ぬの、ほっとけないでしょ?」
「私たちリコリスは殺人が許可されています! ……敵の心配なんて」
確かにリコリスは殺しを許可されている。
それでも救世主さんの約束を守りたい私、血を見るだけで気分が悪くなってしまう鈴仙、つまりこれがもっとも互いを尊重しつつ行動する上での最善手なんだ。
「敵の心配はしてないよ。ただ私たちがそうしたいってだけ」
「まあとにかくあの人たちも今回は敵だっただけだよ。誰も死なないのはよかった、よかった」
「……そういう話じゃn」
「ほらみんな、もうその話は終わりだ。私たちも、騙すような作戦をして悪かった」
たきなが何か話しかけたが先生の言葉に遮られる。
続けざまに先生は私に甘くておいしい先生お手製のスイーツを目の前に出す。
「あ~、せんせ~! 甘いもので買収するつもりぃ?」
「いらないか?」
「ううん、食べますぅ♪ ささ、たきな、鈴仙、座布団座敷に敷いて一緒に食べよ~!」
「……はい」「食べよ~!」
「相変わらず切り替え早いわね~」
<Reisen side>
ミカさんのおいしいおやつを食べようとテンションを上げて押し入れを開け、座布団を出す。
押し入れの上の段には居候となったハッカーがいるが無視して早く食べようと準備を進める。
私は人数分の座布団を出してそっと戸を閉めた。
「ちょちょちょ?! なんかいたよねぇ?!」
「いましたけど?」
別に騒ぐほどのことでもないだろうに、千束はいつも見ていて飽きないなと思う。
たきなを見てみると特に驚くこともなく私の出した座布団を運んでいた。
「何さっきの!?」
「ミズキさ~ん、千束たちにこのこと伝えてないの~!」
「ああ、言い忘れてたわ。ソイツ、ここで匿ってほしいって! 今言ったから~!」
「ああ~、座敷童かなんかだと思ったああ!」
ミズキさんの適当さはいつになっても変わらなくて安心する。
が、それはそれとして後で前に言ったお酒をお客さんに追加する刑(執行猶予付き)の執行を心に決める。
そうこうしていると店の入り口から誰かが入ってくるのがわかった。
ミカさんの様子がわずかに変化した気がし、耳を澄ましてそこにいる人物を特定する。
「おお、いらっしゃい」
「やあ、ミカ、また来たよ」
げっ、出た、千束の
私は警戒してドアに耳を近づけ、話を聞く。
前は千束を見ていた吉松さんから熱狂的追っかけファン以上の何かを感じていたが、今回はどうも違う雰囲気を感じる。
「賑やかだね」
「……最近よく来てくれるね」
「君のおはぎは旨いからね。前はコーヒーもまともに淹れられなかったのに」「十年も経てばな。……最近忙しいんじゃないのかい?」
「ようやく仕事が一段落したところさ。掃除に手間取ってね……リスのようにすばしっこいやつだったよ」
ミカさんと吉松さんがこの前以上に仲よさげな雰囲気でいる。
それに今まで感じていた千束に対する視線がミカさんの方に移り、より熱く感じる。
それは互いに気遣い合い、まるで家族のように大切な人を慈しむような素敵な……愛?
(もしかして、ミカさんと吉松さんが好き同士だったら……
吉松さん、どうか千束もアイドル的な存在としてならいいけど、恋愛なら先生と……健全な恋愛感情を育んでいってください。……ミカさん、私二人の友情と恋慕を応援しています!)
さて、このコーヒーのような酸い光景を中和すべくおやつも食べましょうかね。もちろんドリンクはコーヒー、ミルク砂糖マシマシで……苦いのは苦手なんだ。
これを機にどなたかリコリコ×東方の二次創作してくれないかな……